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クーラス5


 地上へと繋がる戸は非常に重たかった。

 ……そういえば、入口は荷物等でふさいでいるという話だったな。

 何度か力を込めるが、そう簡単にはあかない。必死に声をかけてみたが、どうやら近くに騎士はいないようだ。


 と、レイが俺の頬をつついてきた。


「(こくり)」


 レイは何か考えるようにうなずいた後、壁を貫通して地上へとあがる。

 ……それがレイの新しい力なのかもしれない。彼女の目を通して地上を見ると、何やらこの上には大量の荷物が乗っていた。

 

 ……あれか。万が一魔物が地下水路に入っても、地上に来れないように、ということなのかもしれない。


 俺が少し力を込めると、上の荷物が動いた。

 ……もっと、力をこめれば、どうにかなるかもしれない。


 これまで、二人には散々世話になっているからな。最後くらいは、マスターとしてかっこいいところを見せないとだ。


 そんな思いとともに力を込めていく。カタカタと上の荷物が揺れる。どんどん、と揺らすつもりで何度か殴ると、荷物が傾き、そして倒れたのがレイの目から伝わってくる。


 その瞬間に合わせ、一気に力を込めると空気がふわりと頬を撫でた。


「ヒューとレイは姿を隠しておいてくれ」


 見た目は人間らしくても、彼女らは魔物だ。どう思われるかわかったものじゃない。

 すでにレイは他者からは見えないように姿を消している。ヒューも俺に張り付くようにして、そのまま服と一体化した。スライムの鎧、といったところか。


 地上に出たところで、ヒューとレイが何やら話しているのがわかった。


『どうした?』

『体が、少し、重い……みたい?』

『たぶん、結界だな』


 結界は魔物の力を抑える効果がある。

 そして、彼女らは魔物であり、魔素を体に多く含んでいる。

 俺は特に動きにくさを感じてはいなかった。俺も体内には魔素を持っているはずだが、少し状況が違うのかもしれない。


 地下水路に繋がる道に荷物を置きなおしていると、慌てた様子の騎士たちがやってきた。

 彼らは武器を構えている。俺たちは、揃って両手をあげ、無害であることを示すしかない。


「お、おまえは何ものだ?」

「俺は――アバンシアのクランリーダーを務めているルードだ」

「私はゼロッコです」


 ゼロッコさんが騎士たちの前に出て一礼をすると、騎士たちの目がぱっと輝いた。


「ぜ、ゼロッコさん!? ということは、救助の方々ですか!?」

「外に向かった部隊が無事に救援要請を出せたんだ!」

「よ、よかったっ! 俺の娘も、やるときはやるんだな!」


 ……娘、と嬉しそうに語る騎士の姿に、俺は口を閉ざさずにはいられなかった。

 ゼロッコさんも悲しげに、一歩前に出る。


「騎士の詰め所に案内してください。そこで詳しい話をしましょう」


 ゼロッコさんとともに、俺たちは騎士と歩いていく。騎士の詰め所にある会議室では、『ワイルドランス』のクランリーダーもいるそうだ。


 歩きながら、ゼロッコさんは現状を伝えていく。騎士たちの明るかった表情は、詰め所につく頃にはすっかり青ざめた表情になってしまっていた。


 俺は歩きながら、ヒューの連絡を確認してみる。不安だったが、無事連絡がついた。

 ただまあ、あまり距離がある結界内ではヒューの連絡も不安定なようだ。

 四人とも、どこも怪我なく元気にしているそうだ。

 ……マリウスに関しては、結界ができてから調子が悪いそうだが。


 結界内部にまで入れば、通話はできるようだ。あとで合流できるように、騎士の詰め所に来ていることだけは伝えておいた。


 クーラスの街は思っているよりも、いつも通りの街並みであった。もっと魔物との戦闘が激しかったのではと思ったが、普段から結界装置が内部にのみは働いていたため、魔物が中深くまで入ってこれなかったのだ。


 そのため、門周辺などは酷い有様だったが、それ以外の部分は普段と変わらなかった。

 ただ、そこで暮らす人々の表情は落ち込んだものだった。


 どちらかといえば、酷い状況だったのは街の外だ。

 クーラスを目指していた商人や冒険者たちは、そのほとんどが命を失ってしまったらしい。


 騎士たちと歩いていると、こちらを責めるような視線がいくつもあった。

 それらは、街の人、はては冒険者たちからも同じような目を向けられる。


 考えられる理由はいくつかある。

 この街を守るのは騎士の仕事だ。にも関わらず、魔物たちにあっさりと包囲されてしまい、襲撃される瞬間をただ待っているだけなのだ。

 追い詰められた人は誰かのせいにしたくなる。この状況をつくりだした魔物たちにいくら怒りをぶつけたところで、何の反応もない。

 だから、騎士にぶつけられてしまうのだ。


 ベルガの話を聞く限り、魔物たちは何者かによって召喚されたのだ。ならば、どうしようもないだろう。

 俺たちが案内されたのは、会議室だ。

 そちらでは、年配の騎士と、一人の青年がいた。おそらく、その青年がクランリーダーだろう。軽く会釈をするが、彼はすっと視線を外してしまった。


 俺たちが中へと入ると、視線が一気に集まる。俺の顔に何か気づいたような表情を浮かべる者、そして、背後からやってきたゼロッコさんに期待するような表情を浮かべる。


「ゼロッコさん!」

「久しぶりですねゴッズさん。みなさん、随分と元気がない様子で」


 ゼロッコさんが冗談交じりにそういってから、視線を向ける。

 騎士の相手は騎士であるゼロッコさんに任せるつもりだ。冒険者が間に入ってもいいことはない。

 ゼロッコさんが名を呼んだゴッズという男は、この中でもっともたくましい体つきをしている。

 年齢は、40ほどだろうか。


「それで、状況はどうなっていますか?」

「……最悪ですよ。魔物が四方を囲んでいます。住人たちだけでも、地下水路を利用して脱出させたいですが……正直いって、大人数で移動をしようものなら、すぐに魔物たちに気付かれてしまうでしょう」

「それはやめたほうがいいです。アバンシアまでたどり着いた騎士はベルガくん一人だけでしたから。彼だって、魔物に襲われているところを、私が見つけました。あと少し遅れていれば、彼もまたたどり着くことはできなかったかもしれません」


 ベルガ一人のみ。という言葉に、全員は険しい表情を作った。

 しかし、そこは長年の経験から、泣き崩れるようなことはなかった。

 ただ、一瞬。そっと目を閉じてから、ゴッズさんを含めた騎士たちは会議へと戻る。


「……そうですか。ですが、これで外へ状況を伝えることはできました。ゼロッコさん。結界は明日の朝6時までが限界です」

「なるほど……。予定では、明日の朝7時前後を目処に、城塞都市から応援が来る予定です」


 城塞都市、という言葉に、騎士たちの目が輝く。

 あそこで仕事ができる騎士は優秀な人だけだったはずだ。

 ……さすが、ゼロッコさんだ。

 一体どこから応援を呼んでくるのかと思っていたが、あそこから引っ張り出してきてしまうとは。


「……つまり、一時間。結界がない状態で耐えられれば、どうにかなるというわけ、ですな」


 ゴッズさんの言葉に、しかし、ゼロッコさんは首を振った。


「そこで、私から一つ再計算をお願いしたいのです。7時まで、3つの門を守るように結界を維持した場合、どれだけの戦闘を行う必要があるかどうかを、です」

「3つの門、ですか?」

「ええ。我々には、ルードさんが率いる空中部隊があります。そちらと、地上で挟み撃ちをする形で、攻撃を仕掛けるつもりです」


 実際はやってみないことにはどうなるか分からない。

 敵が魔法への対処ができなければ、そのまま空中部隊とこちらから魔法で攻撃し、結界と魔法で挟み撃ちをすればいい。

 それが、こちらとしての最高の状態だ。


 ただ、敵が魔法への対処を完全にしてしまえば、その瞬間、敵の混乱が怒りへと変わってしまう。

 そうなってしまうと、冷静に立ち回られてしまうだろう。


 だからこその結界の開放だ。敵が完全に魔法への対処ができていない間に、結界を解除し、一つの逃げ道を用意する。

 魔物たちを引きずり込み、結界の影響下で敵を減らしていく。


「……わかりました。すぐに、調べさせろ!」

「……二時間、ですね」

「おお、キジャク。それは本当か!?」

「……はい」

「そういえば、キジャクは魔道具に関して詳しかったな。……二時間、か」


 ずっと黙っていた青年――キジャクが口を開いた。気弱そうな子で、失礼であるがどこか幸薄そうな容姿をしている。

 騎士たちの表情には少しばかりの希望が見え始めていた。

 それでも、ゴッズさんは眉間にシワを刻んでゼロッコさんを見ていた。


「それでも、一つの門に絞ったとしてもこちら側の戦力で二時間持ちこたえられるかどうか」

「ですから、ルードさんに来ていただきました」


 ゼロッコさんの言葉にゴッズさんの視線がこちらを向いた。


「ルードさん……確かに、彼は有名な冒険者のようですが、しかし、一人の力ではいくらなんでも戦況を覆せるほどのものは難しいでしょう」

「ルードさん。彼女らを見せてあげてください」

「……はい。ヒュー、レイ」


 そういうと、俺の体から飛び出すようにヒューとレイが姿を見せる。

 その二人が軽く動き、小さな魔法をいくつか発動させる。それらは決して威力の高い魔法ではないが、その作りこまれた魔法を見て、何かを察したように騎士たちが目を見張った。


 にこり、とゼロッコさんが微笑み、自慢の髭を撫でた。


「彼は魔物使いです。彼の元には、他にもたくさんの魔物がいて――そしてなにより、彼は聖竜とも契約を結んでいます」

「せ、聖竜だと!? かの、邪竜を払った最強の竜ではないかっ!」

「はい。それが、彼の率いる空中部隊です」

「……なんと」


 恐ろしいものでも見るように、ゴッズさんがこちらを見てきた。

 ……いや、かなりおとなしい子だぞ。

 アバンシアではすっかり人気者になったんだからな。


「それじゃあ……具体的な部分を詰めていきましょうか」


 大まかな段取りは話した。

 ここからは、より具体的な話となる。戦力をどう動かしていくかを決めるのだ。


「それじゃあ、ゼロッコさん。ここで一度、席を外してもいいですか」

「はい。なんかありましたら、ヒューさんで連絡をしますね」


 俺たち冒険者は騎士の指示に従うだけだからな。

 ヒューの分身を預け、部屋を出ようとしたときだった。


「ああ、そうだキジャクくん」

「……はい」


 呼び止めたのはゴッズさんだ。彼の言葉に、キジャクは元気のない目を向ける。


「ルードさんとともに冒険者ギルドのほうにいってもらってもいいかな?」

「……はい」


 キジャクと一瞬目があって、それから俺たちは外へと出ていった。



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