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クーラス3



 首都とブルンケルス国との間にある城塞都市ビルバ。

 首都を守るという大切な役目があるため、他の都市と比べると数段そこは頑丈な造りとなっていた。

 周囲を覆う城壁は、結界なしでも生半可な魔物の攻撃さえ跳ね返す。かつて、ブルンケルスとの戦争では、この都市が重要な拠点となった。何度となく戦いを繰り広げたにも関わらず、この城塞都市は最後まで破壊されることはなかったのだ。


 そんな城塞都市で仕事をしている騎士たちもまた、優秀な者、将来を期待されている者たちで構成されている。

 いわば、騎士のエリートたちの集まりだ。まあ、稀に親のコネで甘い蜜を吸うものもいるが、それは本当に極僅かだった。


 そんな城塞都市内に、緊急事態を伝える鐘が響いた。その鐘が使われたのはもう数年も昔。邪竜がこの大陸へと接近しているのを確認したとき以来だった。

 それ以来の鐘の音に、城塞都市で暮らす人々には大きな不安を与えていた。


 騎士たちが怒号のような指示を飛ばしていく。


「聖竜の状況はどうなっている!?」

「ま、まっすぐこちらへと向かっています!」

「そうか……ポッキン村にて暴走した聖竜が討伐されたと聞いていたが、あれはただのホラ話だったというわけか」


 バルビはふっと自嘲気味に笑ってから聖竜がいる方角を見た。

 聖竜はまっすぐに城塞都市を目指して飛行していた。それもかなりの速度だ。

 まだ遠くにいる段階で、遠視のスキルを持っていた者が気づいたからこそ、騎士たちに戦闘準備を整えさせられた。

 

 城壁の上に騎士を配備。また、魔法部隊により聖竜の侵攻を止めるための魔法も準備させている。

 聖竜などの空中を飛ぶ魔物の対処は、地面へと落とし、そこから一気に攻め落とすのが定石だった。

 つまり、初めの攻撃でどれだけ詰められるか。特に聖竜ほどの魔物であれば、初めで戦いの行方が決まる。


 実は、この城塞都市は、かつて魔王の配下で空の支配者といわれていた、デスワイバーンを撃退したことがあった。

 もう二十年も昔だ。封印から解放されたデスワイバーンに大ダメージを与え、あと一歩のところまで追い込んだのだ。

 当時、総指揮をとっていたゼロッコは、皆の憧れの騎士として騎士を目指す人が良く名前をあげるほどだった。


 それゆえに、空を飛ぶ強大な魔物への対処方法は、すでに書類として出来上がっていたのだ。

 ゼロッコの弟子であったバルビは、その教えを部下たちにも叩き込み、それを実行しているにすぎなかった。

  

 聖竜に気付き、騎士たちの配備まで十分かからず行えていたのは、ひとえに普段からの訓練のおかげだろう。有事の際には、彼らが命をかけてでもこの城塞都市で時間を稼ぐのだ。


 すでに、王都には聖竜の情報は伝わっている。

 部隊の総指揮を任されていた城塞都市ビルバ隊長のバルビは、聖竜が向かってきている東門にて騎士たちとともに状況を見守っていた。


「た、隊長……俺たち、無事生き残れますかね」

「さあな。だが、俺たちには家族がいる。そして、仲間がいる――それを守り抜くために、戦うのだっ!」


 バルビが叫ぶと同時、騎士たちも雄たけびをあげる。

 ある者は恐怖を払うために。

 ある者は高ぶりのままに。

 ある者はその場のノリに合わせて。


『聖竜への魔法攻撃の有効範囲まで、残り10秒!』


 魔石により拡声した音が響く。

 カウントが始まると同時、城壁上にいた騎士たちが一斉に魔法の準備を始める。

 門の先に聖竜が迫っているのが見えた。


『魔法発射!』

「いくぞ! すすめ!」


 その声とともに、バルビが雄たけびをあげる。騎士たちは走り出し、門の外へと向かう。

 だが、門の外に出たところで、人々は足を止めた。


「な、なぜ魔法が!」


 バルビは思わずといった様子で叫ぶ。

 聖竜は、まるで魔法を知っていたとばかりに、魔法の有効範囲から逃れるぎりぎりで止まっていた。

 そうして、聖竜は翼をばさばさと揺らしたまま、胸に思いきり息を吸い込んだ。

 魔法は当たらない。そして、全員は魔法が当たる前提で動いていた。城壁上にいた者も、すべて聖竜が突っ込んでくるのを想定して合図を出している。そうでなければ間に合わない。誰も、彼を責めることはできないだろう。

 

 戦場が硬直する。行き場を失った気迫は、しばしの沈黙によって人々に冷静さを与えてしまう。

 そうして、対峙した聖竜の、あまりの迫力に、騎士たちはがたがたと震える。

 聖竜がこの場で足や腕、尻尾をふるえば、それだけであまたの騎士の外皮が消し飛ぶことになる。


「さ、下がれ!」


 バルビは慌てて叫ぶが、聖竜がブレスを放つのが先だった。

 強烈な風が突き抜ける。しかし、人々の体をそっと撫でるだけにとどまった。

 意表をつかれた騎士たちは、きょとんと聖竜を見上げていた。まるで、聖竜のブレスが人々の恐怖を吹き飛ばしたかのようだった。


 その状況に、バルビは困惑していた。続々と、城塞都市からかき集めた戦力が門へと集まっていきそして皆が、固まっていた。


 と、聖竜の背中から一人の老人が下りた。軽やかな動きとともに彼が地面に降りると、聖竜も、それこそバルビが休日に家でくつろぐようにごろんと地面に降りた。


 絶好の機会であったが、攻撃するなどという考えは誰にも浮かばず、ただただ静寂が場を支配していた。

 一体何者だ? 聖竜を従えているような人間に心当たりがあるものはいなく、多くの者はじっとその老人を見ていた。

 

 一人、また一人と彼らが気づいたように声をあげる。

 バルビの眼前まで歩いた老人――ゼロッコはバルビに一礼をした。


「驚かすような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。ここの人々なら、こうするのが一番早く部隊を用意できると思いまして」


 てへっとからかうようにゼロッコが笑うと、バルビ含めた騎士たちはへなへなと腰から崩れ落ちた。


「ぜ、ゼロッコさん……っ。な、なんですか急に……」

「緊急事態です。すぐさま兵を集め、クーラスの街へと出撃する準備をしてください」

「ど、どういうことですか?」


 ゼロッコは驚いているバルビを立ち上がらせ、それからクーラスで起きている状況を説明した。


「……な、なるほど――クーラスの街を魔物たちが囲んでいる、と」

「ええ。ですから、こうして、無理やりにでも兵を集めさせる必要がありました。あとで、騎士団からは怒られてしまうかもしれませんね」


 ゼロッコは特に気にした様子もなかった。

 しかし、だ。バルビはそこで首を振る。


「ゼロッコさん。今から急いで準備をしても、クーラスへの到着は明日の朝7時ほどになってしまうでしょう。……あそこには結界装置があったはずですが、すでに丸一日近く使用しているとなれば、おそらく、我々が到着するときには――」

「そうですね。現状では、難しいでしょう」

「……それならば、クーラスは放棄し、万全の状態で迎え撃つほうが、騎士団としては正しいのではないでしょうか」

「私も、例外がなければそうしていました」

「……例外、ですか」

「一人の、青年です。彼はまっすぐな目で、クーラスを助けようと行動を開始しています。……彼は大事な四人の仲間を助けるためだけに、5000ほどの魔物とやり合おうとしているのです。それに、協力したいと思いました。私自身、クーラスを放棄したくないという感情もありますしね」


 ゼロッコの言葉に周囲にいた騎士たちが驚いている。

 かつて城塞都市を、この国を救ったとも言われている英雄ゼロッコにそこまで言わせる青年がいるという事実に、驚きと戸惑いが隠せなかったのだ。

 それは、バルビも同じだった。頬に伝う汗を拭いつつ、首を縦に振る。


「……それは立派な青年ですね。ですが、理想だけでは難しいです。その青年は一体、何ができるのですか?」


 馬鹿にするつもりはなかった。ただただ、ゼロッコの口から聞きたかったのだ。

 ゼロッコがそこまで評価する人間がどのようなものなのかをだ。


「こちらの聖竜は、その青年の仲間です。聖竜がポッキン村にて、暴走してしまったという話は聞いていましたか?」

「ええ。なんでも討伐されたとかなんとか」

「暴走した聖竜を討伐したのが、私が協力したいと思った青年、ルードです」

「……まさか」


 バルビは視線を聖竜へと向けた。バルビは、魔物使いというスキルを持っていた。スキルによって、バルビは魔物によっては声を聞く程度の力はあった。


「……なるほど。どうやら、すべて本当のこと、なんですね」


 バルビは驚いていた。自分で行った質問から、想像以上の事実が飛び出してきてしまったのだ。


「疑うなんて、ひどいですね」


 シクシクと、ゼロッコが目元に手をやる。わかりやすい演技であったが、ゼロッコを初めて見る騎士たちは、彼の自由さに驚かされてばかりだった。

 もっと厳格な人なのだと思っていた。それが、この場にいるほとんどすべての騎士たちが抱いた気持ちだろう。事実、現騎士団長はそれはもう厳しい人だからだ。


「それほどの人が仲間にいて、協力してくれるというのなら――クーラスを捨てるのはあまりにももったいないですな」

「はい。私はこれからクーラスに近い街をめぐり、協力者を集めるつもりです。セインリア、お願いしますね」


 セインリアが「びゃあっ!」と鳴き、ゼロッコを担ぎあげる。


「詳しい話は、そちらのヒューさんというルードさんのお仲間さんを通して行いますので、肌身離さず持ち歩いてくださいね」

「……な、なんだこれは」

「スライムの分身です。ルードさんのお仲間ですよ」


 ゼロッコがセインリアとともに空へと戻る。

 その背中を見ていたバルビはすぐに指示を飛ばしていく。

 

「ルード、か。一体どのような男なのか――是非、見てみたいな」


 バルビのつぶやきに他の騎士たちも反応していく。

 そう口にする彼らは、子どもが英雄や勇者に憧れるときのような無邪気さにあふれた表情をしていた。


 城塞都市を口説き落とすことに成功した以上、ゼロッコの活動は問題なく進んだ。城塞都市が協力するのなら――とすぐにあちこちの街で部隊が編成されていく。

 そしてまた、ゼロッコはルードという希望についても協力を頼む際に話していた。追い込まれた状況では、そういった象徴となるものが必要だ。


 その象徴がある限り、人の心は折れない。

 かつて――城塞都市で指揮をとった時を思い出しながら、ゼロッコはセインリアとともに空を駆けていく。




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