クーラス1
「さて、とおまえら全員、準備はいいか?」
シナニスがそう声をかけると、ラーファンとアリカが頷く。
彼らの返事に満足した様子でシナニスが一度頷き、こちらへと振り返った。
「というわけだぜルード。こっちの準備は完了してっけど、マリウスさんはどうしたんだ?」
きょろきょろとシナニスが周囲を見回す。……今回、マリウスをリーダーとしてある依頼を受けに行ってもらう予定なのだが、肝心のマリウスは寝坊だ。今こちらに向かっている、とヒューを通じて連絡が来ている。
そのヒューは、人型で建物の中を忙しなく掃除している。すでに、人型となった魔物たちについては町の人たちに紹介している。亜人、という形でだ。容姿的には魔物らしさも残っていたが、アバンシアの人たちはそこは気にしていない。彼らが問題視しているのは、性格のほうで、皆が真面目で大人しい子であるとわかると、あっさりと受け入れてくれた。
魔物からの純粋な進化となると、魔神に仕えていたという魔族と呼ばれる種族とも疑われるかもしれないが、それらは伝えていない。
クランハウスの扉が開いた。
そこには、息を切らしたマリウスがいた。外の天気は非常によく、彼にとっては過ごしづらいのかもしれない。
「よし、準備できているみたいだな」
「そりゃあな。誰かさんが予定よりも遅いんだから」
俺がからかうようにいうと、マリウスが両手を合わせて、頭をさげた。
「すまなかったなみんな。いやぁ、こう日差しが強いとな、動く気力がなくなるんだ」
「もうすぐ冬も近づいてきたってのに、まだそんなこと言ってんのかぁ?」
シナニスがこれまたからかうようにいうと、マリウスは口笛を吹いた。
……まあ、太陽から強い聖素が溢れているのだとすれば、マリウスにとっては毒を浴び続けているようなものだからな。それは辛い部分もあるだろう。
「まあ、セインリアで行くんだ。到着予定は今日の昼頃。……余裕をもっていけるだろう」
「ああ、了解だ。今回の依頼は、近くで見慣れない魔物が出現したからその調査を『ワイルドランス』のメンバーとともに行うんだったな?」
マリウスの確認に、首肯を返した。
「ああ、それで間違いない。シナニスたちは、マリウスの指示に従ってくれ。マリウスは、サブリーダーとして、挨拶もしっかりとな」
俺が行こうか考えたが、そこまで大規模な依頼でもなかった。
何より。ヒューたち新しい魔物たちが町の人とうまくやれるかどうか、もう少し見守る必要があった。
俺の友人、という形で紹介しているんだしな。
マリウスに手紙を渡すと、懐にしまった。
「それじゃあ、行ってくる!」
全員がクランハウスを出ていくのに合わせ、ニンが入ってきた。
今日も今日とて、彼女は白を基調とした服に身を包んでいた。
と、ニンとともに現れたのは初老の男性だ。
鎧に身を包んでいる彼の名は、ゼロッコさんだ。この町の騎士隊をまとめている部隊長だ。
「ルードさん。もう、彼らは出発されてしまいましたかな?」
「はい。先ほど、ですね。セインリアに乗ってクーラスに向かっていますから、昼までには合流できると思います」
今回の依頼。実はゼロッコさんからの推薦だった。
他のクランともかかわっていけるようにということで、ゼロッコさんが協力してくれたのだ。
「そうですか。マリウスさんはかなりの腕前でおられますからな。何がでても、問題はないでしょう」
「マリウスさんもよく話していましたよ。ゼロッコさんの剣は技が凄いと」
「ははは、老いぼれをからかっても、何も出ませんよ」
ゼロッコさんは頬の皺を深くするようにはにかんだ。細い目をこちらに向ける。
「それにしても、だいぶ町も安定してきましたね。外からの冒険者も多くきて、宿も確実に増えていって、町が活気にあふれていますね」
「……みなさんのおかげです。騎士の人たちには特にお世話になっていますし」
「ルードさんが積極的に動くから、私たちもどうにかしたくなるのですよ」
「……俺に協力してくれる人たちがいるから、俺も頑張ろうってなるんです」
「それなら、お互い様ですね」
ゼロッコさんが柔らかく微笑み、ニンが近くの席に腰かけた。
「ほんと、思っていたよりもルードがしっかりリーダーやれて、あたしは安心だわ」
「どの立場から言っているんだよ。それでニン。何か用事があってきたのか?」
「特にはないけど、たまにはいいじゃない。ゆっくりしたいのよ」
「そうでしたか。それではお邪魔にならないうちに、わたくしめは去りましょうか」
ゼロッコさんがそういって、すっと頭を下げた後にクランハウスを出ていった。
俺とニンは視線を一度向ける。他愛もない話をしていると、他の人たちが出入りをしてくる。
魔物たちはもちろん、ティメオたちのパーティーやファンティムたちもだ。気づけば、このクランも随分と人が増えたな。……まあ、半分以上が魔物の関係者なのはどうなのだろうかとも思わないでもなかったが。
〇
数日が経過したあるときだった。
ヒューが俺の家へとやってきた。普段は迷宮かクランハウスで寝泊まりをしている彼女が、わざわざ来たのは珍しい。
それも夜遅くだった。
どこか眠たそうに目をこすっているヒューだが、少し表情には険しさが混ざっている。
「マリウスたちに預けてた私の分身から、返事が返ってこないの」
「……どういうことだ?」
「わかんないけど、なんかの力に阻まれてる感じ……? かな?」
「なんかの力……か。とりあえず、また明日の朝に教えてくれるか?」
もしかしたら一時的に何か力が届かない場所に移動してしまったのかもしれない。
ヒューはこくりと頷き、ばいばいと手を振ってくる。よくみると、レイも一緒にいて二人は話しながら帰っていった。
……力が届かない、か。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ルナ。悪い、起こしたか?」
「いえ、大丈夫です」
というが、なんだか眠たそうだ。最近は人間らしい生活を送ってきたからか、しっかりとした生活を送らないと体の調子に問題が出ることがあるそうだ。
「ヒューから話があってな。マリウスに預けているヒューから連絡がこないそうだ」
「……そう、ですか。それは不思議ですね。どこにいても話はできていましたから」
「……ああ。ヒューも、進化してからまだ日が浅いから力が制御できていない可能性もある。一度、様子を見てまた明日の朝ダメだったら、様子を見に行こうと思う」
「なるほど」
ところで、マニシアは寝ているのだろうか?
最近、あまり見ることがなかったしな。確認ついでに一目寝顔を見ておこうか。
ともにリビングに戻り、それから一度マニシアの部屋に訪れる。
マニシアはすやすやと眠っていて、それをしばらく見て心を癒してから自室で眠った。
〇
次の日の朝。やはりヒューからの連絡が届かないというわけで、状況を確認するためにセインリアに動いてもらうことにした。
状況を確認するのは、魔物たちだ。……みんな、セインリアに乗って飛んでみたいそうだ。
一番楽しみにしていそうなのは、ミノウだ。本人は「楽しみになどしていないぞ」と言っているが、彼の尻尾はぶんぶんと揺れている。
セインリアは舟のようなものを形作った木製のそれをつかむ。魔物たちは舟へと乗り込むと、やがてセインリアが翼を広げた。
集団を移動させるにはこのほうがいい。彼らを見送ったあと、クランハウスで休んでいると、ニンが飛びこんできた。
今日ばかりは何かあったようだ。俺はすぐに立ちあがり、彼女に近づく。
珍しく息を切らしている彼女を支えるように肩を掴む。
「どうした。町で何かあったのか?」
「クーラスの街から、傷だらけの騎士が来たわ! 今、ゼロッコさんが保護して、騎士の宿舎に運び込んだわ! あんたに話があるって、ゼロッコさんが呼んでいたわよ!」
クーラスの街だって?
今ちょうど、セインリアが向かっている場所でもある。
ヒューから預かっていたミニヒューを使い、慎重に調査を行うように連絡してから、俺はニンとともに宿舎へと向かった。