町と迷宮と新たな力4
「役割、だと?」
「ああ。俺たちがパーティーとしてアタッカー、タンク、ヒーラーにわかれているだろ? それに似たようなものを与えていたそうだ」
「なるほどな……して、それはオレたちにもできるものなのか?」
「わからん。ただ、やってみる価値はあるだろ?」
「そうだな。それにしても、今回はやけに積極的ではないか」
「まあ、な。黒竜の話では、最近魔王がちらほらと地上にちょっかいをかけているらしい。いつどこで、何が起こるか……正直いってわからないんだ」
「そのときのために、戦力を整えておきたい、というわけか」
「ああ、マニシアを守るために――アバンシアを守るためには、必要だからな」
「さすが、妹のためなら何でもする男だな」
別にそういうわけじゃない。
くくく、と笑い、それからマリウスは顎に手をやる。
「それじゃあ、これからはお前も魔王と呼ばれても仕方ないというわけだな」
「……似たようなことをするだけだ。あくまで似たようなことだ」
「やけに意味深だな」
「……俺は魔素も聖素も持っている。その二つの力を自分の配下である魔物たちに与えれば……結果はまた少し違ったものになるんじゃないか?」
俺の言葉にマリウスは目を輝かせた。
「悪くない。試してみる価値はあるだろうっ。さあ、やってみるといい! 待ってるぞっ」
わくわくといった様子でマリウスが目を輝かせる。こいつの場合は、魔物が強くなれば戦える、とか考えていそうだな。
「その役割についてだ。魔王たちがどんな役割を持っているかまでは分からない。だから、基本線としては人間が持つアタッカー、ヒーラー、タンク……そして、スカウト、サポーターにわけようと思う」
「ぬ? 後半二つは初めてきくな」
その質問は予想していたものだったため、すぐに答えられた。
「だろうな。俺も黒竜に聞いて久しぶりに思いだしたんだ。昔と今で比較すると、昔はまだまだ冒険者たちが弱かったらしい。だからこそ、より役割を細かくわけることで、それぞれが一つに特化していったんだ。スカウトは敵の探知や罠探知などを行い、サポーターは、敵への妨害魔法、補助魔法を基本としつつ、荷物持ちなどを行っていたそうだ」
スカウト、サポーターは時代の流れとともに段々とその役割が変化していった。
マリウスも納得したようで、頷いていた。
「今は、そこまでわけなくとも、確かにアタッカーがスカウトを兼任できたり、ヒーラーがサポーターを務めたりとかもしているな」
「ああ。冒険者の質が向上するにつれ、後半二つは他でも十分補えるということがわかり、消えていった。ただ、今回魔物に与えるのはあくまで役割だ。そういう意味では、この二つも必要なのではないかと思ってな」
「まあ、まだはっきりとしたことはわからないし、色々とやってみるんだ。面白そうだしな」
マリウスは楽しければなんでもよいようだ。
俺としても、やりやすくて助かっている。
「……その記念すべき第一号はヒューというわけだ」
俺がいうと、肩からぴょんと飛び上がり、ヒューは球体のスライムとなる。
手のようなものをつくり、びしっと敬礼をしている。
問題は、魔王がどのようにして魔物たちにロールを与えているのかということだ。
「マリウス。魔王たちのロールについて何かわからないか?」
「うーん……何だろうか。こう、頭の奥のほうで引っかかってはいるのだが、どうにも、そこで止まって出てきてくれないんだ」
マリウスは少し難しそうな顔でうなっている。
……何か、思いだせそうなのかもしれない。
「……そうか。なにかわかったら教えてくれ。……けど、そうなるとやっぱりロールの与え方がわからないな」
「ロール、ロール……ようは他者を強化する魔法やスキルみたいなものなんだろう? だったら、それらを使うように使用してみればいいんじゃないか?」
マリウスの言葉を一度飲み込んで考える。……確かに、一理ある。
体内の魔素と聖素を意識してみる。
……魔素はわかるが、聖素はたぶん魔力のことだ。スキルを使うときに消費されるからな。
それらを意識し、混ぜ合わせる。二つの力はぶつかりあってから、溶け合った……ような気がした。
「ヒュー、ちょっと試してみる。無理そうだったらすぐに言ってくれ」
ヒューに埋めこんだ力を外に出せばそれでいい。ヒューの返事を聞いてから、俺は先ほど同様に力を意識する。
ヒューの体に手を触れ、力を流し込む。
与えるロールは……スカウトだ。
ヒューはどこにでも潜伏でき、ヒューを所持してる全員に情報を共有できるのを考慮すれば、これほどうってつけのロールはないだろう。
だから、あとは成功してくれれば、それでいい。そう強く念じ、魔素と聖素を送りこむ。
ヒューが一瞬びくりと体を跳ね上げた後、ゆらゆらと揺れた。
それから、ヒューはその場でぺちゃんと地面へと沈みこむ。
……ヒュー?
ヒューは地面にべっちゃりと水たまりをつくったあと、すっと消えた。
「ヒュー!?」
慌てて声をかける。まさか、体に異常が出てしまったのか!?
急いでどうにか干渉できないかと思い、ヒューが消えてしまった地面へと手を伸ばすと、にゅーと水の塊が姿を見せる。
そこには人間がいた。
マニシアにしか変化していなかったヒューだったが、美しい女性へと姿を変えている。
髪はスライムのとき同様の青い液体で形作られている。足元や部分的に視線を向けると、スライムのときと同じように液体で構成されていた。
しかし、限りなく人間に近い。服を着させれば、間違いなく人間と認識できるだろう。
そんなヒューは透き通るような青い瞳をこちらに向ける。
驚きながらも、俺はヒューにもう一度声をかける。
「おい、ヒュー、大丈夫か?」
「だい、じょう、ぶ」
そんな声が聞こえると同時、俺の背後を柔らかなものが包んだ。
これはいつものヒューだ。人肌程度の温度に調整されたヒューが俺のほうにぎゅっと飛びついてきた。
そうして、嬉しそうにほほえむ。美人な容姿からは想像できない子どものような笑顔だ。
「マスター、力、もらえた、みたい」
……話せるのか? というか、それよりなにより。
俺から離れたヒューは地面に溶けこんだり、好きな場所から出現したりする。
おまけに、そうしながら、念話も発動してくる。
それなりに戦闘能力もあるようだ。周囲へと水を放つと、木々がスパッと切れた。
……ロールを与えただけで、これほどになるのか?
俺は嬉しそうに抱きついてくるヒューの頭を撫でるようにして落ち着かせながら、マリウスを見る。
マリウスは眉間に皺をよせ、何かを考えているようだった。それが、とても気になっていると、彼はどこか寂しげに笑った。
「……凄いな。魔王でも、これだけ一気に強化することはできなかったぞ」
「……どうした、マリウス?」
「少し、記憶が蘇ってきたもので、な」
記憶が蘇った? ……それを指摘するよりさきに、マリウスはすっと立ちあがった。
「魔王たちも確かに魔物たちに役割を与えていた。だが、それによってとてつもなく強化される個体というのは数えるほどだった。魔物自身に向上心があり、マスターとの信頼関係がなければダメだった。無理やりに魔素を与え続けようとすれば、やがて肉体が耐えきれず、魔物は暴走することになる」
「……なるほど、な」
「だからこそ、魔物との信頼関係があってこそだ。……ヒューが強くなれたのは、そういうものがあったからだろう」
「けど……俺たちが造った魔物は、基本的に俺たちに懐いているだろう? 魔王たちも似たように魔物を造っているんじゃないか?」
「魔物を製造するには、聖素も必要になる。魔神は破壊の神であり、命の破壊はできても、命の創造はできない。魔素から生み出された魔物たちも、奴らは命をもっていない。魔界に生息している魔物たちは、迷宮の魔物と同じで、殺されれば魔素の強かった部分だけを残して消滅する。この人間の大地に降り立ち、聖素を浴びることで、肉体を持つことができるようになるんだ」
マリウスはどこか寂しそうに、小さく笑う。
「詳しいんだな」
「まあ、な。魔王たちは基本的に人間界で長く活動できないんだ。原因は太陽だ。太陽は神――女神が造りだしたもので、あれからは強い聖素が生み出されていて、それによって魔王たちは弱体化してしまうんだ。この地上では、太陽の力が強く、魔神が生み出した月如きでは、とても相殺できるものではなかった。だからこそ、人間界には多くの聖素であふれ、魔族が生活することはできなかった。逆に魔界は、月の力が強まり魔素であふれている。だからこそ、人間と魔族は二つの世界へ別れて生活を送っている」
「……それで、魔族たちはどうするつもりなんだ? 人間界にちょっかいをかけているのは、まさか人間界を乗っ取るつもりか?」
マリウスは真剣な目で頷いた。
「魔族――魔神の目的は二つの世界を己のものにすること。だからこそ、迷宮を造りだし、自分の配下を使い、比較的魔素の低い魔物を守護者として管理させ、聖素を集めさせることにした。そうして、聖素と魔素を組み合わせた魔物を造り、またそれらの研究を行っていき、強い聖素がある世界でも生きられるように己の体を変化させていった。結果を見れば、成功し、段々と迷宮を管理する守護者も強くなっていた。冒険者がくれば、聖素も集まり、魔物、守護者ともに強化することができ、その循環は進んでいった」
「……マリウス」
「守護者は迷宮にいくつもの餌を用意した。人間たちが迷宮へと挑みたくなるように、な。そうして、来れる守護者はだんだんと強くなっていき、最弱の魔王が迷宮へと来れるほどにもなったんだ」
「……マリウス。まさか、おまえは――」
マリウスは俺のほうをちらと見て、ため息をついた。
「改めて……名乗ろうか。オレは最弱の魔王マリウスだ。魔物化が、迷宮内でしか使えないのも、オレの魔王としての力が弱いからだ。だからこそ、こうして人間とそう変わらずに生活できるんだ」
「……そうか」
そういいきったマリウスは、どこか悲し気な表情だった。