町と迷宮と新たな力2
ホムンクルスたちが暮らす宿へとつくと、慌てたようにホムンクルスたちが出迎えてくる。
……いや、別に誰もそんな歓迎を頼んではいないのだが。
明るい表情とともに彼らはすっと頭を下げてくる。
「ルード様。お待ちしておりました」
全員が一斉に、丁寧なお辞儀をする。その先頭に立つのはサミミナだ。
まるで王様にでもなったかのようだな……。
「サミミナ……そこまでは別にしなくていい。もっと軽く行こうじゃないか」
特に、妄信ともいえるほどの感情をぶつけてくるサミミナに声をかける。
しかし彼女はぶんぶんと首を振る。それを見ている背後のホムンクルスたちが笑っている。
あいつら、すっかり俺たちの会話を楽しんで見ているな。
「そんなわけにはいきません。ルード様は我々の命の恩人です。その方に対して、失礼な態度をとるわけにはいきません」
それはサミミナだけではない。こくこくとホムンクルスたちは首を縦に振っている。
やりにくい……。そうは思っても、立場的に彼ら彼女らの上にいるというのも事実なのだ。
慣れるしかないな。
「それで、サミミナ。色々と手をつけてるそうだが、進捗はどうなんだ?」
「はい。こちらに来てください」
そういって彼らについていく。
ある一室に入ると、そこには機織機と呼ばれるものがあった。……俺も実際に見るのは初めてだ。
隣国ブルンケルスの迷宮で発見されたといわれているこの機織機のおかげで、ブルンケルスから出回る衣服は他の国よりも多く、なおかつ質もいいらしい。
……ホムンクルスたちがあたっている仕事は、町内のものだけではない。
彼らはそれぞれ、様々な知識を与えられ、ありとあらゆる技能を会得している。それらが、この国で再現できるかもしれないという話をもらったので、それらを実行していってもらっている。
ブルンケルスにあってこの国にない技術があり、その逆もまたある。二つを合わせることで、新たな何かが生まれていくかもしれない。
特に、この国では染色などの技術は高いし、織物を作るための素材なども多く獲得できる。お互い、あまり仲は良くないが、そこは協力関係を結んでいるというのが現状だ。
――逆にいえば、それらをこちらだけでこなせるようになれば、それだけで需要となる。
サミミナがすっと頭を下げてくる。
「記憶から再現して作り上げたものです。おそらく、使えることは使えると思いますが、我々もまだまだ記憶を形にしている最中ですので、一流の職人にすぐに並べるというわけではありません。ですが、必ずやルード様の求める水準にまで到達してみせましょう」
「そう、焦るなサミミナ」
「る、ルード様! もったいないお言葉をっ!」
フェア。助けてくれ。おまえの部下が暴走しているんだが。
何を言っても、彼女は俺の言葉に勝手に感動する。最近、ちょっと投げやりな対応になり始めたのではないかと思わなくもない。
「ルード様。これから織物を作っていく上で問題がいくつかあります」
「ああ、確か絹を造りだしてくれる魔物がこの辺りには住んでいないって話だったな」
「はい……最後の手段として、ホムンクルスの髪の性質を変えて、一時的に絹と同じようなものを造れれば……と思ったのですが」
いやそんなことできんの? ホムンクルスたちが検討しているのを見るに、できそうではある。
いくつかの昆虫種の魔物が、糸を造りだしてくれる。それらを活用することで、上質な衣服を造りだすことができる。
……これも冒険者と同じでランクがある。『魔絹』なんて呼ばれているそれらは、魔力を含んでいるということもあって、日常的な衣服だけではなく、装備品にも用いられることがある。
例えば、少し刺繍のようにつけるだけで、敵の魔法から一時的に身を守る効果を得たり。
そこらへんの装飾に関しては、女性冒険者のほうが詳しい。おしゃれとして用いられることもあるそうで、語らせたらきりがない。
……まあ、ニンはまったく興味がない。そんなものより酒と肉を要求するのが彼女だ。
「そっちは、恐らくだが迷宮を探していけばどうにかなると思っている。だから、安心してくれ」
目的の魔物の魔石が手に入ったので、その魔物を造るだけだ。レアモンスターのため、迷宮としての価値もあげられる。
黒竜からも話を聞き、魔素や聖素の使い方などを教えてもらっている。
……魔物の本当の強化。魔神たちがどのようにして、魔物を従えているのかなども聞いていたため、ここが終わったら話に行こうと思っていた。
「ま、まさか……すでにわたくしたちのために、迷宮への調査にまでいかれていたとは……ありがとうございます!」
「いや、そういうわけじゃない」
「ルード様……そんなご謙遜を……っ! というか、本来は我々がやるべき仕事! もっと命令を、命令をしてください、ルード様!」
鼻息荒く、暴走が本格的に始まり、背後のホムンクルスたちが俺をちらと見る。
俺もこくりと頷き、サミミナに笑顔とともに精一杯の感情を込める。
「サミミナ。色々とありがとな」
「ルード様!」
サミミナはそのまま背中から倒れ、幸せそうにほほえんでいる。
……サミミナ対処法その一。
なんか笑顔とともに感謝を告げると卒倒する。倒れたサミミナを、ホムンクルスたちがさっと支える。
サミミナを担いで奥の部屋に投げ入れる。
「ルード様。いつもサミミナがご迷惑を……」
「いや、まあ……一生懸命やってくれているのは嬉しいからいいんだ。……それと、確か飛行船もあったな?」
「はい。ブルンケルスでは、飛行船を現在開発中で、我々もその知識がありましたので再現はしてみましたが……見てみますか?」
「……ああ」
どちらかといえば、俺もそっちのほうが興味があった。
その昔、冒険者たちは自分の飛行船を持ち、外の世界を旅していたらしい。
自由に未開の大陸を冒険し、宝を見つけていたとかなんとか。
そんな冒険譚を読んだことがあった俺は、絹織物よりも飛行船のほうへの興味が強かった。男と女の差ではないだろうか。
彼らに案内してもらい、建物の外へと出る。
造船所……といえるほど立派ではないが、そちらでは少しずつ作業が進められているのがわかる。
「形や構造的には問題ありません。大量の魔力があれば、どうにか動かせることはできます」
「……凄いな」
「ただ、かなり厳しいです。ニン様に協力をしてもらいましたが、ニン様ほどの魔力を持っている人でも、飛ばせて一時間ほどです」
「……そうなると実用は難しいか」
「そうですね。ブルンケルスでも、エネルギーの問題が中々解決していませんでした。飛行船はこんなところでしょうか」
「ああ、了解だ。それで、こっちにあるのが頼んでいたものか?」
飛行船の脇に置かれた大きな木製の箱。馬車の荷台のような造りになっているそれは、馬車とは違い非常に大きな造りとなっている。
「はい。セインリア様が担いで飛ぶための座席となります」
「……これなら、移動の際も問題なさそうだな。ていうか、かなりの人数が乗れそうだ」
「座席に関しては、このように折りたたむこともできますからね。町の人たちに協力してもらったときは、詰め込んで30名ほどは乗れました」
「30名か」
あとはセインリアの背にも乗れるような座席を作ってある。それらを合わせれば40名程度は余裕で乗れるだろう。
それから宿へと戻り、ホムンクルスたちに視線を向ける。
「他にも、みんな色々と対応してくれているんだよな。一人ずつ話を聞かせてくれ」
そうして、俺はそれぞれと話をしていく。
ある者は鍛冶についての情報をくれた。ブルンケルスと基本的に同じだが、部分的に違う場所もある、それについてレイジルさんと話をしたこと。それらの技術を組み合わせることで利点があるのかどうか。ホムンクルスの中にも鍛冶へ興味を持っている人がいるそうで、随分と話が弾んだようだ。
他には農業についてだ。ブルンケルスの土地でよく育つ作物に、いくつかこの国でも人気のものがある。それらを再現できないかどうかという話だ。
気温や土の状態が違うため、まったくすべてができるかどうかは分からない。ただ、そちらについては条件さえ整えば、可能であることは教えてもらっている。
迷宮の一画を、栽培の場として使えないだろうか……それも一人考えておく。
あとは、それぞれのこの町での生活について、とかだ。他愛もない世間話。彼らの不満をためないよう、色々と話を聞いていく。
仕事から戻ってきたホムンクルスたちからも情報を聞いていく。
……まあ、みんなここでの生活に満足しているようだ。
ブルンケルスでは随分と酷い生活を送っていたらしいからな。今は監視下に置かれているとはいえ、やりたいことができている、という話だ。
彼らは何かを造ることに関しては本当に楽しそうに話をする。
フェアに聞いたが、ホムンクルスは独創的な発想を持つことはできないそうだ。
一から生み出すのは難しい。だが、自分なりの工夫を入れられた瞬間に、強く生きているということを実感できるらしい。
そういうこともあって、技術系で力を貸してくれる子ばかりだ。
これで最後だ。楽しそうに現状を話してくれたホムンクルスの男性は、そこで照れるように頭をかいた。
「ありがとな、色々と聞かせてもらって」
「……ルードさん。ありがとな。オレたちがこうして生活できているのは、ルードさんのおかげだ」
一人が頭を下げると同時に、連鎖するようにお辞儀をしてくる。
「こっちも、助かっているんだ。この町が発展しているのは、みんなのおかげでもある。……だから、これからも一緒に町を盛り上げていってくれたら嬉しい」
そういってほほえむと、彼らは顔を見合わせ、すっと頭を下げた。
……律義な奴らだ。そういう姿を見せてもらっているから、俺もどうにかしたいって思えるんだ。
宿に背を向けて歩き出すと、近くの民家からすっとフェアが出てきた。
「ホムンクルスの扱いがうまいよね、ルードくんは」
「なんだ、どこかで見ていたのか?」
「さっき終わり際にちょろっと近くを通ったんだよ」
なら、中に入ってくればいいのに。
「うまいと思ったことは別にないんだが」
「それなら、そういう人柄なんだね。ホムンクルスって、みんな道具なんだよ。一緒に頑張ろう、みたいに言ってもらうことって滅多になくって。そういわれたら、みんな嬉しいってことを知ってるのかと思った」
「まさか。俺は……素直にそう思っただけだ。……あー、それとフェア。サミミナをもう少し落ち着かせられないか?」
「無理無理。それに、ボクたちが素直に生きているのはルードくんのおかげなんだから。そのくらいの責任は持ってよね」
そういってフェアが近づいて、俺の前でにこっとほほえむ。
夕陽に負けないくらいの明るく優しい笑顔だった。
「それじゃあね、ルードくん」
「ああ、また明日」
そういって別れた後、俺は小さく息を吐く。
これから迷宮にいってマリウスと話すことがある。
主に、魔物たちの強化についてだ。
魔素について、黒竜から色々な話を聞き、その整理も十分に済んだ。
俺はポケットからもぞもぞと出てきたヒューを肩に乗せる。その頭を軽くなでてから、ヒューに声をかける。
「ヒュー。俺はこれから、魔素を使ってみんなを強化していくつもりだ。……みんな素直に応じてくれると思うか?」
ヒューは考えるように体を傾けてから、うんうんと頷く。
「迷宮の再構築と、町の発展……そして、魔素の制御がうまく行けば、人間にも似たような効果が与えられるかもしれない。そうなれば、みんなもっと強くなれるんだ」
黒竜は、俺に過去の戦いを話してくれた。
今、魔神は裏で活発に動いている、らしい。
いつ、どこで、何が起きるかわからない。
そのときのために、出来る限りの備えをしておきたい。
そのためにも、現有戦力の強化は絶対に行っておきたかった。