ルナとアリカ5
「ここから、脱出する必要があるんですね」
ルナの言葉に、アリカとルナは顔を見合わせた。
周囲は壁に覆われていて、道は人がどうにかすれ違える程度の細さしかなかった。
加えて、右に左に、あちこちに曲がり角が存在している。
構造を熟知しているか、地図でも持っていなければまず迷子になるのは確実だった。
それを理解していたからこそ、ルナもアリカも動き出せずにいた。
「お、お姉様……っ。ここって一体どこなんでしょうか!?」
「……恐らくですが、夢の中、ではないでしょうか?」
「えっ、ゆ、夢なんですか!? けど、それじゃあどうして私たちが一緒にいるのですか?」
「詳しい原理はわかりませんが、あのときエルフィーユ様が用意した魔法は相手を眠らせる魔法でした」
顎に手をやりながら、ルナがそういった。
ルナの言葉にアリカは小さく落ちこんでいた。驚いた彼女は、あのとき、相手の魔法陣まで見る余裕がなかったのだ。
そんなアリカは必死に頭を働かせ、口を動かした。
「精霊さんと話してくるだけ。って言っていましたよね? ということは、この迷路のどこかに精霊がいるのでしょうか?」
「おそらくはそういうことになるのでしょう」
きょろきょろとルナは周囲を見回す。
それにつられるようにアリカも見ていたが、ヒントが得られるということはない。
ルナが立ち上がり、アリカに手を差し出す。
「……とりあえず、歩いて見ましょうか?」
「そうですね……。ここでじっとしていても、変わりそうにないですしっ!」
ここは夢の世界である以上、二人の決断は正しかった。
とにかく、まずは一緒に送り込まれた精霊を見つける必要があるため、動いて探す他なかった。
二人は立ち上がり、歩き始めた。遺跡内部に明かりはないのだが、それでも明るく、歩行に問題はない。
「アリカ様。エルフィーユ様が言っていた通り、すでに訓練は始まっています。ここでの経験すべてが、アリカ様にとって貴重なものになるかもしれませんので……基本的な行動は、アリカ様が決めてください」
「そう、ですね。わかりました」
普段は誰かの決定に賛成、反対しかしてこなかったアリカ。
それゆえに、ルナの言葉に彼女は一瞬戸惑い、それから唇をぎゅっと結んだ。
曲がり角のたび、ルナに訊ねようとしてしまうアリカだったが、それでも必死に道をあるいていく。
変化のない道を進んでいく。今回のような、入り組んだ構造をしている迷宮というのもある。しかし、ここはそれなど比にはならないほどだった。
特にアリカは、一度迷路のような迷宮に挑んだことがあり、当時の記憶と照らし合わせながら進んでいた。
アリカはルナを付き合わせているということもあり、その足取りは早く、どこか焦りが混ざってもいた。
そのため、どんどんと前へと進もうとしたところで、ルナが彼女の肩をつかんだ。
「アリカ様。そんなに急いでも仕方ありません。確実に進んでいきましょう」
「……は、はい。……なんというか、こう閉塞感が強いので、ちょっと焦ってしまっていました」
「そうですね……アリカ様。光は見えましたか?」
「……意識、してませんでした」
アリカは頭をかいてから、一度深呼吸をする。焦っても仕方ない、と彼女は思考を切り替え、目をあける。
精霊を意識するということについて、アリカはまだ知らない。けれど、彼女はいつものように自然な態度でもって、周囲を見ていく。
アリカはその瞬間、目を見開くことになる。彼女の視界には、いくつもの小さな光があった。
その光は、まるで道しるべのように、ある方角を示していた。
「……み、見えました。たぶんですが、こっちです……っ!」
「よかったです。この調子で、頑張っていきましょう」
「……はいっ」
アリカは笑顔とともに拍手をしていたルナに心中で礼を伝える。
それからアリカはその光をたどって歩いていく。
アリカの手はわずかに震えていた。そんなアリカの手を、ルナがぎゅっと握った。
「アリカ様は、大丈夫です」
「……ありがとうございます」
ルナはこの状況でもその表情に不安な様子はない。彼女はアリカを信頼しているのだ。
普段、あまり周りに頼られることの少ないアリカは、拳をぎゅっと握りしめた。
「……お姉様に、私助けられてばかりですね」
「そうでも、ありませんよ。私も、アリカ様に色々と助けてもらっています」
「……私が、ですか?」
「……はい。私はその、あまり人に慣れていませんでした。ですが、アリカ様のおかげで、私もずいぶんと変わることができました」
「私が、力に……」
「はい。……アリカ様は、無意識のうちに多くの人を助けているんです。……きっと、だからラーファン様たちも、アリカ様のこと、気にかけていたんだと思いますよ」
「ラーファンたち……? ラーファンとシナニスですか?」
「……あっ、その――」
ルナは考えるように頬をかき、それから恥ずかしがるように唇をすぼめた。
「実は……アリカ様のことで、マスター以外に、二人にも相談していたんです」
「えっ……そ、そうなんですか?」
「も、もちろん、そのさりげなくですよ? そうしたら、二人は……最近アリカ様が悩んでいるように見える、と言っていました」
その言葉にアリカは驚き、目を見開いた。
「そ、そうなんだ……」
「アリカ様が何かあれば、真っ先に相談するのはお二人かなと思いまして……お二人に相談はしていませんでしたか?」
アリカは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった気持ちがあった。
というのも、今までずっとラーファンたちには隠し通せていたとアリカは考えていた。
「……二人、だからこそ相談できなかったんです」
その素直な気持ちをアリカは口に出した。
「二人、だからこそですか」
「……だって、情けない姿、見せたくないじゃないですか。二人は大切な仲間なので、変な気を遣われたくないんです。もちろん、お姉様にもです。私は悩みなんてない……いつも明るい子ってせめて、それくらいは取り柄をもっておきたかったんです……けど、そっか。私、普通を演じられていると思っていたけど、心配されちゃってたんだ」
本音が漏れ出たアリカの手を、ルナがにぎった。
感触にアリカは顔をあげた。ルナは道を照らすような明るい笑顔を浮かべている。
「大切な仲間、だからこそ、悩みや不安を共有するものではないのでしょうか」
「……そう、かもしれません」
「私も、よくわからないことや、不安なことは……多くの人に話すようにしています。今回も、マスターやギギ婆に相談してから、行動しています。一人で考えても、いい結果になるとは思いません」
「……お姉様」
「別に、怯える必要も、恥ずかしがる必要もないです。……私は、そう思いますよ」
アリカは唇をぎゅっと噛み、頷いた。
「……そう、ですね。仲間と思っているなら、なおさら、話さないと……ダメですよね」
「……難しいところはあると思います。私だって、なるべく相談はしたいですが……どうしても、黙っていたいことも、ありますから」
そういうルナの表情は寂しそうで、アリカはそれに首を傾げていた。
ルナの隠している事情を、アリカは知らない。
と、そんなアリカの視線の先を、ひときわ大きな光が流れていく。
「お姉様! あっちに行きましょう!」
「は、はい……っ!」
勢いよくルナの手をつかみ、アリカは走り出す。
やがて一つの小部屋へとたどり着く。
小部屋へと入った二人は、そこで周囲を見回していた。
アリカはしばらくそこを見ていると、小部屋から続く道に、小さな人型のような光が姿を見せた。
それは、今までの点のような光とは大きく違った。
「……精霊、さん?」
アリカはルナから離れ、その光に近づく。
その光は何度か明滅を繰り返した。
「……」
人型の光は何度も体を動かし、何かを表現していた。
アリカはその光に近づき、しゃがみこんだ。
「……えーと。精霊さん、どうにか話せないかな?」
「……」
アリカがそう声をかけると、精霊は踏ん張るように拳を固める。
『わたし、あなたのこと、見てた』
「わっ、今の君の声!?」
こくこくと精霊が頷く。可愛らしい少女のような声に、アリカは目を見開いていた。
「そうなんだ……えーと精霊さん。私、なんだか精霊術が使えるかもしれないんだ。えーと……その、君に協力……してほしいな」
『うん。わたし、なまえ、ウィン』
「ウィン……よろしくね。私はアリカっていうわ」
『……うん』
アリカが手を差し出すと、その手に精霊の手がふれた。
次の瞬間、アリカの体に精霊が入った。異物の侵入にアリカの体が一瞬だけ跳ねた。
しかし、次の瞬間、彼女は自身の体からあふれ出てくる力に目を見開いた。
何より、彼女の周囲にあった精霊の光を理解していた。
アリカはいつもの調子で手を動かした。魔法陣が浮かび上がり、そこへウィンの魔力が注ぎ込まれていく。
放たれた火の魔法は、いつもの三倍ほどに膨れ上がる。出現した火の玉が壁に直撃すると、ぴきぴきとヒビ割れたような音が響いていく。
「あ、アリカ様……今のは、精霊術、でしょうか」
「そ、そうみたいです……だよね。ウィン?」
『うん』
ウィンは返事をすると同時、アリカの肩へと出現した。ルナもそれが見えているようで、じっとアリカの肩を凝視している。
「お、お姉様にも……みえているのですか?」
「は、はい……可愛らしい精霊さんですね」
『アリカの、魔力、借りたから』
「そ、そうなんだ……えっと……これで、精霊との契約……? は終わりでいいの?」
『うん。わたし、アリカの力になりたい』
「ど、どうして」
『頑張ってるの、見て、それで』
「そ、そうなんだ……うんっ。これからよろしくね、ウィン!」
肩にのるウィンに手を差し出し、改めてそこで握手をかわす。
アリカの体内にウィンが入り、それからアリカはもう一度魔法の準備を行う。
「この空間を破壊して、外にでますね、お姉様」
「……わ、わかりました」
すっとルナが後退し、アリカが魔法を準備する。
次の瞬間、放たれた火の竜が天井へと飛翔する。
その牙が天井にかみつくと、砕け散るような音が響き渡った。
〇
体を起こしたアリカはすぐ隣で倒れていたルナに気づいた。彼女もちょうど、目を覚ましたところだった。
「あれ? 予想よりもずっと早かったね」
「……エルフィーユさん。それに、ルード様も……あれ?」
アリカが驚いたように首をかしげる。それよりも驚いているのはルードだった。
「おい、エルフィーユ。おまえ半日くらいかかるって言っていなかったか?」
「そ、そうだったかなぁ……? き、気のせいじゃないかな?」
じろっとルードが視線を向けるが、エルフィーユはそれを無視して、アリカに顔を近づける。
「精霊さんとはお話できたかな?」
「はい……おかげ様で」
「そっか。それなら、よかった。……精霊ちゃん。これから、アリカちゃんのこと支えてあげてね」
アリカの中にいたウィンが首肯の返事をし、アリカが苦笑する。
「ウィンっていうんですけど、どうやら恥ずかしくて表に出たくないみたいです」
「あはは、そっか。それなら仕方ないね。アリカちゃん。精霊術の基本は、精霊と仲良くなることだからね。これからも、頑張ってね」
「……はい、頑張ります!」
アリカは大きくうなずいた。
と、ゆらりと体を起こしたルナは少しだけむすっと頬を膨らませる。
「マスター、どうしてここにいるんですか」
「……いや、その」
「昨日の夜。私のこと、信じてるっていってくれましたよね?」
「まあ、その。なんだ」
ルードの頬を冷や汗が落ちる。
ルナが責めるようにじろっとした目を近づける。
「お、お姉様が珍しく怒ってる」
「ありゃりゃ、ルードちゃん怒らせちゃったねっ!」
エルフィーユのからかうような声に、ルードは返事をする余裕もなくルナを見返す。
「ご、誤解だ。俺は信頼していた。ただ、その……どちらかというとエルフィーユが心配でな。ほ、ほら、こいつおまえたちに説明するの忘れていたし」
「……そういうこと、なのですか?」
「わ、私を巻き込まないでよー! さ、さっきねっ! 二人のことルードちゃん心配してたんだよ!」
「エルフィーユ、だ、黙っててくれてもいいじゃないか!?」
「マスター、信じてくれなかったんですね」
「わ、悪かったルナ。その――悪かったって」
二人を見ていたアリカの口元が緩んだ。
普段、毅然としたルードや、冷静で頼りがいのあるルナを見ていると、どこか遠い人に感じられてしまっていたアリカ。
だが、そんな彼らも今アリカのパーティーと変わらない、他愛もない話で盛り上がっている。
アリカもいつかは、そんな二人のようになりたい、と改めて決意を固める。
『頑張ろうね』
『うん!』
アリカは響いたウィンの声に、強く頷いた。
誤字報告をたくさんしてくださっている方々、とても助かっています、ありがとうございます!
……誤字をなくすように頑張ります