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ルナとアリカ4


 朝、クランハウスで合流したルナとアリカは、そのまま中へと入った。

 しかし、室内にルードの姿はなく、ルナがきょろきょろと周囲を見回していた。

 入室に気付いたのだろう。奥からマニシアが姿を見せる。柔らかな笑顔とともに現れた彼女が小首をかしげ、ルナが口を開いた。


「マスターはまだ来ていませんか?」

「はい。兄さんは朝早くに……その、出かけまして」


 数日の間。町を離れることになるため、ルードに挨拶するため、クランハウスに来ていた。

 ルナは昨日ルードに話こそ通していたが、出発前にもう一度挨拶に来ていた。

 アリカは苦笑しながら、ルナに声をかけた。


「ルード様も忙しいみたいですね」

「あー、いえ。兄さんはちょっと心配性なだけなんですよ」


 僅かにため息をついたマニシア。その表情は柔らかな微笑で固まっていた。

 しかし、心配性という言葉にルナがぴくりと反応した。


「……何かあったのですか?」

「いえ、何も。二人とも、安心して行って来てくださいね」


 くすくすとマニシアが笑みを浮かべている。

 ルナとアリカは顔を見合わせ、首を傾げていた。


「わかりました、それではアリカ様。セインリアにお願いして目的地へとむかいましょう」

「わかりました!」


 アリカはぐっと頷いて、庭に出た。セインリアに事情を説明すると、翼を大きく広げて飛びあがった。

 飛び立つと同時、強い風が二人の全身を襲うが、すぐにセインリアの魔法が発動する。二人を圧し潰さんとしていた衝撃がなくなる。

 ゆったりとした速度で翼を動かすセインリアに、場所を伝えてから、アリカは眼下を見た。


 小さな街や馬車が見えた。人々の生活の様子が空からでは一目でわかる。

 地上にいる人からすれば、まさか竜の背中に人間が乗っているなどとは微塵も思っていないだろう。

 いくつかの街を過ぎていくと、やがて大きな森に到着した。そこに、目的の人物がいる。

 

 森にいる魔物たちを刺激しないよう、二人は森から離れた場所に降りた。


「ありがとね、セインリア」


 セインリアの頭を撫でると、その両目は細くなった。

 アリカが体を森へと向ける。と、ルナが小さく息を吐いた。


「現在、ギギ婆の義娘様――エルフィーユと呼ばれる方はこの森で暮らしているそうです」

「そうなんですね。……若いエルフの女性かぁ……あんまりみたことないですけど、みんな美しい人たちみたいですね」

「そうなのですね。アリカ様、準備はよろしいですか?」

「はい、任せてくださいっ」


 二人は森へと向かって歩き出し、セインリアもまた地上から空へと戻っていった。

 エルフというのは長寿の種族だ。ただし、それゆえかあまり繁殖力はなく、全体で見ても個体は少ない。

 また、エルフは精霊信仰が強く、ブルンケルス国を主な拠点として活動していることが多かった。そのためルードたちが暮らすグロンドラ国ではエルフという種族は少なかった。


 現在はグロンドラ国にも流れて来ていたが、それでもやはり、神信仰を主とするため、精霊信仰が強いエルフにとっては決して暮らしやすい国ではない。


 エルフを探し、二人は森へと入って行く。

 生息している魔物はEランク程度だ。アリカは何度か目を瞬かせたあと、じっと空中を見ていた。


 彼女の視界には、きらきらとした点のような光がうつっていた。それをちらとおいかけていき、アリカの視線がぴたりと止まる。

 やがて、それは消えて無くなり、アリカは小さく息を吐いた。


「……お姉様。今、そっちに向かって光のようなものが流れて行ったのは、見えましたか?」

「……見えていません。それがもしかしたら、微精霊というものかもしれませんね」

「なるほど……」


 アリカはそれを今までにも何度か見ていた。しかし、彼女はそれを濃い魔力と判断し、特に追求することはなかったのだ。それを恥じるかのようにアリカは唇を噛み、森を歩いていく。


 何度か魔物に襲われていたが、彼女たちは問題なく撃退していく。襲い掛かっていたのは、ゴブリンやウルフといった魔物たちで、普段それ以上の相手をしている二人には造作もない。


「アリカ様。あれではないでしょうか?」

「そうですよきっと! こんな場所にあんな小屋を建てて生活する人いませんよっ!」


 二人の視線の先、木々の隙間から建物が見えた。

 アリカの言葉通り、小屋のように小さな建物だ。

 二人が急いで進んでいくと、エルフの女性が椅子に座っていた。彼女は美しい薄い緑の髪を揺らし、ティーカップに口をつけていた。


 おっとりとした柔らかな目をアリカたちへ向ける。そうして、にこりと小首をかしげながら微笑む。


「えっと、初めまして。二人が、アリカちゃんとルナちゃんでいいのかな?」

「……は、はい」

「そっか。よかったぁ、私の名前はエルフィーユ。話はルードちゃんから聞いてるんだ」


 柔らかな声音とその美貌に、アリカは見とれる。

 少しばかり小首をかしげると、机に乗っていた胸が揺れた。


「エルフィーユ様。私はルナと申します。……マスター……ルード様から話を聞いているとおっしゃられましたが、どの程度でしょうか?」

「アリカちゃんが、精霊術を教えてほしいっていうことで、私がその先生になってあげるって感じかな?」

「はい……その通りです。お願いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ。いくらでも、お姉ちゃんに任せてね。……それじゃあ、早速。これは見えるかな?」


 エルフィーユが細い指をしなやかに振る。

 エルフィーユの体から緑色の小さな光が生まれた。それは彼女の作り出した魔法陣へと吸い込まれ、やがて近くの木々を風の魔法が切りつけた。

 小さな魔法だったにも関わらず、大人の胴ほどはあった木をあっさりと切り倒してみせた。通常では考えられない魔法の威力に、口を開いたのはルナだった。


「今のは……魔法、でしょうか?」

「精霊を乗せた魔法だよ。エンチャントっていうスキルがあると思うけど、すっごいざっくりいうと、精霊術って何にでもそれができちゃう感じ? それでアリカちゃん、さっき光は見えた?」

「……はい。緑色の光が、エルフィーユさんの体から出てきて、それが魔法陣に入っていった感じで」

「人間なのに、すっごい精霊の適性があるんだねっ! 昔、誰かエルフさんと暮らしてたとかあるかな?」

「……うーん、わかりません。私の身近にはいなかったと思いますけど……」

「そうなんだ。じゃあ、本当に生まれつきだ。そこまでできるなら、もう後は……簡単なんじゃないかな?」


 エルフィーユはそう言って、再び手を振る。空中に絵でも描くかのように何度も右に左に動いていく。

 やがて、大きな魔法陣が彼女の足場に出現する。


「それじゃあ、お二人さん。これから訓練に行ってもらうよ」


 アリカとルナは顔を見合わせ、首を傾げる。

 しかし、エルフィーユはそんなことお構いなしに腕を振った。


「訓練は簡単だよ。精霊さんに会って、話をしてくるだけ。それじゃあ行ってらっしゃいねっ!」


 そういってエルフィーユが片手を向けると、アリカとルナの体へ魔法が襲う。

 強烈な光に、二人は顔を覆う。その腕を顔からどけたとき、二人がいた場所は彼女らにとって見覚えのない場所だった。

 そこはまるで古い遺跡のような造りをしている。

 アリカとルナも顔を見合わせ、しばらく周囲を見て呆けるしかなかった。



 〇



「る、ルードちゃん! 説明するの忘れちゃったよ!」

「……意図的じゃなかったんだな」


 慌てるようにエルフィーユが片手で口元を隠している。


「ど、どうしよう……っ。アリカちゃんをストーキングしてる精霊さんがいたから、一緒に夢の世界に送っちゃったけど……ちゃんと理解できたかなぁ?」

「……まあ、二人は優秀だし、なんとかなると思う。信じて待つしかないな」


 小屋からこっそりと外を伺っていたルードは、二人が倒れたところで、そこから姿を見せていた。

 エルフィーユが用意した椅子に座り、小さく息をついた。


 ルナとアリカは先ほど彼女たちが立っていた場所に倒れていた。

 彼女らは、エルフィーユの精霊術によって眠っているにすぎない。

 エルフィーユは彼女らを眠らせ、その二人の意識をある一つの夢の世界へと集めた。そこに、アリカの近くにいた精霊も合流している。


「あの精霊が、アリカの守護精霊になるのか?」


 エルフィーユの力によって精霊を見ることができていたルードが首をかしげる。

 エルフィーユはうん、と小さくうなずき、席についた。


「そうみたいだよー? けど、アリカちゃんについたのはつい最近みたいなんだよね? 面白いね、ルードちゃんの仲間さんは」

「……精霊、か。一応流れとしては、おまえの作った迷路をアリカが精霊の力を使って脱出できれば、合格でいいんだよな?」


 ルードの言葉にエルフィーユはこくこくと首を縦に振る。


「うん。本来、精霊術を学ぶには、まず自分が契約する予定の精霊を見つけないといけないんだ。けど、それってすっごい大変なことで、多くの精霊術師がここで苦戦してるんだよ」

「……けど、アリカの場合はそこはなぜか精霊が寄ってきたから、もう大丈夫、なんだよな?」

「そうだよ。だから、あとは精霊と話をする機会さえもてればいいんだ。その機会を私が用意したってわけ……けどけど、説明わすれちゃったんだよね……」


 がくりと肩を落とすエルフィーユ。

 彼女はしっかりしているが、たまにこうしたやらかしをすることがある。ルードは苦笑を浮かべつつ、背もたれに体を預けた。

 彼はそこを不安には思っていなかった。アリカはもちろん、彼女とともに行動しているのはルナだ。


 今回、アリカの件についてルナから何度も相談を受けていた。そんなルナならば、アリカにとって最善と思える行動を考え、とり続けるだろうとルードは信頼していた。


「大丈夫だ。俺の仲間たちは信頼できる奴らだからな」

「ふーん……。けどー、ルードちゃん、不安に思ってここまで来たんだよねー?」

「それは……まあ、そうだけど」


 ルードは言いにくかったことを口にする。

 ルナもアリカも、信頼はしていた。それでも、心配なものは心配だった。

 それを誤魔化すように、さらに彼の口は動く。


「それに、エルフィーユも心配だったしな」

「なぁっ! それは酷いよルードちゃーんっ! 私、ルードちゃんやフィールちゃんたちよりもお姉さんなんだからねっ!」


 ぷんぷんと頬を膨らませ、腕を組むエルフィーユ。

 胸がぐっと寄せられ、ルードはそこに注目しかけるが、こほんと咳ばらいをする。


「それにしても……私が町を離れている間に、色々起きてたんだねぇ……」

「ギギ婆も心配するから、たまには戻ってくるといい。なんなら、セインリアを呼んでくれればいつでも来れるんだ」

「うん、便利便利。ルードちゃんのクランも見てみたいし、今度時間を作って戻ってみようかな」

「ああ」

「それにしても、意外だなぁ。ルードちゃん、昔はあんまり人と深くかかわろうとしなかったのに、クランのリーダーさんだもんね」

「……色々と、事情が変わったんだ。それに、最近はマニシアの調子も凄い良いんだ」

「うんうん。よかったねルードちゃん」

「……ああ」


 エルフィーユが柔らかくほほ笑み、ルードは小さく息を吐く。

 あまり子ども扱いされることに慣れていないルードは、彼女の包み込むような笑みに頬をかいた。


 ルードは小さく息を吐き、まだ横になったままの二人へと視線を戻した。

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