ルナとアリカ2
アリカがギギ婆のもとで学んでいるのには理由がある。
ギギ婆から薬草の知識を教えてもらっていた。
旅先でポーションを作るためだ。
それもすべて、自分にできることを探しての結果だった。
抜き出た才能がないのなら、幅広くできることを増やそうと考えたのだ。
まさしく冒険者らしく、さまざまな知識を集め、旅先で活躍できるようにという考えだった。
次の日。
その日、アリカはルナと依頼を受けにいくため、朝早くにギギ婆のもとを訪れていた。
帰りが遅くなるため、店を手伝うことができないからだ。
ギギ婆はそれを止めたが、アリカは手伝うといってきかない。彼女の真面目な性格が表れての行動だった。
店にポーションを並べていた彼女の隣に、ギギ婆が並んだ。
「アリカちゃん。そろそろ、ルナちゃんと依頼を受けにいくんじゃなかった?」
室内に置かれた時計に視線を向ける。
約束の時間より三十分前で、アリカははっと目を見開いた。
「そうでした! お姉様と久し振りのおでかけですっ」
「楽しんでおいでね」
「はいっ! また明日きます!」
そういって、アリカは薬屋を飛び出し、ルナが待つクランハウスに向かった。
到着したのはそれから十分ほどが経ってからだった。
肩で呼吸をしていたアリカのもとに、ルナが近づく。
「そんな急いでこなくても大丈夫でしたよ?」
「いえ、私から頼んだのに、遅れるわけにはいきません!」
アリカは最後の力を振り絞り、ルナへと抱きつく。その細い体をぎゅっと抱きしめ、アリカは頬ずりをした。その顔はなんとも情けないものとなっていた。
ルナは苦笑しながら、アリカを受け止めている。
「お姉様! 一緒に行くのはお久しぶりですね!」
「はい、そうなりますね」
頬をルナの胸にこすりつける。この板のような感触が心地よい、とアリカは普通の女性として、普通の感想を抱いていた。
ルナも困った様子で頬を赤らめていたが、それを拒絶することはなかった。まさか、アリカがルナの胸に興奮しているとは微塵も思っていないような無邪気な笑顔だ。
「二人とも、よろしくな。あまり無理をしないでくれよ」
クランハウスの庭にいたルードが、アリカたちの前に現れた。
ルードたちの前では、肩で息をしているファンティムとシャーリエの姿があった。
ルードは二人に訓練をつけていて、ルナたちが合流したのに気づいてここにやってきた。
はにかむ彼にアリカとルナは揃ってうなずいた。
「はい、マスター行ってきます」
「ルード様、頑張ってきます」
「ああ。ファンティム、シャーリエ、逃げるな!」
ルードが目を離した隙に走り出したファンティムとシャーリエ。
さすがにまだ二人は子どもで、その体力は底知れない。
ルードも笑みをこぼし、二人を追いかける。それも体力作りの一環だ、とばかりに。
三人が去って行ったところで、アリカとルナはセインリアの背中に乗って、近くの洞窟へと向かった。
本日の依頼は薬草の回収だ。ここ最近、冒険者の出入りが多く、ギルドで管理している薬草が少なくなっていた。
そこで、今回の依頼となる。
シナニスたちがある依頼を受けた時に、この洞窟で薬草っぽい素材を大量に見つけたという話があり、二人は足を運んでいた。
洞窟付近で降りた二人は、探知魔法を使い周囲の安全を確認してから洞窟へと入る。
「私が明かりを用意しますね」
「はい。ありがとうございます」
アリカは率先して魔法を準備する。灯された洞窟内にルナとアリカは揃って顔を見合わせる。
「自然にできたもの、ですかね」
「みたいですね。魔物の気配も……ありますね」
「はい。気をつけて進みましょう。シナニス様の話では、それほど強い魔物はいなかったそうですが、油断は禁物です」
「そうですね。シナニスの言っていることだとあてにならないですからね」
「そうですか? ここ最近シナニス様は随分と気合いが入っていますし」
「……そうですね」
ルナの言う通り、最近のシナニスはより一層、冒険者に打ち込むようになった。
前までは才能こそあったが、荒削りな部分が多く、またそれほど鍛錬を好む性格でもなかった。
言葉遣いは荒く、酒が好きでよく酒場に足を運んでいた。
まさに、一般人が冒険者に抱く印象そのままの男だった。
しかし、最近では後輩の面倒をよく見ている。もともと、面倒見がよかった部分もたしかにあったのだが。
アリカたちは、周囲を警戒しつつ進んでいく。
と、大部屋のような大きな空間に到着した。
二人は一度探知魔法を発動し、周囲の状況を確認。魔物がいないのを確認したところで、中へと入った。
天井が高くなったそこには、多くの緑があった。
まるで花畑のようで、それらにアリカたちは一瞬見とれていた。
しばらくして、アリカは花畑へと近づく。
「あ、これポーションの材料で、こっちも効果を高める薬草だ」
「たくさんありますね……。これほどの場所があったなんて今まで気づきませんでした。帰って、報告しないとですね」
ルナが考えるように顎に手をやり、そういった。
しかし、アリカは、ギギ婆のもとで学んでいたある知識が引っかかっていた。
「そう、ですね。けど、これだけ発生しているってことは、ここは本来とは違う環境になっているってことだよね」
そう。薬草などの成長は魔素の影響を大きく受ける。
そのため、これだけ一斉に薬草ができたということは、その大地の環境が変化しているということでもある。
生活を豊かにする程度であれば問題ないが、魔素によって凶暴な魔物が発見されることもあるため、一度しっかりと調査するべきでもあった。
「……たしかにここ最近魔物の発生も多く、果樹園に魔物が流れてきた理由があるかもしれませんね」
事実。ルナが言う通り、何度か果樹園で冒険者が襲われている。それも、本来住み着くような弱い魔物ではなく、ランクDからC程度の魔物たちだ。
「一度本格的に調査したほうが良いかもですねっ」
「はい。アバンシアに戻りましたら、確認してみましょう」
アリカの言葉にルナがうなずいた。
魔物の中には突然変異が起こる場合もある。何か、危機的状況に陥ったとき、それを打破しようと進化するものがいる。
わかりやすいところでいえば、飢餓などだ。
人間が持つ三大欲求のように、魔物たちにもいくつもの欲求があるが、共通で一番強いのはやはり食欲だ。
アリカはルナに、これまでに学んだ知識を披露しつつ、薬草採取を行っていく。
「知っていますか、お姉様。薬草ってたくさん種類があってですね。取り方がそれぞれ違うんですよ」
「……そうなのですか? 根は残した方がまた生えてくると聞きましたが」
「はい。それが基本なのですが、例えば、これは追い込めば追い込むほどよくはえるので、わざと根っこを地面から浮かせるようにしたほうがいいとかですね。そうすると、根が地面まで伸び、必死になって新たに生えてこようとするんです」
「……さすがに、ギギ婆様のもとで毎日勉強しているだけはありますね。素晴らしいです」
「……うん」
その言葉に、アリカは少しだけ複雑な気持ちになった。ギギ婆のもとに通っているのは、自分の弱さを補うためで、それを思い出したからだ。
二人は必要なだけを回収し、カバンにしまう。
十分に集めたところで、外に向かおうとしたところで、ぴくりとルナの片手が止まる。
「アリカ様、戦闘準備を」
「え?」
探知魔法に敵はかかっていなかった。
アリカはしかし、自分の魔法が弱かったのだとすぐに判断し、防御魔法の準備を開始する。
外皮自体を強化する魔法か、全面に障壁を展開する魔法か。その判断に迷い、一瞬の遅れが生まれる。
しかしアリカは自分の勘を信じ、障壁を張る魔法を選択する。単純な敵の攻撃を防ぐという意味では、こちらのほうが強い。
ルナは短剣を取り出して両手に構える。荷物は床に置いている。さすがに、ルードのように抱えたまま戦闘できるほど二人の身体能力は高くはなかった。
ルナの耳がぴくりと動き、短剣を振り抜いた。きんっと金属音が響き、アリカは驚いて目を見開く。
「敵が、見えない……っ」
「いえ、影に溶け込んでいるだけです。耳を活用し……光を放てば問題ありません」
ルナが光魔法を発動すると、周囲がつよくてらされた。そこには、人間の影のような姿をした魔物がいた。
見た目はオタマジャクシを人型にしたようなものだ。人によっては可愛らしさを感じるかもしれない。
光魔法が発動している間にルナが敵を切り裂いた。
「確か、あの魔物って……シャドウゴースト!?」
「……私はあまり魔物について詳しくありませんが、強いのですか?」
「そ、そんなに強くはないけど、さっきお姉様がいっていたとおり、闇にまぎれて攻撃してきますのでそれだけ気をつければDランク程度の魔物です!」
闇の中で戦うのであれば、相性次第だが、Bランク冒険者でも手こずる相手だ。
「承知しました。アリカ様は、周囲を強く照らす魔法に切り替えてください」
「……はい」
アリカは自身のとっさの判断が間違っていたことに唇を噛みつつ、次の魔法の準備を行う。
先程、外皮を強化する魔法を選択していれば、ルナを強化してから次の魔法に移れた。
敵が見えない以上、障壁を張るのも難しい。魔法の選択を誤ったことに、アリカは唇を噛み、静かに反省していた。
すぐに火魔法を用意する。火魔法だけは何度も練習しているため、即座に構築できる。自分に合わせてカスタマイズした、ファイアライトを発動する。
天井付近にそれを打ち上げ、周囲を照らす。小さな太陽となり、大部屋を照らした。
その光によって映し出された敵の数は五体。ちょうど、入り口のあたりからアリカたちの方へ向かっているところだった。
アリカは攻撃魔法の準備にかかるが、ルナが即座に風魔法を放つ。彼女の風が二体の敵を切り裂いた。
その攻撃を逃れたものたちも、ルナの水魔法に捕まり、拘束されていた。
状況としては、スライムに取り込まれたような形だ。手や足をばたつかせても、水を掴むばかりで脱出ができない。スライムならば核を破壊すれば脱出可能で、実際ヒューがルードに構って欲しい時にルードを取り込んで、ルードが軽く核を小突いて叱った場面を目撃したこともある。
水の牢獄に捕らえられた魔物たちを見て、ルナは短剣をしまった。
そして、ルナの片手がくいっと動くと、球体だった水に槍先のような形が生まれる。
それが、シャドウゴーストの体を貫いた。
シャドウゴーストたちをちらと見届けてから、ルナはアリカへと近づいていく。
「アリカ様。外に戻りましょう。あまり長くいては危険です」
「……はい」
アリカは唇を噛んでいた。それもそうだ。今回の戦いで彼女は満足に動けなかった。
それを表に出さないよう、アリカは笑顔を作って荷物を担いだ。
新しく誤字報告機能が追加されたみたいですね。まだどんな感じなのかわからないですけど……。
とりあえず、今は感想に返信していかないとなんですが、気長に待ってくれると嬉しいです。