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ルナとアリカ1

 ギギ婆の薬屋で、一人の女性が仕事をしていた。

 彼女――アリカは一人になったところで、難しい顔を作った。

 それは、ここ最近ずっと考えていた一つの悩みだ。


 アリカにとって冒険者というのは、あくまで一つの職業という認識しかなかった。

 特別な思い入れがあったわけでもなく、魔物に恨みがあるからということもなく、冒険者を始めたきっかけなんて、特に理由はなかった。

 それでも今アリカは、冒険者として、さらに上に行きたいという悩みを抱えていた。


 シナニスもラーファンも生まれ持っての才能がある。

 シナニスは剣の扱いがうまく、またスキルにもその傾向が現れている。彼は戦闘に関してはそこらの冒険者の中でも抜きんでていた。

 ラーファンも、竜人族特有の力強さを持っていて、初心者冒険者のなかではずば抜けていた。


 冒険者登録をしてすぐにアリカはシナニスに声をかけられ、ともにパーティーを組むことになった。彼はまさに冒険者という性格をしていて、酒と女と金を好んでいた。そういう理由から、女性を優先して集めたのではないかと疑っていたアリカだった。


 アリカはギギ婆のもとでポーション製作の手伝いをしていた。といっても、アリカが行っているのは、あくまで瓶の水洗いや、ポーションに使うための道具の準備程度だ。

 最近では冒険者がせわしなく出入りしている。ギギ婆のポーションは効果がよく、それを求める冒険者が多いのだ。店のほうをちらと見ると、そちらではホムンクルスが仕事をしている。


 明るい笑顔を浮かべるその姿は、ホムンクルスらしさがない。アリカは上手に接客をこなすホムンクルスをちらと見てから、手元へと視線を戻した。

 綺麗に磨き上げられた瓶には、アリカの顔が映っている。憂いを帯びた瞳に、そっとため息をぶつけ、アリカはそれを棚に戻した。


 才能があるシナニスたちと比較して、アリカの才能は平凡なものだった。

 アリカが冒険者になったのはなんとなくだった。町での生活に飽きていて、何か面白いことがないかと思い、冒険者を目指した、ただそれだけだった。


 彼女が冒険者登録をした街では、初心者冒険者への支援が厚かった。ギルドが登録したばかりの冒険者を集め、迷宮やフィールドの歩き方を指導していた。

 それに参加したアリカは、シナニスとラーファンと同じグループになり、それからずっと縁が続いている。


 厳密にいうのであれば、一度パーティーから離れようとした二人を、シナニスが集めたのが正しいのだが。

 とにかく、アリカはそんな二人と一緒に冒険者生活を送れたことを喜びつつも、今は少し後悔も混ざっていた。


 それが、まさに才能の差だ。棚に並ぶ完成したポーションたちを見て、その中に混ざる暗めの色のポーションを見て、アリカはそこに自分を重ねていた。


 輝くポーションたちに混ざるそれは、まるで泥水のように汚い。

 シナニスとラーファンはあっさりと強くなっていく。しかし、アリカはそれに必死についていくので精一杯だった。


 唯一持っている回復の才能だって、彼らに並ぶほど優れたものではない。

 どこにでもいる普通の冒険者。現在彼女はシナニスと同じBランクであったが、そのランクは彼らと同行していたことによってあがった偽りのようなものだ。


 実際の腕は、Cランクあればいい程度だと、アリカは自分をそう評していた。彼女の実力は十分Bランクに値するのだが、誤解の原因は他のパーティーと組むことがまったくなかったこと。


 また、彼女自身が悩みを表に出さないことだった。

 普段から明るく快活に、シナニスの暴走を止めることが多く、ラーファンが困っているときもいつも世話をしていた。

 パーティーの細かい仕事のほとんどを請け負っているのが、彼女だった。

 そんなアリカは、瓶をまとめ、大きな釜の前で立つギギ婆のもとへと向かう。


「ギギ婆、言われた道具を持ってきましたよ!」

「ああ、ありがとね」


 ギギ婆はそういって微笑んでそれらの道具を受け取っていく。

 出来上がったポーションを瓶に移す作業だ。その際に、ギギ婆の手元がわずかに光った。それが、終わるといつも完成だったため、アリカが首を傾けた。


「完成ですか?」

「うん、そうだよ。それじゃあ、どんどん作っていくから、アリカちゃん。店に持って行って」

「はい! 任せてください!」


 不安や悩み。それらは一度放り出し、アリカはぐっと拳を固める。

 そうして、出来上がった物からホムンクルスに手渡していき、そのままそれらの商品が冒険者の手へと渡っていった。



 〇



「何時間も手伝ってくれてありがとね」


 陽が完全に落ちる前に、店は閉まる。王都などで開かれている店に比べると、ずいぶんと早い。

 そのため、夕方になる前に、冒険者がこぞって店に押し掛けてくるため、非常に忙しいのだ。

 奥の自宅で、ギギ婆とアリカ、そしてホムンクルスの三人は椅子に座っていた。


「ほら、アリカ、サミミナ。お茶を入れたよ。飲んでいくといいよ」


 サミミナ、この店で働いているホムンクルスだ。女性型の彼女は、非常に愛想よく笑う。それも相まって、この店に来る冒険者の数は多かった。

 サミミナとアリカは顔を見合わせていた。どちらも、遠慮がちの性格であり、同時に二人は首を振っていた。


「そんな、私は別に――」

「私も、そこまでしていただくのは――」

「なんだい、婆の話に付き合ってはくれないっていうのかい」


 悲しそうにギギ婆が目元を押さえ、アリカはサミミナと顔を合わせる。

 そこまで言われて、二人は椅子に座った。

 ギギ婆も柔らかく微笑んでから、腰を下ろした。

 三人がお茶を飲んで、ほっとしたような息を吐く。


「まったく。冒険者たちってのはあれだね。好き放題ポーションを使うもんだから忙しくて敵わないよ。もうちょっと、節約ってのはできないのかね」

「ははは、それだけギギ婆のポーションが凄いってことですよ」

「そんなこと言ったってなにもでないよ。あっ、そういえば今朝フィールがケーキを持ってきてたね。食べるかい?」

「……い、いいんですか?」

「ああ、いいんだよ。フィールが太るからって渡してきた奴なんだからね。まったく、あの子は他の人は太らせてもいいっていうのかねぇ」


 笑ってギギ婆は奥へと向かう。

 ちらと、アリカはサミミナへと視線を向ける。整った眉に綺麗な顔だち。柔らかそうな頬に、赤い髪がかかっていて、彼女はそれを指でずらした。

 人形のような可愛さで、抱きしめたくなっていたアリカはそんな気持ちを裏に忍ばせながら首を傾げた。


「サミミナは他の場所では仕事してるの?」

「いえ、わたくしはここだけです。その代わり、ほとんど毎日ここにきていますね」

「そうなんだ……。確か、ホムンクルスの人たちって色々な場所に分かれて仕事してるんだよね?」


 アリカは町で見かけるホムンクルスたちの状況を思いだしていた。


「はい。主に宿になりますね。一人人間の代表者を置いてもらって、私たちは代表者の指示に従って動いている形です」

「戦闘能力も、あるんだよね? 冒険者とか、やってみたいって思ったことある?」

「……いえ、その。もう、わたくしは、あまり戦いたく、ないんです。……覚えているんです。誰かを傷つけたときの悲鳴が、耳に強く――」


 サミミナは唇をぎゅっと噛んだ。その桜色の美しい唇に力がこもる。

 アリカはすぐさま彼女の肩を掴んだ。それには様々な感情が含まれていたが、一番は美しい彼女に傷を残させたくなかったからだった。さわさわとサミミナを掴むアリカの手が動いていた。


「ごめんねっ! そういうつもりじゃなかったのよっ!」

「す、すみません。わたくしも、もう大丈夫だと思っていたのですが……」

「そうなんだ。戦うってこと自体に怖いって思うものなの……なのよね」


 アリカはそうまとめてから、椅子に深く腰掛ける。


「ルード様がいなければ、わたくしたちはみんな……あそこで死んでいたのでしょう。……今もルード様がいなければ、こうして安全に生きることもできませんでした。……ルード様は我々にとって、神のような存在です。ですので、ルード様が戦えというのであれば、わたくしは剣を握ります。ルード様のためならば、わたくしは戦えます。どんな相手でも、潰してみせましょう」


 そのどこか狂信的ともとれる様子にアリカの頬がひきつった。

 こいつやばい、とアリカはそっとサミミナから手を離す。


「物騒な話をしてるんじゃないよ。ほら、ケーキだよ。フィールが作ったものだから、おいしいはずだよ」


 そっと切り分けられたケーキを三人の前に置き、ギギ婆はもう一度座る。

 三人は手をあわせ、ケーキを口に運び、それぞれ幸せそうに目を細めていた。

 それから、ギギ婆が思いだしたように口を開いた。


「サミミナはあれかい。ルードのことが好きなのかい?」


 ギギ婆が笑顔とともにそういうと、サミミナはこくりと頷く。


「はい」

「それじゃあ、あれだね。ライバルたちに負けないようにしなきゃだね」


 ギギ婆の言葉に、サミミナは首を傾げた。


「ライバル。ああ、確かにルード様はたいそうモテるようですね。ですが、私はその姿を見ているだけで十分です」

「……そういうものなのかい?」

「いや、私もわかりませんよ」


 アリカとギギ婆がそろって考えていると、サミミナは嬉しそうな息を吐いた。


「わたくしはルード様が幸せになってくれるのであれば、それが一番だと思います。彼が幸せになれる相手とともにいてくれるのがわたくしにとっての最高の幸せです。ですから、彼を不幸にする人がいたら――」

「い、いたら?」


 にこっと彼女は微笑んで、ケーキを口に運んで目を輝かせる。

 触れてはいけないとアリカとギギ婆は目線で話していた。

 と、裏口がノックされる。椅子から一瞬で扉まで移動したのは、サミミナだ。


 ノックから一秒かからず扉をあけたサミミナが、息を乱しながら笑みを浮かべていた。


「サミミナ……早いな」

「もっと、早くするように心がけます」

「いや、別にそんな急がなくてもいいから。……ギギ婆、今日売れたポーションの個数を教えてくれ」

「それだったら、サミミナに任せてあるよ。教えてあげて頂戴」

「もちろんです! ルード様、こちらになります!」


 さっとサミミナが紙を取りだす。それを受け取ってから、ルードはカバンを置いた。


「今日の分の薬草だ。……やっぱり、かなり売れているんだな。この調子だと、ギルドだけじゃ足りないか……。こっちで薬草を採取しにいかないとだな……」

「それでしたら、わたくしに任せてください」

「いや、いつ行く気だ。おまえ、今だってかなり仕事しているんだろう」

「ホムンクルスに睡眠など不要ですから。その時間を使っていけばいいでしょう」

「……体を休めること自体には、意味があるんだろう。無理に動かなくても大丈夫だ」

「……そうですか」

「ただまあ……その。困っているときには手を借りるかもしれない。しっかり、準備しておいてくれ」

「わかりました、ルード様……」


 サミミナが憧憬の眼差しを向け、ルードは顎に手をやって歩いていく。

 カバンから薬草を取り出したサミミナがそれらをまとめていると、粒状の光が迫っていた。

 アリカはその光をじっと追っていく。


 その光をアリカはじっと見ていた。まるで二人は目でも合うかのようにぶつかり、やがて光はさっと物陰へと消えた。

 まるで、アリカの視線に気づき、逃げ去るように――。

 その光にアリカは首を傾げてから、サミミナの手伝いを始めた。

 

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