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竜族の里7



 

 ニュートは里にある一番大きなテントの中で休んでいた。

 父が扱っていた槍がそこには飾られており、ニュートはそれを眺めていた。


「……どうすればいいのですか」


 ニュートは拳を固め、小さく呟く。


「オレは……あなたほどの力は持っていません。それに……竜化の試練さえも受けることさえ敵いません……そんなオレが里長としてやっていけるのでしょうか」


 誰にも相談できる内容ではなく、かといってうちに秘めておくことも難しい。

 彼の父は里へとやってきた見慣れぬ魔物との一騎打ちによって、相打ちという形で死んだ。

 その魔物による被害が父と最初に遭遇した戦士だけで済んだのは、彼の父が一人で討伐したからであった。


 だが、今のニュートには彼を超えるほどの力はなかった。

 父に稽古をつけてもらっていたニュートだからこそ、その実力差はよく理解していた。


「一体、何が足りないんですか……父上。教えてください……」


 父の残した槍に片手をあてながら、ニュートは唇をかんだ。

 誰にも涙を見せるわけにはいかなかった。弱みを見せるわけにはいかなかった。

 彼は里長としてまだまだ未熟者だったからだ。


 父が進めていた混血と純血が楽しく暮らせる里造りも中断せざるを得なかったのは、純血たちを押さえきれないニュートの弱さが理由だった。

 それゆえに、今のニュートは不満をあちこちに生み出してしまっていた。

 父についていた竜人族たちは、父とニュートの方針の違いに困惑し、また純血を絶対とする過激派の者たちを調子づかせることになってしまった。


 だからこそ、竜化の試練は絶対に突破したかったのだ。

 里が二つにわかれてしまっているのも原因の一つだ。


 15歳になり、ニュートは竜化の試練を受けることになった。

 全員を黙らせるだけの絶対的な力を得るために、竜化の試練に臨んだニュートだったが、失敗に終わった。


 自分の限界を超えるつもりで、ひたすら鍛錬を積み重ねていく。

 パートナーは誰でも良かった。昔からやたらと近くにいたシデアを指名し、彼女とともに竜化の試練に臨んだ。


 15歳になったときに受けた竜化の試練では、黒竜のもとまでたどりついたニュートだったが、その結果は散々だった。

 与えられた竜化の力を制御できず、暴走したまま、パートナーだったシデアを傷つけてしまった。


 それからニュートは、ひたすらに己を鍛え続けた。

 力が、足りない。そう判断した彼は、武闘大会を開き、外の強者とも戦い、高みを目指していった。

 今のニュートは、里でも一、二を争うほどの腕前となり、表だって文句を口にする竜人族もいなくなった。


 だが、力を恐れる者も出てきて、彼は里から孤立していった。

 ニュートが憧れた父は、頼れる人だった。誰とも分け隔てなく接し、よく笑顔を見せる人だった。


 今のニュートに、それはできなかった。

 と、そんなときだった。外が騒がしくなっていた。

 何事かとニュートは外へと飛びだす。

 ある場所へと人たちが走って行っている。ニュートもまたその後を追う。

 場所は竜化の試練入口。そこにいた、門兵と話しているのはラーファンとそのパートナーであった。


 近くにいたシデアが、ニュートに気づいた。それに周りの者たちも気づき、慌てた様子で頭を下げている。


「シデア、一体どうした?」

「にゅ、ニュート様……っ。その、ラーファン様が……」


 シデアが普段と調子の違う声をあげる。

 それは棒読みに近いものであった。その違和感にニュートは首をかしげていたが、彼はそれよりもラーファンが突破したことに驚いていた。

 ニュートは父の教えもあり、純血、混血と差別をするという考えはなかった。だが、それでも長く里で生きていれば、無意識のうちに刷り込まれていくものがあり、ラーファンが突破できるとは微塵も思っていなかったのだ。

 それゆえに、彼は驚き、言葉を失っていた。


「……混血のラーファンが、なぜ――」

「……ニュート様でさえ、まだ」


 驚いていた純血の一人がそんなことを呟き、ニュートの耳がぴくりと揺れた。

 ニュートがこの場にいるとは微塵も考えていなかったのだろう。男たちは遅れてニュートに気づき、顔面蒼白になってその場から逃げ出した。


 それを追い、注意するつもりはなかった。

 ニュートは周囲をおしのけるようにして、ラーファンの前へと出た。


「……ラーファン、本当に竜化の試練を突破したのか?」

「うん。これがその力」


 ラーファンは片手を胸の前で固める。次の瞬間、彼女の瞳が赤く染まり、その体から翼が生えた。

 あふれる魔素の強さは、並の竜人族の竜化をはるかに超えていた。

 彼女は両手を軽く握りしめ、それからその力を戻した。


「これが、私の竜化」

「……なぜ」


 呟いていた。ニュートは唇を噛み、それからラーファンを睨みつけた。


「なぜ、なぜ……おまえにできて、オレにできない!」


 拳を固め、わなわなと震えていた。

 と、そこでパートナーが大きく笑った。


「ああ、すまない。俺はラーファンのパートナーを務めた、ルードという者でな。……いや、あまりにもくだらない話をしているから、ついつい笑ってしまった」

「……なんだとっ!」


 ルードのどこか一本調子の声に違和感を覚えつつも、それ以上の怒りがニュートの中に湧き上がっていた。

 ラーファンが一度ルードの肘をつついた。しかし、ルードは口を閉ざすことはしなかった。


「単純に、おまえたち竜人族が弱いだけだろう。ラーファンは外で強くなった。それだけの差だ。こんな田舎でこそこそと生きるしかない者たちより、強いのは道理だろう」

「……貴様、旅の人間だからといって容赦はしないぞ!」

「……オレたちを馬鹿にするんじゃない!」


 と、門兵たちがルードへと飛び掛かる。彼らは槍を構え、背後からとびかかっていた。

 しかし、ルードは僅かに反転し、その軌道を見切り、両手で軽く槍の腹を払った。

 驚いたように門兵たちが目を見開く。同時、ルードは男たちの首根っこをつかまえ、地面に叩きつけた。


「ぐ!?」

「ぎゃああ!?」


 外皮がダメージを肩代わりしているのだが、門兵たちは大きな悲鳴をあげた。

 地面に押し付けられた彼らにさらに力をこめ、ルードが笑みを濃くした。


「里の兵がこの程度か」

「……貴様っ!」


 さらに一団から飛び出してきた竜人族に、ルードの眉間がわずかに顰められた。 

 とびかかった一人は里でもニュートに並ぶほどの実力者ゲイザーだ。彼は竜化を発動しながら、ルードへと掴みかかった。


 ルードは体を起こし、竜化を発動した彼と組み合った。人間と竜化した竜人族。誰もが、ルードが潰される未来を想像しただろう。

 だが、結果は違った。ルードの体にわずかに魔素が流れた。それは、竜化した竜人族に近いものだった。

 ルードの変化に驚いたゲイザーは、急いで尻尾を振りぬいたが、それをルードは片手でつかんだ。それから、思い切り引っ張り、地面に叩きつける。


 先ほどの兵たちと同じように倒し、ルードは足を組むようにして彼の上に座った。


「結果は変わらないだろう」


 その様子に、その場にいた者たちが驚いた目を向けていた。

 ゲイザーの実力を知っていたからこそだ。竜化した彼の力は、ニュートを超えるほどではないかといわれていた。

 そんな彼が、あっさりと敗北したことで、ニュートに視線が集まった。


「この程度だから、竜化の試練とやらも突破できないんじゃないか、里長さん」

「……あまり、馬鹿にするなよ!」


 ニュートはその言葉に顔をあげた。

 即座に背負っていた槍を掴み、地面を蹴る。ルードへと槍を突き出す。

 ルードは後退しながら足を蹴り上げる。槍の先が天へと向かい、ニュートはそれを捨て去る。同時、拳を振りぬくが、ルードは右手で軽く払ってみせた。

 彼は大盾と剣を持っているが、使う様子はない。それに、ニュートはますます怒りをためていた。舐められていると考えたニュートは尻尾で彼の足を払うように殴った。


 ルードの回避が遅れ、彼の体が傾いた。

 好機ととらえたニュートが突っ込んだ。地面を踏みつけ、腰を捻りながら、拳を振りぬいた。

 ルードはその拳を右手でつかみ、思い切り引いた。ニュートの体が傾き、ルードはそのままニュートの左肩を叩くようにして、体を起こした。

 よろめいたニュートだったが、即座に地面を踏みつける。流れかけていた体を止めた。地面にこらえた跡が残る。


 即座に地面を踏みつけたニュートの頬を、棒が襲った。それは槍の持ちて部分だった。ルードは槍先を見て、それから苦笑する。


「悪いな、槍を使うのは初めてなんだ。まあ、今のおまえならこれでも十分か?」

「ふざけるなっ!」

「遅いっ」


 とびかかったニュートの頬に拳を振りぬく。ルードの一撃がニュートの頬をとらえ、その体を弾いた。

 よろめきながら、ニュートは息を乱し、体を起こした。

 勝てない。それをニュートは理解していた。だが、彼に勝てなければ、里長としての立場を示せない。


 里長に敗北は許されない。すべてを破壊できる、最強の力を持っていなければならない。

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