竜族の里3
竜の里に到着した。
何名か、観光客の姿もあるようだったが、その数は少ない。
ちょうど、武闘大会でも開かれているようで、円形の空間で二人の男がぶつかりあっていた。
その周りにも、力を持ったものたちがいるようで、戦いを楽しそうに眺めていた。
今回はあちらに用事はないからな。
ちらとだけ視線を向けたあと、ラーファンとともに里を歩いていく。
竜化の試練を受ける前に、両親に会っておきたいらしい。
そもそも、今回戻ってくる理由となったのは家族から久しぶりに顔をみたいという
手紙をもらったからだそうだ。
竜人族はテントのような家で暮らしている。いくつものテントが並んでいる。
ある一つのテントへとむかっていく。その途中、里の様子をじっと観察する。
ラーファンの姿は皆認識しているようで、あれこれと噂しているようだった。
純血、混血とそれぞれの反応は大きく違った。
純血は面倒そうな顔で、混血は歓迎するように。
ラーファンと似たような年齢の混血の竜人族がこちらにやってきて、明るい笑顔を浮かべた。
健康的な肉体で、少し露出が多い。竜人族というのはそういうものなのだろうか。女性らしい体のラインがよくわかっていて、視線のやり場に困る。
「久しぶりねラーファン。男を連れてくるなんて、このこの」
ラーファンを肘でつついている。尻尾がばしばしとラーファンの背中を叩き、ラーファンも抵抗するように尻尾ではじき返している。
「久しぶり。そういうのじゃないから」
「じゃあ何よ? あんたが男を連れているなんて珍しいじゃない」
「ルードさんは、私が所属しているクランのリーダー。今回の竜化の試練でのパートナーとして来てもらった」
「竜化の試練受けるの!?」
「うん。そのために、戻ってきた」
「……そ、そうなのね。凄い、わね。……ラーファンが去ってからね、何名か受けたのよ混血の中でね。……けど、みんな駄目だったのよ?」
「……そうなんだ」
彼女は俺たちと並んで歩いていく。疲れたように両手を頭の後ろにやった。
「新しい里長も何度も受けてるけど駄目なんだよね」
「……ニュート、だっけ。私が里を出たくらいに、里長になったんだよね。前の里長が魔物と相打ちになっちゃって」
ラーファンが俺にもわかるように説明してくれた。
……ラーファンが里を出た頃ってことは15か16くらいのときだろう。
「そうそう。それでね……最近はなんだか怖いって思うくらい力を求めてるのよね」
「怖い……?」
「……うん。大会でも毎回好成績を残した相手と戦ってるのよねぇ。もっと強くなるために、らしいけど……ちょっと怖い。それでいて、竜化の試練は不合格なんだから、基準がよくわからないなぁ」
「ニュート、大変そうだね」
「そりゃあそうだよ。本来は25歳くらいで里を引き継ぐ予定だったのに、お父さんが……ああなっちゃったから」
……15でこれだけの里の長になるというのはどういう気分なのだろうか。
クランリーダーを引き受けるときだってそれなりに決意が必要だった。周りの人たちが協力してくれているから、なんとかなっているが。
「ただ、ニュートになってからは純血と混血の間にあった溝も少しだけ埋まったんだよね」
「……そう? 私入口で散々絡まれたけど」
「そうなの? ……ニュートが純血、混血関係なく里を盛り上げていきたいって言ってからは、少しマシになったのよ。ただ、まあその。やっぱり頭の固い連中もいるもんでね。ニュートの意見に反対しているのもいるけど、力で無理やり押さえつけている感じ。だから、ちょっと怖い」
「……確かに、ね。力じゃ何も解決しないから」
「ラーファンがそういうのは珍しいね。純血と喧嘩するとき、いつも力で黙らせていたのに」
「……昔のことは黙っといて」
「えー、いーじゃん。……それより、竜化の試練に戻ってきたってことは、アレ、大丈夫になったの?」
「……なんとか」
「そっか。それじゃあ、あたしは荷物運びに戻るよ! またあとでね!」
彼女は元気よく去っていった。
俺がそんな彼女の背中を見送っていると、ラーファンが顔を寄せてくる。
「……みとれてるの?」
「いや……違う。前のパートナー、なのかと思ってな」
「……あたり。私の親友のフラン。以前のパートナーで、スケルトンのことをずっと黙ってくれてる優しい子」
まあ、少し見とれていたというのは否定できなかったが、咄嗟に誤魔化すことはできた。
「里長も……大変そうだな」
「昔から真面目な奴だったけど、今どうしてるんだろ。純血と混血で良く喧嘩して、私もあいつとは殴り合――……喧嘩したことのある仲だった」
「そうか。対戦成績は?」
「私のほうが上だった」
ピースを作る彼女は慌てて首を振る。
「別に、そんなにがっつり喧嘩とかしてないから」
「ああ、そうか」
「……信じてないでしょ、ルードさん」
ジト目でこちらを見てくるラーファン。
苦笑だけを返して歩いていくと、ラーファンがテントの前で足を止めた。
ラーファンが一つ声をあげる。それは人間の俺には理解できなかった。竜人族が持つ特有の音なのだろう。
鳴き声にも似たその声が届いたのか、中から一人の少年が現れた。
ラーファンに似た少年だ。その子はテントの入り口を少しだけずらしてこちらを見てきた。
ラーファンに気づくと驚いたように、俺と彼女を見比べる。
「か、母さん! 父ちゃん! 姉ちゃんが、男連れてきた!」
「お、男じゃない!」
「男っぽい女連れてきた!」
「そういうことじゃない!」
ラーファンが慌てた様子で少年を追いかける。弟、だろうか。
……誤解されるわな、そりゃあ。
他の仲間も連れてきたほうがよかったかもしれない。今からでも間に合うとは思うが、わざわざそのためだけに呼びつける必要もないだろう。
頭をかきながら、俺は彼らへの自己紹介を考えて入り口で待っていると、ひょいっと顔を赤らめたラーファンがこちらを見てきた。
「……軽く、みんなに紹介しておいたから」
「ああ、わかった」
ラーファンとともに、中へと入る。
どうやら、四人家族のようだ。母親は竜族で、父親が人間だ。
母親はなにやら勘ぐるような視線を向けてきて、父親は俺に一瞬怯えたような表情を見せながらも、毅然とした態度で腕を組んでいる。
……説明したらしいが、なんかめちゃくちゃ警戒されているようだった。
「俺は……クランリーダーを務めているルードっていいます。こちらのラーファンは、俺のクランの仲間でして。彼女の竜化の試練のパートナーとして、ついていくことになりました」
「じ、人生のパートナーだって!?」
言ってない。
ラーファンの父親が叫び、ラーファンが顔を赤らめながら尻尾で頭をどついた。
母親が楽しそうに口元に手をあてる。尻尾もすごい勢いで振られていた。
「竜化の試練、ねぇ。ラーファン、本当にそれだけが目的なの? お母さん、別の意味でも全然構わないわよ?」
「う、うるさい。私は竜化の試練を受けにきただけだから! ルードさん。これから、試練を受けに行こう」
さっさとラーファンが外へと歩き出し、その途中で俺の手をつかんでくる。
「まあ、そう慌てるな。……一応、クランリーダーとしてちゃんと挨拶はさせてくれ」
「……うぅ」
ラーファンは困った様子で口元を動かし、それから諦めたように頷いた。
「俺はクランリーダーを務めています。……まだまだできたばかりのクランで、ラーファンにも色々と協力してもらっています」
「手紙にも書いてあったわね。すごい人のクランに入って強くなってるって。ルードさんのこと、たくさん書かれていたわね」
「お母さん。余計なこと言わないで」
「あら、別に。事実しかつたえてないわよ?」
「それが、余計なこと」
ラーファンがすっかり普段と違う様子を見せている。
その姿に苦笑していると、ラーファンはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「外で待ってるから!」
「……ああ、わかった。挨拶をすませたらすぐに行くよ」
去っていったラーファンの背中を見送ってから、家族に振り返る。
「……というわけで、まあその。俺はクランリーダーを務めていまして、彼女はそこに所属してくれている仲間です。特に何か特別な関係があるわけではありませんから、誤解はしないでください」
「そうか。ラーファンもクランに所属したのか」
父親のほうが考えるように顎に手をやる。
「ご両親には心配をかけさせてしまうこともあるかもしれません。ですが、無茶をさせるつもりはありません」
一度無茶をさせてしまっているため、少し言いにくかった。
とにかく、生命にかかわるような危険なことだけは絶対にさせるつもりはなかった。
「すべて、ラーファンが決めたことなのよ。里を出て、冒険者になった以上、すべての責任はあの子にあるわ。あなたが背負うことはないわ。ね、おとうさん」
「……ああ、そう、だな」
そういってから、父親は腕を組んだ。
母親は、去っていったラーファンの背中を見て、目元を緩めた。
「ラーファンは里にいたとき、いつも気を張っていたの。あんな女の子みたいに笑うことは少なかったから、むしろ安心したくらいよ」
「……そういってもらえるなら、よかったです。ラーファンは今、二人の仲間とともにパーティーを組んで活動しています。今回、試練を受けにきたのも、彼らとともにより高みを目指したいからだそうです」
「そうだったのね……」
ずっと明るい笑顔を浮かべていた母親の表情に陰りが混ざった。
……やはり、竜化に対して不安があるのだろうか。
「ルードさん。竜化で大事なのは、心よ。……ラーファンを支えてあげて。心が、竜の力に支配されないように」
「……わかりました」
竜の力――。
どのようなものかはわからないが、竜はもともと魔物だ。魔素に似たものかもしれない。
「……娘を、よろしくお願いします」
すっと父親も頭を下げてくる。
……なんか言い方があれだな。結婚に送り出すかのようだ。
「はい。クランリーダーとして、必ず守ります」
誤解がないようにそういって、一礼のあとにテントを離れた。