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聖竜と薬草17



 驚いたような顔の冒険者は、ゆっくりと首を後ろへと向ける。

 いまだ燃えさかる火によって映しだされたのは、一人の男だ。

 ドランだ。彼は冷めきった表情とともに、その槍をもう一度強く押しつけると、その体から血しぶきがあがった。

 一瞬で外皮を削り、そして、命を刈りとったのだろう。


 ドランはそのまま視線を残り二人の冒険者へと向ける。

 冒険者たちはひるむかのように一度身を引く。しかし、すぐさま彼らはこちらを見て、口をぎゅっと結んだ。


 諦めにも似たような感情だろう。

 

「死ねっ!」


 冒険者たちは叫び、黒い魔力を体から漏らしながらドランへと飛びかかる。

 ドランはくるりと槍を回すと、彼らの剣を受け流し、がら空きの体を二度突いた。

 正確に突き出された槍は男たちの喉を捉えていた。速い一撃に、冒険者たちは気づいた様子もなく、倒れた。


 一人はそのまま喉を貫かれ、動かなくなる。

 もう一人は――外皮だけを削られ、今も生かされていた。

 そんな男を押さえつけるようにドランが乗って、槍の穂先をぎゅっと握り、目元に近づける。


「何を企んでいたのか、ちょっとわからなくて、ね。キミたち、何やってたの?」

「……お、おおおおおれ、たちは、この村で、聖竜に魔素石をつ、使っていて」

「なるほどね。キミたちに依頼した奴は?」

「し、知らない」


 ドランの目が細くなる。槍を持つ手に力が込められたのがわかった。

 冒険者も感じ取ったようで、怯えるように声をあげる。


「ふ、フードをかぶってて、わからなかったんだよ!」

「お前たちの持つその魔素による力も、そいつからもらったのか?」

「あ、ああ!」

「なるほどねぇ。ただいいように使われただけってことね。それじゃあ、必要ないか」


 ドランの槍が、男の喉を貫いた。

 ぴくぴくと震える男に、俺やニンはともかく、リリフェルは驚いていた。


「ティメオ、リリフェルを連れてここを離れろ」


 それだけいうと、ティメオは意図を察したようでリリフェルとともに移動する。

 俺とニンは槍を構えたままのドランと向き合う。


「ドラン。あんたは何が目的でここでこんなことしているんだ?」


 敵か、味方か分からない。

 強い口調で訊ねると彼は一度肩を竦める。


「……わからない?」

 

 ドランはしばらくこちらに槍を構えたままでいたが、彼はあるところで息を吐いた。

 そうして、慣れた様子で槍をくるりと回して肩に乗せる。


「てっきり、おまえさんも敵側なんじゃないかって思っていたんだがね」


 ドランが少しばかり笑みを浮かべて、こちらを見ていた。

 それから、彼は死体三つを、風魔法で浮かばせる。あとに残った血だまりを水と土魔法で片付けた。

 俺が、敵側……? さきほど、魔素がどうたら話していた。

 ……それが関係しているのだろうか。


「……どういうことですか?」

「臭うんだ。おまえさんからもな。濃い魔素がな」


 ドランの言葉に、俺は自分の体の感覚を思いだす。

 邪竜と戦った時、確かに俺は少しばかり力を使った。

 ドランは何度か鼻を動かすようにしていると、ニンが声をあげた。


「ルードは何度か、魔素を体内に吸収しているわね。けど、それだけよ」

「おまえさんと冒険者たちはてっきりつながっているんだと思っていたのよ。おっさん、ちょっと外れて残念って感じだ」

「……残念?」

「まあね。オレは国を破壊した奴らを殺すために旅をしていてね。何か手掛かりでもつかめればよかったんだけど、大外れだ。それじゃあねぇ」


 ドランはひらひらと片手を振って背中を向ける。持っていた槍も背負いなおしている。

 ……敵、ではないようだ。だが、わからないことがたくさんある。


「……待ってください。俺にも話を聞かせてくれませんか?」


 去ろうとする彼に問いかけると、ドランは振り返りながらこちらを見てきた。


「ん、何のだ?」

「……魔素とか、黒い魔物とか……俺はさっぱりなんです。何も知らないまま、今まで戦ってきました」

「けど、知った所でどうにかなるってわけでもないさ。おじさんもね。悪いけど、敵の正体も狙いも見えちゃいないんだよね」

「けど、俺には守らなければならないものがあるんです。何も知らないままで、これから先も戦いたくないんです」


 強くいうと、彼は頭をかいてから息を吐いた。

 それからドランは死体の山を地面に置く。

 彼は近くの木の椅子を風魔法で寄せると、その場に座った。


「オレはほろんだ竜の国の数少ない生き残りでね。ほら、聖竜がこの国を邪竜から守ったとかそんな話、覚えてない?」

「……知っています」

「その、邪竜が滅ぼした国っていうのが、オレたちのいた国ってわけだ。だからオレは、邪竜を召喚した奴を探しているってわけだ」


 彼はからからと笑いながら言ったが、その言葉には重みがあった。


「……召喚、されたんですか?」

「おそらくは、ね。敵は魔界に住むような化物級の奴らの可能性もある。そいつらは今、どこかの国に潜んで力を裏から流しているんじゃないかっていうのがオレの考えなんだ」

「……ブルンケルス、じゃないんですか?」

「そいつはわからないんだよねぇ。あっちも少し探したことがあったんだが、どうにもわかんないんだ」


 それからおっさんは何かを思い出すかのように言った。


「隣国、ブルンケルス。あそこはどうにも昔に比べて色々とおかしくなっているみたいだ。昔は、ここまで戦いを好むような国ではなかったんだけどねぇ」


 決してこの国と仲が良くないのだが、それは向こうが精霊信仰で、こちらが神信仰という部分でぶつかっていたくらいだ。

 表立って戦争が起こるということもなかったのだが、ここ数年は、互いの国の行き来さえままならないらしい。


「ドランさん。さっきの冒険者たちは、誰かから魔素の力をもらったっていうことなんですよね?」

「ま、そうなるだろうね。ただ、そいつがどこのどいつかは知らないんだ。ただ、確実にこの国でその力を捌いている奴がいる。昔、薬物が流行ったときがあったろ? あんときみたいに、甘い言葉で力を渡そうとする奴がいるはずだ」

「……魔素の力は、危険なんですか?」

「ああ。危険だ。魔素は魔物を構成する力だ。魔物でさえ、過剰に取り込めば、聖竜のように暴走しちまったろ? それとおんなじだ。だから、もう使わないほうがいいぜ」


 ドランがそういってこちらを見やる。それに、ニンが反応して俺を見てきた。

 

「……あんた、まだ体内に魔素が残っていたの?」

「……まあ、その」

「無茶してんじゃないわよ」


 彼女が強くこちらを睨んできた。

 ニンはしかし、次には小さく息も吐いている。


「……もっと強くならないとダメね」


 それはきっと独り言のようなものだったのだろう。


「オレが知っていることはこんくらいだ。またどっかであったときは仲良くしてくれよ?」


 ドランはふざけた調子で笑い、死体の山を風で浮かせた。


「もう、帰るんですか?」

「まぁね。解決、まではできなくとも、改善することはできたのに、何もしなかったんだからね。そんなオレがわーいわーいって喜んで参加はできないっしょ」


 ドランが去り、周囲が静けさに包まれたところで、ニンがちらとこちらを見てきた。


「あたしももっと強くなるわね。だから、一人で抱え込みすぎるんじゃないわよ」

「……ああ、わかってる」


 ニンはそういって、村全体にかかった状態異常を解除する。

 人々が目を覚ますと、再び騒がしさが戻ってくる。

 ティメオやリリフェルも、それに気づいたのか戻ってきた。軽く事情を伝えてから、俺たちはまた宴に戻っていく。

 ……これから先、大事にならなければいい。

 ただ、それだけを願っていた。

 


 〇



 ポッキン村に何日か滞在していた。

 あれから一日経たず、聖竜たちは山を飛び立ち、生態系も異常なく戻っていった。

 落ち着いたのを確認したところで、依頼達成となり、俺たちはポッキン村を離れた。


 セインリアの背中に全員で乗り、俺たちはまっすぐにアバンシアを目指す。


「わぁ! 凄い!」

「……」


 リリフェルは楽しそうに前髪を押さえていたが、対照的にニンが頬をひきつらせていた。


「どうしたんだ、ニン。まさか怖いのか?」

「何? そんな風に見えるの?」

「ああ。頬がひきつっていたからな」

「別に。怖くないわよ。いい景色すぎて頬肉が痙攣していただけよ」


 そうニンがぶっきらぼうにいったとき、セインリアが大きく動いた。

 予想外の動きに、体が浮きかける。


「きゃああ!?」


 ニンが悲鳴をあげ、俺に飛びついてきた。

 彼女が聖女であることを思いだすほどの可愛らしい悲鳴だった。


「……おまえ、高いところ苦手なのか?」

「た、高すぎるのよ! こんな経験初めてよ! あたし、三階くらいの屋上から飛び降りるくらいなら平気なのよ!?」


 まあ、確かに下を見る村や町が片手でおさまるほどの小ささだ。

 アバンシアにはすぐについた。

 町近くに降りると、完全武装したリリアとリリィ、それに冒険者たちがやってきた。


 ……そりゃあそうか。聖竜が襲ってきたのかと思ったに違いない。

 ファンティムたちを先に町へ向かわせ、残った俺が事情を説明するが、リリアたちに滅茶苦茶怒られてしまった。

 

 クランハウスに戻ってきたのは夕方だった。

 同じタイミングで、ファンティムが薬を持って戻ってきた。

 

「もうできたのか?」

「ギギ婆が頑張ってくれたんだ!」


 ファンティムはそれをもってシャーリエのもとに行く。

 彼女が休んでいる寝室に向かう。

 

 ファンティムが薬をシャーリエに渡す。

 彼女は驚いたように目を見開いた。

 それから自由に動くようになった手を使い、ファンティムの手を握った。

 ファンティムとシャーリエが笑顔で抱き合い、二人は俺の方を見てきた。


「ありがとね」

「ありがとなルード!」


 二人に笑顔を返して、俺は部屋を後にした。


 

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