難しい感情
ミレナとともに鍛冶屋レイジルへと向かう。
途中、すれ違ったルナも連れていき、俺たちはレイジルさんの工房へと駆け込んだ。
「パ、パパ! パパ!」
レイジルさんは、今もまだ工房で倒れていた。
「ミレナ落ち着け……ルナ。ギギ婆を呼んできてくれ。俺はレイジルさんをベッドまで運ぶ」
「承知しました!」
レイジルさんを眺めてみる。
……特に外傷はない。
脈も正常だ。これなら、動かしても大丈夫、ではないだろうか。
工房には熱がこもっている。このままここに放置するほうが危険だ。
レイジルさんをベッドまで運び、体の汗を拭きとる。
脱水症状、とかだろうか。
そっちは管轄外だからな……。
観察していると、ギギ婆を背負ってルナがやってくる。
「三人とも、外で待っていてね。様子を見てみるよ」
「お願いします」
後を任せ、俺たちは廊下に出る。
できることはやった。
ギギ婆の診断結果を待つしかない。
ミレナは廊下で右に左に落ち着きなく歩く。
「パパ、大丈夫かな……」
「……大丈夫だ、きっと」
根拠はない。
気休めだ。けど、そう言いたかった。
「……まさか、死ぬ……なんてないよね」
「そんなわけ、ないだろ」
「そんなの……わかんないよ……」
じわり、とミレナの両目に涙が浮かぶ。
「き、昨日……わたし、パパとちょっとした喧嘩しちゃったんだ。それで、お別れだなんて……嫌だよ」
「……」
座り込み、ぐすぐすと泣く彼女の前で膝をつく。
俺に出来ることは……一つしかない。
「大丈夫だ。レイジルさんの頑丈さはおまえが一番わかってるだろ」
「……うん、そうだけど」
「病気ならギギ婆が絶対に治してくれる。ギギ婆の腕は知ってるだろ? エリクサーの素材が必要だろうが、俺が取りにいってくる。それだけだ。それで、全部元通りだ」
エリクサーや秘薬などでは治せない可能性だってある。
けど、今その現実を見せる必要はない。
俺が笑みを浮かべると、ミレナはようやく少しだけ落ち着けたようだ。
「……ちょ、ちょっと顔洗ってくるね」
ミレナは目元を拭いながら階段をおりていく。
「……ミレナ様、凄い泣いていましたね」
「まあな。家族が倒れたら心配するものだ」
ルナはいまいちピンときたようすはなかった。
「私には……きっとわからない感情です」
「そうなのか? もう俺たちは家族みたいなものだ。俺やマニシアが倒れたら、きっとおまえはどうにかしようとしてくれるだろ? ……それが、似たような感情だ」
ルナは意外そうに目を丸くしてから、笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます、マスター」
ミレナが戻ってくると、もう顔は普段のように戻っていた。
何があっても泣かない。
そう強い決意がこもっているようだった。
扉が開く。
「ああ、おまえさんたち……」
「ギギ婆。必要なものがあるなら俺がとってくる。なんでも言ってくれ」
「安心してね、ミレナちゃん。もう大丈夫だから」
ギギ婆がにこりと微笑んだ。
その後ろから、バツの悪そうな顔のレイジルが現れた。
は? 想像もしていなかった。
俺たちは顔を見合わせたあと、レイジルに視線を向ける。
「……レイジルさん。どうしたんだ、もう体は大丈夫なんですか?」
「……い、いや……その、な」
歯切れが悪い。
ミレナの顔からすっと感情が抜けたような気がした。
こ、怖い……俺はさささっと、ミレナから離れる。
「ただの過労だよ。とりあえずポーション飲ませたら体力が戻ったみたいだよ。ここ最近、何かやってたんじゃないかい?」
「そ、それは……最近、調子よくて、鍛冶場にいる時間が……増えてたんだぜ」
頭をかき、がはは、とレイジルさんは笑う。
俺とミレナが顔を見合わせる。
何もなくてよかった。
ただ、しっかり伝えておくべきだろう。
俺より先に、ミレナが一歩前にでて――
「馬鹿! どんだけ心配したと思ってるの!?」
「うっ……そ、それはその。すまなかった! 調子が良くて……良い武器が作れるんじゃないかって! できたんだって、渾身のがよ!」
「だからってね、自分の体のこと考えてよね! もういい歳なんだから!」
「う、うるせぇーやい! まだぶっ倒れるような歳じゃねぇよ!」
「もういい歳だよ! 加齢臭凄いよ! ハゲ始めてるよ!」
「なっ! う、……ぐ」
レイジルさんは本気でショックだったようで、またぶっ倒れるんじゃないだろうか。
俺はマニシアに同じようなことを言われている場面を想像する。吐きそう。
ミレナはふんと鼻を鳴らして去っていった。
「娘さんの言う通りだよ。誰かを心配させるまでやるんじゃないよ、まったく」
「……すみませんでした」
ギギ婆に頭をさげ、レイジルさんはしょぼしょぼと歩いていった。
……とりあえず、なにもなくてよかったな。
ギギ婆と一緒に階段をおりていく。
レイジルさんの家は一階部分が店と工房、二階が自宅となっている。
ミレナとレイジルさんが何やら話をしている。
ミレナはすっかり怒っていたが、もう涙はない。
「レイジルさんも、人騒がせですねまったく」
俺がいうと、ギギ婆の表情が少しだけ厳しくなった。
「そうだねぇ。あんたも、あんまり無茶ばっかりしちゃダメだよ」
「俺は大丈夫です。自分にできること、できないことはわかっているつもりです」
「そうかい。あんたに何かあったら、町のみんなが悲しむからね」
「……そこまでですか?」
「そこまでだよ。とにかく。またあとで、マニシアのところにいくからね」
「はい。お願いします」
ギギ婆は愛嬌のある笑顔を作り、去っていった。
「ミレナ様……うれしそうです」
「そりゃあな」
「あの、少しいいですか?」
「どうした?」
「先ほど、ミレナ様に、きっと大丈夫だ、と声をかけましたよね」
「ああ」
「……あれは、ミレナ様を思っての言葉、ですよね?」
「そうだ」
「……そう、ですか。私には、咄嗟にあのようなことはできないです。事実として、不確定な情報を、ミレナ様に伝えることは――」
なるほど、ホムンクルスの習性みたいなものか。
けれど、それは間違っている。
「おまえは、もうできているよ」
「……え?」
「そうやって思っても、何も言わなかっただろ。……それは、ミレナが悲しむかもしれないってわかってたからだ」
「……」
「それだけできれば、十分だと俺は思う。それ以上をやりたいのなら、これから真似していけばいい。人の成長って、他人の真似や模倣から始まるものだしな」
ルナは小さく頷き、思案するように顎に手をやる。
そっとしておこう。
レイジルさんがこちらへとやってくる。
「ルード! さっきの話だが、オレは武器を作っていたんだ。もちろん、おまえのためのだ!」
「……そうですか」
それはもう嬉しいし、全身で喜びを表現したい。
けど、奥にいるミレナの目が吊り上がっちゃってるから。
お願いだ。気づいてくれ、レイジルさん。
俺が睨まれている気分だ。
「おうよ! 今までの最高傑作だ! オレもこの歳にして一皮むけたのかもな! がっはっはっ!」
「バーカ!」
ミレナが魔鉱石を勢いよく投げる。
それはまっすぐにレイジルさんの頭を打ちぬいた。
レイジルさんはそんなの気にしていないようで、笑顔で転がった魔鉱石を拾い上げる。
「とにかくだ。今持ってくるぜ! 楽しみにしとけよ!」
レイジルさんが工房へと戻る。
……武器だけは受け取ろう。
そのあとは、きちんと休むように伝えよう。
「……はぁ。ルードも、やっぱり男だよね」
肘をついて、ミレナは呆れたように息をはく。
「……なんだよ」
「そわそわしてる」
「……そりゃあ、な。どんな武器なのか、興味はある」
「はぁ。わたしにはよく分からないかなぁー」
ミレナは飾られている短剣を掴み、布で磨いていく。
「ごめんね。朝早くから呼びに行っちゃって」
「別に、気にしなくていい。むしろ、頼ってくれて嬉しかった」
「ど、どうして?」
……今の言い方は誤解を与える、な。
俺は小さく息を吐き、訂正しておく。
「真っ先に来てくれたってことはそれだけ信頼してくれているってことだろう。……それが嬉しかったんだ」
友達に頼られて悪い気はしない。
「そ、そっか……そうなんだ。……わたしも、そういってもらって嬉しい、かな」
「ただ、寝ぐせくらいは朝起きたときに直しておいたほうがいいぞ」
俺が指をさすと、ミレナはあっと、短く呟く。
慌てた様子で桃色の髪を触る。ポケットからゴムを取り出し、髪を片側でまとめる。
「そういえば、マニシアと仲直りしたんだね」
マニシア、見られていたみたいだぞ。
「この前な」
「よかったよかった。前から二人のことは色々聞いてたからね。……どうにかしたかったけど、マニシアから止められてたんだよね」
難しい表情で、頬をかくミレナ。
……色々な葛藤がある中で、彼女は俺たちを見守ってくれたのだろう。
「……悪かったな」
「ううん、別にわたしは何もだよ。……もしかして、あの聖女様がどうかしたの?」
「……いや。ルナだ」
隣に並ぶルナを見ると、ミレナははにかんだ。
「そうなんだ。ルナちゃん、ありがとね」
「いえ、私は……私がやりたいことをしただけです。……お二人の気持ちまでは、考えていませんでした」
「そっか。けど、だからこそ、できたんだよ」
俺が店の武器を眺めていると、奥からどたどたとレイジルさんが駆け寄ってきた。
「おう、これだ! ぜひ使ってみてくれ、ルード!」
レイジルさんが一振りの剣を持ってきた。
鞘に納まったそれを抜く。
持ってみると異常に軽かった。
柄の部分に魔石がはめられている。
しかし、魔力は入っていないようだ。
儀式用の剣には、装飾品として魔石が用いられることがある。
ただ、これは違う。
「その魔石はこの前来た商人から買ったんだよ。かなり質が良くてな。それをギギ婆に頼んでちょろっと作り変えてもらったんだ」
「……作り変えてもらった?」
「まあ、オレも細かいことはわかんね! とにかく、その魔石の性質を変えたんだ。自然に魔力を取り込むのではなくて、衝撃によって魔力を吸収するっていうふうにな」
「衝撃で、か」
「例えば、敵に攻撃したとき、敵の攻撃を受けたときとかだな。吸収した魔力は、剣に宿して使用できるようになってる。一時的だが、魔剣のような使い方ができるはずだ」
「自然に魔力を取り込んだ方が使い勝手がいいんじゃないか?」
「まあ、連続で戦闘しないのなら、そっちのほうがいいんだけどな。ただ、実験してみたんだが、自然に魔力がたまるのを待つと、一時間は余裕でかかっちまったんだ。衝撃なら、運が良ければ数度のやりあいでたまる」
「なるほど……」
「試しにやってみるといいさ」
レイジルさんが剣を抜いてとびかかってくる。
俺は彼の一撃を受けとめる。
その瞬間、魔石がわずかに輝いた。
魔石に左手をかざす。
魔石の中の魔力を引き出すと、剣全体に流れる。
刀身が薄い青色に輝いた。
かっこいいな……。
「……これは?」
「おまえたち冒険者は剣に魔力を流して切れ味を増したりするだろ? あれは剣の表面を強化するだろ? この魔石の強化は、内部から剣を強化するんだ。だから、中と外の両方から剣を強化できるってわけだ」
剣に魔力を宿して敵を攻撃するのは基本中の基本だ。
それを使用したとしても、魔神の鎧を突破することはできない。
それでも、普通に剣で切るよりかはマシになる。
魔剣は剣内部に魔力を蓄積する構造を持っている。
それを解放することで、魔神の鎧を削りやすくできるという効果を持っている。
スキルと比較すれば、微々たるものなんだけどな。
「確かに、な。凄いなこれは……」
試しに魔力で表面から強化する。
この魔力による強化は、生まれ持っての才能に左右されてしまう。
そして、俺はこの強化はやや苦手だ。
「ただ、魔石から魔力を解放するときに隙ができやすい。おまえみたいな前線に立ち続けても平気な奴じゃねぇと扱いは難しいなぁ。これから、何かいい使い方が思いついたら教えてくれや!」
「わかった……金額はいくらだ?」
「んなもん、いらねぇよ!」
「……いや、さすがにな」
ただでもらうのは悪い。
俺がそういうと、レイジルさんはポンと手を打ち、にやりと意地悪く笑った。
「そんなら、孫の顔でも――」
「お父さん……いい加減、今日はもう仕事やめて休みにしたらどうかな?」
底冷えするような声が響いた。
レイジルさんが首を回す。
ミレナが磨き終わった短剣を構えている。
……いや、それはシャレにならない。
「じょ、冗談だぜ! 普段魔石や魔鉱石を持ってきてくれてるからな。そのお礼だと思ってくれよ。じゃーな!」
さすがのレイジルさんも顔を青ざめ、ぺこりと頭を下げて奥へと帰っていった。
「まったく……。よかったねルード。これで、本格的に冒険者ルード、復活だね」
「そうだな」
「また、近いうちに町を出て行っちゃうの?」
「いや、まだ町に残るつもりだ」
「そっか。それならよかったぁ。あとで遊びに行こうね」
「ああ、そうだな」
マニシアも心配しているだろうし、一度家に戻ろう。
自宅に戻り、マニシアにあったことのすべてを伝えると、安堵したような表情を浮かべる。
それからはいつも通りの生活へと戻っていく。
ただ……ルナだけは少し調子がおかしかった。
時々、「家族……」と呟いては思案するような顔となる。
……家族、か。
ルナにとっての親は製作者、か。




