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聖竜と薬草14


 セインリアが翼を広げると、黒い風が生まれる。

 それが吹き荒れた瞬間、他の聖竜たちは飛びあがった。


 また、聖竜以外にもこの場には魔物がいた。

 戦闘の意志をもたない温厚なスノーラビットたちは、セインリアに気づくと、慌てた様子で逃げて行った。

 別の魔物がいた。ホワイトウルフだ。彼らはスノーラビットを狙っていたのだろうか。


 新たにやってきた乱入者であるセインリアを苛立ったように睨みつけていた。

 五体ほどの群れだ。彼らは俺には一切目を向けず、いらだった様子でセインリアを睨み、一声のあとに飛び掛かった。

 見事な連携だった。一体が相手の眼前を横切り、その視線を奪う。その隙に四つの足へ、ホワイトウルフたちがかみついた。


 戦いに、ある程度自信があったのかもしれない。噛みついたホワイトウルフの牙は確かに、鱗を貫く程度には頑丈だった。

 しかし、その身には一切攻撃をあたえてなどいなかった。


 セインリアはホワイトウルフたちを一睨みし、吠えた。

 ただの咆哮。これまで何度も聞いてきたそれを間近で受けたホワイトウルフたちの体が吹き飛んだ。


 音という名の暴力だ。激しく地面に叩きつけられたホワイトウルフの一体を、セインリアは踏み潰した。

 セインリアの咆哮をあびせられたホワイトウルフたちはがたがと震えた。それまでの闘志が、ひっくり返ったかのように怯え、逃げ出した。

 

 しかし、セインリアはそれを逃しはしない。赤い瞳でそれを睨みつけると、尻尾を振りぬいた。

 ……表現ができないほど激しい一撃だった。地面に叩きつけられたホワイトウルフは、もはや原形など留めていなかった。


 尻尾を振りぬいたセインリアは少しの間のあと、体をこちらへと向けてきた。

 まるで、邪魔者は消えたとばかりの様子だ。

 そんなセインリアの赤い瞳を睨み返すように俺は立った。


 これから、この化け物を倒すつもりで戦わなければいけないのか。

 戦う前から、嫌な気分にさせられた。


 中空に浮かんだまま、じっとこちらを見てきていた。

 一緒に戦ってくれることをわずかに期待していたのだが、ヒューが俺に彼らの意志を伝えてくれた。


 『殺すことはできる。だが、加減はできない。何より、被害はゼロではすまない』。

 と。空に浮かぶ聖竜たちは同時に鳴いた。


 俺の体に力があふれた。聖竜たちが、援護してくれているのかもしれない。

 ……彼らも、どうにかして仲間を助けたいというのかもしれない。

 だからといって、所詮は人間の体だ。限界は、ある。


 セインリアが四足を大地につける。大きな地響きが足から伝わってきた。

 

「くるぞっ! セイン、ヒュー! 俺から離れるなよ!」


 叫び、セインリアの突進に合わせ、横に跳んだ。

 足を掠めた一撃が外皮をおおきく削る。反撃に剣を振り、その衝撃とともに体を後方へと逃がす。


 すぐさま体勢を整え、俺は大盾を構える。

 ブレスだ。セインリアが四足を地面につけ、大きく口を開いた。

 黒いブレスが凄まじい音と共に俺の体へと襲いかかる。大盾で受け止めるが、じりじりと体が押される。

 

「負けて……たまるか!」


 叫びながら大盾を振りぬく。ブレスをかき消すと同時、大量の息を吐いた。

 力が抜けた瞬間を狙ったかのように、セインリアが突進してきた。


 俺は大きく息を吸い、その突撃を大盾で受ける。

 体が弾かれるが、タンタンッ、とステップを刻むように地面を蹴って後退する。

 セインリアの爪による一撃は大盾で殴り返した。

 

 防御しきっていたはずだが、腕にかかる負荷が多かったのか、外皮が削られていた。

 しかし、セインがすぐに治療を行ってくれる。


 回復しきった俺は、横にとんでセインリアの攻撃をかわした。

 セインリアの翼が揺れると、黒い風が生まれた。気を抜けば、体を持っていかれそうな暴風だ。

 こらえながら後退していると、セインリアの尻尾が襲いかかってくる。

 大盾で受け、体を横に滑らせるようにしてかわす。


 正面から受け続ければ、肉体が持たない。

 ……恐ろしいことに、セインリアの攻撃は真正面から受け止めても、外皮が大きく削られる。

 もっとうまく、ガードしないと。


 セインリアの側面へとまわり、剣を振りぬく。頑丈すぎる鱗を破ることはできず、殴りつけた俺の手がしびれるほどだった。


 セインリアが大きく口を開くと、激しい音が響いた。

 冒険者たちが集まる酒場なんて目じゃない。


 間近で受ける咆哮は、思わず身がすくむほどだ。魔力によって、体の硬直を無理やりに解除し、足を動かす。


 セインリアの爪が襲いかかってきて、盾で受けるが弾かれる。

 呼吸を整える暇がない。最小限で、大量の空気を体にため込み、すぐに足を動かす。

 攻撃へと移る隙がない。セインリアはまだ、どこかこちらを窺っているようだった。


 ……まるで、俺の奥の手を警戒するかのようだった。

 その警戒をなくさない限り、スキルを発動しても不発に終わる可能性がある。


 逃げるときとは違う。いざ、こうして正面から挑んだからこそよくわかる。

 この魔物が倒れている姿が、想像できなかった。

 だからといって、絶望はしない。こんな苦境よりも、もっと苦しい世界を知っている。


 確実に突破口はある。諦めない限り、チャンスは必ず回ってくる。

 セインリアの攻撃を受けきったところで顔をあげる。

 セインリアが尻尾を振りぬいた。それは地面をえぐり取りながらこちらへと迫ってきた。

 

 ……もはや、打撃だけではない。まるで鎌で草でも刈るかのようにセインリアはなんでもないことのようにその一撃を、人間が歩くかのように放つ。

 ふざけすぎだ……っ!


 俺は大盾で受け止める。体が弾かれそうになったのを、気合で押さえる。みしみしと体の内部が悲鳴をあげたような気がした。

 外皮が随分と削られたが、それでも耐え切る。


 俺は次の瞬間、セインリアへと突っ込んだ。

 ホワイトウルフへセインリアが攻撃を放った後をおもいだしていた。


 尻尾を振りぬいた後、それを戻すような動きをしたところで、セインリアに隙ができていた。

 狙うなら、そこしかなかった。


「うぉぉ!」


 近接と同時、俺は『生命変換』を発動する。

 これまでに蓄積したすべてのダメージを込めた一撃。

 剣にスキルをこめ、セインリアの体へ振り下ろした。

 

 チャンスは今しかない。最速で振り下ろした一撃が、セインリアの右前足の付け根へと当たる

 ホワイトウルフがかみつき、傷を与えた場所。寸分たがわずそこへ、剣を突き出した。

 正確に貫けたのは、ひとえに運がよかっただけだ。硬質な鱗を破り、その足を貫き、セインリアの巨体がのけぞった。


 剣を切り上げる。スキルを受けた一撃は――しかし、そこで止まった。

 血がだらだらと流れ、確実にダメージは与えた。しかし、セインリアの赤く染まった目は、憤怒に染まり、こちらを睨みつけていた。

 剣を戻そうとしたときだった。ぴきっという嫌な音が耳に届いた。


 手元に視線を向けた瞬間、剣が根本から折れてしまった。

 ――仕留めきれなかった。


 焦り、絶望……顔をしかめながら、重圧に反応して横に飛んだ。

 寸前まで自分がいた場所をセインリアの尻尾が抜けていく。


 武器を失い、最後の賭けにもひとしかった一撃が受け止められた。

 ……どうすればいい。


 次の一手を考えろ。生きるためにあがく。

 セインリアが吠え、その巨体を揺らす。

 足に激励をとばし、地面を蹴りつける。


 あと一瞬、遅れていればホワイトウルフと同じ末路をたどっていたかもしれない。

 セインリアの尻尾が振りぬかれ、大盾で受け止める。

 ……威力はさっきよりもあがっているように感じた。外皮は癒えても、疲労だけは消えてくれない。


 これまでの逃走と、今の戦闘。ぎりぎりの戦いを繰り広げ続けたせいか、俺の肉体は予想以上に疲労がたまっていた。

 咆哮をあげるセインリア。それにこらえつつ、俺は次の攻撃をためるための準備を行う必要があった。


「くそっ……」

 

 激しさを増したセインリアの攻撃に、体が弾かれる。

 ……受け止め切れなくなっていた。その事実に歯噛みしながらも、どうすることもできなかった。

 劣勢な状況が続く。外皮の疲弊は確実にたまっていくが、反撃に打って出るだけの体力がなかった。

 

 攻撃を防ぎきるのが精いっぱいだった。

 戦いが長引けば長引くだけ、押されていくのは俺の方だった。


 一度、離脱するしかない。方法としては高台から飛び降りること。

 だが、それを選択し、万が一セインリアが追いかけてきたとき、打つ手がなくなる。

 ここまで、なのだろうか。


 セインリアが尻尾を持ち上げる。回避しようと足を動かそうとしたが、体ががくりと沈みこんだ。

 ……くそ、足に限界が来ていたか。


 汗がぶわりと全身にあふれた。

 このままでは、攻撃を受けきることはできない。


 影が落ちる。セインリアが、迫っていた。


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