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聖竜と薬草13


「どうしたんだヒュー」


 声をかけながらヒューが移動した先を見ると、小さな聖竜がいた。

 白い聖竜はまだ大人のような凛々しさや美しさといったものは少なく、どちらかといえば可愛らしさがあった。


 大きさは腕に抱えてちょうどいいくらいだろうか。

 そんな聖竜は不安そうに、こちらへとやってくる。


 ヒューと何かを話しているようだが、魔物の言葉は俺にはわからない。

 

「……ヒュー、翻訳してくれ」


 ヒューがあっ、忘れてたーといった様子でこちらへと聖竜の子どもの言葉を伝えてきた。


「母さんを助けてほしい……? あの邪竜のことか?」

「びゃぁびゃぁ!」


 子ども聖竜がこくこくと頷く。

 邪竜の様子を伺いつつ、俺はヒューから話を聞いて、情報をまとめていく。


「……あの聖竜はおまえの母さんで、名前はセインリア。おまえはセインでいいんだな?」

「びゃびゃ!」

「二人で群れと一緒にこの土地へリアニ草を食べに来ていたとき、見知らぬ人間たちによってセインリアは突然魔素に体が侵されてしまい、邪竜となってしまった……でいいのか?」

「びゃびゃびゃびゃ!」


 セインは器用に木の枝で人間の絵を描き、それを踏みつけている。

 ……当時の状況を思いだしているのか、とても苛立っている様子だった。


「落ち着け、落ち着け。今邪竜に……セインリアに気付かれたまずいから」

「……びゃぁ」


 セインは悲し気に目を伏せる。

 それから、俺のほうに頭を何度も下げてきた。

 ……セインリアが近づいてきた。空気がまるで棘のように肌をつついてくる。

 

 周囲に雄たけびが響き、その距離の近さに顔を顰める。


「セイン、ヒュー。一度距離をあける。どこかで落ち着けたら、また情報はまとめよう」

「……びゃぁ!」


 二体の魔物が頷いたのを確認してから移動を開始する。

 セインは翼を羽ばたいて、ヒューは俺の肩にまた乗って。

 セインリアから距離をあける必要はあるのだが、完全に撒いてしまってはダメだ。

 

 今のように俺を狙っている間なら、村が襲われることも、別の街が襲われることもない。

 だから、距離をある程度あけたところで、『挑発』のスキルを発動する。なるべく制御して、効果の弱い感じで。


 周囲に何か苛立たせる存在がいる。そう思わせる程度で十分だ。

 俺は改めてセインを見る。

 ……母を助けたい、か。家族を助けたい気持ちは、よくわかった。


「そりゃあ、俺だってできるのなら協力したいがな」


 正気にさえ戻ってくれれば、今回の依頼はほぼ完了したも同然だ。

 このまま村に帰還すれば、いずれセインリアはあの村を標的にするかもしれない。


 そうなったとき、はっきりいうが守り切れる自信がない。

 今は俺一人で戦っているからこそ、どうにか邪竜の一撃を耐えられるし、被害も環境破壊くらいで済んでいる。

 だが、村で戦った場合、今のようにはいかない。人々を避難させる必要はあるし、セインリアの意図していない攻撃に巻き込まれて大打撃を受ける可能性だってある。


「びゃぁ……」


 セインは元気なさげに視線を落としている。

 できるのなら、協力したいが、その手段がない。

 考えたところで、俺の力が急激にあがることはないのだ。


 一つだけ、方法はあるかもしれない。だが、それはあまりにも危険すぎる。

 移動は無駄なく行いつつ、とにかくセインリアを村から遠ざけることだけを考えて歩いていく。


 ……とはいえ、これをいつまでも続けているわけにもいかない。

 常に緊張を維持している必要がある。これが、かなり苦しい。


 第一、魔穴こそ潰したが、野生のホワイトウルフも残っている。

 彼らに遭遇し、少しでも足を止めればその瞬間、セインリアが迫ってくることになる。


 セインとヒューが腕の中であれこれと対話している。


「セイン、何か戻す手段があるのか?」


 そう訊ねるとヒューに何かを呟いていた。

 ……ヒューからの返事は聖竜が持つ浄化の力だそうだ。


 彼らは、魔素を薄める力を持っている。

 聖竜たちに協力してもらえれば、どうにかなるかもしれない……という話だ。


「それは俺じゃなくて、おまえからしたのか?」

「びゃぁ!」


 激しく首を縦に振る。


「……それなら、そのまま浄化してもらえばいいんじゃないか?」

「びゃぁ……」


 セインは首を振る。

 ヒューが通訳に入ってくれる。……魔素を払うには、相手が弱っている必要があるそうだ。

 その状態までもっていき、聖竜たちがいる群れにまでくれば、浄化の力で助けてくれるそうだ。


 ……案外、群れをなしているわりにはシビアなんだな。

 セインの言葉にひとまず納得はした。

 

「その弱らせる、ってのが俺一人じゃまず難しいんだよ。俺が傷ついたとき、治療できる奴がいないんだ。……ポーションはもうないしな」


 俺の言葉にセインは首を傾げ、それからぽんと手を打った。

 それから俺の頭に聖竜がのり、歌をうたった。


 聞いているとどこか落ち着ける。言葉はまったくわからないのだが、そんな神秘な力があった。

 思わず聞きほれていたのだが、それにもちろんセインリアも反応する。


 バカ、と叱りつけようとしたが、それより先に俺は自分の体に起こった変化に気付いた。

 いつもよりも体が軽く、なおかつ、僅かに傷ついていた外皮も完璧に直っていた。

 ……まさか、治療効果のある歌なのか? セインがこれでどう? と俺の眼前で羽ばたいた。


 ……わずかだが、可能性がでてきてしまった。

 薄い可能性にして、危険を伴う戦いだ。けれど、助けてやれるのなら――と思ってしまう。


「ヒュー、聖竜のさっきの歌の効果を聞き出しておいてくれ。二人とも激しく動くから、しっかり捕まっててくれ!」


 セインとヒューが背中に張り付いた。

 二体の重みはあってないようなものだ。学園の騎士学科で訓練を受けていたときはもっと重いものを身に着けていたときもあった。


 セインリアの放ってきたブレスを跳んでかわし、近くの壁を蹴りつけて、距離を開ける。

 セインリアは地を駆け、一気に距離をつめてくる。そうして、勢いのまま爪を振り下ろしてきた。

 突進が止まる寸前まで引き付け、そこで思いきり盾を押し上げる。

 力は、互角だ。セインの強化効果のおかげも確実にあっただろう。


 さすがに、加速しきる前なら、押し返せた。

 先ほどの聖竜の歌の効果なのかもしれない。


 ヒューが聖竜の子から聞き出した内容を伝えてくれた。

 効果は、回復と強化。


 そういうスキルがあるのは知っていたが、聖竜特有のものなのかもしれない。

 どちらにせよ、これほどの力なら……どうにかなるかもしれない。

 単純な肉体強化も嬉しいが、何より回復だ。


「回復はどのくらい打てる?」


 冷静に分析していく。

 あとは回数だ。

 ヒューからの返事は、歌を歌い終わるまでの時間はかかるけど何回でも、というものだった。


 ……ならば。

 俺は口角が吊り上がるのを感じた。

 これで、ようやくスタート地点に立ったばかりだ。


 けれど、戦えるようにはなった。


 ……聖竜を見たものが、なぜか体の病気が治った、とかいう逸話は、もしかしたらこれが関係しているのかもしれない。

 魔法と違い、体の底から軽くなったような気がした。


 俺は短く声を出し、それから邪竜討伐。……いや、セインリアに戻すための作戦を練っていく。

 まだすぐに攻撃には参加しない。

 聖竜の回復について、調べていく必要がある。


 俺を探していたセインリアの前に立ち、俺は剣を構える。

 初めて抜いた剣だ。大盾を構えていると、セインリアが飛びかかってきた。


 受け止め、横に体を滑らせる。

 剣を振りぬくが、さすがに鱗が硬く、剣が弾かれる。

 

 ならば、と関節の隙間を狙うがそこに魔素と思われる黒い霧がまとわりついて、受け止めてくる。

 ……便利に使うもんだな。

 

 剣を引き、距離を開けようとしたところで、セインリアの爪に襲われた。

 大盾で受けたが、体が大きく弾かれる。衝撃だけで、外皮が削れてしまった。


「ここで、回復を頼む」


 セインに、ヒーラーとして回復するタイミングを教えていく。

 セインはこくこくと頷き、俺に治療を施す。


 歌が終わるまではおおよそ15秒ほど。戦闘の中で考えると結構な時間だ。

 もっと、無駄を省いていく必要がある。

 回復の効果は歌が終わった瞬間に発動する。

 俺が攻撃をくらう時間に合わせられれば完璧だ。


「セイン。聖竜の群れがいる場所に案内してくれ。向かいながら、準備を整える」

「びゃあ!」


 ヒューを中継して、場所を聞く。

 背後から迫る重圧に押しつぶされそうになる。

 けれど、俺は様子を伺いながら、必要最低限の攻撃だけを受け、丘へとたどり着いた。


 聖竜たちが静かに体を休めていた。

 様々な色の花が咲き、リアニ草もいくつもあった。


 地面が揺れ、咆哮が響いた。

 丘にセインリアが侵入し、俺たちを睨みつけてきた。




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