聖竜と薬草9
イーセから解放されたおっさんは、席に座り次第酒をもらって、ちびちびと飲んでいた。
広げていたカードをかきまぜ、四人は笑いながらカードを配っている。
それをみて、イーセはますます苛立った様子で腕を組んだ。人差し指で片方の腕を叩いている。
「調査、何かわかったんですか?」
「冒険者同士だ。敬語は必要ない。私は何度か、この村の依頼を受けているんだ。ここには可愛い少年少女がたくさ――いやなんでもない。……こほん、とにかく、私はこの村で何度か依頼を受けていてな。それでここでの依頼に関しては少し詳しいほうなんだ」
「……それで?」
「今回、聖竜が異常発生しているのは聞いていると思うが、それより何より、異常なのはホワイトウルフだ。これまで、あれだけの数どこにいたというのだというほどだ」
「……確かに、ここに来る途中も襲われた。ホワイトウルフたちは、確かそれほど繁殖力はなかったはずだ」
ウルフ種の魔物でも、よく繁殖するものもいれば、そうではないこともある。
それらには色々と変化があるのだが、明らかにここに生息しているホワイトウルフは増えすぎている。
となれば、予想されるのは二つ。
「迷宮の存在と、魔穴の存在。私はそのどちらかが、近くにあるのではないか、と踏んでいる。しかし、その調査をしたくても、魔物が多すぎてな。さすがに、一人では危険が多い。かといって、魔物がいつくるかもわからないため、あまり多く人数を割くわけにはいかない」
迷宮の一階層から魔物が出てしまった場合。これは俺の町であったものと同じだ。
……もう一つ、魔穴と呼ばれるこれは、簡単にいえばこの世界と魔界の一部がつながった状態ということだ。
魔神が住んでいるとされる魔界。そこから生み出される瘴気――いわゆる魔素が原因で、ホワイトウルフが大量発生している……という可能性はありえなくはない。
その場合、どこかに出現しているとされる魔穴を見つけ、破壊する必要がある。
破壊はそう難しくはない。強い魔法やスキルをぶつければよく、ニンが使えるものでも十分だ。
ニンが無理でも、俺の『生命変換』でどうにかできるだろう。
「それで、協力を頼みたいということか」
「ああ。ルードの話は新聞でみた。年甲斐もなく、興奮してしまった。私もおまえのような歴史に名を残すような偉業を達成したかった、と……。まあそんな私の感想はいいんだ。……ルード。協力してはくれないか?」
……当然だ。
おっさんは「村を守ることのみ」という感じだったが、だったらその原因追及も冒険者としての仕事だろう。
……まあ、人によるんだがな。
難しい問題でもある。
本来よりも難易度が高ければ、追加の報酬を要求することだってある。
耳を傾けると、おっさんたちがいるテーブルの冒険者たちは、そんな話をしているようだ。
俺にとって、この村は仲間の故郷でもある。……多少、お節介をしたくなってしまうのは、人間として仕方ないのかもしれない。
「わかった。……一刻も早く状況を打破しないといけないしな。ただ、こちらとしてもメンバーに指示を出してからにしたい。少しだけ時間をくれないか?」
「わかっている。明日の朝にしよう。さすがに、夜の調査は危険だ。ホワイトウルフたちは夜目が利く。わざわざ、彼らのフィールドで戦う必要もないだろう」
イーセがそう話をまとめようとしたところで、ばらばらとカードが落ちる音がした。
彼らは、いらだった様子でこちらを見てきていた。
おっさんがカードをいそいそと回収していて、その脇では三人が席を立っている。
「おいおい。おまえらな……あんまりお節介をするんじゃねぇよ。村の連中が困って、報酬をもっとあげてきてくれるかもしれないだろ?」
「……おまえたち。おまえたちは確かCランク冒険者だったな」
これが、難しいところなのだ。
自分たちの価値を下げないため、冒険者という職業そのもののイメージをよくしたいという人のぶつかり合いは、よく起こる。
特に、今回のような集団で依頼を受ける場合はこういう問題が多くなりがちだ。
彼の声にあわせ、ギルド内に置かれた魔石の入ったランタンが揺れる。
光が左右に揺れ、イーセとCランク冒険者たちがにらみ合った。
「や、やめてください! 今現在、我々も報酬金に関しては話をしています! 冒険者はあくまで自由ですが、喧嘩はやめてください!」
割って入ったのは受付嬢だ。ばしん、とテーブルをたたき両者を睨みつける。
それに対して、Cランク冒険者は肩を竦める。
「だからこそ、ぶつかりあってんだよ。何が、騎士だっての。安定した給料がもらえていたおまえさんにはわからねぇだろうな。冒険者ってのは、明日があるかもわからない職業なんだよ。少しでも、明日の金を増やそうとするのは当然だろうが。まっ、わからんか。どうせ、貴族なんだろ? 帰れば温かい家とママとパパがいて、お金をせびればなんだってもらえんだろ?」
イーセは苛立った様子で眉尻を上げる。
しかし、彼女は小さく息を吐いて、怒りを抑えた。
「それで放置して、村が壊滅したらどうするつもりだ? おまえたちもまさか、ホワイトウルフたちとともにこの地で眠りたいわけじゃないだろう?」
「はっ! オレたちはそれなりの腕を持ってんだよ。ここで剥げるもんはいでいって、そのまま別の場所でのんびり暮らしてやるぜ!」
「……下衆が」
「下衆はどっちなんだか。金を払わないで、仕事だけしろってのは、正しいやり方なのか?」
イーセも、このCランク冒険者もそれぞれが自分の持っている価値観の中で生きている。
と、おっさんがポケットに手を入れてこちらへと近づいてきた。
「まあまあ。あんまりかっかしないの。怒っていると幸せ逃げちゃうよー?」
「うっせぇぞジジイ! 邪魔するってんなら、もう賭けに混ぜてやらねぇぞ」
「黙っていろ、ドラン。そいつの曲がった性根を叩き直してやる。ついでに、巻き込まれたくなかったら離れているんだな」
イーセが今にも剣を取り出しそうな様子で、Cランク冒険者たちもゴキゴキと拳を構える。
ドランと呼ばれたおっさんは両手をあげながらこちらを見て助けを求めるように声をあげる。
「や、やるなら外でやってください!」
受付嬢が必死に叫ぶが、それより先にCランク冒険者が動いた。
床を蹴りつけた彼が、素早い動きとともに、イーセへと迫る。
その動きは、どうみてもCランク冒険者とは思えないほどに早かった。一瞬、何か違和感を感じた。俺の体内で、何かがうずいたような気がした。
「なにっ!?」
イーセが驚いた様子で振りぬかれた拳をかわす。
Cランク冒険者は胸を狙って拳を振りぬいていた。
「ちっ、揉み損ねたぜ」
「……ふざけるなよっ! それほどの力を持っていて、今まで見せていなかったのか!?」
イーセが長剣を振り下ろそうとしたところで、俺がその間に割って入る。
剣を盾で受け止め、Cランク冒険者の蹴りを片手で止める。
「……動かねぇっ」
Cランク冒険者が驚いたような声をあげ、イーセもまた長剣を戻す。
「邪魔をするな、ルード」
イーセはいまだ長剣を振りぬこうと構えていた。
俺がCランク冒険者たちを睨むと、彼らは両手をあげて引き下がっていった。
「冒険者同士で争うのが一番意味がないだろう。……それぞれが、それぞれの考えのもとで動いているんだ。彼らの言い分も間違ってはいないし、イーセの言葉も間違っていない」
「……」
「俺たちは、調査に向かえばいいし、彼らは自由に自分に与えられた仕事をこなしていればいい。それが正しい冒険者の在り方なんだからな」
「くっ……」
イーセは悔しげに、長剣をしまう。
「……そうだな。すこし頭を冷やそうか」
イーセはとぼとぼとギルドを離れる。
ぴりぴりとしていた空気がようやく少しだけ、落ち着いた。
と、おっさんがほっとした様子でこちらにやってきた。
「よろしくねぇ。オレはドランっていうんだ。Bランク冒険者だけど、さっきのとおり、他の人に寄生してあげてもらったランクだからねぇ、期待しないでね」
「……そうか」
期待するなって……何を言っているんだか。
握手をかわした彼の手はごつごつと硬かった。
これまでつみあげてきたであろう訓練の結果がそこに如実に表れていた。
一見、ふざけたような歩き方をしているが、彼の動きには微塵も隙がない。……いや、あるんだ。
獲物が、敵を誘うかのようなわかりやすすぎる隙が、な。
……Bランク冒険者? それさえも、間違いであるかのようだ。
ドランはきっと、もっと強い。彼は俺を観察するかのように上から下まで見た後、ニンを見やる。
「聖女様ってのは本当美人だねぇ。けど、前の聖女様と比べてこう、迫力がないね」
ドランはからかうような笑みを浮かべ、胸の前でお椀を表現するように動かしてみせた。
ニンが拳を構えてほほ笑むと、ドランはそそくさと男たちのほうへと戻っていった。
彼はCランク冒険者たちのほうに戻って行って、それからまたカードを広げて遊んでいく。
「……なんか、嫌な空気ね」
「……それでも、彼らは自分の仕事は全うするだろう。村のことは彼らに任せて、俺たちは明日の調査の準備を整えよう」
「ええ、そうね。それにしても、こんなところでイーセに会うなんて……予想もしていなかったわね」
「教会騎士をやめて冒険者になったなんて、なかなか珍しいよな」
「やめたというか、やめさせられたのよ」
「どうしてだ?」
「イーセは年下が好きでね。修道院で生活していた子たちの着替えを覗いていたらしいのよ」
「……」
人ってのは裏表色々抱えているんだな。