聖竜と薬草8
ポッキン村についた俺たちは、長旅で疲れた体を癒すよりも先にやらなければならないことがあった。
村の入り口で呆然としていたリリフェルの肩をたたく。
「いま、落ち込んでいる場合じゃないだろ。まずは村のみんなに笑顔で帰ってきたことを報告するんだ」
「……笑顔で」
「ああ。みんなお前が無事ならそれを喜んでくれるさ。俺たちは村の状況を確認している。今後の方針を決めよう。大丈夫だ、なんとかするから」
根拠は何もない。
ただ、落ち込んだままの彼女に、そんな現実的な話をする必要はないだろう。
リリフェルはごしごしと目をこすってから、顔をあげる。
そして、にこっと、普段以上の笑顔を作ってみせた。
大丈夫ですか、と確認するようにこっちへと笑いかけてくる。
「いつものアホ面ですよ」
かわりにティメオが笑顔でいうと、リリフェルはべーと舌を出して村へと駆けだした。
「うっさいよ! それじゃ、村のみんなに挨拶行ってきますね!」
あふれんばかりの笑顔で彼女は村の人たちに声をかけていく。
村の人たちはリリフェルに驚いていた。目をこすり幻覚を疑うものもいた。リリフェルをみて、喜んでいる人たちがたくさんいた。
リリフェルの表情から次第に緊張が抜けていったのがわかった。
「俺とニンで、ギルドに行ってくる。……ティメオたちは、一応リリフェルを見守ってやってくれるか?」
「わかりました、ドリンキン、ファンティム、行きましょうか」
「ああ……そうだな」
ティメオもヒューの分身を持っている。何かあったら連絡をくれるだろう。
怪我人の姿も見える。ニンはそちらに近づいて、ポーチから取り出したポーションをいくつか渡していく。
「あ、あなたは……もしかして聖女様ですか?」
「ええ、そうよ。安心して、あたしたちが来たからもう大丈夫よ」
にこっと微笑み、彼女は怪我人たちにポーションを渡していく。
魔法で癒せるのはあくまで外皮のみだ。魔法も多少の治療効果はあるらしいが、生身の肉体を治すには、薬師としての知識が必要になる。
……まあ、それにしても、人間の治癒能力を逸脱するほどの治療は人間の体に後遺症を残すこともあるんだがな。
ニンは一応聖女だし、そのあたりには詳しいほうだ。
あくまで、傷を治す程度の知識、らしいが。
ニンは笑顔を振りまき、人々に希望を与える。その姿はまさに、聖女だ。
子どもに手を振り返すと、子どもは何かに気づいたように俺を指さしてきた。
「あっ! 冒険者の凄い人だ!」
子どもがそういうと、俺に気づいた人々がさらに活気づいた。
ニンが説明をすると、さらに村人たちに元気が戻る。
……こういうのは慣れないんだよ。
知り合いがみれば、ぎこちない、と思われるような笑顔とともに人々と接していった。
やがて、ギルドに到着したところで、ニンがにやりと口元を緩めた。
「なんかルードのああいう顔って新鮮で面白いわね」
「人をおもちゃにしないでくれ。……ポーションは大丈夫なのか?」
「聖女のポーションポーチをなめるんじゃないわよ。まだまだ大量に入っているんだからね。それに、材料があればまだまだ量産できるし、そのあたり、ギルドにいったら確認しておかないとね」
「ああ。そっちは任せる」
緊急事態なんだし、そのあたり、対応してくれるだろう。
到着した冒険者ギルドの前で足を止める。
さすがに、この村に合わせた小さなものだった。
それでも、ギルドがあるというのは、実は結構珍しい。
アバンシアになかったように、こういった地方は無視されがちなんだが、このポッキン村の場合は、周囲に生息する魔物や、採取できる素材で貴重なものが多いのが理由だろう。
冒険者ギルドにつくと、なにやら疲れ切った顔の冒険者たちが集まっていた。
それほど広くはないギルド内に、テーブルが三つ用意されていて、それぞれの席に冒険者たちがついていた。
比較的元気そうな男たちは一グループだけだ。彼らはカードを広げて遊んでいる。賭けでもしているのか、小銭がテーブルに重ねられていた。
「あっ、ルード様でしょうか!」
受付嬢が笑顔とともにこちらへと向いた。
その声に他の冒険者たちが反応する。
「おいルードってたしか――」
「今回の依頼を受けてくれたって言う大物冒険者だろ?」
「それなら、なんとかなるか?」
「て、ていうかあの美人さんってもしかして聖女か!?」
ざわざわと冒険者たちは盛り上がっていた。
活気付くのは悪くない。ニンも面倒そうではあるが、濃い目の茶髪の前髪をいじり、少しばかり身だしなみを整えてから、笑みを浮かべた。
冒険者の数は合計で10名ほどだ。
カードを広げて遊んでいる3名の冒険者は、ちらとこちらを見ただけで特に大きな反応はなかった。
「ここにいる冒険者ですべてですか?」
俺が受付嬢に聞くと、彼女はふるふると首を振っていた。
「あと2名います。Aランク冒険者とBランクの方がですね。この村にいる最高戦力でもありますね」
「Aランクですか……大物ですね」
「はい……おかげで、まだなんとかなっている状況ですよ」
受付嬢はがくりと肩を落としていた。
……Aランク冒険者がいてここまで追い込まれているのか。
敵はホワイトウルフだけではないのだろうか。
そのあたりを受付嬢に聞こうとしたところで、冒険者ギルドの扉が開いた。
振り返るとそこには綺麗な女性がいた。
その場の空気を一瞬で変えるほどの力があった。
氷つくような青の髪を揺らす。三つ編みで縛った青髪は、右肩から胸のあたりまで伸びていた。
切れ長の瞳は見る人全てにきつい印象を与えるかもしれない。
その表情がそのまま彼女の性格なのだろう。
彼女の真面目な表情は、どこか鋭さがあった。
ぽいと彼女は一人の男性を放り投げる。
彼はひぃぃ、と悲鳴をあげながら、カードを広げていた男たちのほうへと逃げていった。
「使えん。Bランク冒険者と聞いていたから連れて行ったのだが、ドランはまともに戦闘に参加しようともしない」
先ほど這うようにカードを並べた男たちのもとへ移動した男性のことだろう。
その男性はまるで浮浪者のような格好をしている。そこらに転がっている衣服を適当につなぎ合わせて作り上げたような服だ。
そのため、妙に質の良さそうな生地と、腐っているのではといえそうな部分があり、非常にアンバランスな服装だった。
わずかに生えたヒゲはきちんと手入れされている。
しかし、そんな服装だからか。彼の胡散臭さをあげるための一つになってしまっていた。
「そりゃー、そうでしょーよ。おっさんはBランクっていっても、他のパーティーに寄生してあがっただけだしねぇ。それに、そもそもおっさんの受けた依頼は、村を守ることなんだよねぇ。原因の追及は違わない? あんな魔物だらけ……それも黒竜が確認されてるんだから」
おっさん、と自称する男――ドランは肩を竦めてこれまた胡散臭い笑みを浮かべている。
「何をいうか。これは依頼の延長だぞ」
「だとしてもねー。おっさん必要なこと以外で仕事したくないのよ。もういい年なもんでね。あっあれだよ? イーセちゃんがおっぱい揉ませてくれたら、おじさん頑張っちゃうか――」
しゅんと、ドランの横をナイフがすぎる。
イーセが投げたナイフが、おっさんの頬をかすめた。
それを見届けたドランは両手をあげて、冷や汗を浮かべながら笑っていた。
「じょ、冗談冗談。だってイーセちゃんのおっぱいあんまりおっきく――」
イーセは背負っていた長剣を抜くと、今にも切りかかりそうだった。
しかし、それをニンが止めた。
「イーセ待ちなさいよ。ここで貴重な戦力を殺したらまずいわよ。やるなら、後にしましょう」
後でも駄目だぞ。
「ニン様!? お、お久しぶりです」
「そんな、改まる必要ないでしょ。もうあんた教会騎士じゃないでしょ」
「……そうですね。ああ、そうだな。それで、ニンはなぜここに……?」
「ルードのクランに所属しているのよ。それで、依頼を受けて一緒に来たってわけ」
ルード……? といったところでイーセが傾けた首をこちらに向けた。そして、ポンと手をならした。
「おお、ルードかっ。名前は聞いていた。会えたこと、心から嬉しいぞ」
イーセが片手を差し出してきて、握り返す。
彼女の手は剣を振りこんでいるのがわかるほどの硬さがあった。
「早速で悪いが、調査に協力してくれないだろうか。私一人ではさすがに限界があってな。それで、このBランク冒険者を連れて行ったのだが、ろくに働かん」
イーセが笑みとともにそういった。