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聖竜と薬草7


 峡谷を移動していく。


 他の地域に比べてこの場所は気温が低い。

……ただ、それ以上に涼しく感じたのは、この雪景色のような白い世界が理由かもしれない。


 歩くたび、白砂に足が埋もれる。

 雪を踏んでいるようなサクサクとした感覚。

 子どものときなら楽しめたかもしれないが、冒険者としてまず考えるのは戦闘のことだ。

 歩くたびに足が埋もれるのだから、戦いにくく、その分だけ移動に支障を来たす。


 ただでさえ、疲労で動きが緩慢となってきているみんなの歩みが遅くなってしまうのは仕方ない。

 前を歩くリリフェルは、この土地で生まれただけあってまったくといっていいほど苦にしていない。


 むしろ、峡谷に来てからというもの、歩く速度が格段に早くなっていた。

 それはきっと、焦りもあったのだろう。


 早くたどり着いて、村の安全を確認したい……というのがリリフェルの心中をしめていた感情だろう。

 

 と、竜の鳴き声が聞こえた。

 影が落ち、見上げるとそちらには白い竜が数体いた。


 子供と親なのだろう。

 思わず見上げて足をとめる。


「あれが、聖竜ですか」


 ティメオが感嘆の息とともに見上げた。

 純白ともいえるほどに真っ白な彼ら聖竜は、神の遣いではないかと言われている。


 ……聖竜を見たものが、なぜか体の病気が治った、なんていう逸話を聞いたこともあったな。

 それを信じて一度マニシアをここに連れてきたことがあったが、まったく効果はなかった。


 それらが関係してか、聖竜を一目見ようと多くの人が集まってくるものだ。

 しばらくそれを見ていた。リリフェルがくいくいと腕を引っ張ってきた。


「聖竜なんていくらでも見れますよっ。それより早く村に急ぎましょう!」

「そう、だな」


 見とれている場合ではない。

 リリフェルが一人先走るように向かっていく。


 ……なんだ?

 魔物の唸り声のようなものが聞こえた。


 ニンも感じたようで、こちらに視線を向けてきた。


「リリフェル、止まれ。魔物だ」


 いいながら索敵魔法を使う。

 それほど強力な魔物はこのあたりには潜んでいなかったため、移動を優先していた俺たちはあまり魔法を使用してこなかった。


 発動すると、この高い山を見上げた方へ、そいつらはいた。

 光を背に、白い砂に混ざるように立っていたのは、ホワイトウルフだ。


 ホワイトウルフか。そういえば、そんな話を聞いていたな。

 この土地に合わせて進化したのか、白い毛皮を持つ彼らは景色に溶け込むようにして獲物へと襲いかかる。


 ただ、もともと彼らは好戦的な種族ではない。

 何より、絶滅危惧種と言われるほどに少なかったはずだ。こんなあっさりと出会うことになるとは……大量発生というのは本当だったらしいな。

 そんなホワイトウルフたちが、今高台からこちらを睨みつけていた。

 

 獲物として、狙いをつけられたのだろう。


「……比較的広いここで戦闘を行おう」


 全員が頷いて、武器を構える。

 数は五体。別に多くはない。

 ホワイトウルフが天をあおぎ吠えた。


 それを合図に、彼らは崖を滑り、その勢いのままに飛びかかってきた。

 大盾で受けるが、加速した威力も加わり、さすがに凄まじい衝撃だ。


 ウルフの牙と盾のぶつかる金属音。

 続けざまに、わきから噛み付いてきたホワイトウルフへ、大盾に乗っていたウルフをぶつける。


 振り抜いた先、勢いよく飛びかかってきたホワイトウルフ。

 盾を振りぬき、ホワイトウルフを殴り飛ばす。

 最後の二体は睨みつけて引き付ける。


 ホワイトウルフたちが起き上がり、低いうなり声とともに囲んでくる。


 一斉に、動いた。

 ウルフ種の魔物はもともと連携をとるような魔物が多いが、彼らの連携はその中でも上位のものだ。


 お互いが隙をつぶすように、速度を生かした連続攻撃を仕掛けてくる。

 大盾で受けられる攻撃を止め、かわせるものはなんとかかわす。


 基本的には剣と盾でさばく。

 ウルフが飛びついてきた。隙だらけに見えるのは……罠だな。


 攻撃へと転じた瞬間、残り四体が噛み付いてくるだろう。

 だから俺は全てに対応できるように受け止める。

 大盾に魔物を乗せ、別の魔物へと放り投げる。


 俺の基本的な敵のさばき方の一つだ。おかしいだろ、とツッコまれたことは何度かあるが。

 さて、ホワイトウルフたちが俺と交戦してからどれだけの時間がすぎただろうか。


 これだけあれば、どんな強力な魔法だって用意できる。

 ホワイトウルフの一体が、俺ではなくリリフェルへと向かう。


 ホワイトウルフがリリフェルに噛み付いたが、リリフェルも盾で受ける。俺の真似をしようとしたのだろうが、体格差に押し負けて崩れてしまう。


 焦りはない。ホワイトウルフは好機と捉えたようだ。リリフェルもちょっとばかり慌てた顔をしていたが、ホワイトウルフの脇からドリンキンが突っ込む。


 その腰にさげた刀へと手を当て、一瞬で振り切る。

 マリウスをそこに幻視した。その一撃は集中したいい居合だった。


 ホワイトウルフの脇腹がかっさばかれ、白い砂が血で染まる。

 リリフェルはコロコロと転がって体を起こす。

 そうして、俺が引きつけていたホワイトウルフへ『挑発』を放ち、奪い取っていく。


「がぅ!」


 ホワイトウルフは、そこでようやく仲間が一体やられていたことに気づいたようだ。怒りをこめた咆哮とともにリリフェルへと向かう。


 その途中で、俺が挑発を上書きした。

 ホワイトウルフの体がこちらに向く。俺のほうへと向かおうとした瞬間に、火の玉が落ちた。


 固まっていた四匹を巻き込んだ火魔法が魔物たちの全身を押しつぶすように落ちる。

 ホワイトウルフたちはもう動かない。

 戦闘が終了したところで、ニンが首を傾げた。


「……ホワイトウルフってこんなところに出てくんの? 確か、そこそこランクの高い魔物のはずなんだけど」

「いや、別の場所に住んでいたはずだ。……リリフェル、どうなんだ?」


 俺がリリフェルを見やると、彼女はぶんぶんと首を振った。


「そもそも、絶滅危惧種で、ほとんど見かけないくらいです! ど、どうなっているのでしょうか……?」

「冒険者も言っていたな。大量発生しているって……もしかしたら、魔物が出現する『魔穴まけつ』が発生しているのかもしれない」


 魔界と繋がっているのではといわれている魔穴。それは放置しているとどんどん魔物が湧き出てくる危険なものだ。


 周囲に魔物がいないことを確認して、構えを解く。


 倒れたホワイトウルフに視線をやる。


 ……ランクDからC程度の魔物だ。

 ウルフ種は群れで行動している可能性が多い。


 先ほどの咆哮と血の臭い。

 大量発生しているというホワイトウルフが集まってこないとも限らない。


 10を超えるホワイトウルフに襲われたら、さすがに面倒だ。


「師匠、急ぎましょう!」

「リリフェル、もう少し落ち着け。村についたとき、おまえが怪我をしていたら村の人達は悲しむだろ?」

「そ、そうでありますけど…………そう、ですね。ちょっと焦っていました」

「……ああ、安全に、ゆっくり、でも確実にできる限り早く進もう」

「は、はいっ」


 今年が異常事態なのは間違いない。

 リリフェルを先頭に、村を目指して移動していく。


 峡谷を上へとあがっていくような感じだ。

 何度かホワイトウルフに襲われ、問題なく討伐した。


 死体だけは処理をして、また進んでいく。

 そうして、登って行くと、石畳が見えた。けれど、以前見たときに比べて、その石畳の道はボロボロとなっていた。


 リリフェルが唇をぎゅっと噛んでいた。

 その頭を軽く叩いてから、さらに速度をあげる。


 村の入口が見えた。

 しかし、そこに続く道はひどい有様だった。

 石畳で舗装されていた道は、魔物たちによって踏み荒らされてしまっている。その足跡から察するに、ホワイトウルフのものだ。


 魔物の死体だろうか。雑ではあるが、処理の施されたその死体たちによって生み出される臭いがあたりに充満していた。

 村までの白い砂には、びっしりと魔物の血が付着していた。


「……っ」


 リリフェルが走り出す。周囲に魔物の気配はない。

 先程襲われているとはいえ、冷静でいられるわけがない。


 一刻も早く、家族の無事な姿を見たいと思うのは自然なことだ。

 俺の記憶にあるポッキン村は三年前のものだ。

 あのときはもっと美しい景色が広がっていた。


 外壁のいくつかは、壊れてしまっている。

 アーチ状の村を示す入り口から見える部分からでも、暗い雰囲気が漂っていた。


 俺の記憶にある明るい村とは違う。

 ……例えたくはないが、まるで戦場だ。死の臭いが充満し、人々の心を蝕んでいる。


「なあ、ルード。リリフェル姉ちゃんの村……大丈夫なのか?」


 ファンティムも不安げに俺の服をつかんできた。

 首を振るしかない。


「……なんとも言えない。危険な可能性もある」

「そっか……」


 元気のない様子でファンティムはしょんぼりと肩を落とした。


「大変そうな依頼になってきたわね」


 渋い顔でニンが言った。


「……そうだな」


 ここまでの状況になっているのなら、新人三人ではなくシナニスたちに来てもらっていた。


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