真実の想い 下
二人の見事な作戦に、俺とマニシアはまんまとはめられたわけだ。
俺は別に構わない。
感謝こそあれ、二人を責める気持ちは一切ない。
問題はマニシアだ。
ベッドで目を覚ました彼女は、俺を見て、それから顔をすっと澄ましたものにした。
「兄さん、なぜここにいるんですか。早く部屋を出て行ってくれませんか」
「マニシア、さっきの頭突き、大丈夫か?」
「……な、なんのことですかねー」
棒読みだ。
嘘がへたくそな彼女を可愛いなと思いながら、俺は頭をさげる。
「色々と、考えててくれてありがとな」
その言葉がすべてだ。
俺と目が合うと、彼女は耳まで真っ赤にした。
じんわりと、目じりに涙がたまっていて。
鼻の先も少し赤くなり、
「兄さんは、もっと自分のことを考えてください」
「考えているよ。考えて、今のように生きているだけだ」
「ありもしない魔本を探して、あたしなんかのために人生を使いきろうとしないでください」
「魔本じゃなくても、迷宮には未知のものがたくさんある。いつか、マニシアを治す手段だって見つかるはずだ」
それに――。
「家族のために生きることの何が悪い」
少しだけ怒って、また笑みを浮かべる。
ぶわっとマニシアが涙をこぼした。
「兄さん!」
彼女が抱き着いてきた。
「……マニシア。心配しないでくれ。俺にはおまえが生きていることが幸せなんだ」
「……兄さん。今までごめんなさいっ。馬鹿なあたしには、こうするしか兄さんを幸せにできないってずっと思って――でもあたし、兄さんに嫌われたくないです!」
「別に、嫌いになるわけがないだろ。……それに、俺も悪かった。これからは、自分の幸せって奴を探してみるよ。だから、マニシアも……体が治ってから何をするか、考えてくれ。全部終わって、それから俺たちは俺たちなりに生きていこうよ」
つまりは、そういうことだと思う。
俺はマニシアの体が治ってからの人生がわからなかった。
それがダメなんだ。
これから、探していかないとな。そういう意味では、俺もルナと一緒だな。
とんとん、とマニシアの背中を優しくなでる。
マニシアはわんわんと泣く。
小さな頃を思い出した。
あのときは、彼女を守るだけの力はなかった。
けど、今は違う。
何度も何度も、撫でていれば、マニシアも落ち着いていく。
泣きすぎてしまった彼女は、ひくひくと声をあげている。
「兄さん……ごめんなさい」
「別にいい。マニシア、これからまた一緒に生きていこう」
「……はい」
立ち上がり、頭を軽くなでる。
マニシアは久しぶりの笑顔で受け入れてくれた。
「二人に、お礼でも言おうか」
「……そう、ですね」
マニシアの手をとり、部屋を出る。
リビングの席に座っていたニンとルナと目が合う。
ほっとした様子でこちらを見ていた。
「よかった。二人とも仲直りしたみたいね。せっかくの家族で喧嘩なんて馬鹿らしいわよ」
「そりゃ、おまえにだけは言われたくないな」
両親と仲悪かっただろおまえ。
マニシアは俺から手を離し、つんとした態度へと戻った。
それから席に座り、じろっと二人を見る。
「……二人に相談したのが間違いでした」
「……マニシア様は、仲直りがしたかった、と私は考えました。違い、ましたか?」
ルナは申し訳なさそうに、頭を下げた。
「……うっ」
マニシアの頬が引きつり、助けを求めるようにこっちを見てきた。
それはおまえの問題だ。
俺は出来上がっていた昼食の用意へ向かう。
「ルナさん……その」
「申し訳ありませんでした。私には、人の感情を完全に理解できません。頑張って、予測して……それでニン様にも相談をして、行動に移しました」
隣に並んだニンは、からかうように口元を緩め、ピースを作った。
……俺にも相談してほしかったな。
「間違っていたのなら、申し訳ありませんでした。……余計なことをしてしまいました」
「あ、あってます……。あって、います。……あたしは兄さんと、仲良くしたくて。……はい」
料理を運ぶとき、マニシアと目が合う。
彼女は顔を真っ赤にして、黙りこんでしまった。
ルナがほっとしたように息を吐く。
「……よかったです。最後は、私の気持ちもありました。マニシア様と、マスター、お二人に仲良くしてほしかったです」
「……わかり、ましたよ。はい、あたしは……そうしたかったですから」
マニシアはルナの真意に恥ずかしがっている様子だ。
気持ちはわからないでもないな。
料理を並べ、席に座る。
「色々あったが、とりあえず……ご飯を食べよう」
全員で手を合わせ、神への祈りをささげた後に俺たちは昼食を頂いた。
〇
「兄さん」
寝室から出てきた彼女は、俺を見つけると嬉しそうに笑った。
「おはよう」
俺は王都新聞から一度だけ視線をあげて、戻す。
王都からここに運ばれてくるまで一週間ほど。
町の人たちで読みまわし、俺の家に届くのは一番最後。
情報としての新しさはない。
他国との状況や、国内の迷宮調査に関しての情報に目を向けるくらいだ。
ただ、一面に取り上げられていたのは勇者の失敗だった。
ニンが話していたものだろう。
すると、マニシアが俺のほうにやってきて、俺の上に腰かけた。
「兄さん、新聞読んでください」
「……おまえ読み書きは得意だろ」
俺たちは拾ってくれた貴族の家で、習得している。
しかし、マニシアは駄々をこねるように首を振った。
「読んでください」
俺に体を押し付けるように、腰を揺らす。
彼女の長くのびた黒髪が、俺の鼻をくすぐる。
俺とは違って小柄だから別に重くはない。
こうした素直な行動をしてくれるのは、ルナのおかげだ。
マニシアは誰もいないとき、俺に甘えるようになった。
人前では昔のような冷たい……とまではいかないが、そっけない態度をとるが、今のように誰もいなければそれはもう甘えてくる。
新聞の見出しを順に読んでいく。
マニシアが指さした場所はさらに詳しく伝えていく。
「兄さんも、王都には行ったことあるんですか?」
「何度か、な」
「……羨ましいです。綺麗でしたか?」
「そうでもなかったな。人が多いからゴミはあちこちに転がっている。道は汚い。人も、色々な奴がいる。……この町のほうが俺は好きだな」
「でも、この町は……人がどんどん減っちゃってますよね。これから先は、心配ですよね」
そうだな。
アバンシアはいい町だ。
けど、目立つようなものが何もないから、人はどんどん減ってしまっている。
何とかしたいものだけど、こればっかりはな。
マニシアが新聞の一面を指さす。
「この勇者って、ニンさんが嫌っていた人ですよね?」
「そうだな」
「兄さんも一緒にパーティーを組んでいたんですよね。ニンさんは兄さんのことを馬鹿にするから、嫌いって言っていましたよ」
「ニンは多少私情が入っているんだよ」
「なんだ、兄さんも気づいているんですね。それで、何もないのですか?」
からかうように目を細めてきた。
……しまったな。そこまで話すつもりはなかった。
バツが悪くて、口を閉ざしたが、頬を軽くつつかれる。
……わかったよ、気持ちを伝えるか。
「まあ、な。けど、今はまだ考えられない」
「……あたしがいるから、ですか?」
「違う。……いや、少しそうだな。おまえを治したいから、そういうのは考えてない。……一度、誰かとそうなってしまうと……俺はきっと弱い人間だから、その幸せに固執してしまう。不器用で……二つを同時に、なんてきっと無理だ。だから……これだけは、すまない。マニシアを治すまでは、考えたくないんだ」
これが、マニシアが俺を嫌っていた理由だ。
わかっているが、今度ははっきりと自分の気持ちを伝える。
「……理解してくれているのなら、いいです。けど、本当に大切な人ができたときは、その人のために生きてください。私は今でも幸せですから」
「……わかった」
マニシアが笑顔を浮かべ、それから俺に体重を預けてきた。
そうして、彼女は少しだけ頬を染める。
「けど、それまでは……その、妹を大事にしてくださいね」
「……わかったよ」
彼女の頭を軽くなでると、昔のような甘えた笑顔になった。
「そういえば、ニンさんって貴族なんですよね? あまり話したがりませんが」
「ああ。一度だけ連れていかれたときがあってな。公爵様だそうだ」
マニシアもさすがに目を見開いた。
「こ、公爵!? そこまでのお方だったんですか!? 私、結構無礼なこと言ってしまいましたよ!」
「俺も似たようなもんだ。むしろ、それで態度を改めたほうがあいつは嫌がるぞ」
「……そ、そうですか。わかりました、打ち首にならない程度に気をつけます」
「まあ、そのくらいはな。普段通りのマニシアなら大丈夫だ」
マニシアはこくりと頷いた。
「それにしても、兄さん。女の人にモテモテですね。帰ってきていきなり二人も連れ帰ってくるなんて驚きましたよ」
「二人とは仲良くできていると思うが……そういう言い方はやめてくれ」
「モテモテです。町にも兄さんのこと気になっている人いますし……」
「まあ、それなりに接する機会はあるけどな」
別にモテているという気持ちはない。
町に関しては、若い男性が少ないというのも理由の一つじゃないか。
「……兄さん。女を泣かせるのはダメですからね」
「もちろん……わかってるよ」
と、ドンドンドン! と激しい音がして、マニシアがびくんと跳ねた。
「な、なんですか!?」
「る、ルード! 大変なんだよ! ぱ、パパが!」
ミレナが玄関を押し開けてきた。
ニンが学び舎に行ったきりで、鍵は開けっ放しだ。
そもそも、この町で鍵をかけるというのはあまりない。どうせ、近所みんな知り合いだしな。
マニシアはぴょんとはねるようにして俺の上からどいた。
逃げるように部屋へ向かったマニシアの頬は赤い。
「レイジルさんがどうかしたのか?」
「鍛冶場で倒れていたんだよ!」
……まさか。
「わかった、すぐに行く。ミレナ、まだ走れるか?」
「も、もう無理……あとから追う、から……」
「いや、一緒に行くぞ」
病気などでは助けを呼びに行く必要がある。
俺だけでは足りない。
ミレナを抱え、そのまま家を飛び出した。




