富豪・バンバンリ
富豪バンバンリは馬車を走らせていた。
傭兵を雇い、目的を果たすために
どんな人が見ても気分が落ち込むような黒い雲が空を覆う。いつ降ってきてもおかしくはない、そんな曇天だった。
荒野を中隊規模の集団が進行している。中央には豪華な装飾が施された馬車と4頭の馬がそれを引く。
その周りを2人ずつ、計8人の騎兵が取り囲んで進行していた。
馬車の持ち主は、バンバンリという小太りの男。とある地方では有名な富豪であった。彼の成り上がった経緯は表向きでは貿易……実際は密売や密輸、闇市場への取引などを行い、彼は懐を潤した。
今回の進軍も闇市への貿易が目的であった。
「もっと急がせろ! この瞬間も少しずつ値段が下がっていると考えると落ち着けん!」
馬車の中、小太りの男が召使に怒鳴る。バンバンリのモットーは自分で取引を行うことであり、今まで誰にも任せたことは無かった。
馬車には四人乗っており、バンバンリの他に召使が2人、傭兵のリーダーが1人だった。
バンバンリの怒鳴る声が馬車から聞こえる。それを聞き、右隣を併走していた傭兵は呟く。
「お頭、可哀想だな」
「聞かれたら斬首刑だぜ」
そんな話をしながら進行していた。
「そ、そういえば……今回はどの様な物を仕入れて?」
召使が恐る恐る尋ねる。
「気になるであろう? こいつを見ろ!」
バンバンリは懐から両手サイズの長方形の箱を取り出し、召使に見せる。中には3つの赤い玉が入っていた。
「こ、これは……まさか?」
召使の1人が唾を飲む。
「手に入れたんだ……“悪戯な飴玉”こいつぁ高く売れるぞ」
笑いながら答える。すでに売った後の想像をしているようだった。
馬車は着実に目的地へと進行していた。
一番最初に気づいたのは、前方を警戒する傭兵のふたりであった。
「おい、道の真ん中に人立ってねぇか?」
「ほんとだ、何やってんだ? あいつ」
フードとマントを被った人影が立っていた。
「ちょっとあいつどかしてくる」
そう言うと、片方の男は人影へと馬を走らせた。
人影に近づくとそいつは、佇んでいた。
「おい! 馬車が通る! そこをどけ!」
男は怒鳴る。全身にマントを被っており、素顔が見えない。
「……誰の馬車だ?」
低い声で男は尋ねてきた。
「富豪、バンバンリの馬車だ! 貴様のように暇な男ではないのだ! はやくどけ!」
「そうか……」
気づいた時には、男は消えていた。いや、飛び上がったのだ。マントから男の姿が見える。黒い鎧に身を包み、左手は金色の手甲であり、それは不気味に輝く。
「なっ!!!」
男は驚き、剣を引き抜くが、遅かった。黒マントは男の後ろを歩き出していた。振り返ろうとするが、身体が動かない。
「くそ! 妙な魔法を!」
だが黒マントは答える。
「死んだことにも気づかないか」
その言葉を聞いた瞬間、傭兵の身体は馬ごと真っ二つになる。
その様子を見ていたもう1人が馬車へと伝える
「前方に襲撃者! 1人やられた!」
その言葉を言い終わった頃には既に首は宙に浮いていた。
「噂通り来おったか! お前ら働け! いくら払ってやったと思ってやがる!」
バンバンリが大声で怒鳴る。その声に傭兵たちは我に帰り、馬から飛び降りる。
「しっかり後払い分もよろしくお願いしますよ」
傭兵団リーダーは念を押し、馬車から飛び出した。
「いいか、敵は1人だ、だが舐めずに殺れ!」
そう言いながら飛び出したリーダーであったが、その光景に目を奪われた。
黒い影が自分の部下達を斬り刻む様を。襲撃者は若干の湾曲のある片刃の剣を持ち、鞘と剣を両手に持つスタイルであった。
襲撃者は全ての傭兵を斬るとリーダーへと向く。
「なぜ俺が1人だと?」
襲撃者は話す。淡々と。
「……探知、俺は半径500mの中の殺気を探知し、敵を探し出す」
「俺の部下を斬り刻むのは、1つの殺気しかなかったからだ」
リーダーは答える。マナを地面にゆっくりと流しながら。
「お前達に恨みはないが、そこにいるバンバンリと共にいたことにより、始末しなければならない」
襲撃者は剣を収め、姿勢を低く構える。
「お前の武器、見たことないんだ。なんて名前なんだ」
あと数秒で準備は終わる。時間を稼ぐための言葉として咄嗟に出たのは素朴な疑問だった。
(よし、準備万端だいつでも来い)
襲撃者の一撃が来る前に整った。リーダーは身構えながら答えを待つ、だが襲撃者は動かない。
(くそ、なんなんだこいつ……)
リーダーはじっと睨め付けていたものの、無意識に瞬きをする。一瞬だった。今までいたところにそいつはいなかった。懐にいたのだ、一瞬で傭兵リーダーの懐へと。
時間が気持ち悪いほどゆっくり流れる。
(これが走馬灯か……)
そう考えていると襲撃者はようやく答える。
「カタナだ、遠い国の古代より伝わる武器だ」
腰の回転と共に腰の鞘からカタナを抜き、下から上へと傭兵リーダーを斬り上げる。痛みはなかった。だが、傭兵リーダーの生命はそこで途絶えた。
襲撃者は停車している馬車へと歩み寄り、馬車の扉を開ける。
「バンバンリ、貴様の罪を償え」
「ふ、ふざけるな! わしを舐めるなよ!」
バンバンリは箱から“悪戯な飴玉”……“デビルの血玉”を2つ取り出し、それを口へと放り込んだ。が、金色に輝く左腕の手甲がバンバンリのふくよかな腹を貫く。猛獣あるいはデビルのような鋭い爪がバンバンリの内臓をえぐる。
「“それ”は、どこで手に入れた?」
襲撃者は問う。だがバンバンリは無反応だった。
「“それ”をこの世に出すわけにはいかない」
内臓を引き抜き、構える。だがバンバンリはニヤリと不敵に笑う。
「遅かったな、内臓を引き抜いた程度で止められると?」
莫大なマナを放出しバンバンリは変異する。
「2つだとかなり血が濃くなるなああああああああ!!!!!!!!!」
角と翼が生える。周囲に不気味な黒い羽根をまき散らせながら。だが襲撃者は動じなかった。
目にも止まらぬ速攻。その一撃がバンバンリの首を一閃する。
「変異は隙の塊だ。もちろん、莫大なマナを放出するため、防御力を跳ね上がらせているが」
「“居合”であればそれすらを斬る」
変異は止まりバンバンリの胴体は倒れる。宙に浮いた首を襲撃者は構え、
「銀桜・逆光」
バンバンリの首は跡形もなく細切れとなった……
馬車の中で震えている使者を片目に、襲撃者は箱に残った最後の血玉を取り出す。そしてその血玉を粉々に握りつぶす。血玉からは血液が溢れ出し、襲撃者はそれを眺めながら使者に話す。
「……悪いが、バンバンリの関係者は消させてもらう、すまないな」
使者はより一層震える、ことはなかった……
襲撃者はカタナの血を拭いながら馬車から降りる。気づけば雨が降り始めていた。
新章です、よろしくお願いします