表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
9/54

2.学級委員長の依頼 Ⅰ

 

 9月3日、水曜日、荒山明星高校、1年5組の教室に到着するやいなや速水蓮華があわてふためいて迫ってきた。


「瀧沢君、昨日言い忘れてたことがあったの!」

「まぁ、落ち着けって」


 これ以上ないくらい顔が至近距離にある。両肩に手を置き、後ろに軽く押して距離を取る。取って食わんばかりに凝視してきた。

 速水さんは胸に手をあてて深呼吸を2回してから。


「言い忘れてたんだよ。私は今クラス全員の関係性を見れる状態なんだけど1つ問題があったの」

「それで俺にヤバい関係をリークしようってか?」


 兄妹の禁断の愛とか、殺し屋が紛れてるとか。


「ち・が・う!」

「まぁ、冗談はさておきどうしたんだ」


 ちょっと切れられた。だけど別にMってわけじゃないけど嬉しくなってにやけてしまった。


「同じクラスの長田君が美希を……」


 長田というのはやや小太りの男子、いつも本を読んでいるからかテンションは低め。全体的にテカってるという印象。


 そして、美希というのは昨日放課後に速水さんをからかっていた女子の1人だ。背は低くて、どこかの朝比奈さんみたいな感じだ。そしてとても人懐っこく、誰とでも隔てなく接することができるクラスのマスコット的存在。


「その長田君がその美希さんを?」

「…………」


 何か言葉を選んでいるらしい。ボソボソ何か呟いている。そして考えだしたセリフはというと。


「長田君が美希を食べようとしてるの!」


 選んでこれかよって突っ込みたくなったけど、つまりはこういうことでいいはずだ。


「強姦ってことでいいのか?」

「そう、だね」

「何やるのかも見えるのか……凄いな能力だな……」

「目標みたいなものだけどね。瀧沢君の場合……後悔したくない目の前にって何これ?」

「それはいいとして、何故それを俺に言うんだ?」

「そりゃなんとかして欲しいからだよ!」


 と、いうわけで学級委員、速水蓮華はやみれんかから依頼を受けた。

 流石に無視できる事柄ではない。


「了承していてなんだけどどうすればいい?」

「何とかしてよ」

「丸投げかよ、じゃなくて。例えば犯行前に止めるか犯行中に止めるかってこと」


 俺的にはそんなやつは社会的名誉全てを奪い取るために現行犯にしたいところだけど、速水さんはどうだろう。


「私は前もって止めたほうがいいと思う……」

「わかった」


 平和的解決を望むならそれでいいと思うけど、根本的に解決できるかどうかわからない。反骨精神に抵触してエスカレートってことも考えられる。

 言うか言わないか迷ったけど、その度に俺に頼られても困るから言うことにした。


「それだとむしろエスカレートする恐れもあるぞ?」

「…………」


 速水さんは何も言わない。もしかしたらハッピーエンディングを求めているのかもしれないけど、それがとても無理だってことには気付いてるはずだ。

 不承不承という感じで肩を竦めた。


「未遂でもやってしまったら犯罪行為は許されることじゃないから。でも、できるだけ平和的に解決してみるよ」

「ありがとう本当に」


 とらいうわけで朝の会合は終了した。


 その後授業やらなんやらあって昼休みになった。この件に関して重要人物の下調べをようとしたとき放送が流れた。


『1年5組瀧沢、2年1組神代、指導室まで来なさい。繰り返す―――』


 呼び出しの放送はどうしてか切れ気味の声だった。この声は生徒指導をよくやっている体育教師に違いない。

 クラスには一瞬の静寂、そしてざわめき。


「(なんだこれは……楓も一緒だと?)」


 特に怒られる理由も見当たらないので気がかりだった。席を立ち上がると皆にガン見されていることがわかる。

 生徒指導室は2階中央に位置している。2年の教室は4階なので楓は俺よりも後に到着した。

 扉の前で心当たりがあるか聞いてみる。


「2人で呼び出される理由なんてあったかな?」

「思い当たらないけど……」


 開き戸をスライドさせる。不穏な空気が流れ込んでくる。



 結局開放されたのは昼休みが終了したあとだった。

 内容は『不純異性行為』。

 その言葉を聞いたときはマジでびびったけど、手を繋いでいたかららしい。明星高校には手を繋いではいけないという暗黙の校則あるようだ。

 何故手を繋いで帰ったかを先生に話すときは散々だった。

 20分近くの説教、原稿2枚分の反省文の罰を受けることとなった。

 なので俺も楓も昼ごはんを食べ損ねた。


「帰ろうか……」

「そうだな……」


 物音しない廊下をトボトボ歩いていくのだった。

 しかし、最も散々だったのはその後だ。


 クラスでは「マジであの神代先輩と付き合ってんの!?」とか「俺手繋いでんのみたわ~」とか「嘘だそんなことー」とか「絶対に墜ちないと言われていたあの神代嬢が!」とか噂されるし。休み時間には他の学年からも野次馬が来るし、授業中もチラチラ見られるし。


「不幸だ……」


 しばらくは楓と接触するのは控えるべきだろう。その旨を伝えるメールを送ろうとスマホを取り出すだけで女子の悲鳴が聞こえる始末だった。きゃーーーー、って……メール送るだけなのに。

 帰りのホームルームが終わると誰よりも早く教室から出た。変な視線で見られるのは不快だったから。

 それを思ってるのは俺だけではなくて彼女も一緒だった。よって、必然的に出会ってしまう。


「か、楓!?」

「は、悠斗……早く行くよっ!」


 楓の後ろを着いて階段を下っていく。


「後ろからすごい足音がするんですけどっ!」


 楓は大量の野次馬を連れて走ってきていたらしい。階段高速降りの特技により野次馬からの距離は確実に離れているが、既に外にいる生徒もいるため、気は休まらない。野次馬の集まり原理は一体何なんだ。


なんだかんだ外角公園まで走り続けていた。

 全身が重いというか怠い。呼吸するたび胸骨が圧迫されて痛い。軽い吐き気もあった。


「か、楓は運動得意なんだな……」

「まぁ、これくらいはね」


 公園に設置された自動販売機で選ばれし者の知的飲料水を買ってがぶ飲みする。160円。40円のお釣り。


「まさか見られてたとはな」

「本当に! 悠斗が急にあんなことするからっ」

「あれは俺の能力を試すためで………あっ」


 能力という言葉で思い出した。速水さんの依頼を完全に忘れていた。でも、今日はこんなことがあったから何も起きない気がする。

 いや、切実にそう祈るばかり。


「どうしたの、何か予定あった?」

「いえいえ、特に何もないよ」


吹き込む心地よい風を受けながら。

楓は明日からについて話し始めた。未来への展望、なんてものではないけど。


「明日からどうする?」

「そうだよな……」


 人の噂も七十五日とは言うけど、2ヶ月の間逃げ回りながら生活するのは流石に厳しい。そこまでにならなくとも、しばらくは不自由な生活を送らなくてはならないのは事実で。


「学校では会わないほうがいいよな~」

「そうだね~」

「俺達さ付き合ってるわけじゃないよな?」

「付き合ってないねっ……」

「でもやってたことは恋人みたいなことだよな」

「悠斗が勝手やったことだけどね」


 横目でちょっと睨まれる。可愛い。


「……我慢できなかったんだよ」

「……っ」


 気まずい雰囲気が流れた。自分で流したんだけどさ。この雰囲気こそ恋人の間で流れるものだ。


「帰るか……よければ送っていくよ」

「別にどっちでも」


 ということで楓の住んでるところまで送ることにした。

 所在地は病院の裏にある研究所の脇にある高層マンションだった。超能力事件にすぐに対応できるようになっているわけだ。

 俺達は付き合ってないので部屋に上がったりしなかった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日も早くに登校する。案の定速水さんが既にいた。とりあえず確認しておく。


「昨日何も起こってないよな?」

「大変だったわよ」

「何!?」


 速水さんの態度から大丈夫だと思ったけれどそうではなかった。しかし「大変だった」というセリフから解決できたとも受け取れる。


「瀧沢君と神代先輩が付き合ってるって全校生徒が走り回ってたよ?」

「……そっちね。美希はまだ大丈夫ってことでいいんだよな」

「美希ね……まだ大丈夫だけど」


『美希』と名前で呼んだのが気に入らないらしい。俺も女子を下の名前で呼ぶ趣味はない。名字さえ知ってればなになにさんと呼ぶ。


「あとしばらくは色々忙しそうだから連絡先教えてくれ」

「わかった……」


 現在の時代の文明の利器、スマホは赤外線を使う必要なくデータを転送できるのだ。人類は完璧に電波を使いこなしている。まったく人類は素晴らしい。人間万歳。


「ありがとう速水さん」

「どういたしまして」


 やはり不機嫌そうだ。ここはフォロー入れといたほうが良さそうだ。とりあえず誉めそやしてみよう。


「本当にありがとう。普通に接してきてくれてすごく安心した」

「そこまで人間が出来てないわけじゃないよ」


 謙虚なのか自己嫌悪なのかへりくだった答えが返ってきた。人間が出来てない部分が少なからずあるとも聞こえてしまう。


 野次馬の数は減ったがまだまだ休み時間になるとどこかから集まってくる。

 曰く、神代楓がどんなやつと付き合ってるか見たいらしい。ハーフ(親は両方ハーフらしい)ということで敷居が高いかつ、歴戦のイケメン達にも見向きもしなかった神代嬢が! ってことで拍車がかかっているのだ。

 自分で言うのも何だが、俺は顔は悪くはないので……楓が、何考えるかわからねーなとか思われる心配はないはずだが。

 アニメみたいな新聞部とかがあったら一大スキャンダルみたいな扱われるんだろうな。非公式なら大歓迎なんだが。


 というわけで今日もホームルームが終わり次第足早に教室を出る。他のクラスはまだ終わってなかったため誰とも会わないで帰途につくことができた。


 今日は9月4日、今頃はクラスに溶け込み始めるくらいだと思っていたのに、なんだあのイベントは? 俺が悪いんだけどさ。

 空は晴れてはいるが半分くらい雲がかってるため気温はさして高くない。天気としては丁度いい。


 この日も長田とやらは何もアクションを起こさなかった。

 もしかしたら放課後に実行しようとしているから、野次馬がいるのが不都合なのかもしれない。

 なれば次は野次馬をトレインして教室を離れる。犯行場所まではわからないがいるよりはいないほうを選ぶだろう。

 最終的には感情論でしかないけれど。

 その旨を学級委員の速水さんにメールで伝えた。


速水蓮華『瀧沢君への闇好感度が凄く上がってたよ』

瀧沢悠斗『闇!?』

速水蓮華『長田君はきっと話かけただけで舌打ちするだろうね』

瀧沢悠斗『そうか…こんなところでも影響が出てたのか』

速水蓮華『ここのクラスの男子ほとんどにも言えるけどね……』


 心の中では「心狭めぇぇぇ」と思っているけれど口にするわけにも、メールに記すわけにもいかない(逆の立場だったら俺も舌打ちしちゃいそうだけど)。軽率な行動は身を滅ぼす、中学を卒業してからやっと気付いた世界の真理ことわりだ。

 壁に耳あり障子に目ありだから、メールも不特定多数に見られてると考えたほうがいい、それに用心に越したことはない。

 こうして速水さんとの夜の会合は終了した。


 さらに翌日、9月5日、早朝、教室までの道のり。


「そういえば楓のこと全然知らないな……出会ったのも1ヶ月前だから仕方ないけどさ」


 噂されているときに小耳に挟んだことで気になるものがあった。

 曰く、神代楓嬢は成績優秀なため理事長が直接目にかけられているとか。

 苦手なものはないだろうと前々から思ってたけど、それらを超高校級でこなせるらしい。他にもありとあらゆるイケメンを池の底に沈めたとか、残虐に振ったとかいう根も葉もない噂があった。

 誇張されてるとはいえ面白いものを聞けた。

 教室の扉を開ける。


「おはよう瀧沢君」

「うす」


 ここ数日速水さんとしかしゃべってないんじゃね、と錯覚するくらいクラスで浮いている。

 普通だったら、もしかして瀧沢悠斗と速水蓮華付き合ってる? ってことになるけれど、言うまでもなく楓とのビッグイベントがあったためそちらの噂は流れないわけで。

 嫉妬の視線を向けられることはあるかもしれないけれど。美人2人に囲まれていい気になるなよって感じで。


「メールで伝えた通りトレインしてやるぜ!」

「そのトレインって何? 電車じゃないよね? トレーニングするの?」

「この場合は野次馬を付かず離れずの距離にしながら逃げるっていうこと」


 割とゲームとかでは言うけれど、優等生の速水蓮華には…というか今時そんなに知ってる人はいないのかもしれない。トレインとか言っているけれど俺はそういうゲームはやったことないのだけれど。


「何かあったらメールくれよな。飛んで駆けつけるから」

「はいはい」


 今日で3日目だが野次馬の数は明らかに減っていた。昨日までに大量の生徒がやってきたから出尽くしたと言われれば納得はできる。


「(意外と杞憂だったかな…)」


 と思っているのは俺だけで、楓のほうはまだまだ大変な状態にあることに気付かなかった。


 時は飛んで放課後今日は野次馬もいなかったのでゆっくり帰ろうとして速水さんに声をかけられた。

 そして箒と塵取りを押し付けられる。受け取った。


「2日も掃除サボったんだから1人で頑張って」

「……はい」


 物理実験室は同じ校舎の5階、三年の教室のさらに奥にある。つまりは俺の教室1年5組の2階層上に位置し、会議室の4階層上に位置している。3年は4組までしかないようだ。


 等間隔に並べられてる6つの机のうち扉から1番遠いところにバックを置いて掃除を始める。

 丸椅子を机の上に上げてから、T字箒で埃を集める。掃除はそうそうに終わらせて探検していた。

 物理準備室には惑星の模型や振り子装置、名前も知らない実験道具が並べられている。その他は文房具やらが教卓の引き出しに乱雑にしまってあったり、使いふるされた教科書が何年分も積んであった。

 暇だったので1人名言しりとりに興じた。


「しりとりの、『り』………り、リルラファーガァァァァァァ…の『が』な」


 いきなり名言ではなかったが続ける。


「ガッだな…次は『つ』だな」


 名言として扱ってもいいよな、うん。


「ツンデレというよりツンドラの『ら』」


「ランボルギーニガヤルドをくださいの『い』かな(鍵だけど)」


「イマジン…ブレーカァァァァァァァ!!!の『か』だな」


「神にーさまの『ま』」


「まだまだだね…『ね』」


 地味に楽しくなってきた頃、1本の電話がきた。速水さんからの電話だった。

 慌てた声でこう言った、『早く4階の空き教室に来て!』。

 そして、俺が返事をする前に切れてしまった。もしかしたら単身で乗り込んで行ったのかもしれない。

 楓並みに強ければいいが。ちなみに楓は逮捕術を会得している。俺なんかじゃ到底叶わなかった……つまり1回体験した。


 今すぐにでもそこへ行きたかったけれど場所を言ってないぞ。


「どこかくらい言えよ。覚えてないから言ってもわからないけど」


 4階に行って部屋を探すのには確実に2分以上はかかる。もしも長田とやらが逆上とかしてたらポカリと殴られるだろう。

 どちらにせよ最短距離で行かなければならないは変わらない。

 窓を開けて周りを見渡してみる。


「こっちの窓は道路に面してないよな……」


 すぐ隣には民家が並んでいた。見られることはない、と思いたい。

 生態装甲を両腕に纏う。爪を禍々しいほど鋭く生成する。

 そして、窓から飛び出たした。


 この状況で速水さんがどこにいるか推測するしかない。


 物音が聴こえなかったので真下の部屋ではない。それ以上は断定することはできないため、なんとかして移動するしかない。


「はっきり言ってキッツい!」


 1階層下の窓の淵を掴み、体勢を立て直す。次は柱に移動しなければならないが爪を立てればすぐめり込むためそこまでは余裕だ。キツいのは淵を掴みながらの懸垂、俺のガリガリ筋肉じゃあまり数はこなせない。

 それを部屋の数、最大で6回同じことをしなければならない。


「……憂鬱だなッ」


 と、言いつつ2つ目の教室だった。チラッと人影が見えた。

 ガラスを先に破壊しとかないと上りにくくて仕方ない。右手を振り上げ思い切りぶつける。

 青い鎧は軽々とガラスを粉砕した。

 内側からは砕けたガラスが落下する音と「なんだっ」という声がした。手こずりながらもなんとか教室に入れた。

 足元には美希、長田の後ろの入口付近には速水さんが倒れていた。美希が寝息をたてていることから死んでるわけではないらしい。

 夏休みのときみたいに『呪い』による昏睡という線も考えられるがそういう時は、解除するには能力者を気絶させるだけでいいというのが定石。長田が超能力者だと仮定したらの話だが。


「長田、何でそんなに挙動不審なんだ?」


 同様が顔に出てるどころか、呼吸も乱れている。


「そ、そりゃ、お前が窓から来たからだろ!」

「ごもっともだな。で、お前はどうやって2人を気絶させた?」


 殴ったのか、軽く押しただけで頭打ったとか言うのか、それとも。

 長田は手のひらを向けてきた叫んだ。


「ハッ!」

「…………」

「な、何で効かないんだ!?」

「……最悪なルートだった」

「クソッなんでだ、ハッ! 倒れろよ!」


 俺の『サイバー』は能力を無効にする意思さえあれば降りかかる火の粉を払える。

 焦りと怒りが同時に現れて1つの体に収まっていない。見るにたえない姿だった。クールに生きようとしている俺とは対極の態度。


「長田よ……お前超能力者だったのか」


 俺の場合予測は悪いほうに当たってしまうようだ。どんな能力者かわかったら超能力協会に届けよう。


「能力を悪用する、ね。やるなら人に迷惑をかけず、気付かれないようにやれよ」

「く、クソーッ!」


 血走った目で襲いかかってきた。

 俺は決して喧嘩が強いわけではない。けれども、能力を使わなくたって勝てる理由がある。いたって単純で致命的な理由。

 繰り出される拳をあえて自分から体当たりし相殺、すかさず押し倒しながら顔面ではなく額を殴る。

 そのまま倒れる長田の両腕を膝で、首を前腕で強めに押さえつける。気軽に質問するだけだ。


「お前の能力はなんだ?」

「うっ、がっ、く、苦しいっ」


 なんとなく嘘っぽいのでスルーしておく。


「もう一度訊くお前の能力はなんだ?」

「は、話すから首をっ」

「話したら、離す」

「人間を気絶させる能力だっ、うがぁ!」


 手のひらを向けてきたのはそういうことだったのか。うすうす勘づいてはいたけれど。

 これなら速水さんと美希の身を案じることはない。

 公園で楓に話を聞いたとき能力者によって性質が違うと言っていた。いい機会だから確かめておく。


「いつからその能力を手に入れた?」

「うっ、夏休み、からだっ」


 と、いうことは印象に残ったことが超能力化したと考えるべきか。なれば気絶に関したイベントが夏休み前後にあったということになる。

 速水さんの『関係可視』の能力より超能力者の知り合いはいないことはわかっている。記憶を消すのは長田だけでいいわけだ。


「能力を人に向けて使ったのは何回だ?」

「覚えてない、ムカついたら使ってたっんだっ」


『気絶』の能力は目には見えないし、被害者にも気付かれずに使える。被害者の記憶も消す必要はなさそうだ。

 あとはこの状況をどうにかするだけだ。倒れている2人の女子と未遂犯。


「とりあえず気絶してくれ」

「えっ?」


 生態装甲をした右指でデコピンをする。そのままがくりとうなだれた。


「速水さんと美希をなんとかしないと」


 保健室に連れてくべきか。それだとやましい言い訳をしなくてはならない。だからってこのまま放っておくわけにもいかない。

 とりあえず楓から超能力協会に繋いでもらう。


「もしもし楓?」

『…どうしたの』

「いや楓こそなんでそんなげっそりした声してんの?」

『面倒なことがあってさ』

「そうか、お疲れ様……じゃなくて今能力者を拘束してるんだよ! 後は記憶を消すだけなんだが」

『!? わかった友紀から中川さんに繋いでもらう。後でちゃんと説明してよ』

「ありがとう頼んだ」


 まずは入口から足だけ出ている速水さんを室内に移動させないといけない。しかし腕は既にパンパンだった。とてもじゃないけど運べそうにない。

 ただし―――。


「超能力がなければな。生態装甲、両の腕」


『サイバー』の能力で体の内側の筋肉を強化した。操れるサイバーの量は限られているのでさっきは使えなかった技。


 速水さんをお姫様抱っこで移動させる。これが俗にいう寝ている女子の寝顔を見るという背徳感というやつか。ばれなければ何やってもいい、って思ってしまった。


「て、考えるは失礼なので考えてはいけません」


 己への戒めを口に出す。口に出すというのは脳にとってかなりの影響があるものだ。

 きっと口に出さなかったら襲いかかってしまったことだろう。

 とりあえず美希の隣に並べてみたけど…この状況を1人で乗り切るのは少々胃が痛い。

 そういえば今どこにいるか言ってなかった。メールを送ろうとスマホを起動したと同時に知り合いの『記憶消去』の能力者が扉付近に現れた。後ろには楓もいる。


「流石に早すぎじゃないですか中川さん」

「たまたま近くにいたってだけだよ」


 軽く返す彼女の名前は中川瑠璃。『記憶消去』の能力者として超能力協会に手を貸している高校3年生。

 そしてとてつもなくチャラい。どこかの学校の制服を着ているが、着くずしてるし、滅茶ミニスカートだし、髪フワッフワッだし、積極的過ぎるスタイル。

 でも頭が良くて頼れるっていう強力な属性を持っている。今時珍しくもない。


「で、この倒れてる人がそう?」

「はい、名前は長田なんとか。能力は『気絶』です。対象をただ気絶させる能力です」

「……それってもしかして結構すごい能力なんじゃないの」


 気絶までのスピードはわからないが、確かに発動さえすれば一瞬でケリがつく。奇襲されたら即終わりってことになる。


「言われてみれば確かに」

「見た限り能力を使った感じだけどどう倒したの?」


 そこに倒れている美希と速水さんを見てそう言った。

 ここで能力を無効化して倒したと言えれば楽だけど、強力過ぎるから言うなと楓に言われていたのだ。実は楓をマンションに送るまでの間に色々話していたのだ。


「正直言えば慣れですかね。対能力者の経験の差でしょうね」

「ふーん」


 最初から訊く気がなかったのかのような興味なさげな返しだった。


「こいつによると能力を手に入れたのが夏休み。被害者は不意討ちによる気絶だから記憶を消す必要はなし、というのが俺の見解です」

「それなら楽でいいや」


 中川さんは人差し指を長田の額、たんこぶの上乗せる。そして目を瞑った。

 おそらく今『記憶消去』をしている。

 それはすぐに終わった。


「はい終わり」

「数秒しかたってませんよ?」

「数秒もたったじゃん」


 あたかも当たり前のように言われた。なるほど俺の認識が間違っていたんだな。

 超能力に常識は通用しないということだ。


「あとは任せてください」

「他校に居座るわけにもいかないから帰るよ。あとは頼んだ瀧沢君!」


 お茶目な仕草をしてそう言った。上目遣いもすこぶる上手いと素直に思う。魔性の女という称号を持っててもおかしくない。


「じゃあ私も研究所に報告しに行くから……任せてもいいんだよね?」

「大丈夫だよ」

「じゃあまた明日ね」


 手を小さく振ってくれた。俺も振り返す。恥ずかしくてこそばゆいけど嬉しかった。こういう日常を大切にしようと深く思う。

 中川さんと楓の後ろ姿が見えなくなるまで廊下で見送った。


「さてと、どうしようか……速水さんは能力のことを見ちゃったから説明しないとだな」


 まずは速水さんの肩を揺すってみる。


「さぁ、飛び起きてくれ」

「んっ……うぅん」


 起きる気配がまったくなかったのでお姫様抱っこで隣の教室へ運ぶ。長田とは違う空間に置いておきたかっただけだ。

 次に美希を移動させようとお姫様抱っこしたとき、


「……瀧沢君」

「おはよう」


 進行方向を見ながら目覚めの挨拶をする。寝ぼけてて状況が掴めていない。丁度教室に着いたのでゆっくり足から着地させる。


「おーい大丈夫か~」

「うん……」


 なんというかポカポカしている。これがクラスでマスコットだと言われる所以か。

 しかし、改めて見るとホントに小さい。特に手が小さい。少し力を入れるだけで壊れてしまいそうだ。

 か弱い彼女を守りたくなる気持ちはわかるわ~。


「あれ、なんでこんな所にいるの~?」

「まさか夢落ちか?」

「眠いよぉ……」


 膝から崩れて座り込んだ。両手でスカートを押さえ、頭をグラグラさせている。このまま寝そうな勢いだったので強めに声をかける、揺する。


「おい起きろ、起きろ美希」

「えっ?私のこと名前で呼んだぁ~、へへへへ可愛いねぇ」

「寝ぼけとる……」


 美希は横に倒れて寝息をたて始めた。夢だと思われた方が後々楽だけど、今の状況を解決できない。

 一旦、放置して次に速水さんを起こしてみる。


「速水さん起きてくれ」

「ふんっ~」


 寝返りにより肩に置いた手は振り払われる。待て、もしかしたら『気絶』ではなくて『睡眠』だったのか?

 この際どうでもいいけどそんなことに気付いた。


「鼻摘まんでやる」

「っ、ぷはぁ、はー、はー……ーあれ?」

「やっと起きたか。速水さん俺のこと覚えてる?」

「どうしたの瀧沢君……そうだ!」


 頭が回り始めたよなので、かくがくしかじかと一通りの説明をする。


 後は、皆で帰宅するだけだ。もうそろそろ下校時刻である午後6時を迎える。窓からオレンジに射し込む西日が眩しい。そして同時に空は青黒く澄んでいた。


「美希起きて」

「……蓮ちゃんだへへへ」

「こいついつもこんな感じなのか?」


 すると速水さんは美希の鼻を摘まんだ。俺がやったことをそのままやるようだ。意外と効果抜群だったのかもしれない。


「ぷはぁ……あれここどこ?」

「やっと起きた……美希私のこと覚えてる?」

「蓮ちゃんどうなってんの」

「とにかく帰ろう」

「あ……もう6時なの!?」


 美希はあっけなく目覚めた、そして流れるように帰宅する。隣の教室にいるであろう長田は放っておいて、女の子2人に便乗して一緒に帰ることにした。


「(これ誰かに見られたらまた噂されるな……)」


 両手に花でもまだ足りないのかとか、女誑しとか言われそうだ。だが、知り合いが多いに越したことはない。


 美希の記憶について調べなければならないことがいくつかある。

 まず1つ目は、


「美希はなんで3年の教室にいたんだ?」


 あそこは3年4組の教室。移動させた教室は3年3組。


「……急に名前で呼ばないでよ」


 美希はちょっと顔を赤くした。俺も楓に初めて名前で呼ばれたときどぎまぎしたな。


「苗字を知らないんだよ」

「そう……ちょっとびっくりしただけだから平気だよ。えっと、それは下駄箱に手紙があって、そこに来てほしいってあったからさ」


 遠回しに名前を訊いたのだがわざとか、わざとじゃないか無視して最初の質問に答えてきた。美希が何を考えてるかまったくわからない。


「なるほど…警戒心無さすぎさんだな」


 2つ目はシンプルに、


「なんで教室で寝てたか覚えてるか?」

「それが覚えてないの。そういえば後ろから足音が聞こえてたな~」

「そっか」


 これで俺のやるべきことは終わった。問題はない。嘘をついてるように見えない。

 嘘をついてるという自覚があれば何処かにボロが出るものだ。そしてそんな素振りは見受けられなかった。

 あくまでも嘘を平気でつけるような闇の心でなければという条件つきだが。

 そういう訳で速水蓮華の依頼は終了した。


「これでいいんだよな速水さん」

「うん、ありがとう」


 なんというか浮かばれない表情をしていて心配になる。


「2人で何話してるの~? 私だけのけ者~?」

「いや大したことじゃない」

「え~」


 なんだかんだで美希と仲良くなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ