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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
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1.新学期の転校生

 

 特に勉強が好きとか、雑学博士になりたいわけじゃないけど人がなかなか知らないことを知っているという自負がある。

 例えば、人間の第一印象は出会って数秒で決まるという法則をメラビアンの法則と言う。

 第一印象において視覚は5割、意外なことに聴覚は4割を占めている。それを念頭においておけば自己紹介に関して失敗することはない。

 自己紹介にそんなことを持ち出すことこそ思春期ならではだと思う。


 西暦2035年、9月1日、私立荒山明星高校、2学期始業式。体育館に並ぶ生徒達を遠くから眺めながらそんなことを考えていた。

 校長先生がステージ上で転校生の紹介をする。つまりは俺。


「えー、二学期からこの学校の生徒となる瀧沢悠斗君です。どうぞ」


 そう言ってステージ上へと促した。軽い足取りで階段を上っていく。校長先生に軽く頭を下げ、全校生徒に向き直しもう一度礼をすると拍手が起こった。

 視覚による第一印象は悪くないと思う。自分で言うのもなんだが顔はそこまで悪くない。だが、体育館での挨拶なんてたかが知れてるだろう。

 それからはステージから下りて体育館の端で待機する。


 人生において高校なんて大したことではない。ほんの3年だけであり、人生の27分の1だけしかないと思っていた。

 あの時までは――。


 世の中には生きようと思っても生きられない人はいて、今ここにいる我々は生きる権利を運よく手に入れたにすぎない。

 それ自体は当たり前で、それこそ誰にもどうすることもできないことだ。勝手に与えられ、勝手に奪われるありふれた理不尽でしかない。



 俺はそこまで高校に期待していないし、学校で勉強するのは嫌だ。それでも俺はその権利を手にしてしまったから。

 それができなくなった人達の代わりに権利を行使しなければならない。

 これは贖罪でも、罪悪感でもない。ただそうしなければならないと心が言っているだけ。ただの自己満足。

 いや、これは全部こじつけだ。本当はちょっと楽しみで仕方ないのかもしれない。そしてそれがどうしようもなく嫌だからそんなことを考えるのだろう。



 つつがなく始業式が終了し、転校生である俺は会議室で待機とのこと。机には書類や生徒手帳、教科書が置いてある。


「今日もいい天気だな」


 窓際で空を見ながら呟いた。クーラーでキンキンに冷やされている会議室は少々寒いくらいだったが、日向にいると丁度良かった。

 しばらくすると会議室の扉が開いた。

 幸せそうな笑顔を振り撒きながら現れたのは担任の先生らしい。前の学校の先生と全然違うタイプだ。性格も性別も。


「瀧沢君、これから君のクラスに案内するよ。担任の中田です、よろしく」

「はい、こちらこそ」


 見るからに優しさオーラが滲み出ている。この女の先生に人を怒ることができるのだろうか、という疑問が浮かぶくらい緩い。

 会議室は校舎の1階の奥にあり、職員室の前を通って正面玄関口に出る。2つあるエレベーターのうち左側に乗って1年生教室がある3階まで上がった。

 密閉空間で何も話さないでいるのは気まずいので少し気がかりだったことを尋ねた。


「えっと、中田先生。俺が前通ってた高校については言わないで欲しいんですが」


 自然と俯いてしまう。この『前に通ってた高校』については触れたくない事柄だから。


「言うつもりはなかったけど、わかりました」

「はい、お願いします」


 あんなショッキングが起きた高校なので、そこの生徒っていうだけで色々冷たい目をされるかもしれない。こぞってそんなことをする奴らと友達ごっこなんて冗談じゃない。

 3階につくと廊下の突き当たりの1年5組が俺のクラスらしい。会議室の真上に位置しているようだ。

 先生が先に教室に入り、生徒達に色々説明しているようだ。

 その間に再び窓から空を見た。さっきは涼しい部屋だったが、今は蒸し暑い廊下だ。

 暑さを思い出すとやっぱり『あのこと』を思い出してしまう。夏休みまっただ中の快晴の日にあの事件が起こったわけだからどうしても連想してしまうのは仕方なかった。


「入ってくださ~い」

「あ、はい」


 中田先生は廊下に首だけだして俺の背中に声をかけてきた。適当に返事をして窓から離れる。

 教室に足を踏み入れると全身に冷気が通り抜ける。温度差で軽く震えた。


「彼が噂の転校生で~す……はい、自己紹介お願いします」


 担任だけど結構舐められてる、というか生徒と仲がいい印象を受けた。ともかく良いクラスってことは間違いなさそうだ。


「名前は瀧沢悠斗と言います、よろしくどうぞ」


 もっとはっちゃけて自己紹介すれば好感度70はいけたけど、1人が好きだからそんなことをする必要はない。

 ちなみに好感度70っていうのは、クラスの中の上位カーストのグループの会話に乱入しても切れられないレベル(俺の中では)。

 予想通り一番後ろの席、さらに運よく窓際だった。暇になったら校庭やら空を見れるアニメとかでよくある主人公席だ。

 なんて思ってると書類やら手紙やらが配られはじめた。一番後ろだから待つだけで楽だった。

 その他、明日は授業があるとか、夏休みの宿題を出せだとか話してホームルームが終わる。


 話を聞いて疲れたので腕を伸ばしてあくびしてると、誰かに話しかけられた。それはどうやら隣の席の女子らしく、そういえば先生が学級委員って言ってた生徒だ。

 俺が顔を向ける前に彼女は自己紹介をしてきた。


「私の名前は速水蓮華はやみれんか蓮華れんげと書いて蓮華れんかね」


 背中までのびた黒髪が清楚な印象を与えている少女。制服を見事にスタイルもさることながら、顔が凄く可愛い。俺が出会ってきた女の人の中で五本指に入る可愛さである。


「へー、俺は瀧沢悠斗たきざわはると悠斗ゆうとと書いて悠斗はるとな」


 名前に共通点があったので真似してみると、蓮華とやらはとてもとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「うん! よろしく」


 人懐っこくて可愛い笑顔だ。なんとなく天然っぽい印象。これが演技だったら流石に怖すぎる。

 でも現実リアルでは裏表ある人なんかそうそういない。そこまで必要な状況に陥ること事態がまずあり得ないのだ。


「わからないことがあったら学級委員である私に訊いてね」

「わかった。ありがとう」


 そう言って手を伸ばしてきたので、固い握手を交わした。

 速水さんは知らない人とでも気兼ねなく話せるらしい。俺からしたら羞恥心とかないの?! って感じだけど、それが彼女の美徳なんだろう。

 その後他のクラスメイトとも少し話をして、帰宅した。


「一応普通の学園生活に戻れたぁ~」


 夏休み中に起きた不幸な事件とそれによる余震により心身ともに疲弊してしまったけれど、もうそんな心配はない。それについてはなんとか解決したのだ。

 結果として『失なったもの』もあれば、『手に入れたもの』もある。今ある平和的な生活は『手に入れたもの』、『勝ち取ったもの』だ。

 だからこそ俺は普通に暮らす権利もあるはず。



 翌日。

 学校巡りをしようと朝早く登校した。すると教室には先客が1人いた。けれど自分からは挨拶はしない、気付いた素振りだけする。


「…………」


 どうやら速水さんはちゃんと挨拶する人らしい。


「おはよう瀧沢君」

「おはよう速水さん」


 今日はやけに俺の顔を見てくる。なのでわざと視界から外れるように移動すると、何故か後ろを着いてきた。

 意味がわからない行動だ。若干うっとうしい、というか落ち着かない。


「えっと……校舎案内して欲しいんだけど」

「……うん、わかった!」


 速水さんの表情は何か妙だった。でもすぐに満点の笑顔になったのがさらに妙だ。

 最初に体育館や道場等特別棟、その後に移動教室で使う部屋を回った。その間、速水さんと他愛ない会話をしたけれども、さっきから感じる違和感は拭えなかった。

 顔に何か付いてるかとか、態度悪かったかとか考えたけれど、やはりわからなかった。


「(直接訊いても言ってくれないよな……)」


 午前8時にもなれば、登校してくる生徒の声が聞こえてくる。そろそろ戻ろうと提案しようとしたとき唐突に尋ねられる。


「もしかして……瀧沢君って、天涯孤独?」


 何の脈絡もなかったので意味がわからなかったけれど、答えたくないわけではないので正直に答えておく。


「母も父も兄も健在だけど」

「……そう。じゃあ人間不信とか?」

「そういうことはないと思うけど」


 あからさまにおかしい。何故そんな質問をするかもそうだが、さっきから視線が合っていない。

 速水んは俺の頭上辺りを見ている。こんなことが前にもあった――とある研究所にて年上の男がそんな感じのことを。

 彼女が今そういう状況にあることが確定したようなものだ。


「……冗談じゃない」

「どうしたの?」

「いや……速水さんもしかして……」


 まさかこんなこと、と思っているけれど予感がしてならない。心の中では確信しているのに、否定してくれることを期待している。


「もしかして超能力者?」

「えっ?」


 速水さんは何と言うのだろうか。中二乙と言ってくれるならそれでいい、キモいですむならそれがいい。

 けれど、期待は裏切られた。


「――皆信じてくれないけど不思議な力は、持ってると思う」


 思い出される記憶――超能力者を『君が引き寄せてるように見える』ある人に言われたこと。それが今証明されたのかもしれない。偶然と言うには出き過ぎか。


「やっぱり戻れないのかな……」

「瀧沢君?」


 俺はまたあんなことに巻き込まれるのだろうか。あんなのは絶対に耐えられない。軽率には関わってはいけないことだ。

 きっと前と同じようなことがまた起こる、たくさんの犠牲者もでる。そうなることを知ってて助けないのは悪なのだろうか? いや悪ではない、無視してもいいはずだ。


 けれども俺は結局見過ごすことなんてできない……だか――ら前回あんなことになった。

 だから、確定してしまったら、諦めるしかない。


「――実は俺も超能力者なんだ」


 俺が君を守ってやる。少なくとも他の人のああいう思いはして欲しくないから。


「え、えええええぇぇぇ!!!」


 速水さんの驚きの声が廊下中に響いた。

 前の俺はこんな性格じゃなかった。あんなことがあれべ性格が変わるくらい、大したことではないはずだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 9月2日12時40分頃、昼休み。

 隣の席の速水さんと会話しながら昼飯を食べている。母親が作ってくれた弁当に感謝しながら口に運んでいた。

 けれど速水さんはそんな余裕がないようだ。箸を向けてきて俺を急かしてくる。


「だからちょっと待ってくれ」

「待てないでしょ! 早く~!」


 速水さんは机に広げられた弁当に手も付けていない。昼休みだけでは話しきれないので、とりあえず食事を摂っているのだが。

 しかし、ガン見されながら食事できるほど鈍感ではなく、俺の方も思わず手を止めてしまう。


「あんまり大きな声で言えないからな」

「う、うん」


 そう言って椅子だけ近付けてきた。凄く近づいてきたが気にしない。けど、速水さんは少し顔を赤していので気にしている模様。

 とは言っても何から話すべきか。超能力協会については言うべきじゃないから。


「前提として俺は能力者だ。これはいいな」

「うん、大丈夫」

「そして速水さんも能力者ってことでいいんだよね」

「うん、多分……」

「じゃあ参考までにどんなことができる? 言いたくなければいいけどさ」


 危険な能力の場合は超能力協会に連絡しなければならない。けど無害レベルなら報告する必要はないと判断した。


「私の能力は……――人間の関係性を見ること、かな」

「関係性……わかりやすく言うと?」


 顎に手を当てて考える仕草をしている。その表情はなんというか不意討ちで可愛かった。


「コルクボードに写真が貼ってあって矢印が書かれてるの。そこに関係性が書かれてるの。友達とか兄弟とか」

「なるほどな」

「でも瀧沢君の場合変だったの!」


 クラス皆に聞こえるほど大きな声で言ってきた。思わず教室を見渡せば、生徒が目を逸らしてきた。端のほうだからって油断していた、さっきからずっと見られてたらしい。

 流石に距離が近すぎたようだ。

 とりあえず真面目な顔をして提案。


「速水さんその話は放課後にしませんか?」

「なんでよっ!」

「ずっと見られてるからです」


 速水さんはハッ、として教室を見回すと、顔を赤くして椅子を元の位置に戻した。

 俺も整理しないといけないことがあるので時間は必要だ。速水さんは最後にこう付け加えた。


「人に直接触れることで能力が発動するの」


 おかしかったのは俺と握手したときからだったのか。能力にも色々タイプがあるらしい。


「(これは話しておかないといけないかな……)」


 スマホを取り出してある人にメールする。けれどもメールするだけで心臓がどぎまぎしてしまう。



 放課後。

 教室に最後まで残り、ゆっくり話をすることにした。速水さんが友達にからかわれているのを見届けやっと2人きりになる。実に20分はかかった。


「これでやっと話をきけるよ~」

「で、何が訊きたいんだっけ?」

「なんで瀧沢君に触れても関係がわからなかったのかとか」


 前回、夏休みの場合はある男の『データベース』の能力は受けた。でも、今回は発動すらしなかった。同系統の能力だが、そこにどんな差があったか。


「……試しにもう1回使ってくれない?」

「わかった」


 今度は俺から手をさしのべ握手をする。すると速水さんは目を見開いた。


「見える……」


 ならば多分俺の予想で合っているはずだ。後で違う人でも試してみるけれども。

 しかし、墓穴を掘ってしまったことに後から気付いた。その人の関係性を見ることができるということは、俺の場合『超能力協会』との繋がりを知られることを意味していて。


「んっ?超能力協会……あれっ?」

「って、遅かった……」

「見えなくなった!」

「…………」

「あれ!? 見える!?」


 速水さんは能力が急に途切れたり、急に復帰したりするのに一喜一憂している。その勢いで『超能力協会』について言及しないことを祈るばかりだ。


「瀧沢君……」

「はい」

「神代先輩と友達以上恋人未満の関係ってどういうこと!?」


 超能力協会の話じゃなかったから良かったけど、ある意味良くない。何故そっちの関係を掘り起こすんだ!?

 俺はその神代先輩とそんな関係ではない――とはずだが。


「今、神代先輩って言ったよな!」

「言ったよ。で、どういうこと?」


 神代先輩のフルネームは神代楓かみしろかえでと言い、俺が超能力について話をしようと思ったお方。

 その楓がこの学校に通ってるなんて知らなかった。それに速水さんは若干切れ気味だし。


「お互いキープしてる状態……かな?」


 こう言うと割と憎悪じみたヤバい関係に聞こえなくもない。でもこれ以上上手く言えなかった。


「……まあいいけどさ」


 不満たらたらな目を向けてくる。半端なフラグになりそうだったからここで宣言しておく。


「まあそういうことだ。その神代先輩が好きなんだよ」


 いつも楓と呼んでるから神代先輩って言うと違和感がある。けど人前では下の名前を呼ぶわけにもいかない。

 ほら、先輩だし。


「で、超能力ってどういうこと?」


 ガン無視されたが、十分な牽制にはなっただろう。これで不用意に俺に近付くことがなくなるはずだ。

 咳払いを1つする。


「まず超能力はその名の通り超常現象を起こす能力の総称。俺が知ってるのは植物を操ったり、バリアを張ったりする能力とか」

「やっぱり他にもいたんだ」


 あいにく一般人ではない、と皮肉を言うつもりだったが、流石に意地悪だと思ったから止めた。


「ちなみに俺は鎧を纏う能力だ」

「鎧?」

「誰もいないよな……生態装甲、左腕」


 周りに誰もいないことを確認してから、左腕に禍々しい鎧が装着されるイメージをする。どこからか青い鎧が生成され、刻まれてる水色のラインが輝きだす。


「……すごい」

「俺のはこんな感じ。だけど簡単に能力を誰かに教えたり、不用意に超能力について話すのも控えてほしい」


 実際、超能力に関係する『物』であんな事件が起こったのだから神経質にならざる負えない。


「うん、わかった」

「俺から話せるのはこれくらいしかないんだけどな」

「ううん、ありがとう。ちょっと心細かったから」


 今回の笑顔は作り笑いではない、安堵の笑顔だった。出会って2日目なのに女の子とこんなに話をしてしまったよ。先が思いやられる。

 楓のときもそうだったけど、自分が思ってる以上に女子慣れしてるのかもしれない。

 速水さんと別れたらすぐに楓に電話をする。すぐに繋がった。


「もしもし楓」

『どうしたの悠斗』

「さっき話があるって言ったけど今すぐでもいいかな?」

『わかった。今どこにいるの?』

「学校」

『私も学校にいるよ。昇降口でいいよね』

「すぐ行く」


 そして通話は終了した。俺がここに通うことを知っていたような口振りだった。俺は驚いたというのに……そういえばいつもここの女子制服着てたな

 さっさと荷物をまとめて教室から出て階段を駆け降りる。一段飛ばし階段下りは俺の2000の技のうちの1つだ。

 学年によって昇降口が違うので迎えに行こうとしたけど、楓は既に1年生昇降口にいた。

 ついつい確認してしまうことがある。


「2年生だよね?」

「何? 3年生に見えた?」

 年下に見えたなんて言えない。場合の答えはシミュレーションしてたので違和感なく答えた。


「いや確認しただけ」


 隣り合って帰途につく。

 運動部の掛け声が校庭や外周から聞こえてくる。学校の周りを走ってきたバスケ部が息を切らしている。丁度校舎からは吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。


「こんなに暑いのによくやるな」

「確かに暑いね」


 まだ学校の敷地内なので話をすることはできない。内容が内容なので知られるわけにはいかない。

 普通の人が聞く分には構わないが、関係者には美味すぎる情報なので慎重にならざる負えない。

 無言もなんだから軽い雑談をしてみる。


「なんというか、楓にして欲しいことがあるんだよ」

「変なのじゃないよね?」


 冷たい視線を向けてくる。この『変』の線引きによっては拒否されることもありそうだ。


「性癖とかじゃないんだけど……」

「…………」


 別に言いにくいことではないけど、恥ずかしいことではある。このイチャイチャ具合が難しいんだよ。友達以上恋人未満のラインだ。


「試しに、試しにだけど俺のこと悠斗君って呼んでみて」

「…………」


 さっきから無言だ。今一度確認しておくけど俺と楓は付き合ってるわけではない。小さな声でもう、と呟いたのが聞こえた。

 横目に楓を見ると少し顔が赤く見えた。


「は、悠斗……君」

「…………」

「何か言ってよ」

「いや、すげーいいと思います」

「はぁ~」


 破壊力高過ぎだった。恥ずかしがる表情も可愛いし一石二鳥とはこのことだな。

 学校からも離れてきたのでいい感じに時間を潰せたので、そろそろ話を切り出す。


「というのはおいといて、俺に能力を使ってみてくれ」

「藪から棒に……少しは説明してよ」

「もしかしたら能力を無効にできるかもしれないから」

「本当?」


 あの事件のときは呪いの能力者の能力を無効化できた、そして速水さんの能力も自分の意思で受けたり受けなかったりできた。

 そこから導き出せるのは……まあ、無効化なんだけど。


「とにかく」


 右手で楓の左手を握る。楓の能力も速水さんと同じく物体に触れることで発動する。


「ちょっと!」

「っ……」


 すかさず恋人繋ぎに握り直す。どれくらい恥ずかしがってるか見てみると耳まで真っ赤になっていた。

 流石にからかい過ぎたと思って自重しようと手を離そうとしたら、逆に握られた。

 それは、なんというか萌えて悶えて転げ回りたくなる反応。顔に熱を帯はじめたのを自覚する。つい、ちょっと強めに握り返してしまった。

 付き合ってないとはいえ、好きな人とこういうことができるのは本当に嬉しい。世界が自分中心に回っているような錯覚に陥る。


「何も見えないよ……これが無効化?」


 楓が答えた。それによって現実に引き戻された。楓は俺ほど感動したわけではないようだ。

 でも予想通りの答え、そしてもう一度同じことを頼む。


「もう1回やってみて」

「……あれ? 見える」


 こんな雰囲気で理解することではないが、俺は能力を自分の意思で無効化することできるらしい。能力世界においてそれは致命的かつ革命的能力であることは間違いない。

 それは誰にも知られてはならないと言うことでもある。

 でも、楓には話してもいいと思った。


「やっぱり俺、能力を―――」

「能力者に会ったの?!」


 その革命的事実を伝えようとしたが楓の驚きの声で遮られた。速水さんのときと同じ失敗をしてしまったらしい。

 楓の能力『上位サイコメトリー』によって俺の過去を遡ったようだ。速水さんと握手したのは、まさしくこの手だ。

 とりあえず説明しておかなければならなそうだ。


「まさかの学級委員長が能力者だったんだよ」

「能力は……人間関係を見ることができる~…発動条件は直接触れるねぇ」

「そこまでわかるのか、スゴいな」


 楓の能力は知っていたが実際使うところを見るのはこれで2回目だがちゃんと見るのは初めてだった。


「まぁそういうわけで超能力について教えてくれないか?」

「今から?」

「いや、1回家に帰りたいから夜でいいかな」

「わかった。外角公園でいいよね」


 外角公園というのは俺こと瀧沢悠斗の自宅に最も近い公園のこと。歩いて5分ほどの距離がある。楓の住んでるところからも10分足らずに位置している。


「じゃあ8時くらいかな」


 そのまま手を繋ぎながらそんな約束をした。楓と出会えたことは超能力に関わって一番良かったことかもしれない。

 そんな幸せの中でもやはり違和感はあって、彼女に負い目を感じてる自分もどこかにいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同日午後8時、外角公園のベンチに座りながら楓を待機する。

 夜とはいえ、まだまだ夏の気候なので蒸し暑い。薄手の半袖、半ズボン。体にまとわりつくような熱気はどうしようもない。

 壊れている街灯を眺めながら、夏の余韻に浸っていた。

 耳を澄ますと一匹の遅れ蝉の鳴き声が聴こえる。


「2日前にここで告白されたんだよな」

「――すごく恥ずかしかったんだから」


 楓が来た。見ればいつも違う部分と同じ部分があった。

 いつもはストレートの伸びてる金髪だが、髪を結んでポニーテールとなっていた。そしていつもの如く――。


「相変わらず制服なのな」

「制服3着しか服持ってないの」

「えぇ、私服も見たかった……でもやっぱり制服もいいな」


 今回はポニーテールということで新鮮だった。なんというか髪の触覚がいいと思いました。語彙が無さすぎて申し訳ない感想である。


「で、何が訊きたいの?」 


 楓は俺の隣にぴったりくっついて座った。やっぱりどぎまぎしてしまって話が切り出せない。


「どうしたの?」


 楓が俺の顔を除き込むように体を傾ける。さらに距離が近付いた。その時ふと、冷静になった。


「いや大丈夫になった。訊きたいことは超能力と言ってもいろんなタイプがあるじゃん。それがどんな感じかってこと」

「……なるほど」


 抽象的過ぎて伝わらなかったと思ったけど楓は俺の意思を汲み取ってくれた。


「例えば直接触れることで能力が発動することもあれば、視界内が発動範囲の能力者もいる」

「なるほど」

「他にも回数制限があるタイプもあれば、自動発動する能力もあるの」

「なるほど……だいたい予想通りだな」

「…………」


 疑いの眼差しを向けてきたけどスルーしておく。

 次に、超能力について1番知りたかったことを尋ねてみた。


「超能力になる人とかって共通性とか、超能力者に目覚める条件はあるのか?」

「超能力者は主に2つに分けられるの。まず1つは潜在、元々使えたってタイプ」

「潜在ね……」


 全然わからないけどとりあえず復唱していた。


「それに当たる人は子供の頃から能力を使える人が多いの。そして超能力者の40%はこれに当てはまる」

「俺の場合はどうなんだろう」

「悠斗君の場合は後者だと思うけど」


 放課後の冗談混じりの遊びだったけど、まさかこのタイミング『悠斗君』言うとは。このまま暫くそう言い続けるのだろうか。

 でも楓はまったく動じてないように見える。もしかしたら超能力関係においてはこんなテンションなのかもしれない。


「そして、後天的な能力」

「後天的ね……」


 全然わからないけどとりあえず口にする。


「印象に残ることが起きることで目覚めるタイプ。確実にその印象に残ったものを連想させる能力を手にするらしいよ」


 つまりは火事の印象が残ってれば炎の能力者になるということ。この話には続きがあった。


「そして潜在の能力者よりも戦闘能力が強い傾向があるの」

「強いのか……」


 夏休みの事件で関わった能力者の多くはこれに当たると思う。やたらに強い敵ばかりだった。最後の敵に関しては最強なんじゃないかと思ったし。


「つまりは感情の強さによって能力が強くなるってこと」

「すごくわかりやすいな」

「だからこそ思春期にある学生が能力者になりやすいわけ」

「とてもわかりやすいな」

「……本当に話聞いてた?」

「うん、わかったよ」


 俺が会った超能力者協会のメンバーのうち、4分の3が学生だった理由がわかった。

 超能力についての基本事項を理解できたところでそろそろ解散を提案しておく。


「そろそろ帰るか……」

「何か言うことはないの?」


 むすっとした表情で投げかけられた。もちろんお礼は言うつもりだった。楓の膝に乗っていた手を軽く握る。


「ありがとう楓」

「……今日のところはそれで納得してあげる」


 カップルみたいなことをしているけど、付き合ってはない。それでもまだ微妙に機嫌が悪そう。


「じゃあまたね」


 そのまま楓は帰途についた。

 何か言いたい、言いたいけれど何を言えばいいのか解らない。感謝は伝えたいけれどそれは違う、謝りたいこともあるけどそうではない。

 楓の後ろ姿が遠ざかっていく。目の前に言いたくて、まだ言ってないことがあった。


「その髪スゴく可愛いでーーーすッ!」


 後ろ姿に精一杯ぶつけた。するとピタリと立ち止まる。

 そして楓はとびきりの笑顔で振り返りながら、


「遅すぎるのよっ」


 と言った。それは可憐で、儚げで、美しかった。



 速水さんのことがなくても、きっと俺は超能力に関わることになっていた。この日常がたまらなく愛しくて、その裏にある非日常がたまらなく恨めしい。

 だからこそ楓の、皆の非日常を引き受けてもいいと思えたのだ。それは結局自分のためだけど悪いことではないはずだ。

 自分が何かできるのに見過ごすなんてことしたら、罪悪感で死んでしまう。

 もう誰かをあんな目にあわせるわけにはいかない。

 俺の『サイバー』で守って見せる。


 楓の背中が見えなくなるまで公園でたたずんでいた。

 もうあんな情けない俺は見せない。そう星空に固く誓った。


「今回は、絶対に後悔しないルートを選ぶよ…」


 独り言を残して家路に戻る。その頃には遅れ蝉の鳴き声は聴こえなくなっていた。



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