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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第一章 非日常の能力世界〈序章〉
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6.終幕

 

俺の中を支配している感情は『恐怖』と呼べるもの。

それは世界に殺人狂が世の中にいるからではない。

 自己嫌悪の果てにある何かだ――いやそんな大したものでもないだろう。

 殴られたら殴り返すのは普通のことだ。

 誰かを傷つける前に俺の心が傷ついてしまう、ただそれだけのこと。自分を守るために人を傷つけるという罪を背負えない。

 だからこれ以上能力で戦いたくない、使いたくもない。

 でも止められるのは俺しかいないこともわかっている。今やらなければならないこともわかっている。


「楓か……」

「何してるの、っていうか、何してたの?」

「……熱中症で倒れたんだ」

「何でここにいるの、ってこと」


 俺の熱中症は軽く無視された。それくらいには心配させたようだ。質問には修造のことに触れないように適当に答えた。


「暇潰し、かな」

「電話も出ないで?」


 少し離れたところに転がっていたものを楓が持ってきたらしい。

 そこでようやく腕を目から外すと、すぐ目の前で楓で屈んでいたことに気付いた。顔の真横で制服のスカートが風に揺れている。

 気づけば、さらに顔を覗き込むように近付いてくる。

 ビックリしたけれど見とれてしまった。何故こんなにも可愛いのか本気で考えてしまう。


「…………」

「…………」


 なんというか何もせず目を合わし続けて30秒ほどたった。俺も楓も全く持って動揺しない。俺は見とれていただけだが。

 セミがタイミングよく鳴き止んだ。流石に謎の時間に痺れを切らして声を出した。


「えーと……」

「…………」

「何というか、何でここがわかったんだ?」


 すると楓はようやく話始めた。その時まで目を見られたままだったけれど、さすがにそらす。


「最初は家まで行ったんだけど、どこかに行ったって言うからGPSで」

「GPS?」

「あのときからオンにしておいた」


 あのときというのは植物の能力者とエンカウントした後の荒山研究所で寝てたとき。電話番号を登録するだけでなくGPSまでセットしているなんて心配症かそれとも病んでるだけか。どこにいるか病的に知りたくなるヤンデレみたいな。

 待て、家に行っただと!? いや落ち着け俺!

 動揺を制圧して、辛うじて落ち着いた反応をした。


「そうか」

「…………」

「なぁ、楓……勇気ってさ、どうやって……」


 次の言葉が思いつかなかった。何故こんなにも感傷的になっているのか俺自身にもわからなかった。

 楓はしばらく何も答えなかったが、やがて言う。


「悠斗の今の気持ち、わかるとは言えないけど……とても辛い目にあったんだよね」


 この話し方はなんというかあれだ。諭されてるっていうか、母親っぽいっていうか。

 そうして俺の頭をグシャグシャに掻き回した。


「ちょっ、痛い」

「横になってるから上手くできなかったかな」


 この状況でこの微笑み、惚れてもおかしくはない。俺の頭をグシャグシャにした手はそのまま俺の頬へ行く。

 とても暖かい。慈愛と配慮の滲み出る手付きだ。


「私の能力で悠斗を見たの」


 昨日、手を繋いだときやはり何かを見ていたらしい。

 残留思念を読み取る能力。もしかしたら今も見ているのかもしれない。


「とても辛そうだった」

「ああっ……」


 無意識に返事していた。思わず漏れてしまった。


「研究所から家まで送ったとき手を繋いでたじゃん。その時悠斗の手の力とても弱かった……力入んないのんでしょ? 右手」


 確かにそうだった。さっきスマホをポケットから取り出そうとしたときに右手の力が入らずに落としてしまったのだ。

 楓は俺もさっきまで気付いてなかったことに既に理解していた。


「吐き出しようもない苦しみとか心の隣にある恐さとか……もしも私が近くにいたなら、何かできるなら――」


 もしも彼女が近くにいたなら、きっとこう言うのだ。

『苦しみを分け合おう』とか『怒りも怖さも受け止めるよ』とか。

 そんなことができるかよ――そういう綺麗ごとを言うのだろう。できるはずもないことを、恥ずかしげもなく。

 それを、本気で言うのだ。

 それがわかっているから言ってくれなくても十分なんだ。

 本気で心配してくれる相手がいるということが、どれだけ俺に『勇気』を与えてくれるか。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そこには葛藤があった。

 俺はこれ以上能力を使って戦ったりしたくない。

 超能力協会にもこれ以上関わりたくない。あんな気持ちになるのはもう御免だ。

 でも今だけは、楓の前だけは頑張りたいと思った。

 思えた。

 だから俺は渇望した、この一瞬だけは蛮勇でもなんでも欲しいと思った。しかしきっとこれが限界だろう。

 これ以上我慢したら精神崩壊してしまう気がした。

 だから、これが最初で最後にする。

 自分の力で自分の意思で一度だけ、一度だけ。 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 彼女がセリフを言い終わる前に俺が喋った。


「――ありがとう、楓。もう大丈夫だ」

「?」


 楓は不思議そうな顔をした。けど、何か悟ったのか少しだけ表情が晴れたような気がした。


「楓、蹴りつけてくるよ」

「何のって聞くのは野暮かな……わかった、待ってるから」


 待ってる、という言葉が痛い。

 多分、楓の前に帰ってこないから。

 それでも彼女の笑顔は俺に勇気を与えてくれるのは本当で、辛いことがあっても受け止めてくれる、そんな気がする。

 だから彼女のためならなんだってやるし、死んでもいいと本気で思う。

 俺の覚悟はできた。今だけは偽善と言われても、どんな英雄紛いでもいい。

 立ち上がって服やズボンについた砂を払う。


「とりあえず電話…………もしもし? 修造、急なことなんだが今からそっちに強力な能力が現れるかもしれないんだ防御の準備をしとけ……いや後で話すからさ」


 この会話で修造との能力者的関係がばれる可能性もあるので楓には聞かせないように会話したのだが。


「もしかして超能力関係…?」


 ズバリ当てられてしまった。しかし、修造のことはまだばれていない。

 途轍もなく迷う。迷うが。

 変にごまかすより正直に話したほうがいい、と結論付けた。


「……それはそうだね」

「昨日のことだよね……まさか1人で解決するつもりなの?」


 楓は心配そうな目をしてくる。流石にこのことではないと思っていたようだ。


「そのつもりだ」

「せめて友紀が合流してからじゃダメなの?」


 友紀、秋月さんの能力はわからないが戦闘系なのだろう。アイツの能力に勝ったことからもそれなりの実力と知れる。


「時間がないんだ。今俺がやらないといけないんだ、だから……」


 秋月さんを信用してないわけじゃないが、今回の吉元の能力は今までの比にならない。少なくとも俺は死なないからなんとかできるという可能性があるから。


「もう、止めてもいくんでしょ? 私は友紀に連絡するから」

「本当ありがとう。頼れるな」

「じゃあ頑張れ!」


 そう言って俺の背中をぶっ叩いてくれた。背中に残る熱には楓の想いが乗ってる気がした。


「生体装甲、足と靴」


 足の付け根から足全体の筋力から骨格まで強化し、靴にはホバリング機能を付与した。

 走るスピードだけでも通常の2、3倍は出るはず。

 入口の方向に振り返って右手を上げて進んでいく。後ろにいる楓に別れを告げる。

 最後に顔を見たくて振り返った。

 清々しいくらい綺麗で、可愛くて――泣けてきた。


「行ってくる」

「連絡はするからっ、絶対無茶なことしないでよ!」

「ああ」


 とりあえず修造のいるショッピングセンターから探すか、それとも高台から見渡してから決めるか。

 今にも涙が零れそうだったから、早くここから離れたかった。



 迷っていても仕方ないのでとりあえず修造がいるであろうショッピングセンターへ向かうことにした。

 ここ天城水辺公園から駅に戻りそこを横に曲がると大通りに出る。しばらく進むと大きな建物が見えてくる。それが天城ショッピングモール。

 ショッピングモール内まで生態装甲をしたままではおかしいので中までは入らない。

 訳あって公園からすぐ離れたのは良くなかった。結局もう一度修造に集合場所について電話せにゃならなくなった。


「…………」


 だが修造は出なかった。

 嫌な想像をしてしまう。もしかしたら既にエンカウントした後なのかもしれない、と。


 スマホで天城市の地図を調べ中心地へ向かって走った。

 市の丁度中心に国道がある。できるだけ中心に近い歩道に到着すると。


「超聴覚のイメージ。生態装甲、耳」


『サイバー』の能力により耳はゲームに出てくるエルフのように尖って青く変化し、強化される。

 中心から約5kmの範囲の物音で、修造と吉元の位置を割り出す。

 そんなこと本当にできるか――できる、と信じるしかない。やらなければならないことは、今すぐやらなければならないのだから。

 ゆっくりと目を瞑り、耳以外の感覚を全て停止させる。

 この瞬間――半径5kmの音全てを受け取った。


「―――っ!」


 様々な音が重なり不快指数の高い周波となっていた。だがサイバーの能力を応用させることでその周波数をある程度コントロールできる。

 最初は車の音、次はセミの音という風に少しづつ音を遮断する。

 人間の会話だけしても不快な音の重なりであることは変わりなかった。

 近くの人の声から遮断していく。およそ1080人目となったとき、やっと修造を見つけることができた。


「やっと見つけた! ってこおはさっきの公園!?」


 修造がいたのは俺がさっきまで楓と会話していた場所だった。修造の方も同じく合流を目指していたのだ。素人の俺よりも早く動き出したから上手くすれ違ったということか。

 聞き耳をたててみると、修造は未だにそこにいた楓に話しかける所だった。



『あの、すいません。ここに俺と同じくらいの高校生がいませんでしたか?』

『……さぁ』


 楓は答えなかった。楓はおそらく修造の顔は知っている。警戒してか、俺との関係性を知られたくないのだろう。


『そうですか……スマホのバッテリーさえあれば』



 会話を盗み聞きという形に罪悪感は募るが、修造がまだ生きていて良かった。

 ていうかバッテリーなくなっただけ、って。

 俺は急いで公園に戻った。先程の聴覚ブーストでわかったことだが、天城市には吉元はいなかったことも伝えに行かなければならない。

 しかしこんなとこで終わるのか?

 さすがに呆気なさ過ぎないか?

 吉元の能力は『地球上の全生物の力』ということなら臭いを使えばすぐに修造の位置をつかめるんじゃなかろうか?

 ただ忘れているだけか?

 いくつかの疑問を胸に元来た道を走る。


 最も重要な戦闘においてもまったく考えていないため、それも急がないといけない。

 俺の能力ならば空を飛ぶくらいならたぶんできるし、海でも同様になんとかなる。この県には海もなけりゃ川もろくなものはないけど。陸は言うまでもなくもちろん大丈夫。

 場所による対応は変形すれば何とかなる。

 それに連想して、とあるゲームのことを思い出した。


「(空を飛ぶは雷すれば大ダメージなんだよな……)」


 なにか欠落していたことに気付いた。

 思わず、あっと叫ぶと同時に立ち止まり、刹那的に両手を地面のアスファルトにつける。

 耳を強化していても――土中まではさすがにわからない。完全に意識外にあった。

 手のひらから超音波のようなものを発する。

 潜水艦のソナー音のように、イルカのように。

 やや離れた場所に地面の下に幅2mの不自然な空間を知覚した。それは真っ直ぐ公園のほうへ向かっていた。

 冷や汗が背中に流れ、体が震えた。

 なのに体感温度はやっぱり変わらなかった。常に最適な体温になる。

 残念ながら俺は地震を起こせない。できるのは現行犯しかない。


「生態装甲、羽いや、ジェットだ!」


 中身の構造なんて理解できないが姿をイメージできれば十分だ。どこかのロボットアニメのジェットを背負う。


「―――オラッ!」


 かかとから噴出されるホバリングの反発エネルギーにより一気に50m上空まで跳躍した。そこからは背中についたジェットでさらに加速していく。


「待ってろ!」


 飛ぶ瞬間は目を瞑ってしまっていたが、開くと大きな積乱雲が林立している。

 そこまで届いてしまうんじゃないかと思ったりしたが、まったく持って届かなかった。確か積乱雲は上空15000mにあるんだっけか。

 むしろ地上から見たのと距離は同じように見える。それでもビルや建物がない場所からみると普段よりも綺麗に見えたのも事実。

 こんな時なのにテンションも上昇していた。

 ここからは距離と時間と風圧との戦いになる。


「(本当に待っていろよッ!)」


 色々な意味を持っている「待っていろ」。空を飛行しながらそう思うのだった。

 楓は俺の到来を、修造は……いいとして、吉元は俺の裁きを――。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 瀧沢悠斗と入れ違うように天城水辺公園に到着した織田修造。

 公園に入って修造が最初に目にしたのは。とある高校生だった。

 長く綺麗な金髪の持ち主で、どこかの学校の制服を着ているとにかく可愛い女の子だった。風になびく髪を押さえる大人びた姿は可憐という他ない。

 修造はしばらく見とれてしまったが、すぐに本来の目的を思い出す。女子への耐性が悠斗よりもあるからなのかもしれない。

 修造は悠斗と落ち合うために公園に来たのだが公園にはいなかった。

 悠斗がいつ公園を離れたかをその美少女に尋ねることにした。


「あの、すいません。ここに俺と同じくらいの高校生がいませんでしたか?」

「……さぁ」


 楓は疑いの眼差しを修造に向けた。初対面なら当たり前の反応だろう。


「そうですか……スマホのバッテリーさえあれば」


 電源ボタンを押しても数秒光るだけですぐに消えてしまう。

 修造はこれ以上動くのはむしろ集合の妨げになると考えてその場に待機することにした。

 鼓動を落ち着けながら、日陰のベンチに腰かける。

 楓はスマホで電話をし始めたが、内容は修造が知るよしもない。電話は超能力協会、もとい秋月友紀への電話だ。


 この時、修造は楓にスマホを借りるか、借りないか考えていた。しかし、悠斗の電話番号は知らないので無意味だと思い込んでいた。実際電話帳を見てみたら番号があってビックリという状況になるわけだがそれを知るよしもない。

 ショッピングモールから走って乱れた呼吸は落ち着きを取り戻し冷風にリラックスし始めていた。


 ふと、地面が揺れた。

 大きさは大したことないが、とにかく近くという印象を覚える。


「なんだこの揺れ……」


 修造はベンチから立ち上がり周りを見渡す。危険なものも、おかしな点はない。

 楓も同様に辺りを見渡している。

 瞬間、公園の中心から地面突き抜けるようにして何かが出てきた。一緒に飛び出た砂が雨のように降り注ぐ。

 公園のど真ん中に穿たれた穴から、何かが這い出てくる。

 そこには、100人中100人が生理的に気持ち悪いと断じてしまう生黒い巨大生物がいた。

 体は緑色でデカイ目が左右それぞれに4つある。2mを越える巨体は人間の跡を残していない。所々から吹き出している紫色の液体も相まってキモいの一言だ。

 修造はこれが吉元であると直観的に気付いた。


「はァー、やっと…見ツケタ…ぞ…」


 吉元は外国人のようにかたことにそう言った。声帯も人人間とは違うのだろう。

 修造は心中を気取られないようにゆっくり喋りだす。


「おい吉元……なんでそんなことしてるんだ?」

「ケケケェ、復讐だ!」

「……舐めたこと言ってんじゃねぇよ。事情はあそこにいりゃあ大体わかるが、それは全部お前のせいなんだよ!」

「うるせんーだよっ!」


 激情にかられたからか吉元は普通に言葉を発していた。


「殺す、殺す、殺ス、殺スッ」


 吉元が修造のもとへ歩いていく途中8つの目のうち左4つが同時に楓を捉えた。

 お楽しみは後からと言うように方向転換し、楓のほうへ走って行った。一瞬で目前まで近付き右腕を振り上げる。


「!」


 楓の、人間の動体視力じゃ吉元の能力のスピードに追いつくことはできない。気付いたときには目の前にいたという認識。

 拳は腹を狙って繰り出された。威力としては触れるだけで内臓を軽くえぐれるという極悪な威力。明らかな致命傷。

 人殺の拳は楓の腹を抉ることはなかった。代わりに受けた者がいる。


「……ギリギリ間に……合った」


 拳は楓を庇うように滑りこんだ修造の背中に放たれた。そして、威力に意識を保つことができずに前方に崩れ落ちる。

 楓の目の前には、倒れた男と巨大生物。

 その巨大生物は修造を踏みつけながら楓に近づいていく。その際ビキッ、という音がした。まるで金属が砕けるような音だった。

 楓にも修造を心配する余裕はない。


「お前モ…殺、殺、殺………殺スッ」

「(これは流石に……どうしようもない……)」


 どうしようもなかった。諦めから目を閉じる。


 約束守れなくてごめん、悠斗――。


 拳が振り上げられ、間も無く繰り出された。風を切る音とともに吹っ飛ぶ。

 ボトリ、と落下音がした。


「――あゲゲゲ、ギャアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 謎の巨大生物の雄叫びがここら一帯に響き渡る。

 楓が耳を塞ぐとともに目を開くとそこには驚くべき光景があった。

 右腕が切断された巨大生物の姿。楓の足元に腕が落ちて、死にかけのゴキブリのように蠢いているのだ。

 そして、瀧沢悠斗の後ろ姿がある。


「……遠回りしたが、ようやくたどり着いた」


 そう言って切断した腕を跡形もなく踏み潰した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 空を飛んでるときは本当に大変だった。

 まずは風で目を開けられなかったからゴーグルを創って、見られないように青空迷彩をした。

 一番大変だったのは落下時の衝撃緩和方法だった。

 少なくとも足に障害が出ないくらいには緩和しなければならなかったため、かなり頭を使った。答えはでなかったのだけれど。


 数十秒の飛行ののち、斜めに落下した。なんというかその時、物理法則を無視したとしか思えない事象が起こった。

 正確には起こしてしまったことに、その時はまだ気付いていなかった。

 スピードはそのままだったが、落下エネルギーのみが剣に変形させた腕に伝わり吉元の極太の腕を切断したのだ。

 そして、今。


「ギリギリ間に合った……大丈夫か楓?」

「……うん、でも今のって」

「それは後で説明するよ、今は吉元の相手をしないといけないんだよな」


 吉元は後方に一旦下がり、苦痛の籠る大きな雄叫びを上げた。すると、腕段階的にが生えてきた。さらに奇妙な嗚咽を発し始めていた。

 楓を後ろへ誘導する。


「それくらいはやってくれると思ったよ……おい、修造起きてんだろ」

「……死んだふりして攻撃するタイミングを謀ってたんだけどなあ」


 むくりと立ち上がって吉元の方を見据える。倒したはずの人間2人が目の前に立ち塞がっているのを見て驚きを隠しきれない吉元。


「というわけで楓を頼んだ」


 信頼を寄せて修造の肩に手を置く。


「えっ、1人で戦うつもりなのか? とてもじゃないが手に負えないぞ」

「わかってる。でも今は俺の力を見といてくれ」

「……わかったよ」


 なんとか了承してくれた。学校でもこんな会話があった気がする。本当いいやつだ。俺には勿体ないくらい。


「生態装甲、両腕と両足」


 両腕は肘まで、両足は膝まで青の鎧を纏う。手首足首を回すと刻まれている水色の線が輝いた。

 足爪先でトントンと地面を弾く。そのまま背伸びする。

 何気ない装いで、かかとを地面につけた瞬間に吉元も向かって加速した。

 間合いに入ると左足を踏み込み、右腕を構える。呼応して吉元が変身した巨大生物も腕を上げる。スピードは互角。

 拳と拳が正面から激突した。エネルギーは完全に相殺したはず――。


「くっ……」


 俺の右手の装甲に亀裂が入った。そのまま後方へ押し切られてしまった。

 右手から血がしたたり落ちた。壊れた状態の拳を強引に握ることで亀裂をくっ付けて止血する。


 パワーでは勝てない。

 先制攻撃は呆気なく無効化された。防御も同様に無効にされるのは間違いない。

 頭を使わなければならない。無い脳みそを絞り尽くして。


「ガックケケケケェェェェ」


 笑っているように聞こえた。けれど人間味はまったく感じない。頭までおかしくなっているのか。

 防御に回っては負ける。

 攻撃こそ最大の防御。足りなかったら補えばいいだけだ。

 左手で右手の拳を握った。


「右手に左手分の装甲を加えて」


 右腕の装甲が一回り、二回り大きくなる。

 装甲が変化したのを確認すると、再び吉元に向かって走り始める。さっきと同じく直進していく。

 だが射程内に捕らえる前に吉元は俺の後方、音速駆動で背中に回り込んできた。後ろから鳴き声が聞こえた。


「キキキィィィ!」

「(スピードは同じだと思ってたけど…初速度、瞬発力は負けていたのか!)」


 確かに第一撃とはタイミングが違った。

 しかし、ここまで速いとは思わなかった。地球上全ての生物の力を好きなとこだけ抽出して使用する能力、よく考えたら最強レベルだった。

 だがしかし、

「まだだ!」

 右肘からジェットを噴射し振り返るように回転する。巨大な拳は俺の背中をかすめるにとどめた。背中に濡れた感覚が広がる。

 勢いそのまま放たれた右腕が顔面に直撃すると思いきや、左手で捕まれた。ジェット着けても初速比べでは勝てない。


「だが今度は力量だ」


 どんな地球上生物にもジェット機にぶつかっても平気なやつはいないだろう。

 大量のエネルギーが放出され吉元のパワーを上回る。

 左手で捕まれたまま顔面を叩き潰す。左側の眼球が根こそぎ潰れ、紫色の液体がドロッと流れた。

 だが、のけ反っただけで倒れることはなかった。


「キャ…ギャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

「な、なんだこの耐久力は!?」


 捕まれた腕いつの間にかは巨大生物の両手で捕まれていた。圧力は増していきひびが入り始める。


「ヤバい!うおおおおお!!!」


 咄嗟に装甲を解除、手袋のようにして手だけを引き戻した。外した鎧は手首の部分が潰され、ボロボロと破片が散った。


 休む暇もなくドン、という音がした。


 気付いたときには既に巨大生物に突進され後方へ飛ばされている途中だった。錐揉み回転しながら、思考だけが後から追い付いてきた。

 急速にアドレナリンのようなものが分泌された気がする。吉元のスピードが遅く見えた。


「(痛覚はまだ反応してないのか……肋骨は確実に割れてるな)」


 折れているのではなく、割れている。

 超高速の意識の中でもあと数秒で後方の木々に衝突する。今度は背骨が折れるかもしれない。

 俺の治癒能力のスピードは異常ではあるが、今回は常軌を逸し過ぎている。

 どうすることもできずに木に激突した。脊椎のどこかを骨折した、尾てい骨は粉砕骨折だと思う。『サイバー』の能力がなかったら痛みでショック死していただろう。

 木の幹を枕にして寝ている態勢となる。やっぱり死ぬことはなかったけれど今回だけは喜ばしい。こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。


「ケケケ…ケケケケケケェェ…」


 また笑ったような声を発した気がする。ホントに何を考えてるかわからない。もはや自我がないのではと思うくらい。


 吉元は――謎の巨大生物は楓や修造の方へ歩いていく。体勢として全体的に右側に傾いている。俺が潰した左目が治癒しきれていないのだろう。

 さっきの瞬発力から考え生物としての直感、いわゆる第六感みたいなものが人間の比ではない。滲み出ている敵意や攻撃の意思を読まれて防御されている。


「逃、げっ…かぐっ…ろ…」


 声を発することもできなかった。かろうじて左手は動かせたので腕を拡張するが間に合わないだろう。

 遂には俺の視界、左側からフェイドアウトした。


「っ、逃げろぉぉぉ!!!」


 肺などの臓器の治癒を早め、警告した。本当に手に負えなかった。

 修造はいいやつだから逃楓を連れて逃げようとするだろう。吉元が止めるわけがないのは俺も修造もわかっている。

 追おうとしている吉元の足に、さっき落とした砕けた右腕が巻き付いて地面と一体化して繋げた。


「まだ……終わってないぜ。吉元!」


 木に手をつきながら立ち上がる。そして俺は不躾に人差し指を向けた。


「いい加減ここで終わらすぞ」


 吉元は振り返るとともに俺を睨み付けてきた。人間にも明確に感じられる殺気を纏っている。


「ウギャシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」

「人間じゃないな……手加減する必要もないか、生態装甲」


 独り言のように漏れた。両足と右腕のみ装甲を纏う。しかし今回は常に水色に光輝いている。

 地面を蹴り、一直線に加速していく。

 巨大な剛腕が伸びてくる。

 それより先に巨大生物の頭を鷲掴む、右足を軸にして回転を加えて地面に叩き付ける。サイバーに込めた力を解き放つと衝撃で公園の地面全体に広大な亀裂が入る。

 何段階も重ねて、亀裂が入っていく。

 いつしか、吉元の抵抗力がなくなっていた。

 手を離したとき指先には紫色の液体が付着していた。強く掴みすぎて滲み出ていたようだ。


 最後の最後はスピードで負けなかった。

 新種の巨大生物はみるみるうちに吉元颯太という人間のに戻っていく。変身するときに上半身の服は破れたから上裸。


「本当に気絶したんだろうな」


 もしかしたら殺したから能力が解除されたという可能性浮かんだが、ちゃんと呼吸も脈もある。その際、自分の手を見て何かを思ったが、言葉にはならなかった。


「…………」

「おーい、今の衝撃……倒したのか?」


 轟音と静寂に気が付いて、修造と楓が戻ってきた。


「なんとかな」

「コイツどうすんの?」


 警察につき出すにもいかない。ここからは彼女の領分。超能力協会に所属している彼女の。


「楓、頼んでいいか?」

「それはいいけど、話聞かせてよ」


 やっぱりこの人も超能力関係者なのかと驚く修造は無視する。


「後でな、ちょいちょい」


 俺は楓に手招きをする。楓は疑いもせず俺の正面に立った。改めて並んでみると女子としては結構背が高い。

 俺は、楓に全体重を預けて倒れてる。


「えっ? どうしたの!?」

「俺のことも頼ん……――」

「悠斗? 悠斗!?」


 頼む前に意識を失ってしまった。最後、何故彼女を手招きしたのかはよくわからない。一目惚れした女の子の胸の中でっていう希望があったのかもしれないし、男に支えてもらうのは何かおかしいと思ったのかもしれない。

 さっきまで張り詰めていた糸がさらに限界まで引き伸ばされていた状態だった。

 でももうそんな必要はない。そう考えて頑張ってきたんだから。

 俺が頑張りはここまでだ――。


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