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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第一章 非日常の能力世界〈序章〉
5/54

5.世の中そんなに甘くない

 

 大まかな勢力図を確認したところで、一旦この場から離れようと振り向くと窓に大量の生徒が張り付いていた。先生はなんとか収めようとしているが手に負えない様子。


「このバリアの能力者はあそこにいたもう1人の能力で間違いない……と思う」


 銅像の破壊を目論んでいる2人組。片方は酸素に干渉する能力、もう1人が光のドームの能力者……という予想。


「外にさえ出れれば何処に穴を空けてもいいんだろ? ならすぐにでもなんとかしないと」


 修造はそう言って周りを見回す。校門付近には『酸素』を操作する能力者がいるため近付けない。

 他の場所から外に出て校門に回り込む必要がある。


「それに生徒が来るのも時間の問題だ。あっ、気付かれたぞ」

「誰に?」


 窓から乗り出した某教員が戻ってこいと叫んでいる。さっき倒れていた教頭先生だった。


「先生が走って階段に向かったな」

「そろそろ動くか」

「そうだな」


 校門付近にはまだ高濃度酸素が舞っている。気体にも全体に広がろうとする性質はあるはずだからしばらくすれば濃度は下がる。

 が、今すぐ誰かが外に行くのは危険だ。

 俺達2人は降りてきた先生に捕まらないように校舎と校舎の間の路地に入る。

 ここは本来ゴミ捨て場となっており鍵付きではあるが外に出ることができる。

 学校を覆う柵の空白。バリアに面しているのだ。


「もう一度試すか、硬化」


 修造は青黒く硬化して再びバリアを殴ったり、引っ掻いたりした。やっぱりびくともしなかった。


「…………」


 作戦が無いわけでもない。俺のサイバーの能力に限度があるように、このバリアも限度はあるはず。能力を上手く使えばエネルギーの一点集中も可能だ。


「生態装甲、ドリル」


 右肘から1mほどのドリルが生成した。青の材質の中に幾何学的を描く水色のライン。イメージを込めると凄い勢いで回転し始めた。


「ホントにできたよ……」

「すげー耳鳴りだな」


 修造は高音に思わず耳を塞いだ。

 少しずつバリアに近付ける。先端が触れた。表面を削っているが瞬間的に修復され削りきれていない。


「よしっ、行くぞ」


 ドリルをバリアに押し込んでいく。さらに大きな高音がする。

 確実に削っているがやはり削りきれない、修復されてしまう。足にさらに力を入れ踏ん張る。

 火花を散らしながら、高速回転によるノイズが耳を障る。


「ふー、ダメか」


 ドリルを左手で軽く撫でる。光の粒となり生態装甲は空に砂となって消えていった。

 実力不足を受け入れて別の方法を考えるしかない。


 作戦が頓挫したからか、転校生と黒ずくめサイドも校門前の2人組もこちらが攻撃してこない限り危害を加えるつもりはないみたいだ。


 2000人が何事もなく過ごしさえすれば、任務の完了と共に退却するだろう。でも。何事もなく過ごすことができるのだろうか。


 特に織田修造。

 俺と同じ超能力関係者だと思う。だからこそ、自分でなんとかしようという節がある。

 路地裏で待機していると俺達を追っている先生が通りすぎた。

 顔だけを出して覗くと、その後ろ姿が校門へ遠ざかっていく。俺と修造は能力でバリアに触れても大丈夫な状態だったが一般人が触れるとどうなるのか。


「少し」


 そう告げて路地を出た。その教員はバリアの目の前に立ち、上を見上げていた。首を限界まで反らせた後、首を元の位置に戻して右手をバリアに近付けていく。


「生態装甲、右指」


 中指と人差し指のみ装甲し、教師の脇腹に添えた。軽い電撃を流す。つまりはスタンガン。気絶して倒れた先生を建物の端に移動した。


 もう一度バリアから外を覗くと男2人は相も変わらず銅像をハンマーで壊していた。酸の能力者とバリアの能力者。

 銅像の下に何かあるという考えはで間違いなさそうだ。


 空に浮かぶ積乱雲をバリア越し見つめる。太陽はもうすぐ真上に到達する。そろそろ最大気温になってしまう。

 この黄色い障壁のせいで地上に入った熱が外に出にくくなっているので暑くなり続けている。地球温暖化の縮図だ。


「酸素濃度は下がったけど……さてとどうするか」


 秋月さんに電話をしようとしていたのを思いだし、ナンバーを入力していく。待機音が鳴る。


「……繋がらない」


 電波の届かない所にいるとか言っていた。


 検証のため続けて自宅の番号を入力して、電話したが同じく繋がらなかった。導かれる結果は、


「ジャミング能力もあるのかこのバリア」


 外からの増援は期待できない。この中でどうにかするしかない。

 黒ずくめサイドも銅像の下にあるものが目的のはずだ。このままだとそれが外のやつらに奪われる、それを放っておくわけがない。さっきまで転校生と黒ずくめがいた屋上を見たが既にいなかった。

 もしかしたらという方法も考えたがありえないな。


「協力は無理だ……」


 修造がいる路地裏に戻る。修造は壁にもたれて座っていた。

 考えはまとまった。あいつらが、2人組が早く立ち去ることを期待する。


「タッキーこれからどうする?」

「能力者が解除するまで待機」

「いつ解除するかわかってんのか? そもそも解除するのか?」

「……期待するしかないだろ」


 超能力者からしたら、ここの中にいる一般人には人権がないようなものだ。

 待機という案に修造は納得しかねているようだ。でも十分に考えた結果だ。


「ならどうすればいいんだよ」

「それを考えようぜ」

「……そうだな」


 全く建設的ではなかったが、おかげで少し張り詰めていたのがやわらいだ。それにまだ全力でぶつかっていない。まだ頑張ってみてもいいのではないか。


「ちょっとついてきてくれないか?」

「またかよ。相変わらず傍若無人だな」


 修造はその場から立ち上がり、俺はバリア破壊に立ち上がる。

 説明すると修造は呆れながら言った。


「それはさすがに無理じゃないか? というか本当にできるのか?」

「無理だとか無駄だとかいう言葉は聞き飽きた。ほらこれを使うんだよ」


 修造がそう言った理由はわかるがある意味一番安全な方法であることも事実なのだ。


「ほら登るぞ」


 サイバーの能力で何にでも刺さる鎌2つと何にでも刺さる刺が付いてる靴で、校門から一番遠い校舎つまり俺達の教室がある校舎の外壁を1階から屋上までのクライミングを試みている。

 流石に疲れるものがあるけど、筋肉は通常時では20から30%しか使われていないというので余裕があると考えれば気も紛れる。


 10分ほど登ると屋上まで到着することができた。


「はぁ、はぁ、こんなところまで来て一体全体何をしようっていうんだ?」


 修造は屋上に登るや否や息を切らしながら尋ねてきた。


「よし、もう1回この……赤い槍を生成する!」


 修造のセリフを無視し生態装甲を纏った右手をおもいっきり振り下ろす。いつの間にか右手には2mほどの槍を持っていた。

 自分でも気付かないレベルで自然に持っていた。


「……大丈夫なんだろうな?」


 修造は眉間に皺をよせながら心底不安そうな声でそう言う。


「大丈夫だ。そう怖い顔するなって」


 心配するのはわかるがもう少し信じてほしかった。

 目を瞑り、深呼吸をする。そして右手に意識を集中する。

 イメージでは槍の後端にジェットが付き、トライデントの3つ刺は1つに集約し、一本槍とする。

 目を開くとそこにはイメージ通りの槍がそこにはあった。


「これを正門の所に投げてくれ」


 修造に槍を手渡し、その場に座り込む。集中したからか疲れてしまった。

 我慢しきれず、座った状態から仰向けになる。


「ホントに大丈夫かよタッキー」

「……イメージだけど硬化してないと腕がもげると思う」

「いきなり怖いこと言うなよ」


 壁を登った時点で脱水症状になっていた。それが怠さの原因。軽い吐き気があるくらいだ。修造は割と運動慣れしているのでタフだった。


「意外と軽いな。よっと」


 全身がみるみる青黒い色に変化していく。槍を逆手に持ち左手を狙いを定めるように校門へ向けた。修造の鼓動が聞こえるような錯覚。僅かながら揺れ動きを捉えた。

 文句を言わずに引き受けてくれたが、やはり緊張していると思われる。


「はぁ、ふぅ」


 深呼吸して心拍を落ち着かせた。その後、修造はこちらを振り返ることなく、


「えっと……何でもない」


 何かを言おうとしたのを飲み込んだ。普通に考えたら初見の槍投げなんて出来るわけがない。それも200mもある人類にはなし得ない距離だ。それでもやろうとするのは超能力関係者としての責任なのかもしれない。


 それに俺の作戦には何の根拠もないのによく付き合ってくれたと思う。だから失敗しても別にいい。

 過度な期待をかけるのはプレッシャーとなる、だからって何も言わないのは感じ悪い。


「覚悟はいいか?」


 そしてその返答は決まっている。

 屋上の縁に左足を置き、右腕を振り上げた。投擲。


「できてるよっ!」


 そして、瞬間的に修造の手を離れ煙を吹きながら一気に加速した。槍は完璧な軌道で校門に進む。

 横たわった俺にはそれ以上見えなかった。


「どうだ?」

「腕ヤバイ」

「そっちじゃない」

「大丈夫だ……多分、大体、十中八九、フィフティフィフティ」

「五分五分じゃ駄目だけどな」

「いや待て! バリアに当たってるけど進んでいないぞ!」


 バリアに衝突した槍から黒板をシャーペンで削ったような高音が鳴り響いている。それは俺がさっき路地裏でのドリル削りの巨大版。


「回転でバリアを巻き込みながら突き進んでいるから変な音がしてるんだ」


 バリアを見ていると引き伸ばされて確実にずれていってる。

 ミチミチ、と生きていく上で絶対に聞くことがないような音が発生している。


 限界はあっけなく迎えられた。

 バリアの形成が崩れ、光の粒となって空に舞った。

 それは真夏の太陽以上に煌めく。


 槍は勢いそのまま銅像にいた2人組の間を裂くように地面に突き刺さった。

 なんとか屋上から身を乗り出して確認したのを最後に俺と修造は疲れで倒れこんだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 飛んでいった槍は初代理事長の銅像の前にいた、2人組の男達の間を引き裂くように地面に刺さった。


 ここで槍を起点として、複製の腕が生成され『発掘された本』を奪い、粒子分解して吸収、そのまま粒子のクズとなり地面に溶け込んでいった。


 その後の彼らのことはわからない。同様に屋上にいた転校生、黒ずくめも行方をくらました。


「成功したな、タッキー……タッキー? 寝てんのか」


 返事がないから少しビビったようだが修造も同様に屋上で眠りについた。夏の昼間に屋上で寝るなんて熱中症になりにいくようなものだ。


 8月1日の長いようで短い戦いは終わった。

 当然、天井越しで自分の教室で悲鳴が上がっているのは気付かなかった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 8月1日、午後7時頃。夕暮れ時。


 と、言ってもこの空間には時計もなけりゃ窓もない。あくまで俺の予想だ。


 俺が目覚めたのは例の如く荒山研究所地下の仮眠室だった。そして予想通りフルメンバーが揃っていた。


 完璧にスーツを着こなしてるカッコいい系の女性、秋月友紀。


 見るからにチャラそうな女子高生だが侮れないかもしれない人、中川さん。


 高身長の好青年、頭も切れるヤバいやつら藤堂さん。


 そして金髪で、可愛くて、美人な制服女子、神代楓。


 ちなみに俺は瀧沢悠斗たきざわはると、名前の読み方をよく間違われる。

 起き上がった俺を見て秋月さんは苦笑いを浮かべた。


「君はいつも気を失ってるな」

「ちょっと疲れてしまって……」


 冗談っぽく答える。それに俺も好きで気を失っているわけではない。


「私達がここにいる理由。それは今日、君が巻き込まれた事件について話をじっくり聞きたいからだ」

「わかってます」


「――と、言いたいところだが、そうはいかないんだ」

「は?」


 予想外の続き方。

 何か勝手に納得していた俺が恥ずかしいじゃん。

 斜め上の展開故、二の句が次げない。

 だが、思い当たることが1つ――。


「(まさか織田修造のことか)」


 アイツが超能力関係者であることは間違いない。俺が回収されたと同時に研究所に送られ記憶を消された可能性がある。


 だが、それとは違った。


「今日の件は天城市では謎の発光現象として噂になっているよ。そこら辺の対処はこちらでなんとかする。訊きたいのは天城高校での君のクラスのことだ」


 こちらでなんとかするというのは国家の圧力でメディアを掌握するということらしい。流石に生徒2000人の記憶は消せないだろうから。


 またもや予想外な言葉が出てきた。

『君のクラス』という俺には近いようで程遠いコネクション。陰キャな俺には関係ないもののはずだが。


「俺のクラス? 何かあったんですか?」

「…………」


 秋月さんが言葉を詰まらせた。他3人のほうを見ても、全員が全員目を反らしたり俯いたりしていた。良くないことで間違いない。

 その程度がどのくらいなのか、反応を見るに、それなりの覚悟が必要かもしれない。


「教えてください……」


「わかった……君のクラス1年5組の生徒、教師全員が何者かによって――殺害されていた」


 驚いたが、驚く前に直感的に、感覚的に、無意識に尋ねていた。


「……超能力者ですか?」

「そう考えている」


 俺や修造が倒したあの黒ずくめの男達は俺達を殺そうとした。しかし、それが本来の目的ではないことはわかっている。狙いは『本』だった。校門前の彼らの目的も同様にあの『本』を手にいれること。


 どちらも睡眠させたり、光のバリアで囲ったりして情報漏洩のリスクを小さくしていた。

 そう考えると別の登場人物が必要になる。


「じゃあ誰が……」


 そう誰がだ。そしてそれを俺に訊こうとしているということは、俺の知っている人物ということなのか。


「君のクラスの遺体のDNAを調べた所、33人分全員の身元はわかった」


 俺達のクラスは全員で36人。そこから俺と修造を引くと残り1人。


「誰なんですか…?」


 震えそうな声をなんとか抑え、答えを尋ねる。


「いなかったのは、君と、織田修造と、吉元颯太だ」

「吉元颯太……」

「そういうことだ……」


 俺はどうすればいいのだろうか。橘秀太の時もそうだったはずだけど、飲み込めない。

 生徒の大量虐殺。

 本当に実行したというなら、絶対に許されるはずのない罪。


「被害者はそれだけですか……」


 俺の予想をはるかに越える事柄、俺が戦った数時間前の事件よりも大きい犠牲。


「そうだ。理由は定かではないが、教室に残されていた遺体は原型を留めていなかった。恨みを持って食い散らかしたような状態だったよ。君と織田修造も狙っている可能性も考えられる」

「そうですか……しばらく一人にして下さい」


 言葉にならない思いが心をきつく締め付けた。

 死、という事実が受け入れられなかった。少し前まで動いてたものが存在ごと消えるという事象。



 4人が仮眠室から出ていってから、どれくらいか時間が経ったの頃。 

 脇の棚に乗っているスマホで時間を確認する。部屋は間接照明程度の蛍光灯が少しだけ輝いている。


「もう10時か……」


 いつもならさりげない眠気がゆっくりと現れる頃だが今日は全く眠れそうにない。

 秋月さんの言ったセリフが永遠と脳内で再生されて、考え続けている。どんなに考えても結果はでなかった。何をすべきか浮かばなかった。

 仲良くはなかったがクラスの皆を思い出す。

 吉元颯太を思い出す。

 そして、自分の能力を思い出す。



 朝5:30に制服に着替えて研究所を出る。昨日は家に帰ってないので両親に色々説明しなければならない。

 前、楓に教えてもらった帰り道で研究所出口にたどり着いた。


 正面扉付近の柱に楓が寄りかかっている。

 1人で帰る俺に気を遣ってくれているのだろう。ならば今は甘えよう、と思った。

 彼女は特に何も言わなかったが今はそれがありがたい。


「借りを作ってしまったとか思ってるでしょ?」

「……そんなことはないよ。感謝してる」

「そう」


 俺と楓が会ったのはまだ数回。彼女は数回会っただけの俺にも優しくできる性格らしい。

 俺は今、酷い顔をしているだろうからついついそんなことをしてくれてるのだろう。

 俯きがちに歩いていると楓は唐突に語り始めた。


「私は、残留思念を読み取る能力を持ってるの。サイコメトリーって言うんだけど」


 アニメや漫画では聞いたことはある。逆にそれしか聞く機会はないけども。


「でも少し違うの」

「違う?」

「物体や生物の記憶を読む、って言ったらわかりやすいかな?」


 わかりやすくはないですけど。

 俺の知っているサイコメトリーは物体の残留思念から何かを見る能力だ。

 しかし、楓は『物体や生物』と言った。


「生きてる生物からも読み取れるのか?」

「うん」


 確かに便利な能力。超能力協会に協力を頼まれるのも頷ける。でも楓が何故それをこのタイミングを言ったのか俺にはわからない。

 すると楓は俺の手を握った。


「…………」

「…………」


 さっきの楓のセリフだとこれだけで俺の過去を見ることができる、ということ。さっきから喋っていないが何を見ているのだろうか。

 握られた手から楓の体温が伝わってくる。俺の手は真夏の昼間でも冷えていた。

 一切の発汗もしてない。それだけ精神的に参っていた。

 楓はそのまま俺を家まで引っ張ってくれた。それでも心のどこかの虚無感はどうにもならなかった。







 翌日、8月2日の午後、修造と会う約束をしていた。


 昨日の今日でまだ色々あるらしいが、お互い話すことがあるということで取りつけた。

 集合場所は天城駅近くの天城水辺公園。天城高校とは逆方向に進んでしばらくに位置している。


 今日も快晴だった。

 とても暑いけど暑さを忘れるほど無気力だった。日陰のベンチで座ってると織田修造が現れた。


「…………」

「…………」


 お互い何かを察した。修造は超能力関係者であるからして今回のことを知っていてもおかしくない。

 何かは言うまでもなく吉元颯太のことだ。


「わかってるよな?」

「5組のことか?」

「そう。俺は倒すつもりだ」


 修造がそう言うのはわかる、俺もどうにかしなくてはならないと思っている。超能力で人を殺すなんてことを見逃せるわけがない。

 しかし、怖いのだ。

 あの強靭バリアを破壊したあの時のパワーは確実に人がバラバラになって死ぬ。それを人に向けることが怖い。俺も吉元と同じになるのではないかと。


「…………」

「このままだと俺達も殺しに来るはずだ。結局闘うなら早いほうがいいだろ」

「……そう、だな」


 何をしでかすかわかったものではない。狂人の思考はわからなものだ。


「あと、わかってると思うが俺は超能力関係者だ」

「ああ、俺もだよ。わかってると思うけど」


 超能力協会という名前までは言わなかったが、また違う派閥に所属しているらしい。そういえば超能力協会はその中での頂点の権力があると聞いたことがあるな。


「昨日は病院でずっと警察に話をしていたよ。もちろん超能力のことは伏せて」

「そうだよな……」


 秋月さん曰く、俺のことは超能力協会が無理矢理警察から引き抜いたらしい。

 修造の顔色からそれで良かったと思う。


「なあ修造。あのクラスの中に仲がいい人いたか?」


 俺らしくない感傷的な質問に戸惑っていたが、やっぱり答えてくれた。


「何人か、かな」

「俺はいなかったよ。それでもさ……」


 ああやっぱり嫌いだ。こんな弱音を吐く瀧沢悠斗なんて殺してしまいたい。

 もっと、強くなりたいのに言葉は途切れた。

 修造は何も言わなかった。


 俺達はそのまま解散した。俺はしばらく休んでから、修造は買い物をしてから帰るとのこと。

 意味もなく青空を眺め無為な時を過ごす。

 蝉の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。ひぐらしかアブラゼミか。


 小学生1年生の頃の夏休みに近くの公園で蝉を捕まえていたことを思い出した。結局最後までアブラゼミを捕まえることはできなかった。そのときは友達が代わりに捕ってくれたことを今でも覚えている。

 そう、友達が。


 気温は10日連続30度を超えている。

 天城公園は近くに川が流れてるため比較的気温が低いが夏の暑さに勝てるわけもない。でも日陰にいれば心地よい風が体を冷やして、丁度いい。

 休んでから30分くらい過ぎた頃電話がかかってきた。

 ポケットからスマホを取り出そうとして手が滑って足元に落としてしまった。

 拾おうと身を屈めたとき――気配に気付いた。


「(こいつの家ってここの近くだったのかよ……)」


 見上げるとそこには何故か吉元颯太がいた。無表情のままら屈んでいる俺のことを見下ろしている。


「よっ、吉元」


 無知を装って挨拶してみた。


「瀧沢……」


 吉元颯太はクラスではいわゆるいじめられっ子だった。いじめとまではいかなくてもいじられっ子ではあったのは間違いない。

 単刀直入に言わせてもらう。


「……俺を殺そうってか?」


 吉元はゆっくりを顔をあげた。その顔は狂喜に満ちた笑顔だった。

 俺はできるだけ冷静かつ、精神的に負けないような様相でこのセリフを言った。彼から放たれる禍々しいオーラに圧倒されたのを隠すように。


「やっぱりお前は予想通りの狂人だったか吉元」

「瀧沢、探すのに苦労したぞ……」


 俺を台詞を無視してそう言うと、吉元の服の内側から突起が生えだした。

 服を突き抜け、鱗のようなものが全身を包んでいく。


「なんだその能力……」

「うごごごっ、ががが……」


 奇妙な雄叫びとともに体が緑色に変色し骨格も人間のそれを残してない巨大なものとなる。キメラと言ったら聞こえはいいがとてつもなく気色の悪い生物に変わっていった。


 大きすぎる目玉、体から吹き出している紫の液体、ゴキブリのような羽、鳥のような尖った三本指、2mを越える巨体。

 そして、最後に人外の咆哮。


「俺は、地球上で最強ノ生物になッたんだァ! お前も殺すッ!!!」


「……ふう」


 随分肝が座ったものだ、我ながらそう思う。

 殺意を当てられた瞬間、スイッチが切り替わるように感情が遮断された。闘いへの恐怖心を感じない。

 とても冷静なのがとてつもなく怖い。

 自分自身が怖い。


「あ? いないっ!」

 気付いたときにはあの巨体はそこにいなかった。気配すら感じない速さで。


 左右を確認しようとした瞬間、巨体が目の前に現れた。首はどんどん左を向こうとして動いている。意識だけがこの怪物についていってる状態。


 醜悪な腕でで今にも殴りかかりそうな構え、そして繰り出される。

 膝の力を一瞬だけ抜き繰り出されたアッパーを間一髪で回避した。そしてバランスを崩しながらもなんとか距離を取る。


「(あんなの食らったら即死だぞ!)」


 アッパーの風圧によりブンという低い音が響いた。


「これを避けるか……楽に殺してヤロウと思ったんだがな。なら苦しんで…死ねッ!」


 言葉を言い終わらない内に、吉元の緑黒い手のひらが俺の腹にめり込んでいた。

 そして、そこから針が突き出て、腹部を貫通して何本も刺さった。


「――うっ!」

「地球上の生物のありとあらゆる猛毒を流し込んだ、苦しんで死ね」


 俺は声をあげることもできずにそのまま後ろに倒れこんだ。今回は白い天井ではなく、葉っぱと青空が広がっていた。

 体が痙攣している中、吉元がゴキブリのどす黒い羽で上空へ飛んでいったのが見えた。脅威のスピードだ。


 今、俺を蝕んでいるのは死に対する恐怖ではなく、やはり自分に対する恐怖だった。


「……やっぱり死ねないんだな俺」


 いつの間にか傷も服も元通りになっていた。完全に解毒され、体もなんともない。

 目を左腕で覆い太陽光を遮る。


 このままだと吉元は織田修造をも殺そうとするはず。

 さっき見ただけだが明らかに修造の能力じゃ勝てない。戦略があれば引き分けに持ち込めるかどうかと言ったところだろう。俺と同じようなパターンで急に現れてしまったら確定でバッドエンドだ。


「(地球上のあらゆる生物の良いところだけを集結させた生命体か……)」


 今のアイツのメンタリティだとなんの躊躇もなく殺人を犯す。


「あんなやつに勝てるのがいるのか……」


 時速300キロのスピードに追いつくことができる能力者、それが最低条件として設定する。無理ゲーもいいところだろう。

 それでも俺ならできるかもしれないとも思った。


 今の俺にあの能力をコントロールできるのか。だからって手加減したら逆に殺される。しかし、本気をだしたら逆に殺してしまうかもしれない。


 しばらく風で揺れている木々の葉っぱを見ていると走ってきた後のように息切れした女の子が近付いて来るではないか。

 目隠しを外す気にもならなかった。

 けれど声をかけられた。

 それも知っている声だ。


「なんでこんな所で寝てんの?」


「……楓か?」


 楓だった。公園の真ん中で大の字で寝てる状態で何してんのか聞くのは至極真っ当だ。


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