4.天城高校クライシス
今日は8月1日、普通なら夏休み真っ只中のはずの日。
そのはずだったというのに。
俺が通う私立天城高校の開校記念日が丁度その日で、どっちにしろ休みであることは変わりないはずだったんだが、今年は開校100周年ということで生徒全員登校、関係者が集められることとなった奇跡的な外れ年なのだ。
本当は休むつもりだったが昨日家族が丁度沖縄旅行から帰ってきたためそれは叶わなかった。俺の気も知らないでバカンスしてきたようだ。
俺の家から最寄り駅まで20分近く歩く必要があるが、先の件で壊れているので2番目に近い荒山駅が目的地。
気温30度越えの中歩いたらそりゃワイシャツはびしょ濡れになる。茹だるような暑さと、体に吸い付く不快なシャツと格闘しながら歩いていた。
それにここ数日コンビニ弁当ばかり食していて体調が悪いのだ。夏は元々嫌いじゃないからまだいいけど。油断してるとすぐ熱中症になってしまう。
あえて熱中症になって休むっていうのも悪くないが、なってみると結構キツかったりする。小学生の時入ってたテニスチームのときの酷い熱中症のことを思い出した。
「平和だな……今日も……」
22日以来、超能力協会の人達とは会ってないし、連絡もしていない。
けれど個人的に自分の能力について調べてみたりして、大まかにだが自分の能力についてわかっていた。
一言で言うと『粒子を操る』能力。
路地裏では腕に謎の粒子を纏っていたということだ。
名を冠して『サイバー』と言ったところだ。夢の中でそんな言葉を聞いたからそう名付けた。
最寄り駅の荒山駅に着くまで30分、さらに電車で40分、高校のある天城駅についてからは10分歩くと到着する。
8月1日というのは、夏休みが始まり1週間がたったタイミングで丁度生活が鈍ってきた頃合いなのだ。そんな日に登校させるなんて、普通に考えたら皆サボるに決まってる。
快晴の空の下、線路沿いの道をはや歩きで進んでいく。まだ午前8時を回ってないので生徒は見受けられないが、駅前だけあって通勤の大人達とはすれ違う。夏休みにも働くなんて大変だなと他人事に思いながら登校路へ向かった。
ひたすらに真っ直ぐな道を歩くだけなので、単純だからこそ精神的にきついものがある。
10分ほど歩くと校門が見えてくる。まだ教師もあまり登校しない時間帯。校門から一番離れた校舎に俺の教室がある。
そして教室に行く途中で職員室に鍵を取りに行く。鍵を開けて、一番後ろの自分の席に到着するとようやく俺の登校は終わる。
「何か物足りない気が……」
非日常的事件に立て続けに巻き込まれたため、俺は日常というものを忘れかけていた。危険思想はいけないと思いつつ妙な隙間を感じていた。
時間が立つにつれクラスメイト達が教室に入ってきた。
「久しぶり、タッキー」
「そうだな久しぶりだな」
話しかけてきたのはこのクラスでなんだかんだ一番仲がいいやつ、名前は織田修造。
熱血的名前だが実際はオタク。席が近く、趣味が合って仲良くなったわけだ。オタクの癖に陽キャかつ運動が得意な高スペックである。そして怖いくらいにモテるかつ、鈍感過ぎて気付かないというオプション付き。
ちなみに修造にとって俺は一友人でしかないことをこのに示しておこう。
「夏休み何してた?」
「俺は……アニメ見てたかな」
「いや今期は期待以上だったな~、めちゃめちゃ面白いやつ多いよな!」
「しょ、しょうなの~」
「誰の真似? 森?」
早速アニメ談義になったが苦笑いするしかない。実際は超能力者に襲われて死にかけたんだとは言えないから。アニメは見てたのは嘘ではないけれど。
8:40になり先生が教室に来ると同時に教室は静まった。ホームルームが始まると担任の杉村先生が今日スケジュールを説明した。
「9分20時から……間違えた。9時20分から式が始まるからテレビ付けとけ。あと奇跡的に全生徒が登校してるんだよな」
先生が阿呆なのはさておき、俺の予想とは逆に全生徒が登校しているらしい。さすが100周年開校記念日。
この天城高校は生徒数2000人に対して十分な教室がある。しかし、何故か体育館だけはない。なのでこういう真夏日は教室に吊るされているテレビのディスプレイを通して式を行う。
今日の開校記念の式も教室で行われている。何か偉い先生がこの学校のアウトラインを長々と説明しているが、とてつもなくどうでもいい。
周りを見回してもほとんどのクラスメイトが机に伏せていた。
「(話すのが遅すぎて眠くなる…)」
明るいと眠れない体質なので実際眠ることはない。なので顔を上げたまま目を瞑っている。
「うぇっ……!」
しばらくしてガクリと頭が落ちてハッとした。気付いて顔を上げると先生の話、その後の転校生紹介までも終わっている。
間もなく転校生の女子生徒が画面からフェイドアウトして、教頭が映された。
その時スピーカーからハーモニーが、聞こえた。
とても綺麗な声、例えるならお伽噺の国の理想郷。まさに聖域にいるような心地好い音。歌ではないが澄んだ美声は心地よく睡眠のBGMにはもってこいだ。
と、感じたものの唐突なことだったので気になってディスプレイを見てみた。
「(何も映ってない?)」
ディスプレイには誰の姿もなく後ろにある背景の緑色のカーテンだけ。
その時、視界にクラス全員が机に伏せて寝ているのが見えた。いくら怠いとはいえ真面目なやつもいるのに、全員が全員眠っている。
不自然が過ぎる。
近くの席の織田修造の肩を揺する。
「おいっ、起きろ!」
「……うっ、なんだ? あれ?」
そして修造は周りを見渡し、ディスプレイを見た途端に警戒したような顔をする。
「一体どういうことだ?」
「わかんねぇーよ。でも……」
ディスプレイを指差すと転校生が映った。そしてバールのようなものでカメラを壊したらしく画面途切れた。
呆然と見ている俺に、織田は言う。
「お前はここで待ってろ」
「どういうつもりだ? 何をするつもりなんだ修造?」
「俺は……」
そう言って掃除用具入れからT字箒を取り出し、出っ張りを踏みつけるとおもいっきり引き上げた。
修造は箒の柄の部分だけを持って教室後方の扉へと向かった。
「とにかく、ここにいろ!」
「だから何をするつもりなんだよ!」
俺の質問を無視して教室から出ていってしまった。いきなり過ぎて止めることもできなかった。
おそらく修造は放送室に行くつもりなのだろう。
あの女子生徒が何をしていのかは知らないが、ヤバめなことには違いない。今すぐに止めにいくべきだが、その前に状況を整理しなければならない。
まず、この現象を超能力だと仮定する。能力は睡眠といったところだろう。
そして皆が寝てるなか俺だけは何故か寝ていなかった。ある条件を満したから能力が効かなかったのかもしれない。これに関しては記憶消去が効かなかったことも考慮にいれる必要がある。
次に修造のさっきのセリフ『お前はそこで待ってろ』。
言葉のニュアンス的に自衛のすべを持っていると受け取れる。
つまりは彼も超能力者の可能性もあり得るということだ。だからこそ俺に『待ってろ』と言ったのかもしれない。
以前から超能力について知っている様子、俺とは違う繋がりがあるのかもしれない。だからこそ一人で解決しようとしたんだろう。
秋月さんに超能力関係の何かがあったときには連絡しろと言われているので、スマホと名刺を取り出し電話アプリを開く。
パアァッン!!!
その瞬間、一発の甲高い銃声が聞こえた。
初めて聞いた銃声。腹にのしかかる重さを秘めている。
「くっ、電話しようと思ったのに!」
スマホをポケットに乱雑入れて、全速で教室を出た。音がしたのは下の階。少なくともこの階ではなかった。
この件に銃が使われているということには相応の訳がある。
またもや大きいことに巻き込まれたらしい。そしてじわじわと恐怖が俺の体を鈍らせていく。
そして教室がある6階から5階に下りる階段の踊場に、黒ずくめの男が倒れていた。
ヤバいほど速く心臓が鳴っている。例えるなら風呂に入ろうとしたときGがそこにいて身動きがとれなくなる瞬間のメンタリティ。
銀行強盗に使われそうな覆面を被っているのが不気味だ。
修造のこともあるからなんとか心を落ち着かせる。ゆっくりと男のことを調べる。
男は完全に気絶していて、身元を確認しても武器の類いは見つからなかった。
「(修造……まさかこいつの武器を持っていったのか?)」
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、と。
さらに銃声が聞こえた。
今回は4発連続どころか。
その後、鈍い金属音も4回聞こえた。距離的には一つ下の階。
急いで5階から4階へ行こうとしたとき横目に移る――曲がり角から黒ずくめの男が現れた。
「(出くわしちまった…!)」
顔を少しずつ動かしてみると黒ずくめの男が銃口を向けていた。例のごとく覆面を着けている。
「くっ!」
瞬間に発砲されたが間一髪で際に隠れることができた。後ろの壁に弾丸がめり込んだ。
ジリジリと発砲音が耳に残っている。
「(それよりもこれからどうすればいいんだ!?)」
俺の能力『サイバー』の『生体装甲』なら弾丸くらい弾き飛ばせるだろうけど、スピードが速すぎる。
拳銃は有効射程が50m前後、初速スピード秒速300mくらいだったはず。
夏休みの能力実験で両腕に纏うくらいは標準的にできるようになった。纏う部位も自分である程度変えられる。だが、操れる粒子の量は多くはない。
纏った部分に弾丸を撃つように誘導できさえすれば勝算はある。
考えてる時間はなかった。足音が近付いてきてる。
やつらは戦闘のプロ、ただの肉弾戦になったら確実に負ける。しかし、修造は難なく倒して下まで行った。
そういえば俺が来る前に壁に弾痕とかは残っていなかった。あの1発の銃声はどこに? まさか食らったのか。
嫌な予感が過った。
人間を即死させるなら頭を撃ち抜く。額から鼻の部分にかけてを狙われるとヤマをはる。一応心臓にも気を付けておく。
この件に関わっている黒ずくめ達も学校内にいたのに睡眠の効果を受けていない。効かない条件を知っていて対策をしたと考えるべき。
だが、今回重要なのはそれではなく超能力という概念を知ってるかどうかだ。
作戦はとりあえず突っ込む。正面からの銃撃なら当然顔を狙ってくるだろうから。
「(俺が能力者だと気付いていないこの状況でしか勝算はない)」
心の覚悟とともに生態装甲でヘルメットと防弾チョッキを生成して纏う。青い装甲に刻まれている水色のラインが輝く。
今回の異能バトルは植物の能力者闘ったときとは大違いだ。物理的に冷たく殺される、そんなイメージがこびりついている。
全身鳥肌になり冷や汗がさらに背中を冷やした。敵は武装してるとはいえ無能力である確証はない。
「(でもここで止まるわけにはいかない!)」
声なき声で気合いを入れ、正面に躍り出た。そして全力疾走で男の腹へ突っ込む。
弾丸1発。
連なる弾く音。
予想通り弾丸は俺の脳天を正確に狙った即死の攻撃だったが、頭の生態装甲により弾丸を弾き、そのまま敵の体に倒当たりし尻餅つかせる。そして間髪いれずに生体装甲を両腕に纏いタコ殴りを敢行した。
と、言っても胸を軽く殴っただけだ。泡とか吹いて、ガクガク痙攣している。軽くて胸骨骨折と痙攣状態といったところだな。
「……失神したか」
完全に倒したにも関わらず心が全く休まらなかった。緊張のあまり筋肉が硬直していたからだ。
でも、恐怖心は何故か消えていた。肉体と精神のギャップが思いの外大きく自然と不思議な焦燥に狩られた。
それも束の間、さらに1発の銃声が聞こえた。
「またかよ……」
能力の粒子でロープを生成する。そのロープで黒ずくめの男をぐるぐる巻きにして男子トイレの個室まで引きずり閉じ込めた。ついでに上の階にいたやつもぐるぐる巻きにして突っ込んでおく。目覚めて攻撃されるのは勘弁だ。
慈悲の心で窓を全開にし、換気扇を回してやった。今日は皆トイレに行く気もしないくらい暑かったんだな。
振り返って4階に向かおうとしたときまた轟音が鳴り響いた。
しかし、今度は外から音が聞こえた。
次から次へと何かが起こるので真剣が少しも休まらない。
「ったく、次は何だよ!」
金属のような重くて固い物が落ちる音だった。窓を開けて外を見渡すと織田修造が倒れていたが――肌が青黒い色だった。
全身が青黒い色。
俺の能力と酷似した現象。
そして俺の中二病的経験で直観した。
「硬質能力者…!」
織田修造が超能力者というのは確定した。
外に落とされたってことは敵と遭遇して倒されたということ。客観的にみて硬質化能力はかなり強い能力だ。ということはそれを越える兵器か、圧倒的地力の差、もしくは超能力の差があったということだ。
「(いますぐ助けに行くべきか、放送室に先に行くべきか……)」
修造が外に落とされたのは放送室に行こうとしてであり、そこで敵に出くわし倒されたのだ。放送室に行くとなるとその敵を倒さなければならない。
そのときはっ、とした。
後悔が押し寄せる。
「ダメだ…」
俺がここではっとしたわけは『倒す』というところにある。上階の黒ずくめの男を撃破したとき、緊張感の中に倒せたという安心感がどこかにあった。
以前は人を殴るということにとても抵抗があった。でも『植物』の能力者と闘ったときから麻痺していた。それがとても怖いし、おぞましいと思ってしまう。野蛮で人間らしくて殺したい感情だ。
ここまで嫌悪感を抱いてるのは何故かというと、それは人間の脆さにある。人間は弱い所をさわるだけですぐに壊れて死んでしまう。
そう考え始めると椅子に座っていることも怖くなる。細胞が潰れたり、皮膚が破れて血が出ている想像をしてしまって。
あり得ないとわかっていても、俺は人に触れたくないと思ったし、触れられたくないと思った。
能力に酔って恐ろしいことをしてしまったという後悔。もし死んでしまったら――と最悪のケースを考えてしまう。
「後悔しても仕方ない。闘わずに……行こう」
俺は能力を使うのは自衛までと固く決めて廊下を進んでいく。俺がさっき降りた階段とは逆方向にも階段がある。そちらのほうを通ればすぐに放送室がある。
修造はそのまま降りて外に落とされたようだが、それが逆にそこにいる敵を誘き寄せた。よって、そいつに気付かれずに到着する可能性もある。
さっき見たところ修造は硬化能力のおかげで10mの高さから落下しても大きな怪我はしてないようだ。しかし殴りあったのか顔には所々あざのようなものが見受けられる。
廊下を進む横目に修造を見ると、めり込んだ体を起こして立ち上がろうとしていた。
このまま放っておくわけにもいかず、俺は廊下の真ん中で立ち止まる。
「武器だ……武器を創る……」
俺の嫌なことを押し付けるようで心が痛むが、今の俺には人間と闘う度胸はない。武器を使って倒してもらうことにした。
両手を合わせて念じる。俺の能力『サイバー』の粒子創造で武器を生成する。
「(だからアレも作れるはずだ!)」
手のひらを開くと手と手の間から赤い電気が発生し始める。さらに手を開いていくと柄のようなものが生成されていく。そして腕を左右に開ききると姿を現した。
持ち手の途中からねじれて2つの針が左右に別れ、真ん中に刻印が刻まれた槍のついたトライデント。
「名前は赤い槍……」
そして5階窓から修造の倒れてる所の脇を狙って槍を投げる。予想以上に力が入りミスったと思ったが見事なまでに完璧な位置に突き刺さった。
「これを使えぇー!」
上階からの声に修造も流石に驚きを隠しきれない様子だ。目を丸くして俺と槍を交互に見ている。
もちろん下の階にいる敵にも聞こえてしまうのもわかっている。そこを修造になんとかしてもらいたいのだ。
4階で敵を倒すか、誘導するかして欲しい。
しばらく時間を空けてから階段へ向かった。踊場で修造が来るのを待機する。あの様子なら迷わず来るに違いない。
放送室に行くだけでもこんなに時間がかかっている。
眠りの正体と、織田修造の正体を知るためにここにいるのだ。その『眠り』の能力者が今も放送室にいるという確証はない。
壁背中を預け廊下を様子を伺うと修造は外から戻ってきていた。俺が創った赤い槍も持っているが廊下で振り回すには少し大き過ぎたようだ。
再び、黒ずくめの大男と修造はバトルを始めた。修造が槍を上手く扱って攻防しているのを確認して、俺は俺のやるべきことを開始した。
音を立てずに、ゆっくり放送室の扉をスライドする。
すぐの床に倒れてる校長と教頭と偉い先生。
そして、奥の椅子に座っている一人の転校生である少女がいた。
この状況から俺は俺の予想が当たったことを確信した。そして導き出せる結果を淡々と述べる。
「つまりお前が『眠り』の能力者だな」
彼女は俺が来たことに驚くことなく、あっさりと種明かしを始めた。
「ええ、そうよ。どうやら偶然耳でも塞いでたようね……だけど無駄よ」
そしてすかさず息を吸って歌声を発し始めた。
「―――」
「……あれは発声練習だったのか」
俺には「あー」と言ってるように聞こえなかった。音楽に造詣はないので凄さはわからないが音程高くて綺麗な声なことは間違いない。狭い放送室にすごく響いて包まれている感覚だ。
しかし、いくら聞いても何も起きる様子はなく、そのことに彼女が疑問を抱いた時に、俺は満を持して言う。
「だが、俺には何故か効かないんだな」
「…………」
俺のことを眼光鋭く睨み付けて、彼女は臨戦態勢に入った。能力が効かないとなって肉弾戦に入る雰囲気。あくまでも俺は自衛の態勢だ。
「おとなしくその能力を解除してもらおうか」
「…………」
能力が効かないことはわかったのだから何か作戦を考えてるに違いない。何かが起きるとわかっていても一介の高校生に止めることは難しい。
言葉で説得するしかない。
自分が脅威であることを説くしかない。
「手洗い真似はしたくないんだ。良ければお仲間と一緒に帰って欲しいんだ」
無理だとわかっているがなんとか考える時間を稼ぐ。
「まさか能力者がいるとは思わなかった……それも能力無効の、期待以上の成果かもね」
能力無効? 考えたこともなかったが考える暇もなく彼女はカードを切った。
「私は今ここの全生徒の運命を握ってるのよ?」
「何?」
「私の能力は声による呪い、声による癒し。今回は昏睡の呪いだけど。もしも私が死の呪いを使ったらどうする? もちろん放送でね」
昏睡の呪い、死の呪い、声で呪いをかける能力。あんなテロリストと同行するレベルならそれくらいあってもおかしくない。
この能力が彼女の意思による解除か、気絶すれば解除するから。言い方からして前者だろうか。
「…………」
よく見ると、彼女の耳にはなにかが付いていた。その小型機械で仲間と連絡を取っているのだろう。近くに人はいないが増援を呼ばれるのは厄介だ。
「わかった。君の言う通りにしよう」
「理解が早くて助かるわ。じゃあこの部屋から出ていって」
いきなり退出かよ、何にもできないじゃねーかと、いう言葉を飲み込んで返事した。
「わかった」
ゆっくり振り返って部屋を出ていく。彼女が何をするか、全神経を研ぎ澄まして警戒する。
「そのまま、そのまま……」
そして――パリンという何かが砕ける音がした。
それはナイフが砕ける音だった。
「おいおい、急に背中を刺すなんて。あの噂は本当だったのかよ」
男は女に後ろから刺される的な迷信。メールでさようならと送られ振り向くと刺される的な展開とか。
「ナイフが砕けるほどの強度……」
何かあると思い、前もって背中に生態装甲を纏っておいたのだ。
「約束を守る気がないのなら終わりだ。王手、いやチェックメイト」
完全なる勝利宣言。カッコいいからこのセリフにしただけで実際こんなことを言いたいわけじゃない。
とは言っても、生徒を解放できる準備は出来ていない。まずは黒ずくめの集団を学校から追い出さないといけない。
でも生徒や教師が目覚めたら何事もなく式をそのまま続けるか? 時間的には可能ではあるが、そこまで呑気はしないだろう。
「…………」
「何とか言え……――えっ?」
転校生の彼女が何も言わないのが不気味に思ったとき、さっきまで寝ていた2人が目覚めた。
「なっ、なんだ?」
「あれ?なんでこんな所に?」
「教頭、校長! 何故起きて……」
いつの間にか解除したのか。癒しの歌なんていつ――。
「(そうか会話の声も能力に反映されていたのか!)」
考えてると、彼女に足を引っかけられ尻餅つかされた。そのまま彼女は走って行きガラスを突き破って視界から消えた。
「ここ4階だぞ! じゃなくて、待て!」
放送用具を確認するとONの状態だった。あくまでも壊したのはディスプレイのほうのカメラであり、通常の放送は使えた。
今までの会話で全員起こしたのかよ――。
急いで廊下にでると白兵戦は終わっていて、修造は仰向けになりながら大きな呼吸を繰り返していた。
急いで合流しようと廊下に出る。
ふと、廊下の窓から外を見ると奇妙なものが見えた。
「半円の光のバリア……」
口から自然に出たこの言葉通りの意味不明な現象が外で起こっていた。学校を囲うような光のドームが形成されたのだ。
間もなく階下、階上から生徒たちの騒がしい声が届いた。
この学校が崩壊する――そんな予感が脳裏を掠めた。
「(次から次へと……休む時間をくれ!)」
「おい、修造大丈夫か?」
「そんなことより外のあれは……」
「敵の能力だと思うけど……それよりその傷」
修造は顔が紫色に腫れ上がっている。直接血は出てないようだが。見ていて気持ち悪い。
だがこのタイミングこそ『サイバー』の能力の真骨頂だ。
「生体装甲、細胞を創り直す」
「ま、まさか治癒能力なのか!」
「それは後でいいんだよ! とりあえず」
右手に装甲を纏い、傷がある部分に手を当てる。そしてひたすら傷がなくなった状態をイメージする。
感覚的には、修造の細胞と一体化し、周りと同じ細胞を創って入れ替えるみたいな状態。
「すげぇ……」
修造の感嘆の声。修造の怪我は完璧に治癒した。
「なんつーか、今さらだが俺もタッキーも能力者なんだよな」
「みたいだな」
もう、びっくりする余裕もなかった。
この先にあるしこたまの苦労に思いを馳せながら問う。
「これからどうする?」
「まず状況の整理だな。言っても互いの能力がわからないと作戦が練れないのはわかるだろ。ちなみに俺の能力は硬質化だ」
答えに戸惑ったがありていに伝える。
「だな……俺は粒子を操れる能力だ」
別に言いたくないわけじゃないけど、まだわかってないこともある。期待とかされたくないから漠然と答えた。
「あの光の檻、電気みたいのを帯びてるように見えるけど……そういえば目悪かったなタッキーは」
俺は目が悪い。
しかし、教室で一番後ろの席にも関わらず眼鏡を使っていない。コンタクトも着けていない。
よく見えないまま授業を受けている。
「いや、俺の能力を使えば多分いける」
右手の親指と人差し指で両目をしばらく押さえる、そして目が尋常なくよくなるイメージをする。
視界が微妙に青いのは仕方ないとして、視野がさらに広がり、もっと遠くも見えるようになった。見てみると修造が言ったとおり電気のようなものを帯びていた。
観察を続けながら言う。
「わかってると思うけど、皆起きた。というか眠りを解除されてやつに逃げられたところだ」
「それについては本当にどうする? あの程度のバリアなら殴りまくったらなんとかなりそうだけど……」
「マジかよ……」
計2000人近くの生徒がもしも一気に動いたら収拾がつかない。先生がなんとか収めてくれることを期待したいが、俺達がいないのはまずいだろう。この状況なら担任がテンパる線もあり得るし。
「とりあえずこのロープを使ってそこに倒れてるやつを縛ってトイレにでも突っ込んどいてくれ」
そのとき修造が言った。
「校門に一番近い校舎は半分しか入ってないぞ」
「半分?」
修造の言う通りそこだけ半端にめり込んでいた。
能力の射程が足りなかったというのが一番有力な理由に思えるが。能力によって強化された目で見ると光の壁の奥に誰かがいるのが確認できた。
それも2人――。
一般人、いやそれでも一応学校内だし。今日集められる高校関係者がこんなに早く来るのもおかしい。
超能力に関係してるとしか考えられなかった。
高校には全く興味がなかったので使う教室くらいしか覚えてないない。だからそのめり込んでいる建物の用途は知らない。
「あそこの奥って何かあったっけ?」
「校門の所か……花壇、事務室、初代理事長の銅像とか?」
それを聞いたって何かが変わったり、考えがまとまったりはしない。でも何かあるとは思った。
この光のバリアの奥にいた2人の人物についてはシルエットしかわからなかったが、放送室であったあの転校生ではなかった。黒ずくめでもない。
よってそいつらは黒ずくめとは関係ないと思われる。
そして転校生&黒ずくめがこの中に閉じ込められてるとすると、このドームの能力は第三勢力の彼らのものと言える。
『皆さん落ち着いて下さい。外の壁のようなものは害はありませんが、なんなのかはわかってません。それについては私達教員が調査しますので教室で待機していてください』
校長による放送が全ての教室、廊下に流れた。
これで皆が動くかどうか。一人が動いたら全員動いてしまうという集団心理が発動しなければいいのだが。思春期だからはぐれ者になりたい症候群の人も多いだろうし。
「とりあえずその正門の所へ行ってみよう」
「よし、わかった」
俺達は二人で階段を下りそこへ向かっていく。校門へ向かう中、再び光のバリアの隙間から奥を見ると、男2人がハンマーを使って創設者の銅像を破壊していた。
銅像の中に何ががあるのか?
「生体装甲!」
「硬質化!」
俺達は能力を発動し、光のバリア同時にパンチを繰り出したが、びくともしない。お互い電気のようなものがあまり効かないみたいだが、有利だがそういうレベルではない。
そこから続けて連撃を加えるがさっきと同様にびくともしなかった。
「くっ……固いな!」
「おい、気付かれたぞ!」
バリア越しに男がこちらを見てきて、手をかざしてきた。手をかざした部分だけバリアに穴が空くと、
「なんか来る! 逃げるぞ!」
「いや……ここは」
俺は逃げようとしたが修造はこのピンチを逆に利用するつもりらしい。男の手のひらから何か出たように見えたが透明なのかわからない。
修造は出来た穴に手を突っ込み抉じ開けて敵に殴りかかる。
だが、異変が起こった。
修造がピタリも動きを止めたのだ。まずいと思い咄嗟に襟を掴んで引っ張る。こんなことになるだろうという予感はしてた。
「どうしたんだ修造?」
「遠くにっ、離れろっ」
あの一瞬で何らかのダメージを受けたようだ。修造の走るスピードは腕に痛みがあるのか、腕をかばった走りかたになっている。
しばらく離れたところで治療を施す。
「この腕……」
「そうだな、錆びてるよな」
「……ものを錆びさせる能力か」
「いや、違う。これを見てくれ」
そう言って修造は硬化していない右腕を見せてきた。腕の血管が通常よりも2倍は太くなっている。
なんとなく理解できた。
「……酸素をどうにかする能力ってことか」
修造の硬質化の能力が体を金属にする能力ならば、錆びた理由も納得がいく。修造の腕の錆を直し、血管から空気を抜き出した。
「人間は酸素濃度40%で死ぬんだよな」
「ああ、そう漫画に書いてあった」
「そんでもって俺達の能力なら暫くは行動は可能ではある」
「そしてアイツらの目的は、銅像下に隠されてる何かを探すこと。像の下に何かが埋められているらしいな」
バリアにめり込んだ建物の屋上に、例の女子高生と黒ずくめの男が1人いるのに気づいた。俺の知らないまた別の黒ずくめだ。
屋上のやつらと、校門にいたやつらを見比べる。
「目的はどちらも隠されてる何か、か……」
超能力者が狙うほど価値あるもの。
そういえばひまわり畑は主の能力が反映されたものって秋月さんが言っていた。
「(少しだけわかりかけてきたぞ……)」
像の下にあるのは能力が付与された道具――なのかもしれない。