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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
18/54

11.散らばった大切なもの

 

 話を聞き出したところ、蓮華の身に起こったことはこういうことらしい。




 瀧沢悠斗の任されていた文化祭の店番が終わった後の話。時刻にして12時頃。

 ある3人組の客が現れた。全員蓮華達と同い年の女子1人と男子2人の仲良し組。そんな客はいくらでもいて蓮華は普通に接客していた。


 しかし、不幸なことに速水はやみ蓮華れんかはそんじゃそこらにはいない美人だった。そんの彼女がメイド服を着て笑顔で接客してくれるとなればどんな男だって見いってしまう。

 そんな男子2人を見て女子がなんとも思わないわけがなかった。その女子にとって男子2人は取るに足らない人物だった。けれど確実に自分以上の美貌を持つ誰かにそれを奪われるのは納得がいかなかった。


 そんな独占欲―――否、独占欲があったからこその超能力、なればの嫉妬。

 だから悪意を持って彼女は蓮華に能力を使用した。

 使用と言ってもその女子高生がしたのは至ってシンプルなことだった。


『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


 と、言っただけ。

 急にこんなことを言われたら誰でも驚くしブルーになってしまう。けれどそれくらいで蓮華は任された仕事を投げ出したりはしないが、今回はそういい訳にもいかない。

 蓮華は胸を押さえた。決して痛くなったりはしていないけど押さえずにはいられなかった。そのわからないいまだに歪みはますます強まっていき耐えきれなくなった。

 そして倒れた、そして感情が爆発した。

 感情に封をする、そこに負の感情を押し込む。外に出そうとする力が限界に達したとき他のものまで出ていってしまう。そういう原理らしい。


 これを知ったのはしばらく後のことである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 打開策は思い付かなかった。やはり能力者本人から直接聞き出すしかない。だからって何処にいるかもわからないのに探せっていうのは無謀だ。

 明星高校文化祭3日目、最終日。

 昨日と同じく暖かさと寒さが絶妙に組合わさった気候。今日は早めに家を出た。頭に靄がかかっていたから登校してすっきりさせようとしたからだ。

 軽めの運動は俺の思考をほぐしていく。

 今日は文化祭の当番ではないのでもしかしたらにかけて、菜花女学院に向かうつもり。ここらの文化祭は一緒に行われるので1日で全部回るのはほぼ不可能、そして最寄の荒山駅から一番遠いのが菜花女学院でおそらく最後に回されるからだ。


 教室に着いたら蓮華に今後のことについて話し合おうと思う。そんなとき、アーチをくぐって学校の敷地に入ったとき、肩をおもいっきり叩かれた。走ってきて息が切れているのが感じ取れた。


「で、一体全体何のようなんだ、万丈?」

「はぁはぁ、ふぅー、えっと何かおかしいの!」

「…………」

「何かおかしいの!」


 唐突に話しかけてきておかしいとか言われてもね。けど切羽詰まっているようだから邪険にはできない。ただでさえ蓮華のことがあるんだ、面倒なことはご勘弁してほしいが。


「昨日から変な気持ちなの……」

「…………」


 そんな頬を赤くして言われても、そうかとしか言えないけど。


「放課後少し盛り上がって教室で遊んでたんだけどさ……いつの間にか異常なまでに何気なく瀧沢君のことが好きになっちゃったみたい」

「ん?」


 なんというか一気にやる気が無くなるような発言。冗談だとしたら流石にパンチ一発ものだが異常と言っていた通り何かあるっぽい。


「私自身は好きじゃないけど、好きって気持ちが溢れるっていうか」

「溢れるね。何か心当たりが……無いような」

「無いんだ」


 そして確信に迫る発言が出た。


「違う感情が押し込められたみたいに――」

 その瞬間全てが繋がった気がした。あくまで現時点での統合的考察に過ぎないけれども。


「あーもうダメだー! 我慢できなーい!」


 不本意ながら万丈は不本意な俺の手を握って教室まで行った。恋人繋ぎまでする必要はあるのか。俺が言えることじゃないけど。





「蓮華、だいたいの状況は掴めた。感情は謂わば散らばった状態にあるんだ」

「散らばった?」


 教室に入るや蓮華の手を引いて一目が付かないところに移動して告げた。案の定、簡潔に言い過ぎて伝わらなかった。だいたいのあらすじをかくかくしかじかと話した。

 あくまでも考察という前置きはしておくが、その女子高生の超能力『感情爆発フィールバースト』(と名付けておく)により蓮華の感情を爆散させた。詳しい能力はわからないが外れてはいないと思う。


「分かりやすく能力発揮の瞬間はわからなかったか?」

「そう言えば凄い回数悪口を言われたかな」

「負の感情で爆発させたのか……って早く言ってくれよ」

「聞かれなかったから」

「……そうだったな」


 感情が無くなると気遣いもできなくなくなる、どんな気遣いをすればいいのかがわからない。普通の生活に戻るためには常に気を配り続けなければならない。その意思すらも意識し続けなくてはならない。


「これだけなんだけどな。根本的にどうすれば戻るかもわからないしな」

「まぁ無理はしないでね瀧沢君」

「あぁ……」


 体育館にて最後の挨拶が行われて教室で出席確認が行われた後に黒岳と共に菜花女学院へ向かう。なんで黒岳と一緒なのかというと偶然歩いてたら目的地が同じだっただけ。


「瀧沢はなんで菜花に行くんだ?」


 菜花女学院を菜花なのはなと略すのはここで初めて聞いた。まんまだけど。


「ちょっと野暮用でな」

「へー」


 意識してないと本当に適当に返事してしまうな。人間関係を破壊する10の方法の1つに違いない。


 菜花女学院に来たら俺の独壇場だった。そんな大したことではないけど、黒岳にセグウェイのごり押し。ついでに俺もセグウェイで広大な敷地を優雅に回る。


 俺が来た1日目はセグウェイを使う人はいなかったけど今回はとてもつもなく多くて少し並んだくらいだ。それでも道がスカスカなのは流石お嬢様学校としか言えない。

 途中いくらかの他校の学生とスレ違ったが3人組はいなかった。


 もしかしたら俺のサイバーの能力で感情を創れるかと思ったが感情がない俺に感情を創ることは不可能。そもそも形の無いものを創れるのかという根本的問題もある。

 じゃあ誰かの感情を、万丈の中に入れられた感情を蓮華に戻すことはできるか、再び取り出すことがでるだろうか。もしかしたらできるかもしれないが、失敗した場合、万丈も感情がない状態になってしまう可能性もある。


 やっぱり俺の手には負えない。


 俺が超能力に関わらなければならない理由が1つ増えた。

 速水蓮華の感情を戻す。

 元々は楓を危険な目に会わせたくなかったから関わろうとしたわけだが、そちらのほうも何もできていない。偶然スゴい力を手に入れたからって何かをしようとしたのが間違いだったのかもしれない。

 けどもはや後戻りできない状態でもある。あと少しでも近付いたら完全にからめとられてしまう。だからって退くこともできなくなっている状況でもある。


 でも何もできない俺が進んで行ったって、な。


 体育館にて明星高校文化祭の終わりを告げる挨拶が成された。生徒会長の津上さんが素晴らしく締め括ったらしい。

 菜花女学院で例の女子高生を探したあとは四角公園で打開を模索していたがあっという間に夕暮れ時になっていて、そのまま体育館に来た。平野さんになんて言えばいいんだ。

 そんなことばかり考えていて生徒会長の挨拶なんて耳に入らなかった。


 盛り上がっている体育館内で1人だけ虚ろな目をしていた。案外蓮華もそんな感じなのかもしれないけど。なんて笑えないことを言ったりして。


 クラスに戻ってもそんな感じだった。流石にクラスメイト達も蓮華の異変に戸惑っていたが文化祭の成功に飲まれている。そんな中にも愛想笑いしている人物もいくらかいて。


「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」


 俺といくらかの気持ちを裏腹に盛り上がりは最高潮に達したとき、校庭では後夜祭のごとくキャンプファイヤーではないけどイベントが行われている音が聞こえた。

 ちなみにかんぱーいと言いつつ飲んでいるのはもちろんジュースとか。

 教室の窓際から校庭の見下ろした。クラスメイトの多くは既に校庭に辿り着いているだろう。

 太陽は西の西まで沈んでしまって真っ暗になっている。それがこの教室の電灯を際立たせている。


「瀧沢君……」


 そう声をかけてきたのは平野さんだった。平野さんが教室から出たのを見たけど戻ってきたらしい。隣で一緒に校庭を眺めた。


「ごめん」


 なんとなく言わなければならないと思ってそう言った。平野さんもこんなことを聞きたいわけではないことはわかるけど、どうしても。


「そっか……」

「ごめん……」


  自分の無力さにうちひしがれる。俺はこれからどうすればいいんだ。なんとなく平野さんの横顔を見てみた。哀愁漂う表情。

 全然関係ないけど俺は節操がないのかもしれないと思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 蓮華が失った感情――喜怒哀楽愛憎、どれでも欠けたらいけないもの。生きがいというものが無い人生を何十年と過ごさなければならない彼女のことを思うと、俺なんかの苦々労々よりも重い、精神的に重い思いをするだろう。そんな彼女になんと声をかけたらいいんだ。


 蓮華の愛の感情は万丈流の元に降ってきた。無害そうでもやっぱり影響はある。

 万丈の場合は愛なので物理的被害はないが、過剰に感情があるというのは理性で制御しきれなくなるということ。実際に今朝万丈が我慢できないと言った。制御限界を越えた感情。

 ではもし怒、憎といった感情を拾ってしまったらどうなるか。

 怒りならバーサーカーになってしまうし、憎しみなら殺人鬼になってしまう可能性だってある。そしてどう頑張っても自分で止めることができなくなるのだ。


 過剰な感情を持ってしまった人物にあったとしてもそれをどうこうすることはできない。発動した能力者のみぞ知る。

 『サイバー』の能力を使ったとしてどのようなプロセスで感情を分離するか。自分自身に行った感情分離は脳のそれを司る部分を弄るだけだった。


 けれど、今回の件はそういう問題ではない。感情を爆発させるとしても、脳のある部分だけをどうにかしているのか?他人がその時に溢れ出てきた何かに触れると、触れた人も脳に何かが起こるのか?


 断じてそういうことではない。やっぱり能力はイメージの問題なのだ。基本的に生物的には全く関係ない。

 感覚的に感情が上に乗っている感じなんだと思われる。

 それはなんというか感情に触れればなんとかなるかもしれないが、感情は脳の仕組みでしかない。それを具現化してしまうのが超能力なんだろうけど。

 つまり俺が『サイバー』で感情を見える化、触れる化できればいいということ。しかし感情がない俺に感情を想像、創造することはできない。今では実際に見たものしかイメージすることができない。

 やっぱり発動した能力者を探してもメカニズムを解明しなければならないのだ。見事に空振りに終わりそれはできなかったわけだが。


 もしかしたら俺に感情があったら、感情を取り戻せたら蓮華の感情自体を創ることができたかもしれない、とやっぱり思ってしまう。



「ホントに何にもできないな~、とか思ってるんでしょ?」

「……反応する気力がないほどにな」


 1人で下校するつもりだったけど万丈が勝手に付いてきた。くっ付いてきた。時刻は午後6時頃。

 万丈が蓮華の『愛』を受け取ったとしてどうして俺のことを好きになるんだか。考えられるのは2つ。


 例えば、本来の万丈は俺のことを好きではない。と、言ってるけど真相心理では悪くないと思っていて感情が2倍になったことで位置付けが好きになったとか。


 例えば、俺のことを好きという感情は蓮華のものでそれをまるごと万丈が拾ってしまったとか。もしこっちなら感情を拾った人も違和感に気付くかもしれない。だとしたら蓮華が俺を好きだったことになる。


「簡単に言うと他人の感情を拾った状態なんだよ、わかるか?」

「わかる、わかる」

「なんだその適当な返事は…心配になるよ。これからどうなるのかが」

「そんなことばっかり言って」


 万丈は胸を俺の左腕に押し付けてきた。何この沈んでいく感じ。

 俺ができる打開策は『サイバー』による感情の創造のみ。俺の手で決着をつけるにはそれしかないわけで。その感情さえわかれば複製もできるのだ。

 感情をこれから理解してけばいいだけなんだ。

 だからとりあえず万丈の感情を解析してみる。活動指針としてはそんな感じだがしょっちゅう一緒にいるのはまずくもあるけど。

 そこら辺は兼ね合い次第という感じだ。


「そろそろ分かれ道だろ? 前に嘘告白されたところ」

「なつかしいね~、でも本気に好きなんだよ今は。どうしようもなくね~」

「難儀なことだ……」


 本当に難儀過ぎてこれ以上何も言えなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、午前中丸々使って文化祭の片付けを学校単位で行われる。

 特に委員会などに入っていない生徒達は自分のクラスの掃除が終わると教室で待機する。俺も同様、ありふれた生徒達の1人だ。


「…………」


 昨日あったある出来事について考えていた。実に気が進まないけど邪険にするわけにもいかないあること。


 帰宅後唐突に父親から『弟が経営してるファミレスが人員不足だから手伝いに行ってやってくれないか?』と言われたわけだが。弟というのは父親の弟で、俺の叔父にあたる。結構なことに割とお世話になったので断ることができなかった。

 なのでここから一番近い駅の荒山駅の2つ隣のファミレスに放課後出向くことになる。まずは挨拶と基本作業を知ってもらうらしい。

 俺がOKを出す前から決まっていたのは色々思うところはあるけれど。

 正直、バイト自体はやぶさかではない。

 けれどここで感情がないのが致命的になってくる。

 心理行動に詳しければ話を誘導できたりするのかもしれないが、俺にはそんなことはできない。まあ、そのときはそのときの自分に任せるとしよう。


 蓮華の変化にクラスは混沌としていた。


「大丈夫?速水さん、何か手伝おうか?」


 と、某男子生徒が蓮華に話をかけた。その表情は心底心配しているようだった。

 しかし伝わらないのだ。


「大丈夫だよ。いつも通りだから」


 そうあしらって学級委員としての仕事をまっとうする。その返事はまさしくただ言っただけだった。眼中になかった。ただ視界に入っただけという感じ。

 怖いくらいに無表情で働く彼女を皆、心配を通り越して奇異の目で見てしまう。立場上、俺よりもそんな風に思われている。

 そしてそれにまったく気付かない蓮華自身を俺は――。


「もう、見てられないよ」

「え……」


 そう言ったのは俺ではなくいつの間にか隣にいた平野さんだ。

 俺達はそう思って彼女の背中を見ることしかできなかった。


 放課後になり教室を出たところで予想通り万丈が現れた。


「一緒に帰ろ?」

「いや、今日は駅に用があるから無理だな。逆方向だから」


 笑顔だった万丈の顔が一気にシュンとしたものとなる。だからそんな表情はやめてくれよ。なのでフォローする。


「だから昇降口までだな」

「うん、わかった」


 少し晴れた表情。さながら恋する乙女、否、2倍恋する乙女。

 とりとめのない話をしている万丈を適当に反応しながら、ついつい探してしまう。早くも自然消滅した疑惑のある神代楓を。

 蓮華に関しても、楓に関しても俺のできることはなかった。逆に楓を傷つけてしまった。そのことに引っ張られてなかなか近付けない。偶然会えるかなと思ってしまうくらい、臆病に、チキンに、ヘタレになっている。

 そんなこんな昇降口、校門まで到着した。


「じゃあな万丈」

「また明日ね」


 いちいち乙女しいので周りから勘違いされても仕方ないほど可愛い挙動だった。

 多分俺の感情がなくなってなかったとしても万丈流ほど恋することはなかった。どちらにしても欠落しているように思えた。冷めている、醒めている、どちらも当てはまるような感情だったのだろう。


 万丈と別れた後荒山駅から2つ隣の下頭かがしら駅に向かう、そして到着。

 荒山駅よりも現代的モダンな駅、駅前が広がっている。線路の左に大きなデパート、右には小さなビルが立ち並んでいた。

 しばらく歩くと目的のファミレス『George』を見つけた。立地的にはなかなかいい感じ。

 外から見ても客の入りは悪くないと思う。ずっと見続けてるわけにもいかないので早速中へ入る。

 自動扉が開くと暖かい空気がどっと押し寄せてきた。

 同時にいらっしゃいませと声をかけられた。大学生くらいの女の人だった。


「1名様で宜しいですか?」

「いえ、一応バイトをするということなんですが……」


 こう言えば伝わると父親から聞いていた。そして伝わった。意外と気にしていたので一息。


「もしかして店長の?」

「はいそうです瀧沢悠斗です」

「今呼んできますね」


 愛想のいい人だった。

 会計台の後ろのオフィスのような所へ向かっていった。ホールには1人のショートカットの女の人がいてテーブルを拭いている。俺と同じ高校生くらいに見えた。もしかしたら年上かもしれない。


「おお、久しぶり悠斗君」

「こちらこそ、ええと典明のりあきさん」


 父親の3歳年下の弟。俺より少し身長が高いように見えるから175cmくらいか。ファミレスの制服を着ていることから自ら働いているらしい。年期の入ったいい男という感じだ。


「いや本当にすまないね。バイトの募集が全然間に合わなくって」

「気にしないでください。それより何かあったんですか?」


 叔父さんは肩を見るからに落として言った。


「実は先月バイトが同時に3人辞めちゃってね……理由は色々なんだけど。それでバイトの募集をしたんだけど1人しか集まらなくってね。私を含めても4人しかいないんだよ」

「4人ですか……」


 これが少ないことは俺でもわかった。特にここの場合は致命的な事態だ。女子大生、女子高生を見かけたわけだが女子大生ならともかく女子高生は昼間は学校のために動けない。そうした場合3人で回さなければならないし、それぞれ予定が合わなかったらさらに少なくなるわけ。


「でも俺も学校がありますから昼間は無理ですよ」

「それは大丈夫。助っ人を呼んでるから。それに君に手伝って欲しいのは夕方だからさ」


 曰く、この店は夕方が一番混むらしい。そして料理はともかくホールでの接客が回らないようだった。できれば人員不足が解消するまで手伝って欲しいとも言われた。

 なんだかんだでここのバイトについての概要を説明してもらった。


「じゃあ早速……」

「はい」


 人材不足のためになりふり構っていられないという感じが醸し出ていて、雰囲気が重くなりつつある。

 ここで一端叔父さんの出番は終了し教育係を紹介された。

 先ほどの女子大生だった。


「私の名前は村上響子。村上さんと呼んでね」


 セミロングなポニーテール先輩と言ったところだけど、普通に大人な印象を受けた。参考までに年齢を尋ねてみる。


「年いくつですか?ちなみに俺は16歳ですが」

「今年で二十歳かな」

「まあ特に意味はないですが……」


 と、言うわけでファミレス『George』の案内が始まった。

 会計台裏の通路から事務室に入り荷物、教科書を詰めこんだバッグをテーブルに置いてからだいたいの説明がなされた。

 新人ならやるべきことは主に2つかなと言って続ける。


「接客と掃除。これさえできればとりあえずある程度乗り切れるんだよね」

「なるほど」


 料理はともかくいつかは会計は出来るようになって欲しいけどねと付け加えた。その後掃除は皿洗いも含まれるとか、モップは奥のロッカーにあるとか、接客用語はこうだとかを教えてもらった。

 なんだかんだ既に1時間以上がたち、7時になっていた。途中客が増えてしばらく待機していたのもあるけど。


「最後にバイトのメンバーを紹介するから」

「はい、ではそこにいる彼女は?」

「君、なんか言い回しが全体的に固いね」


 意識しているわけではなかったけれどそんな風に聞こえるのかと思った。何を思ってそんなことを言ったのか考えることもなかった。

 村上さんは着替え終わって帰ろうとしている女子高生を捕まえて俺の目の前まで連れてきた。


「急になんですか、響子さん」

「すぐ終わるからさ」


 ここから最も近い高校は公立下頭高校。制服くらいは受験のときたまたま見たことがあった。

 村上さんから話を聞いて、若干面倒臭そうに自己紹介を始めた。


「ああ、店長が言ってたバイトね。横道貴嶺よこみちたかね、高校3年。ええとよろしく」

「私の名前は瀧沢悠斗です、高校1年です。よろしくお願いします」


 丁重に頭を下げる。今のところつかみどころが感じられない。チャラくもない普通の女子高生(普通はそうなんだけども)。

 よく見てみると髪飾りにも、学校指定のリュックに付いているストラップも星形であることに気付いた。なんとなく星が好きなんだなと思った。


「そういえばシフトについて聞いてませんけど……」

「このペースだと週休2日かな」


 自己紹介の後気になったので尋ねたけれどさらっと言われた。何かを隠すようなニュアンスがありそうなのはなんだろう。


「週休2日、知ってますよ。週に2日休める日が1週あるってことですよね」

「本当その通り」

「で、そのレベルで働くとなると月に24日くらいになるんですが…キツくないですか?」

「本当その通りだよね!」


 村上さんの散々の愚痴を聞き流したところで帰路についた。

 バイト中に1つ気付いたことがある。

 始めにファミレスに来たときにレジ台で待たされているとき女子高生、つまりは横道貴嶺を目撃したが、鮮明に見えたのだ。

 今まで気にも止めなかったけれど目が良くなっていた。元々は視力0.1だったはずなのに彼女の顔まではっきりと見えた。

 無意識に、眼球を強化していたということになる。そう考えると冬にも関わらず震えを起こしていないことにも納得できる。無意識に体温を上昇させていたと言える。


 決して悪いことではない。むしろ良いこととも言える。自動で環境に適応できるなんて便利過ぎる。人間とはかけ離れていっているが。

 だがまあ制御仕切れていないとも言えなくもない。それが今後の課題になるだろう。

 割と軽い気持ち、気持ちはないけれど、軽いノリでバイトに来たけれど上々の収穫だった。


 荒山駅に到着し学校を通過したとき。

 夜道に突風が吹いた。渇いた風が住宅街をすり抜ける。なんとなく夜空を見上げると雲の隙間から月が覗いていた。


「これからどうしましょうかね……」


 なんとなく呟いた。もしかしたら誰か反応してくれるかと思ったけどそんな意味不明な展開はないようだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あれが瀧沢悠斗…確かに一筋縄ではいかなそうね」


 そう言って一息つくと、そこから突風が発生した。住宅街に瞬く間に広がっていく。


「なんて、あの程度なら2秒で切り刻めるけどね」


 しばらくしていると『これからどうしましょうかね』と聞こえた。



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