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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
17/54

10.明星高校文化祭

 

 昨日は色々あって肉体的に疲れているところなので土曜日である今日はゆっくり休みたいけど一応登校日だから登校する。転校生だけど皆勤賞を狙うという野望のため出席だけはするのだ。

結局は俺の高校の文化祭ってことで。


 午前7時、朝食を食べてから野暮ったく学校へ向かった。10月の風は少し肌寒いけど、太陽光で中和されてほのかに暖かい。

 昨日は朝から慌ただしかったので明星高校文化祭についてはノータッチだった。

 校門には木造りのアーチが水色や白に塗られて、その上飛行機が描かれている。空をイメージしたらしい。生徒会がせっせと働いてるのを横切り敷地に入る。

 柱、壁の至るところに集客ポスターが貼られていた。偶然俺のクラスのポスターを見つけたので試しに覗いてみた。


 〈可愛いメイドや可愛いお嬢様がご奉仕してくれます〉

 〈 ^ω^ 是非来てください ^ω^ 〉

 〈1-5 3階の端〉


 今更ながら参加したくないと思ってしまった。

 これだけ読んだら結構ヤバめな気がするんだが何故このポスターを許可したんだ生徒会。教室に向かう足取りがさらに重くなる。

 校舎内も壁、天井、床にさえ装飾されている。昨日見たはずなんだけど…見る余裕もなかったのかな。階段を2階分上り、一年生の教室の廊下を歩いていく。

 たこ焼き、アイス、駄菓子菓子と並んでいる。これに比べたら俺達のは王道から外れて過ぎている(現実的な問題で)。


「(おいおい朝からテンション上げてんな万丈)」


 教室を覗くと万丈がまだ始まってもないのにクラッカーを飛ばしていた。青春しているなと呆れてしまった。

 そして問題の俺のクラスにたどり着いた。


「……うっす」


 小さな声で挨拶し流れるように教室に入り込む。教室の入りは5割と言ったところ。ほとんど女子だけ。机は並び替えられているため客が使う椅子に座る。そして眠る。邪魔物は邪魔にならないようにしとかないといけな――。


「ちょっと邪魔なんだなんだけど、ナプキンが置けない」

「すいません雪野さん」


 出席番号38番の雪野さんだった。やっぱり俺の居場所はあそこしかないんだな、行くか屋上。

 例のごとく屋上の鍵をサイバーで生成して扉を開ける。


「めっちゃいい天気だな」


 結構暑いけど、暑いのは嫌いじゃない。ちなみに寒いのも嫌いじゃない。数十分の間に太陽がいい高さまで昇ってきた。

 換気扇の近くにあるベンチにドンと座る。足を広げて手を伸ばして。

 こんなときだけど俺は感情を切り離したわけだが、完全に無くなった状態ではないと思う。空を見て綺麗だと思うのは情感のはずだし、ポスターを見て嫌だと感じるのは嫌悪感のはずだ。

 と、いうわけで俺はそこまで深刻な問題じゃないと判断した。


 体育館にて。


「文化祭2日目、昨日以上に盛り上がりましょう!私も最後の文化祭、生徒会長として仕事なので精一杯頑張ります」


 生徒会長の3年、津上結愛の挨拶。

 その後は諸注意とクレームを担当の先生が軽く話して朝の挨拶は終了した。昨日と同様にその後は教室で担任の中田先生からの挨拶を経て、ようやく2日目が始まる。


 なんというか不本意なことに1-5の客入りは上々だった。会計やら列整理で働きづめで休む暇がない。

 客の大半はこの学校の生徒、可愛いとか書いてあるポスターに釣られて来たに違いない。そして1人で行くのは少々恥ずかしいので皆でノリで来た感を出している。あくまでも予想だけど。

 一般客は行こうとしても社会的な問題とか、倫理的な問題でなかなかこれない。堂々と入ってくる猛者もいるけど。

 午前11時頃に俺の任せられている時間は終わった。昼に丁度いい時間なので気まぐれで回ることにした。


 1年3組、万丈をからかいに寄ってみた。


「(ちゃんとやってるな、万丈……目)」

「『目』つけると読み方変わるからやめて」


 と、俺のモノローグに割り込んできたのはその万丈流だった。しかし解せない。万丈は確かに心を読む能力ではあるが、常時能力を無効にしているので俺の思考がわかるわけがない。


「そこんところだがどうなんだ?」

「流石にはしょり過ぎでしょ。なんとなくわかるけど…予想と予測でしかないからね。視線とか」

「ある意味では読心と言ったところか。じゃあ俺がここに来た理由を当ててみてくれ」


 万丈に一本取られた感があるのでここで仕返しでもしておく。もしこれがわかったら超能力者よりも凄い。


「今11時過ぎだから適当に食べ歩きをしようとしている――」


 いや惜しいな~。建前はそうなんだけど本当は君をからかいに来たんだ。まぁ成功と言ったところかな。


「――ていうのが建前で本当は私をからかいに来たとか?」

「……怖い、怪異より怖い。本当は俺の心読んでるだろ」


 現実に心を読む人間がいるなんて思いもしなかった。あんまりいい友達じゃないかも。


「そうだよね、親友だよね」


 流石にここまでされると本気で怖いから是非やめてと心から思いました。言わなくてもきっと伝わっているだろう。と、いうわけで1年3組をあとにした。


 2年の教室、クラスは5組だったな確か。

 せっかくだし神代楓と花園綾乃の様子を見たくなった。

 出し物は1組から占いの館、お化け屋敷、本格派カフェ、インスタ蝿の討伐、縁日風と続いていた。インスタ蝿の討伐は意外に人気で人だかりができていた。

 それに負けず劣らず2年5組の出し物の縁日風も人気だった。廊下から軽く覗いてみる。楓はいなかったが、花園綾乃がせっせと働いていた。


 そして、俺に気付くと手を振ってきた。反射的に手を挙げてしまったが、是非やめてほしい。周りからの視線がとてつもなく痛い。

 先の件で俺は学校内で有名人になってしまったので、また言われるかもしれない。

 手を振り返したからってそんなに嬉しそうな顔をしないでくれよ。満面の笑顔なんて俺の心が浄化されてしまうじゃないか。

 まぁ頑張ってくれや花園綾乃。

 視線に耐えきれなくなった俺は2年5組をあとにした。


 いないとは思うけど3年の教室にも行ってみるか。

 南成太先輩に昨日のことをいくつか報告がてら3年の教室がある廊下をぶらついた。

 クレープ、餃子、パン屋、インスタ蝿捕獲、休憩所と並んでいる。インスタ蝿捕獲とかいう面白そうなところにはたくさん人がいた。何をやっているのやら。

 教室にも少々入ったが南先輩は見つからなかった。学校来てないけど出席日数ヤバイんじゃないかと本気で心配してしまう。杞憂だとは思うけれど。

 3年3組のパン屋でメロンパンとサンドイッチを買って一端校舎から出た。


 外でゆっくりパンを食べようと思ったが案の定そこら辺のベンチは空いていなかった。屋上に行こうかと迷ったが外に出てしまってはもう遅い。なのでグラウンドの奥にある、森にある木で作られたベンチがあるのでそこへ向かう。

 グラウンドでは書道部が巨大な半紙に筆を走らせている。素人目には殴り書きをしているようにしか見えない。それは仕方ないこと。努力量を垣間見れないというのが正しいのだろうか。


 目的地に到着すると少し止まってしまった。森の中にあったはずのベンチがなくなっていたのだ。地面に後は残っているので最近移動させたと思われる。世の中上手くいかないことばかりだ。


 そういえば入学仕立ての頃に速水蓮華に案内というか俺が勝手に見つけてここに来たとこがある。


『結構良いとこだな、ここで昼御飯でも食べようかな』

『虫とかいるからやめた方がいいよ。それに夏とか秋は涼しくても冬はたぶん寒いよ?』

『そうか……でもなんでこんなものがここにあるんだろう』

『さあ』


 なんてとりとめのない会話をした記憶がある。一回くらいは使いたかったけどこれなら仕方ない。再び校舎に戻り、階段をひたすら上り屋上で昼飯を消化した。


 ここに置いていったレジャーシートに横になる。食事をした後なので右半身を下にする。ただ寝ると胃液が逆流するとか言うが、右半身を下にすると消化がよくなる…と聞いたことがある。

 何処かから聞こえる騒ぎ声をよそに優雅に眠るというのはほとほと気持ちがいい。


 しばらくしたとき俺は眠りを破る放送が聞こえた。それは俺のことを呼び出す放送だった。


『っと、1年5組瀧沢君、至急教室に戻ってください』


 屋上の不法侵入がバレたのかと思ったが聞いてみると突っ込みどころがいくつかあった。

 まずというか真っ先にこの呼び出しの放送が放送委員のものだということがわかる。教師の呼び出しではないことからお叱りを受けることはないと思われる。それについては教室というのが一番の理由かもしれない。不法侵入を教室で叱るのは普通に考えてあり得ない、せめて職員室だろう。

 そして最初の『っと』が急いで放送されたことを示している……気がする。直前にセリフを聞いたのか、原稿等を見たのかはわからないけど。

 屋上の不法侵入さえばれてなければ気楽に向かえるってもんだ。どうせ厄介事だろうけど。クラスの出し物でやり残したこともないし。まさか普通に働かされるのか、わざわざ呼び出しされてまで。だったら俺どんだけ嫌われてるんだよって話だけど。

 非常に不本意だが可愛い女の子とよく話しているから男子生徒にこき使われるのだろうか。可能性がゼロではないのが怖い。

 最後にはどんな要件だろうとどうでもいいと諦めてしまっていた。


 校内の人混みを避けつつ自分の教室へ向かう。昼時なので朝よりも多くの一般人がいて思いの外時間がかかった。

 教室に入るや否や平野さんに引っ張られた。教室の端に来ると強張った声で言った。


蓮華れんかが保健室にいるから向かうよ」


 よく見たら平野さんは似非メイド服から制服に既に着替えている。

 きっとそういうことなんだよな平野さん。俺を呼び出してまでってことは超能力なんだろう。そして俺の答えは考えるまでもなく決まっている。


「わかったすぐ行こう」


 保健室の場所を覚えてなかったので平野さんの後ろを付いていかないといけないのは少し不甲斐なかった。

 と、移動している合間に整理。


「一体全体どういうことなんだ?」


 二つ返事で行こうとか言ったけど超能力関連かすらも実際はわからないわけで。さして時間もないのでシンプルに尋ねた。


「一部始終を見たわけじゃないからわからないけど蓮華が急に胸を押さえて叫びだしたの」

「……それは――」

「超能力に違いないよ。だって直前に蓮華の接客を受けていた女子高生のオーラ光ってたもん」


 平野晴子の能力、オーラ可視、人のオーラを見る能力。オーラの色で性格、テンションがわかる。そして超能力者レーダーでもある。超能力者は輝くらしい。


「そいつが今何処にいるかわかるか?」

「ううん、急に倒れたからそれどころかじゃなくて」

「そうだよな……」


 俺の左手はポケットにあるスマホに向かっていた。悪意を持って蓮華を襲ったのなら超能力協会に連絡しないといけなくなる。それとは別に黒岳にも連絡するか迷っていた。


「(時間を戻さないといけないような状態になってないだろうな)」

「美希がいるから超能力の話は保健室では避けてね」

「わかったけど……平野さんは今蓮華がどんな状態かはわからないんだよな?」

「うん、立て込んでてね……」


 どことなく申し訳なさそうだ。そりゃそうか。友達が倒れているのにやるべきことがあって駆け付けられないのは今の俺みたく不甲斐ない。

 特別棟の1階の一番手前に保健室はあった。

 平野さんが横開きのドアを開けると、保健室の先生と目が合った。その後に美希とも目が合う。

 蓮華はベッドにメイド服で横たわっていた。


「大丈夫なんですか?」


 平野さんが保健室の先生に尋ねた。


「ええ、話を聞いてみると過労ってとこかな」

「それならいいんですが……」


 相手を気絶させる能力とかなら復帰して解決なんだが、妙に嫌な予感がする。それは平野さんも感じとってることでだからこそ歯切れの悪い返事なんだろうけど。

 肩をちょいちょい叩く。


「どんな様相だった? その女子高生」

「能力者は女子高生で、服は私服だった。男子2人と合わせて3人組。黒の上着にピンクのシャツでミニスカだった気がするけど……」


 平野さんは気を使って簡潔に伝えてくれた。なんとか~のシャツとか言われても意味わからなかったからな。


「学年とかわかるか?」

「多分同い年かな」

「わかった。俺はここらを探してみる、平野さんは戻ってていいよ」

「頼んだからね」


 蓮華の顔を少し見て保健室を出た。

 もし俺が他校の文化祭を回るとして、全部回ろうとする人は少ないが見るくらいならするかもしれない。そうした場合は下階から上階に行く。時間的に考えて5階を回り終わった頃だと思われる。


「考えてる暇はないか……」


 結局のところ俺はその女子高生を見つけることができなかった。既に学校外に出たらしい。

 午後5時、明星高校文化祭2日目が終了した。教室よりも先に保健室へ向かった。

 そこにはベッドに縁に座っている速水蓮華だけがいた。この様子だと体調に大きな問題はないようだ。能力者は逃がしてしまったけど基本的に無害なら放っておいても。


「大丈夫そうか蓮華?」

「ごめんね瀧沢君、心配かけて。私はもう大丈夫だから一緒にクラスに戻ろう」

「…………あ、ああ」


 人間自分のことは自分が一番わかってると、よく言うけれど、やっぱりそんなことはない。人は鏡、反面教師という言葉が見事に現実リアルあらわしていると言わざる負えない。

 自分のことは案外気付きにくいどころではないらしい。

 俺は彼女を、速水蓮華を見てそう思った。


 感情を失っている彼女を見て――。


「なんでそんなことに……感情を分離する能力者なんて……」

「そういえば心が妙に落ち着くと思ったらそういうことなんだ。心がないから矛盾してるかな」

「確かに全然違うな……俺よりも分かりやすく違うんだろうな蓮華の場合」


 蓮華は感情があった頃の俺よりも随分感情が表情に出ていた。それが彼女の可愛さの源でもあったと思う。無垢な笑顔とか、人懐っこい笑顔とか。

 それがない彼女は奥ゆかしい美人だが……別に悪かないけどこの変化は周りへの影響が大き過ぎる。この度合いだとクラスメイトどころの騒ぎではなくなる。


「そんなに変わってるかな。全然わからないなあ」

「その気持ちはわかるけど……周りにはおもいっきり心配されるぞ」

「それはなんとなく嫌だな」


 そう、なんとなく、なんだよな。理由がよくわからない、俺も彼女も。表情を変えずにそう言う蓮華はきっと俺の鏡なんだろうな。


「正直それでクラスに戻るのは危険だと思う」

「でも元に戻る確証はないわけだし遅いか早いかじゃない?」

「合理的に考えたらな……なら一緒に行くか」


 保健室に書き置きを残して教室へ向かった。

 その間にも、この件ついて解決策を考えていたが良い案は思い付かなかった。蓮華のことをさりげなく見て思う。表情がないというのは相手の考えがまったくわからないわけで、それを常に無意識に感じとってる人間からしたら怖いと感じるのは最もだ。


「大丈夫なの速水さん」

「はい、大丈夫です明日はちゃんと最後まで働きます」

「本当に大丈夫? 顔色が……普通……だからいっか」


 教室に入るや担任中田先生に声をかけられていた。そして違和感に悟られた。俺も平野さんにも楓にも1発で看破されたんだ……だから仕方ない。そういえば蓮華には何も言われなかったな。鈍感なのかもしかして。文化祭に集中していたのか…待て決して後々のフラグではない。

 後ろのドアから抜き足で入ってきた俺にいち早く近付いて平野さんは話しかけてきた。


「だいぶおかしいけどどうなってんの?」


 この質問は予想済むなので簡潔に伝える。


「感情が分離していると思われる。それとその女子高生は見つけられなかったよ、学校外に出てて追跡しきれなかった」

「感情の分離……どうすれば治るの?」


 それはこっちのセリフだ。それを確かめるためにその女子高生能力者を探していたわけだがダメだった。

 能力にかかっている状態なら俺のサイバーを応用させて無効化できるが、今回は能力にかかった結果でしかない。時間を戻すくらいしか打開策は無かったりする。

 しかし俺の言葉ではないけどタイムリープに失敗した場合、今回よりも悪化される場合を考えるとその手を使うのは躊躇われる。


「わからない。能力の全貌もわからない以上手を打つこともできないからな」

「そう……だよね」


 平野さんが今どんな感情を抱えているのかわからない。多分、蓮華がどうすれば元に戻るのだろうかと考えているだろうけど。

 いや、違う。今の俺にはそれすらもわからないし、予想しても外れるに違いない。

 これは楓に頼むしかないのか……でも距離ができてしまった訳だし、と以前の俺なら思っているんだろうな。

 手段としか思っていない自分がとてつもなく嫌だ。嫌だけどそれをどうでもいいとも思ってしまってる自分がもっと嫌いだ。


 文化祭2日目はこうして終わった。蓮華にとってしたら本格的にヤバくなるのはこれからだっていうのに。能力者の足取りが途絶えた今俺のできることは――ない。


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