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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
16/54

9.シンディザイア

 

「まだまだ本気は出していないぞ」

「雷帝…!」


 電気使いの秋月友紀対、複製使いスーツ男(仮)による異能バトルが勃発した。

 最初に動き出したのはスーツ男だった。手の内に隠していた硫酸瓶を巨大複製しさながら雨のように降らせる。


「放電!」


 対する秋月は全身から電気を放電し全てを蒸発させた。まさに文字通りの一瞬で煙となった。


「ならこれはどうですか!」


 今度はナイフをさらに巨大に複製し突っ込ませる。大きさにして20m、通常の20cmの100倍。ここで避けたら後方に位置する講堂に突っ込んでしまうため食い止める必要性があった。

 手のひらと靴裏に集中力的に電気を発生させる。手のひらに纏うようにして、両手でナイフを横から挟み込む。自然ではあり得ない形の電気。足裏の電気は鎌のように形をして地面に突き刺し、向かってくるナイフの勢いを止める。

 地面がゴリゴリ削れていく。

 壁に到達するかしないかのところでようやく達した。


「何!? 留まっただと……これは電気で溶かしたのか!?」

「意外と時間かかるんだよ1000度に到達するのは」


 ドロドロに溶かしてナイフ自体の質量を小さくした。

 金属を溶かす程の熱を生み出すのに時間がかかった。自然の電気だったならばすぐに到達するだろうが、超能力故の訳があって時間が少々かかるのだ。


「雷帝め……本気を出さないといけないようですね」

「…………」


 手を後ろに回して何かを指に挟んで秋月のほうに向けた。

 そして、右手を野球のピッチャーのごとく振りかぶる。秋月は講堂を一足早く移動したした。

 講堂前の中庭でもう一度対面する。


「今度は逃がさないですよッ」


 宙に数十台以上の軽トラが現れた、否、前もって軽トラを小さく複製、それを所持して今この瞬間大きく複製した。

 空を覆うほどの軽トラ。


「『凶電気マッドサンダー』放電、能力自由性アビリティフラット


 秋月の右腕から電気で創られた剣が生成される。剣は電気を帯びてバチバチ光っている。

 そして縦横無尽に振り回す、正確かつ大胆に向かってくる車だけを一刀両断。車は秋月を境目に左右の方向へ切り飛ばされた。車はみるみるうちに小さくなって捉えられなくなった。


「能力の自由性によって電気で剣を作った」


 剣は拳を握りしめると光の屑となった。


「おいおい情報と違うな……協会のデータと違いますね。まさかガセを書き込んでいたのですか?」

「超能力協会の情報が漏れ出ていることのほうが驚きだな。最高峰の国家機関だぞ」

「全国各地に超能力協会の支部があるんですよ、スパイの1人や2人、100人くらい仕方ないですよ」


 秋月は予想以上に事態が進行していたと思った。情報の撹乱は以前も数回あり、吉元颯太の時がそうだった。関東第2支部への連絡が届かなかったのだ。可能性はそこから考えていた。


「つまりデータなんて宛にならないということだな」

「その通りですね。自分で見たものしか信じられませんね……」


 そう言ってスーツの男はため息を吐いた。意識か無意識か彼にはまだまだ余裕感が滲み出ている。だが先程よりも凄味が増しているようにも見えた。


「負ける気はしませんがね!」

「!」


 超弩級の攻撃、正面から飛行機が突撃してくる。小さい状態で投げたそれをコピーするわけだが、エネルギーすらも複製するということを理解した。

 人間が5cm大の物を投げたとして、その大きさを飛行機倍したらそのエネルギーも飛行機倍される。それがどれ程のスピード、パワーがでるか。

 秋月は認識した瞬間に受け身をする余裕もなくおもいっきり押し出される。

 飛行機が滑走路から離陸するように上空へ進んでいく。もちろんエネルギーを受けただけなのでまもなく落下する、が数百メートルは上昇。


「このスピードでもろにくらったら内臓破壊は確実ですね。あとはありったけのナイフを」


 だめ押しとばかりに夥しい数のナイフは豆まきをするように絶え間なく無慈悲に空へ投げられた。その数5000本。


 一瞬何かが轟く。

 人間が認識できるギリギリの速度で何かがここら一帯を支配したように見えた。


「これは雷……んなっ!」


 そこには電気を帯びたまま浮遊しているの無数のナイフと飛行機、その中心には陽炎を纏う秋月がいた。


「……私の能力は充電、帯電、放電、ただそれだけ。そして浮いているのは地面と固定しているだけ、自由性によってな」


 地面に支柱のように延びている電気に全てが繋がっていた。ゆっくりと飛行機をバラバラに切り落とし、後にナイフを一気に落とした。

 そして、最後に秋月がフワッと着地。


「やれやれ飛行機なんか飛ばしてこんな所で建物が壊れたらどうしてくれるんだ」

「当たる前には元の大きさに戻すつもりでしたよ」


 スーツの男は顔をひきつりながら言った。さすがに笑えない状況だった。


「拘束させてもらうぞ」

「嫌ですね」

「お前に拒否権はないぞ」

「ここは撤退しかありませんね。アレは諦めましょうかね」

「アレだと?」


 聞き出す間もなくスーツの男は全身から煙を吹いてそのまま逃げていった。ここら一帯、半径50mは煙幕により視界が奪われた。


「逃げられたか……それよりもこの煙をなんとかしないとな」


 超能力者との闘いが終了したところで危険は去ったが煙も十分危険だ。防護マスクが必須というのも少なくない。

 ここでようやく秋月は藤堂と瑠璃に合流した。


「何だこの煙…これはクロロスルホン酸!?」

「煙の奥に人が……秋月さんだ!」

「いいから2人ともここから離れろ!」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 場所は旧寮前の森林地帯。


「ネタが割れたらしょうがないですね」


 もう1人のスーツの男は諦めたように言った。

 落ちてくるはずだった透明の板を地面に背中を付けて蹴り上げたことであっけなく壊れてしまった。思ったよりも簡単に割れたので楓は驚いた。


「この音は……プラスチック?」

「タネもプラスチックも割れて私の作戦は亀裂だらけと言ったとこでしょうか」


 堪忍という感じで頭を横に振った。そしてこう付け加えた。


「私の想像力ではプラスチックの硬度が限界でした。オリジナルの方ですが」

「オリジナル……」

「……っと、拘束しましたかオールド。彼女が油断する前に私がいかないと。口が滑り落ちましたね、気にしないでください」


 スーツの男は寮の上階の窓を見てそう言った。見ると一瞬人影のようなものが確認できた。

 どちらが油断してるのかと楓は思った。


「ということで今度こそ眠っといてください」

「やれるものなら」


 そう言って楓は左太ももに巻いてあった銃を構える。男の顔が一気に青ざめた。回転式拳銃、リボルバーの撃鉄に指をかける。

 そしてトリガーを――。


「銃だと!?」


 男は正面に分厚いプラスチック板を生成した。パンっという音とともにBB玉が板に弾かれた。「あっ?」という男の驚きの声が届く前に楓は森林に紛れた。


「やられた……だが寮と森林をまとめて覆ってやりますよ」


 男は森林内部で移動しながらプラスチック板を幹にめり込むようにして木々を倒しながら捜索をする。楓は意外と近くに隠れていたので上手く誘導することができた。

 本当は奥に行くほど虫が大量にいるので危険を伴いながら近くにいたわけだが。


「……モデルガンでも意外となんとかなるんもんなのね」


 幹に腰掛けながらそう呟いてもう一度撃鉄に指をかけた。これは秋月友紀の提案で隙を作るには有効手段ということで所持していた。超能力協会なら実際に持っていてもおかしくない、という思い込みを利用した作戦。今回はプラスチック板を生成する能力者が相手だったので威嚇できたがさらに強度が高い能力者だった場合は使えない作戦ではある。


「何ですかこの虫は! スズメバチ!? 硝子透壁グラスプレート!」


「なんで私がこんなことをしなければっ」


「どこにいるんでしょうか…まさか寮の中に入った?」


 わざとなのか焦りなのかこんな叫びが届いてきた。楓は場所を悟られていないことを確信した。

 張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩んだ。緩んでも神代楓は気を抜くことはない。


「(麻酔弾とかが使えれば良かったかな)」


 今後のことに思いを巡らせていた。


「オールドのことも心配ですし一旦寮に向かいましょうか」


 スーツの男はゆっくりと腐りかけの扉に手を伸ばす。しかし手をかける前に扉は開いた。


「なっ!」


 そこには明星高校の制服を着ている男子高校生がいた。そして無感情かのように動揺もせず告げた。


「……生体装甲、右手」

「うっ……」


 アニメみたいな効果音の拳骨をくらってその場で気絶した。

 その男子高校生の名前は瀧沢悠斗。


「グッドシーズンだっけ、変なコードネームだな」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 グッドシーズンと呼ばれる小柄なスーツの男をサイバーで生成した綱でぐるぐる巻きにしていると森林の間から楓が土を払いながら現れた。頭についていた葉っぱを払ったところで声をかけられた。


「大丈夫だったの悠斗?」

「結構大変だったけどなんとかなったよ」

「そう……」

「なんだ? 顔に何か付いているのか?」


 血とか? と言いそうになったが堪えた。血液とか言ったら心配させてしまう、ここに来たときの約束をおもいっきり破ったようなもだからな。


「さっきと違うように見えたけど、気のせいだったみたい」


 流石に鋭い。ここで動揺したらバレるな、って動揺する感情がもう無いんだった。完璧なポーカーフェイスと言ったところか。感情を悟られないだけならポーカーフェイスとまではいかないな。

 それはともかくとして。


「オールドってやつとこのグッドシーズンってやつを捕まえたわけだがどうするんだ。放っておくわけにもいかないし」

「その人のポケットにジャミングする機器とかない?」

「んっと……これかな」


 手のひらサイズの黒い長方形のランプが赤く点灯していた。レバーを倒すと赤い光は消えて無事ジャミングが解除された。


「まず友紀に連絡してみる」

「頼んだ」


 と、ここまでを整理しておく。

 俺が闘った超能力者、暗雲奈雲通称オールド、目的はおそらく俺の拘束(?)、能力は人を『不快』にさせる何か。つり目の女子高生。

 楓が闘った超能力者は通称グッドシーズン(コードネームが意味不明なのはこの際おいておくとして)、能力は『硝子透壁グラスプレート』プラスチック板を生成する能力。空中に浮遊させたりすることもできるらしい。小柄でスーツを着込んでいる(動きにくそうというのはおいておくとして)。


 そして藤堂さんや中川さんが闘っていると思われるのは通称アンダースタンド、能力は『物体複製オブジェクトコピー』物体の大きさを任意に変更しながら複製できるという強力な能力。銃の弾丸とか大量複製されたらひとたまりもない。

 暗雲奈雲によると今日ここに来ている『シンディザイア』はこの3人。


「友紀も藤堂さんも中川さんも無事だって」

「それは良かった、って秋月さんも来てたのか」

「講堂からすぐ向かうってさ」

「ありがとう楓」


 これをもって『菜花女学院能力者集団襲撃事件』は終幕を迎えた。と、これで終わるような規模ではない。影響やら残響やらがはびこることになる。



 旧寮地下にて、暗雲奈雲に洗脳をして話を聞いているとき――。


「そういえば俺のサイバーを劣化版と評したよな? どういうことだ?」

「…………」

「どういうことか教えてくれ」

「……レッドサイバーとイエローサイバーと呼ばれる超能力社会が存在している」

「超能力社会?」

「君のサイバーのさらに先の次元に存在する何らかの力…それが率いる二大勢力がレッドサイバーとイエローサイバーと呼ばれている」

「……俺の他にもいたのか」



 サイバーの能力者が他にもいたということは俺にとっては喉から手が出るような情報だった。正直な所、自分の能力もイメージ具現化だと思っているけれど、正体を掴みたいところだった。

 そして思案に更けるのは俺だけでなく、秋月さんも頭を悩ませている。


 今回のシンディザイアと呼ばれる超能力者集団の襲撃は超能力協会の情報が漏れているところから始まったらしく、システム関連において色々なことをしているようだ。

 俺の場合、シンディザイアからの襲撃は2回目だが夏休み『呪歌カースソング』、今回『物体複製オブジェクトコピー』と2人の人物を逃がしている。どちらも強力な能力の持ち主。


 暗雲奈雲の目的は俺の拘束、では何故か。楓によると暗雲奈雲は油断症らしいから暇潰しにでも拷問紛いのことをしただけかもしれない。

 今や暗雲奈雲自身にそれを訊くことはできない。中川さんの『記憶消去』の能力で既に超能力関係の事象は全て消されている。『硝子透壁』も同様。組織の者なら洗脳でもしないと話してくれそうもない。


 この度の事件によって様々な憶測、仮説が浮上していくわけだが俺には重すぎるし大きすぎる気がしてならない。俺の能力の範疇をはるか超えた何かが潜んでいる予感がする。


 現在時刻午後5時頃。

 ちなみに感情を切り離したことと、他のサイバーのことは言っていない。菜花女学院から荒山研究所、そこで情報交換を小一時間ほどして俺を含めた学生達はひとまず解散した。

 藤堂さんに帰りにファミレスでも行こうと誘われたが、半ば強引に中川さんに連れていかれた。そして再び楓と二人きりになった。

 研究所から明星高校までの10分ほどに軽く話をした。これも2回目だった。


「どうしたんだ、何か考え込んで」

「少しね……」


 俯いたままそう言った。さっきの菜花女学院事件(仮)で何かあったのだろう。情報交換と言っても聞いたのは能力者についてであって、詳しいことまでは聞いていない。


「自分の弱さに嫌気が差してね」

「…………」


『楓は強いよ』と言うのは何の意味ないんだろうな。ここで言ってるのは超能力のこと。


「グッドシーズンとやらと闘ったんだよな……」


 何呼吸おいた後楓は答えた。


「うん。でも私じゃ結局何も解決することができなかった。逃げることがやっとだった……」


 楓の比較の対象は多分俺だろう。当事者の俺が何を言っても嫌味やら優越感だと思われても仕方ない。楓はそんなこと思わないだろうけどむしろ俺が負い目を感じる。


 何を言ってやることもできない俺ができることといえば。


「世の中には……人間には、超能力者であっても出来ることとできないものはあるもんだよ。当たり前過ぎて、当たり前々だけどな。努力ではどうにもならないこともあるよ、ましてや超能力なんて、人間には過大なんだよ」


「それでも自分だけ何もできないのは―――」


 遮るように、はさむように。


「俺の勝手な考えだけどさ、楓のためならなんだってするつもりなんだ。巻き込みたくないとか思ってるんだろうけど俺は巻き込まれたいんだよ…それくらいに――」


 遮られるように、はさまれるように。


「どうしても私の問題に悠斗を巻き込むわけにはいかないの。私は、私の責任も取れないんだよ……」

「俺は大丈夫だよ、怪我なんてすぐ治せる」


 俺の能力『サイバー』あっての話だけど。けれどそういう問題ではなかった。


「悠斗が傷つくのを見てるだけなんて私にはできない」

「それは……」


 俺達はいつの間にか歩くのを止めていた。俺の行動が楓に辛い思いをさせていた……ことはわかっていたけど。その予兆は前々からあったんだ、だけど気付かなかった、忘れていた。

 陽はだいぶ落ちてきてオレンジに照らされる。楓の顔に影が一層増した。俺はそれ以上楓を見ることができなかった。

 太陽光で眩しくなって見えないのか、すれ違ってしまうこの現実を目を逸らしているのか、わからない。

 感情があったらわかったのだろうか――。


「行こうか……」

「そう……だな」


 また歩きだした。だけど俺は楓の隣ではなく少し後ろをついていく。なんとなく物理的にも精神的にも距離をとってしまう。

 明星高校に到着するころには文化祭1日目の終了を告げる放送が流れているだろう。

 風になびく金色に輝く後ろ髪を眺める。

 特に何も思わなかった。楓に関する思いはほとんど感情によるものだったんだな。


 明星高校、1年5組の教室に戻るとぼちぼち生徒が集まっていた。そして扉に突っ立ってると後ろから怒鳴られた。


「一体全体どこに行ってたの!」

「まさか平野さんに言われるとは思わなかったよ。いや俺が出来ることはないしさ」

「一応文化祭でも登校日なのよ?いないってことはサボりでしょ」

「相変わらずにあたりが強いな……」


 すると顔を覗き込まれた。全身を舐め回すように観察してくる。首を捻って、ううんと唸る始末。


「どうしたんだ?」

「それはこっちのセリフ……なんだけど気のせいみたい」

「そうか」


 感情が無くなったことだろうな。感情が無くなる前から顔に出ないように気をつけていたのだが、ポーカーフェイスだと思ってたのだが。楓が変化に敏感なのかもしれないと考えたけど、物理的距離みたいだな。


「そういえば速水さんは?」

蓮華れんかとは呼ばないんだ?」

「いやさ冷静になってみると思わせ振りな態度とってたと思ってさ、改めた」


 2人きりの時は名前で呼ぶって約束だし人前でわざわざ勘違いされそうなことを言うのは面倒だしな。今さら遅いけど。


「ふーん。蓮華なら今着替え終わるところ」

「学級委員は3日メイド服か。ここは何喫茶なんだよ」

「知らなかったんだ……」

「そんな怒るなってカルシウム足りないんじゃないか?」


 怒りで震えながら何処かへ行ってしまった。他人の感情の起伏にも鈍感になってしまったのかもしれない。後でちゃんと謝っておかないと大変なことになりそうだ。


 教室内にて、黒岳詠一との会話。


「今日どこに行ってたんだ?」

「実は他校の文化祭にな」


 別に隠すようなことではない、行動自体は。感情を切り離したおかげでノータイムで答えることもできた。迷いがない。


「ここら辺は同じ日にやるんだっけな~」

「まぁ俺の当番は3日目だからそれまではせいぜい謳歌させてもらうよ」

「俺も明日出掛けようかな~」

「誰にもバレないように行けよ黒岳」

「おっと、忘れてた。会計中に瀧沢を探してる先輩がいたぞ」


 俺を探している先輩だと。この学校に通っていて俺も知ってる先輩は合計3人。楓はないとして、南成太と花園綾乃の2人のどちらかということか。


「男女どっちだ?」

「男」

「成田先輩か……」


 この人にも色々話があるので追々行くつもりだったがいいきっかけと言ったところだ。それにしても俺に会いに学校に来るなんて相当のことなんだろうな。とりあえず文化祭一緒に回ろう的なことは絶対にないから。


「サンキューな黒岳」


 こうして少しずつ歯車が動き出している気がしてならない。俺の知らない所で状況が天変地異の如く変化しているのではなかろうかとね。


「あ、瀧沢君」


 蓮華が着替え終わって教室に戻ってきた。


「お疲れさん」


 とりあえず労いの言葉をかけておくが、心の底から思っているわけではない。どうしても物事に関心がなくなってしまいがちになる。目の前にある事象全てを平等にどうでもよくなってしまうという感じだ。


「どこ行ってたの?」


 黒岳にも訊かれたけどそんなおかしかったのか。というか逆に目立っていたのか。


「他校の文化祭だよ。青春を謳歌しようと思ってね」

「そうなんだ。でも明日はダメだからね」


 微笑みながらそう言った彼女は汗水かいた後とは思えないほど綺麗だと思う……のだろうな、感情があったときの俺ならね。今の俺は何にも思わない。


「そろそろ終令始めるよー」


 蓮華はそうクラスメイトに掛け声し、黒板に何かを書き始めた。『今日の収益』と白いチョークで流麗に書かれる。そして男子生徒のうぇーいという歓喜の声が届く。今回のなんとか喫茶に関して男子は客の勧誘や会計くらいしかやることがないので暇である、にも関わらず収入は割り勘なので盛り上がるのは仕方ない。


「今日の収益は24600円でした~」


 蓮華によって高らかに発表された。


「多いのか少ないのかわからねぇ!」「1日目でこれって凄くね」「メイドの需要は…増えている!」「マジすか!」とかいう男子生徒。女子生徒は皆疲れている感じだった。眠そうに机に伏せている。


「また明日も頑張ろー、おー」


 1日目にしてこの盛り上がだと明日、明後日は予想がつかない。暴れまくって窓ガラス破壊とかしないだろうな。勝手にキャンプファイアしたりしないだろうな。

 今俺が抱えている問題に比べれば大したことはないんだけど。


 楓との関係が大きく変化してしまった数十分後。正直言ってこの状況をなんとかするのはほど不可能だ。

 俺の希望を叶えるようとすると楓を傷つけることになる、そして楓は自身の力のなさを呪う。俺達の関係は破綻してしまった。互いが互いに出来ることは万に一つもないのだ。それをわかってしまうからどうしようもない。


「いやこれ以上考えるのは止めておこう」

「今何て言った?」

「何にも言ってないよ蓮華」

「そう…?」


 なし崩し的に蓮華と一緒に帰ることになった(美希がそれとなく誘導したため)。


「メイド服着てたらしいけど、なんというか恥ずかしくなかったのか?」

「そりゃ恥ずかったけど、意外と慣れちゃうもんだよ」


 少し唇を尖らしながらそう言った。羞恥心に慣れるね。

 俺は感情がない状態に全然慣れていない。ことあるごとにそのことを考えてしまう。

 多分それは蓮華や黒岳、平野さんに自分を投影していたからだろう。黒岳のが一番解りやすい、彼のクールな態度を俺は無意識になぞらえていた。どうにか彼の思考をトレースしようとしていたに違いない。それができなくなったから自分の存在が揺らぎ始めた、理解することができなくなったから自分を維持できなくなった。


 これもあくまで1つ可能性に過ぎないがな。



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