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能力世界の悲劇譚  作者: 桂木/山口
第二章 日常の能力世界〈依頼篇〉
15/54

8.――を克服することはできない

 

 体がガタガタは震えていた。

 俺の心は恐怖で埋め尽くされている。残されていた僅かの思考能力もそれに支配されてどうすることもできなかった。


「――――――――――はぁ……」

「じゃあ早速左手貰いま~す」


 やろうとしていることと声色のテンションにギャップがありすぎてさらに怖い。

 高速回転している刃が皮膚に触れ、薄皮がたやすく切り裂かれる。そのまま筋肉、靭帯、骨をズタズタに。


「――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!!」

「いいね、いいね、サイバーの能力じゃなきゃできないね。死なないから恐怖の顔が永遠に見られるよぉ」


 全身が震える。さっきまでの恐怖は心の問題だったが、身体も本能的に震えてしまっていた。

 声すらもでなかった。出たのはひたすらの涙。

 サイバーで神経に干渉して痛覚を麻痺させていても自分で自分の腕が切られる瞬間を目撃するのは痛み以上に痛い。

 まるで拷問をされているようだった。

 しかしこれは彼女の趣味であり、ストレス解消のようなものでしかないのだろう。


「スゴい、胴体の方は血が出てないのに腕のほうは血がドバドバ出てるよ。うひゃひゃひゃ!」


 暗雲奈雲が動作をするたびに体が強張る。声を発してるだけでも芯から、心が現実を拒否する。


「裁縫得意なんだよねぇ! もう一度くっ付けけあげるねぇ。うひゃひゃ」


 裁縫針を切った腕に刺して近付いてくる。腕に糸を通した。だが体震えてるため暗雲奈雲はうまく縫うことができなかった。

 それが彼女の逆鱗に触れた。


「何震えてんだよ!」


 手元にあったアイスピックのような物を左腿に突き刺された。その際『ゴリ』っという音がした。


―――――――――――――――――――――――――――――!」


 枯れた叫びとともに俺は意識を失った。


 左腕、腕橈骨筋あたりの切断、縫合。右腕、肩先の切断、縫合。両足、腓腹筋あたりの切断、縫合。左手、指5本の切断、縫合。

 喉の真ん中に注射。左目、硫酸目薬。


「…………」

「あれ~、もう死んじゃった?」


 大量の返り血を浴びても気にする素振りもせず、まだまだだと言う暗雲奈雲。

 全身切断痕、縫合痕をつけられて座り込んだまま動かない。


「起きろよっ! 黙ってんじゃねーよ!」


 彼女は手に持っていたハンマーで頭をこれでもかというくらい殴打してきた。本当にこれでもかというくらいに殴り続けた。


「…………」

「……マジで死んだの? はぁ~、マジで期待外れなんだけど……全然不死じゃない」


 血痕が付着したハンマーをそこら辺に投げ捨てて心底つまらなそうに奥の部屋へ行った。


「…………」


 視線だけ上げて辺りを見回す。

 暗雲奈雲の拷問を普通の精神で耐えきることはできなかった。

 俺の能力『サイバー』を使えば痛覚麻痺等容易いが、だ。これに彼女の能力、便宜的に『不快クリーピー(仮)』と名付ける、それを重ねて使ってきた。

 それが最悪の組み合わせだった。

 この雰囲気も合わせて最悪だった。彼女が殺人鬼として人を殺した現場だと思われるここの空気は不快以外の何物でもない。

 けれど、それが突破口にもなった。

 ここの血液が腐ったような臭い、息をするだけで吐きたくなるが暗雲奈雲は気にもしていなかった。つまりは慣れているということだ。

 体が異常に適応できないと思いこんでいた、それは精神的に追い詰められていたから。つまりは心のありよう。

 つまりは感情のありよう。

 だからは俺はサイバーの能力で脳を侵食させ弄くり回した。結果感情を身体と完全に切り離すことができた。脳の仕組みごと切断した。


 それともう1つ。

 暗雲奈雲の能力『不快クリーピー(仮)』は身体に直接干渉している能力ではなかった。

 激痛や恐怖心を抱いているときは気にもならなかった。より大きな感情で相殺することが可能なのだ。

 つまりメンタル系能力、不快な感情を対象範囲にいる人物に与える。感情を切断することで無効にできる能力だった。

 能力を無効したことによりサイバーの生態装甲を全快で纏うことができた。頭部から出た血はそれっぽくできた赤い溶液に過ぎない。


 俺の残った理性はこのあとの行動全てを合理的に考えていた。

 ここから抜け出すのも容易、制圧、捕獲も同様に可能。

 暗雲奈雲を気絶させそのまま地上へ出て中川さんに記憶を消してもらう。

 言ってしまえばやることはこれだけ。

 しかし気掛かりというか、妙に思うことはある。

 1時間たったにも関わらず援軍が現れないのは何故かということ。

 寮を出た時点で『不快(仮)』の能力は楓に掛からなくなったはず。そして森林付近までは圏外だとしてもすぐに連絡は取れるはず。

 2つの『はず』が不可能な状態にあったとすると何が起こったか。


 超能力者の襲撃――しかない。


「…………」


 迷うことなく、俺の最初にやるべきことは決まった。

 楓や藤堂さん達が自身の力でなんとかする、に賭ける。なので俺は暗雲奈雲のほうをなんとかする。

 暗雲奈雲が戻ってくると同時に枷を外して立ち上がる。何の前触れもなく立ち上がったので暗雲奈雲はかなり動揺した。


「な、なんで!」

「そろそろ潮時だろ、暗雲奈雲」

「生きてたのかよ……そういえばそうだった……」


 着実に後退りしながら意味深なことを言ってくる。もちろん逃がすつもりはない。

 感情がなくなることにより『サイバー』の精密性が上昇した。イメージに不純物がなくなったというのが正確だ。

 ふと思うだけで手足に縫われていた糸がこの手の中にある。

 振り返って逃げようとしている暗雲奈雲に手のひらを向けてイメージする。9月上旬に『気絶』の能力者にあったが、まさにそれのイメージ。


「ハッ!」

 何かに当たったように頭部が揺れたのち、前に倒れここんだ。

「今度はこちらの番だぜ。暗雲奈雲」



 明星高校に転校してから俺は色々な超能力者に出会った。

 その1人が花園綾乃――『洗脳』の能力を持つ。

 触れた人間を操る能力、かなり強力だが話を聞いてみるとやはり上限のようなものがあるらしい。

 同時に何人まで洗脳できるかという質問に対し彼女は、よくわからないけど2000人くらいかなと答えた。彼女自身も限界まで能力を使ったことはないようだった。

 そして、操っている人間への命令は1つまで。操る人数は決められるが行動は統一しなければならないらしい。

 言ってしまえばこれは彼女のイメージの問題だ。花園綾乃の中には洗脳は皆が同じ動きをして敵を追い詰めるみたいな印象があるということ。集団心理の延長。

 と、ここまで能力のことを語ったが本質とはズレている。

 人を操り人形にするみたいなことはできないが『洗脳』自体は時間さえあれば誰でもできるものなのだ。


「……あれ? ここは?」

「ようやく起きたか上下逆さまの暗雲奈雲」

「これは私特性の電気椅子、まさか復讐でもする気なの?」

「いやそんなことは考えてないない。君に訊きたいことが結構あるんだよ。俺のことも、『サイバー』のことも、仲間の能力者のことも」


 数分前まで俺が座らされていた拘束具付き電気椅子(回転もする)に暗雲奈雲を座らせた。俺がこれからやろうとしている誰にでもできる洗脳、その準備その1、相手を動けなくするだ。


「俺もこんなことはしたくないんだよ。だから君が自分自身で言ってくれないか? 時間がなくてイライラしてるんだよ多分」


 組織の人間なら拷問されたって簡単には言わないだろう。しかし雇われの殺し屋ならもしかしたら口を割ってくれるかもしれない。


「うひゃひゃひゃ、そういうこと感情をなくせば私の能力を無効にできると。確かにそれなら私が何をやっても無駄になるねぇ」

「なら仕方ないよな。とりあえず椅子は戻しておくか」


 壁についているレバーを動かすと壁を伝って椅子は元の位置に戻る。こうやって見ると凄い強度があると関心させられる。暗雲奈雲の悪趣味全快の凶悪性にかわりはないけど。


「時間がないからささっとやるか……」


 さっき言った通り、人為的洗脳にはそれなりの時間がかかる。3日から7日くらいかけないと効果が出ない。それを数秒でやるために能力は必要になる。


「行くぞ『サイバー』!」


 左半身の皮膚の上に水色に光り輝く線が刻まれる。目から始まって首を通り、腕、手、足が光出す。


「イメージは栄養失調、脱水症状」


 イメージしたものを暗雲奈雲に照らし合わせて状態を共有化…するっていうイメージ。イメージの元は中学時代のマラソンをやった後の熱中症。

 狙うべきは栄養不足による脳の判断力の低下。


「では暗雲奈雲さん、まず何で俺のことを知っているんですか?」

「…………うぁ」


 さっきと比べると肌艶が明らかに劣化していて、目のピントも合っていない。こちらを見ていても眼球の大きさが変だ。

 思ったよりも時間がなさそうなので、出し惜しみしない。


「話してくれたら水を持ってきますよ、食べ物も準備しますよ」

「あぁ……」

「俺のことを何故知ってるんですか?」

「……シンディザイアの共通任務が……瀧沢悠斗の拘束……だから」


 乾いた声でそう語った。シンディザイアとは夏休みにエンカウントしているから知られていても仕方ない。だが拘束は不穏過ぎるな。


「俺の知り合いのもとに超能力を送り込んだか?」

「…………」

「仲間である俺に教えてくれよ」

「……名前は知らないけどアンダースタンドと呼ばれてる男」

「能力は何かな?」

「『物体複製オブジェクトコピー』」

「オブジェクトコピーか、物体を複製する能力…これだけで藤堂さん達がやられるのか?」

「ただし複製した物体の大きさは自由に変えられる」


 なるほど、それは厄介な能力ではある。しかも応用も効く利便性の高さ。それって結構ヤバくないか、と真面目に思う。


「他にいるのか?」

「……あと1人いる。私が任務を失敗したときのスペアが――彼はグッドシーズンと呼ばれて、いる……」


 すぐ近くにいるってことだよな、もしかしてすぐ外にいたりするのか。門番のように外側を見張って、内側から出るものに警戒しながら。


「マジかよ……あ」


 唐突に、一瞬視界にもやがかかった。けどほんの一瞬だけですぐに戻る。

 そんな場合ではなかった。楓がそのスペアのグッドシーズンとやらと闘ってるかもしれない。

 楓の格闘技術はかなり高いけどあくまでも対人、能力者ではない人間に限る。戦闘系能力者と出会った場合においては厳しい闘いになるだろう。

 植物を操る能力者との闘いのときのように。


「そろそろもとに戻しておくか……拘束してれば逃げられないよな。『サイバー』!」


 完全無欠な栄養をイメージ、転写。

 イメージの元は過去、体調が良かった自分。

 感情があった俺なら敵とは言え女の子をここに拘束したままにするなんてできなかっただろう。気絶させて上にまでは連れていく風景が目に浮かぶ。

 数分前よの自分と、理性しかない自分がかけはなれているのが妙に可笑しくて、妙に違和感を感じない。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ここにもいないのか……国林のクラスにもいないとなると本格的にローラーで探すことになるぞ」

「この分なら暗雲奈雲のほうを先に見つけちゃったりしてね」


 藤堂と中川瑠璃は、瀧沢悠斗と神代楓が探している方向とは逆の西側校舎を探していた。こちらサイドも同様に行き詰まっていた。


「もう1時間たったし情報共有も兼ねて再集合しない?」


 瑠璃がそう提案した。超能力協会において中川瑠璃の立場はあくまでも協力者の域を出ないが、知能指数の高さだけ言えば秋月友紀、藤堂を軽く凌ぐと言われている。


 だからという訳ではないが彼女の言うことはだいたい合ってるし、的確なのでとりあえず容認される。


「神代にメッセージを送っておいた。正面入口を集合場所にしたから戻るぞ」

「……そーだね」


 このときの瑠璃のテンションを藤堂は疑問に感じた。大変他人事ように冷たくそう言った彼女をいつも違うなと思った。

 藤堂の『データベース』でも彼女の真意は何故かわからないのだ。

 しばらく歩き入口に到着するころ楓から『第3校舎の裏にあるレンガの建物を見てからそちらへ向かいます』というメッセージが届いた。


「まったく自分勝手なやつらだな……」

「相変わらず藤堂君は身内には厳しいね~」

「そんなニュアンスに聞こえたのか?そこまで怒ってないんだが」

「嫌われてるって勘違いされてもおかしくないね」

「そうか……」


 この会話はこれから数十分待つ中での会話の1つにしか過ぎない。こんなことよりも有意義なことを話したり、明らかに無駄ということも話した。

 けれど楓も悠斗もここに来ることはなかった。


「流石に遅くないか?」

「まさか出会ったのかな、能力者に……」

「その可能性は高いな。そしてお前がそれを言うと本当に起きてそうだからやめろ」

「特に私に対しての当たりが強いな~」


 第3校舎の裏へ向かって歩き出す。目的地に近付くにつれて人影が少なくなっていく。第3校舎につく頃には誰もいなくなっていた。

 視界内においては――。


「中川……」

「わかってる、付けられてるね」


 後ろにスーツ姿の男がいる。菜花文化祭とはいえコテコテの背広姿というのは目立つものだ。

 スマホの内カメラを使い、歩きつつ様子を伺う。


「何が目的なんだ? 割と軽い気持ちでデータベースを使って、少し重い感じでここに来たっていうのに」

「流石に想定以上の事態だね、秋月さんに連絡して援軍を頼むよ」

「それにアイツはどこまで追ってくるんだ?このまま逃がすなんてあり得ないよな」


 こちらの様子に気付いてそうで、気付いていない感じがまた演技臭い。


「圏外……」

「何? 圏外だと……ジャミングか」


 ジャミングだとしたら用意周到過ぎるのか、いつでもどこでも万全の体制というわけなのか。

 どちらにしろ術中にはまってしまっているというわけだった。


「っ! 来るよ!」

「なっ!」


 瑠璃はスーツの男が投げた何かを藤堂ごと押し倒して避けた。

 振り向いてみるとスーツの男は両手の指に小型ナイフを計8本を挟んでこちらを見据えていた。というか睨み付けていた。

 飛ばされたものはナイフ。


「建物に逃げるよ!」

「あ、あぁ……」

「逃しませんよ、高校生」


 藤堂と瑠璃には後ろを振り返ることはできなかった。走っているうちに地面に刺さったナイフの本数を見ると10本を越えていた。よってかなりの本数を所持していると考える。

 曲がり角の直前で瑠璃の肩をナイフの1つが掠めた。

 サクッ、と。


「学校全土がジャミングされてるわけじゃないと思うから逃げながらかけつづけて!」

「わかったが、大丈夫なのか中川?」

「フィジカルにおいては藤堂君の3倍はあるよ」

「そんだけ言えりゃあ大丈夫そうだな」


 逃げながら電話をかけ続けているが一向に繋がる気配がなかった。後方からの追っ手は巻いたがいつまでも圏外のままだった。

 すれ違った一般客も同様にスマホが使えずあわてふためいている。


「今は人目があるから追っ手はいないけど、根本的に何も解決していない。迎撃はしないにしても秋月さんや神代に伝えないと」

「楓ちゃんはともかく秋月さんは気付いてるんじゃないかな」

「そうだな。10時に連絡しなければ行くと言ってたしな」


 クラス展示がされている教室と言い難い空間にて、今後のことを話し合う瑠璃と藤堂。

 壁に貼られている風景画に目もくれず、ながら見する2人の高校生はとてつもなく浮いていた。お嬢様学校だけあって結構な人が来ていたが2人は気付かず、そこを後にした。


「(神代と合流するためにはまたあそこに行かなければならない…しかし戦闘を避けてとなるとな…)」

「(意外と早かった……この際仕方ないかな)」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『楓俺が時間を稼ぐ間に皆に連絡してくれ』


 神代楓は菜花女学院の旧寮から押し出されてそのまましばらく動けず倒れていた。さらにしばらくすると何事も無かったかのように平気になった。


「早く友紀に連絡しないと……ここも圏外なの!?」


 寮内が圏外なのはまだ仕方ないと言えるが、森林だからって圏外なのは少しおかしい。楓はジャミングだと考える。

 そして、これからの行動を一瞬で考え始める。


 ――悠斗を捕らえた者は暗雲奈雲で確定。能力は不明な点が多いけど精神干渉系と考えるのが妥当。ここに来たのはたまたまなので悠斗の捕縛は突発性のあるもの、にも関わらず来るのがわかっていたかのように迎撃された。監視されていると考えられる。

 そしてこのジャミングをその監視していたもの、それでなくても関係者による行為だとしたら集団を形成しているということ。つまり今この状況も危険ということ――。


 後方から声が聞こえた。


「オールドでも2人相手はできないか……サイバーが相手なら仕方ないがな」

「…………」


 スーツを着こんだ小柄な男が手を合わせてこちらを見て、たたずんでいた。

 オールドというのが暗雲奈雲を指しているということはわかった。今の楓にはそんなことを気にする余裕はないが。

 太ももに巻いているスタンガンを取り出し付かず離れずな位置に移動する。


「やれやれ『硝子透壁グラスプレート』!」

「……んっ!?」


 さらに後方に下がろうとすると何かにぶつかった。だがそこには何もなかった。しかし左右を確かめると同様に壁のようなものがある。

 硝子透壁グラスプレートの能力は透明の壁を任意に生成する能力ということが推測できた。


「お前はもう逃げられないぞ神代楓とやら」

「名前を知ってる……」

「超能力協会の情報はどこの組織にも筒抜けなんだよ。だから用意に待ち伏せができる。お前の身柄は我々シンディザイアが捕らえる」

「シンディザイア……」

「そういうことで眠ってください」

「どうでしょうね、まだ昼にもなってませんよっ!」


 楓は透明の壁の位置を1回触っただけで予想し、アクションゲームさながらの壁キックで上へ上へと。

 10mほどのところで透明の壁はなくなり、最後の壁を蹴った後外側へ落下していく。それは男の真上、真上から攻撃をする。


「驚異的な予測能力と身体能力……これだけでも超能力と言えますねッ」

「くっ!」


 透かしたスーツ男に向けたスタンガンがガラスに押し潰された。壁がスーツ男から迫ってきて後方へ押しやられる。後方と言うよりも斜め上へ壁ごと吹っ飛ばされる。

 なんとか着地し、もう1つのスタンガンを取り出した瞬間、それは真っ二つにされる。スタンガン上部と中の部品がボロボロと落ちる。


「こんな風に透明のプレートを切断部分に生成することもできます。今回の目的は捕縛なので直接腕を切断とかはできないのでね、不死身ならともかく」


 不死身というのは誰のことを指しているのか。


「……ふぅー」


 息を吐きながら空手の構えをする。そこからは我流との組み合わせの足さばき、対人のための打ち込みを正面に放つ。

 案の定、透明の壁に衝突した。

 いつ、どこで、どのように攻撃されるかわからないため防御や回避のしようがない。気付かないうちに既に囲われていたということだ。


「私の力では破壊できない、と考えていますね」

「…………」


 悟られないようにしたつもりだがバレバレだった。物理法則を越えている現象を普通の人間にはどうしようもない。いくら楓が超能力者とは言え戦闘向きではないのでどうしようもない。


「では黙って寝てください」


 そう言って振り上げ、何かを遠隔で落とすように振り下げる。すると上から空気の流れを感じた。透明の壁で頭を強打して気絶させようという腹だ。

 パリン、という硝子が割れたような音が響いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「10時か……藤堂から連絡が来るはずなんだが……」


 同日、午前10時、藤堂から無事を伝えるための連絡が来るはずの時間。しかし、連絡は現在進行形で来ていない。

 と、言ってもまだ2分ほどなので秋月友紀も慎重になりすぎとまだ思っている。しかし心配するに越したことはないと気休め程度に行動を始めた。

 荒山研究所地下には超能力者を保護する施設がある。その一室には常にある人物がいた。

 地下のさらに地下のB2-1号室に秋月は到着、ノックする。はい、という返事を聞いてから扉を開けた。

 そこにはベッドに横たわった1人の青年がいる。


「君の力を借りたい、上島」

「もちろん秋月さんの頼みなら、いくらでも」


 爽やかな好青年の名前は上島将人うえしままさとという。訳あって研究所地下で寝たきりの生活を強いられている18歳の男。


「探している人物はこの5人だ」


 そう言って秋月は写真を取り出して上島に見せる。それは中川瑠璃、藤堂、瀧沢悠斗、神代楓、暗雲奈雲の顔を写したもの。


「私の視界から探してくれ上島」

「わかりました。では……『視界の又貸し(サイトスティーラー)』」


 秋月は愛車である黒塗りに乗って菜花女学院へ移動し始めた。

 10分ほど走り、広大な敷地面積に比例する駐車場に止める。それなりの警備のチェックを受けて校内に入った。この間10分ほど、現在時刻は10時30分。


「もしもし上島、始められるか?」

『もう始めてますよ、もう藤堂君と中川さんは見つけました。能力者から逃げているようです』

「流石だな、場所を教えてくれ」

『移動しながら闘っているようですね、3号館あたりです。敵の視界を見ていますが、不可思議な能力ですけどかなり強いです』

「わかった引き続き頼む」


 秋月はとりあえず電話を終了して3号館に向かった。結果的には既にそこには2人と1人はいなかった。

 校舎裏を見てみると、壁が凹んでいたり、地面が抉れたり、ナイフが刺さっていたり。

 もう一度上島に電話する。


「2人は何処にいる?」

『……車に轢かれた!?』

「どういうことだ、場所を早く場所を言え!」

『講堂と言えばいいんですかね。でも中川さんは何事もなかったかのように走っていますよ!』

「わかった、すぐに向かう」


 秋月は上島からの連絡を聞き講堂へ向かおうとしたとき足を止めた。浮いたような煉瓦造りの建物が森林の奥に見えた。


「上島、今すぐ私の視界に戻れるか」

『はい、戻れますけどいいんですか?』

「窓から女子生徒がいるだろ、彼女の視界を見といてくれ」

『わかりました、何かあったら報告します』


 怪しいところ全てに寄るわけにはいかないので敵がいる方を秋月が担当する。

 講堂へ向かっている途中でミニカーのようなものが無数に落ちていたことに気付く。妙にリアルな構造で見いってしまうほどの出来だった。


 講堂は菜花女学院演劇部と吹奏楽部等が通しで発表をしている。なかなかに人が集まり合流が難しくなるが、敵から逃げるなら好都合と言える。

 超能力者にとって世間にそれを隠すのは暗黙のルールのようなもので大人数の前では見える能力を使わない=闘わない状態となる。

 ナイフやらの攻撃から物理攻撃系能力と推測できる。

 少なくともここにいる間は藤堂も瑠璃も危険は少ない。


「んっ? 電話が繋がらないだと?」


 そして彼女もジャミングだと看破した。

 さらに今までの状況から「敵がジャミングする機器を持っているから連絡がとれない。ジャミングの反応範囲を考えると敵が近くにいるときは使えないと言える。つまり敵が近くにいるからこそ連絡がとれないということか」と推測。

 しかし、それだけで特定できるほどの人数の単位ではない。ジャミングの強度がわからなければ近付いてるかどうかもわからない。


 だが、ジャミングに関しては秋月友紀にとって苦手分野ではない。

 それは彼女の能力『凶電気ラフサンダー』の能力の応用。電気、電子を作用させて電波ノイズ以上の波を発生させる。

 あくまでも苦手分野ではないのでもっと強力なジャミングだったら無効化されるかもしれないが、もしそうなれば逆にかなり近くにいるという目印になる。


 そうしておかしなくらい簡単に見つけてしまう。


「貴様達は何者だ?」

「うぐっ!?」


 すれ違い様にスーツ男の右腕をひねりあげる。確実な確証はないけれど断定しにかかった。善良な一般市民にしか見えない、完璧に場に溶け込んでいるスーツの男を。


「きゅ、急に何ですか? 痛たたた!」

「…………」

「あああああ、うっぐ…!」


 さらに強く捻ると大声をあげたので腹にパンチをくらわせる。講堂通路かつステージ上映中により周りに人は極端に少ない。藤堂と中川瑠璃は一般人への配慮で通路を逃げているといったところ。


「途中でこんなに小さい車を拾ったんだがどう思う?」


 ポケットからさっき拾ったミニカーを取り出して締め上げながら男に見せる。男は何を言っているんだと言いたそうな顔で秋月のことを睨む。


「一体なんのつもりだ! 急に殴って!」

「それはこっちのセリフだよ」


 秋月は折れない。どうやったら諦めてくれるか男は考える。


「お前はジャミングする機器を持っているはずだ、出せ」

「そんなものどこにもありませんよっ!」


 男は探す振りをして左手でポケットに入っていた何かを投げた。それはとにかくたくさん舞ってキラキラと光を反射する。

 瞬間――。


「ナイフ!?」


 スーツ男の能力によって小さな小さなナイフが巨大化して複製された。能力発動と同時に瞬間的に力を入れられて腕を振り払われた。

 30本を超えるナイフが落下してくる。


「油断したな超能力協会!」

「……『凶電気マッドサンダー』」


 さらに瞬間――。

 輝きとともにナイフは全て落下した、秋月の周りに、1つもかすることなく完璧に。

男はひきつりながら言った。


「お前は『雷帝』か!?」

「まだまだこんなものじゃないぞ」


『放電』によってナイフの軌道をずらした。


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