4.秋の始まりと超能力
時は瞬く間に過ぎて9月30日。
2学期中間試験は来週と迫っていた。この頃は超能力に関わることがなかったので余裕をもって勉学に励むことができた。
しかし、何もなかった訳ではない。むしろ何もなかったのが問題と言えるほど。
蓮華とパフェを食べに行って以来楓を見てないし、連絡も取っていない。
付き合ってるわけではないから不自然ではないけれど精神衛生上良くない。もしかしたら怒ってると思うと夜も眠れない…わけではないけど。
それでもアクションを起こさなかったのは……そういうことなんだろう。俺も楓も。
9月前半は女誑しと呼ばれるくらいハーレム状態だったが中旬にかけてはまったくといって女子と話さなかった。
蓮華にも平野さんとも特別何かを話した記憶はない。
おかげで男子の友達らしきものがいくらかできた。
1人のほうが好きだから圧倒的に孤立しているけど頼れる人がいるのはとても安心する。
今日は久し振りに楓にメールしてみる。内容は一緒に帰ろうだ。すると直ぐに返信が来た。
『厄介なことが起きてるから今日は……』
不穏なメッセージだった。これは超能力に関わっているのではなかろうか。気になってさらに掘り下げてみる。
『参考までに今どこ?』
『色々』
はぐらかされたので自ら探すことにした。メッセージからは焦りなどは感じられないので超能力事件ではなさそうだけど、困ってるなら助けてあげたい。
放課後になると校内の色々な所を回った。全ての教室を覗いたけれど見つけることができなかった。
用事があるならそう答えるはずなんだけど。一目につかないところにいるのか。
「まさか誰かに告白されてるとか?」
楓は確実に蹴る、それはわかっているのでそんなに心配していない。ストーカー紛いなことしてるな俺最低過ぎる。諦めよう。
諦めて校舎から出たところ、昇降口で3人の女子がたむろって下らない話をしていた。なんと素通りしようとした俺に気付くと予想に反して話しかけてきたのだ。
「君が瀧沢悠斗、君……だよね?」
3人のうち真ん中のリーダー風の女の子がそう尋ねてきた。後ろの2人は付き添いらしい。
セリフを可愛いく言ったつもりだろうが俺にはかなりの耐性がついてるから効かないな。
「そういうあなたは誰ですか?」
なんだこの今時の若者っぽいJK。髪はフワッフワのセミロング、そして茶色がかっている。中川さんよりチャラい。
「私? 花園綾乃っていうの」
最近やっと衣替えした冬用制服についている校章の色から2年生ということがわかる。結構可愛いけど今はそんなことどうでもいい。
「あなたの名前のんて知りませんげ、何のようですか? 忙しいんですけど」
ここは強めに言うことで警戒していることを暗に示唆させる。
「君、神代さんと付き合ってるって本当?」
「……付き合ってませんよ」
ため息を出しそうになった。どいつもこいつの手繋いだだけで恋人とかって安直すぎるし、それも1か月前の話ですよ?
確かに紛らわしいことしたのは言い訳できないけど。若者の旬はもっと早いものだと思ってたがそんなでもないのか。
「そう、なんだ」
そう呟くと花園先輩は自身の右手を俺の左頬に伸ばす。少し冷たいと感じたがすぐに馴染んでいく。
何のつもりだ?新手のナンパ使いか?
「…………」
「ふふ、じゃあね瀧沢悠斗君」
けど何事もなかったように3人は何処かへ歩いていった。
うん、あからさまにおかしいな。取り巻きの2人の表情も何か無気力に感じられたし何か裏がありそうだった。
懸念はあるが、今はテストを頑張らなければならない。1年生だから割と簡単だけど社会と理科は前もってやってないと点が取れない。
10月となりテストまで1週間を切った。
しかし、クラスの雰囲気はいつも通り弛かった。そして俺ものまれ気味だった。
休み時間毎に机に伏せて仮眠を取る。
昼休みも飯を食ったら直ぐにそうしようと思ったが気まぐれで屋上に行くことにした。屋上開放されてないけど。
最上階の6階をさらに上っていくと妙に薄暗い空間があり、心を変にドキドキさせる。その空間が地味に好きだったりする。
と、話し声が聞こえてきた。
水をさすのは悪いから帰ろうと思ったが知っている声だったので足を止める。
「(これは花園綾乃の声だっけか?)」
記憶新しい声だったので直ぐに思い出した。
よく聞こえないが口調もセリフもキツい。言い争っているようにも聞こえる。
被害者にはクラスの上位カーストのやつに絡まれて御愁傷様としか言えない。
上手く立ち回っていじめられないようにと祈って本当に戻ろうとしたとき、また知ってる声がした。
「(まさか……楓!?)」
楓が何故花園綾乃に絡まれるかはこの際置いておく。俺こと瀧沢悠斗は楓が関わると一も二もなく放っておけないようだ。階段を踏み出す。
「あれ、どうもこんにちは花園綾乃さん。随分大きな声を出してましたけど」
「あれ? 瀧沢悠斗君じゃん。何でいんのかな?」
相変わらず取り巻き2人を連れて軽い口調でそう言う。
「あれですよ、暇潰しですかね」
「ふーん、まあ、今でもいっか」
「は?」
楓は相変わらずのポーカーフェイスで何を考えてるのかわからない。前も気になった取り巻き2人も意思が無いみたいに佇んでるだけ。
花園綾乃は何かを仕掛けようとしている。そんな物騒なものではないと思うけど。
「悠斗君、あなたは私のことが好き、そうでしょ?」
発せられた言葉ははっきり言って意味不明だった。それにこの確信に満ちた発言――あれだよな、多分無効化してるよな。
「はい、違いますね」
「聞いた? 神代さん! 瀧沢悠斗君は私のことが………今なんて?」
「待ってくださいメールが来ました」
と、言って楓に『後で話そう』とメッセージを送ってから質問に答える。合理的虚偽というやつだ。楓がメッセージを見ているときにはもう遅いけど。
「まさに美そのもの! 全世界見てもここまで美しくて、可愛いくて、尊い存在はいませんね」
明後日の方向の答えでこの場は濁す。
「おっとそろそろ行こうか神代先輩、よっと」
楓の手を取って階段を下っていく。呆然として俺達を見ている花園綾乃は無視して離れる。
口を開けて驚いてるのは笑えるけど、ガチで驚いてるから実際には笑えなかった。
「ちょっと悠斗」
「あの状況にいるのは流石にキツかったんだよ」
そのまま1階まで下り、人目につかないところまで移動した。また噂になるのはごめんだから周りをよく確認してから。
「花園綾乃は能力者だと思う」
「やっぱりそうかな?」
「気付いてたのか」
「妙に接触しようとしてきたから、多分触れることが能力のトリガー」
「それを俺は無効化したわけか。能力はいまいちわからないが洗脳ってとこかな」
思いの外直ぐに結論が出てしまった。ならばどうにかするだけだ。
超能力協会に送り届けるか、説得するかすれば解決だ。あとは俺に関わってきた理由がわかればいい。
それは楓にも言える。楓が最近忙しそうにしていたのと関係するかもしれないし。
「で、楓は何でアイツらに絡まれてたんだ?」
「それは、あの噂のせい……かな?」
「それ1か月前だけど……」
「1か月前から言われ続けたの。調子乗ってるとか言われて」
「めんどくさいな最近の女子高生は」
「さっきのセリフからして悠斗に自分を好きって言わせて私を笑うつもりだったんだろうけど」
それで俺に接触し洗脳しようとしたわけか。それを見事に打ち砕いてしまったらしい。それに俺と楓は付き合ってないとも言ったはずなんだが。
「これは中川さんに来てもらったほうがいいかな?」
「やたらめったら能力使われるのは避けないとね。洗脳だとしたらかなり強力そうだし」
楓に久し振りに会って、話したのに普通だったというか冷静だった。超能力に関して楓は特別な想いがあって、ある意味感情的になる。
有り体に、極端に感情が薄くなっている。やっぱりこういう顔は見たくないと深く思う。
「花園綾乃がそんな簡単に退いてくれるかはわからないけどさ」
「…………」
まったく女の感情はわからない。調子に乗ってるの定義と基準を是非とも教えてほしい。楓がただ嫌いなだけなのかどうか。
「この件についてはもう少し調査する必要があるな」
場違いなことに、この瞬間俺の中には楓を好きという感情よりも、普通の女の子に戻してあげたいという願いのほうが強かったことに気付いた。
それは根幹を揺るがすクリティカルな真実なのかもしれない。
「と、いうわけで勉強教えてくれ蓮華」
「社会科は覚えるだけでいいでしょ?」
「教科書見るのは時間効率が悪いから、ポイントをね」
と、言うのはテストが明日から始まってしまうからだ。そして1日目に日本史と世界史の両方がある。
なのでちゃんと勉強してそうな蓮華に最速攻略のヒントを貰えるように頼み込んでいる。
「最短攻略にはこれしかないんだ!」
「そう私にもお願い蓮ちゃん!」
美希も同じことを考えてたらしい。美希がいれば蓮華はすぐ了承しちゃうんだよな。女通しの友情とはなんなんだろうか?フットワークが軽すぎて引くくらいだ。
さらに平野さんを加えて4人で勉強することになった。期せずしてハーレム状態になってしまった。
予定では1:1だったのに、男子からの視線が痛いことになってる。まったく気にしないけど。
今日、10月6日になっても花園綾乃は行動を起こさなかった。
日に日に何か悪いことが起きる予感が増していく。いつ何が起こるかわからないのがストレスになっている。
でもテスト前だから何も起こして欲しくない。けど不安で不安で仕方ない。
「瀧沢君……最近体調悪いの?」
平野さんが珍しく心配してくれた。いつもは当たりが強すぎて萎えるんだけど。
「いや普通だけど。なんでそんなこと聞くんだ?」
「別に」
平野晴子の能力、オーラ可視はその人のテンションがわかるらしいが今は無効化されている状態だ。
「えーと……ハリスさんとは何者?」
「ハリスはアメリカ外交官で日米修好通商条約を結んだ人」
美希は何から何まで蓮華に教えてもらってる。俺と平野さんが何を話してたかなんて気にしてなかった。
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それからあっという間にテスト期間は過ぎていった。
感想としては国語ダメ、数学普通、英語普通、社会ダメ、理科ダメといったところだった。
言ったら、蓮華に普通の基準が高すぎると言われた。
教室では「ある意味終わった」というベタついなセリフが飛び交ってる。1週間もしないうちに全教科の答案が返されるだろう。
けど、結果はこの際何でもよかった。
不安要素の1つのテストが終ったので心置きなく花園綾乃の件に集中できる。今日にでも中川さんを呼んで記憶を消してもらうつもりだ。
花園綾乃と楓は同じクラスって言ってたことを思い出し帰りのホームルーム前に教室をチラ見すると――。
「あ! なんだこれ!?」
無数の机が横に倒れて乱立していた。今この時も机が落ちて床を凹ませる音が聞こえた。
俺はこの状況にデジャブを感じる。天城高校開校記念日、銃声が響いても誰一人目覚めなかったあのときの感覚。
大音量にも関わらず隣のクラスから誰かが現れることはない。
迷いなくドアを開くと。
「これは一体! ――なっ!?」
扉を開けた瞬間、目の前に椅子が飛んできた。足の力を抜いて椅子を下から見る体勢になる。
俺の能力『サイバー』の生態装甲を右腕に纏いそのまま椅子をアッパー。椅子は4つの足が完全に埋まるほど天井にめり込んだ。
「生態装甲を出し惜しみするほど手加減はできないな」
「府ははは、神代楓が私の物に、はははははは」
そこにはクレイジーに叫ぶ花園綾乃がいた。
説得も視野にいれてたけど……もう手遅れのようだな。
「本体が倒されれば能力は解除される。それがセオリーだよな」
「瀧沢悠斗! これから私が神代楓に何をしようとしてるかわかる?」
「……今なら1発で許してやるから離せよ」
「できるもんなやってみ、全校生徒を相手できるならねっ!」
クラスにいた生徒が全員俺のほうに目を向けてきた。廊下から大人数が歩いてくる音が聞こえる。
まるで傀儡だ。
「生態装甲、四肢」
青の装甲が四肢に水が滴り落ちるように、上からだんだん纏われていく。伴って視界も水色に変化する。
教室内の洗脳傀儡が襲いかかってくると同時に廊下のほうに向き直り、窓を開けてから外へダイブした。
「私がそれで追跡を止めさせると思ったのなら究極のバカね。落ちてでも追ってっ!息の根を止めるまで!」
操り人形のごとく言葉通りに窓から落ちようとする傀儡。6階の高さなら大怪我で済まないが、その前に蹴りをつければいいだけだ。
花園綾乃の肩を青い腕で後ろから掴む。感触に花園綾乃の体が震えた。
壁を蹴って屋上にまで登って、逆側の窓に回り込んで教室に侵入した。自分でも驚くくらいの運動神経だ。
「我慢しろよ……何発叩き込むか決まってないんだ」
「こ、この神代楓がどうなってもっ……あがっ!」
何かする前に後頭部を1発殴ると気絶して前に倒れこんだ。呼応して操られてた生徒たちはその場に倒れむ。
幸運なことに全員が全員気絶してくれていた。
左肩に花園綾乃、右肩に楓を抱えて足早に教室を出る。そして鍵を能力で解除して屋上へ連れ込む。
気を失ってる女の子を2人抱えて屋上に連れ込むって客観的に見たらかなりヤバい光景ではあるが。
全貌は見えなかったが明星高校生徒全員、教師にも『洗脳』をかけていたらしい。能力解除よって皆気を失っている。つまり今この瞬間は俺しか起きていないということになる。
一帯が静寂な空間を包まれる。吹き込む風の空駆ける声がはっきりと聞こえるような感覚。
気分的の問題だがいつもより太陽が明るいようにも見える。日差しには夏の残り香はなかった。
こんなことを思っているのは冷静に自分を考え直すため。
さっき花園綾乃のセリフを聞いたとき俺は怒った。怒ったけど殴る瞬間、ふと冷静になったのだ。それが不自然だと感じる。
冷静にならなかったら殴る以上の何かをしただろうという確信はある。
「……んっ?」
「やっと起きたか楓」
実際は寝顔を堪能していたので『やっと』でもない。とてつもなく可愛いかったのでむしろ残念なくらいだった。
「悠斗……花園さんは!」
「そこでぐっすり寝てるよ」
隣に眠っている花園綾乃を指刺す。それから超能力に関してありのままに起こったことを話した。
「そう……全校生徒を操ってたんだ」
「ほら皆起き出してる」
下階から何で眠ってたとか今何時とかいう声が聞こえてきた。帰りのホームルームもそろそろ始まる時間。
でも、今は楓と過ごそうと思う。話したいこともあるし。
「結構考えたんだけどさ、俺はやっぱり楓に超能力に関わって欲しくないと思う」
「…………」
関わる理由を知ってるからこそ楓の顔をまともに見られなかった。
「すごく心配になったんだよ。怖かったんだよ……」
夏休みに俺が人を初めて殴ったとき自分が怖くなったけど、それ以上に楓を失いたくないと思った。
「楓が何故超能力協会に協力してるかは前にも聞いた。楓が望むなら俺も手伝っていいけど……それっきりにして欲しい」
「それっきりって……」
「だからそれまでは俺が守るよ、戦うよ。だからさ――」
俺は何処かでまだ本音を封じていた。それをようやく少し解き放つことができた。
それが修羅の道だということも理解している。それでも一緒にいたくてたまらない。これは絶対に揺るがない。
俺は俺の覚悟を聞いてもらうために話しただけ、だからこの話はこれで終わりと付け加えた。
楓からの返事は暫くかかるようだ。
「中川さんに連絡しないとな。あの人もしかして毎日こんな感じなのか?」
「関東には2つの支部があるから往復してる感じだね」
「後で労っておこうかな」
顔にはでてないけど疲れているかもしれない。俺もできるだけ超能力者は仲間に引き入れる感じにする。
このあとは1時間もの間ずっと楓の隣にくっついて座っていた。肩と肩が触れあう、ただそれだけ。でもお互いの芯の熱を感じるには十分だった。
「(これからどうしようかな……)」
中川さんを待って1時間たったが、そろそろ花園綾乃が起きてもおかしくない。連続して気絶させるのは健康に害をなしそうだからこれ以上はやりたくない。
とりあえず雑談。
「テストどうだった?」
「花園さんにカンニングペーパーを机に入れられてた」
「それはだいぶピンチだったな」
「うん……でも気付けたから大丈夫。問題は全部解けたし」
「やっぱり頭いいんだな」
「誰でもできるよこれくらい」
「そうだな。勉強は誰でもできるな……」
軽い雑談から垣間見える凄さに驚きつつ待っていると、『記憶消去』の能力者の中川さんがやって来た。制服を手に持って、ブラウスを捲ってることから頑張って走ってきたと思われる。
「急いできたのに……お邪魔だった?」
まさか俺と楓の関係を知っているのか。付き合ってはないけど好き合っている微妙な関係を。
「いえお忙しい中ありがとうございます。早速記憶を消して欲しいんですが」
「そうだよね~」
「何か期待してたんですか?」
「ははは、ちょっとだけね」
中川さんは横たわってる花園綾乃の額に人差し指をあてて目を閉じた。超能力に関係している記憶を探しているようだ。
しばらく楓と見守ってると中川さんはダメだね、と呟いた。
「ダメってどういうことですか?」
「私の能力で能力を消すはずなんだけど、例外が1つあって今回はそれに当たっちゃったわけ」
「例外?そんなのあるんですか?」
何故そうなのかも知りたいが、それよりもその場合花園綾乃はどうなるのか知りたい。
「ようは過去における超能力の占めてる割合、重要度かな」
「全然わかりません」
「えー。例えば君が楓ちゃんの記憶だけを無くすとする」
「はい」
「この場合、あの時君はどうやって立ち直れたかわからなーい、ってなるわけだよ」
「……何故それを知ってるんですか……」
天城高校で事件が起こった後に判明した超能力者とそれにまつわる事件。アイツに腹を殴られた後の話のことだ。落ち込んでる俺に楓が勇気をくれたっていうアレ。
「それで誰に助けられたっけ? ってなる訳……わかる?」
「大体わかりました」
「マジかよ」
要はどれくらい心、過去の支えになっているか。
超能力に頼ってきて生きていた人物なら、自分がどうやって今まで生きてきたか見失うわけだ。それが記憶障害として現実に現れる。
「わかりましたけど、それってどうするんですか?」
「説得するしかないね」
「無理っすよ多分……」
「無理っすよと言われてもね~」
「何しでかすかわからないんですよ。さっきも能力で全校生徒を操るし……」
記憶ではなく、超能力だけを分離する方法があればいいんだが。『分離』の能力者とか、『強奪』の能力とか。いればの話だけど。
そういえば俺は無効化する能力を持ってたな。無効の意思を持ちながら花園綾乃に触れ続ければいい、と。
「試しに……生態装甲、手のひら、紐、無効……」
右手の手のひらから青の粒子で出来た細い紐を生成する。これには能力無効の意思が込められていると思う。
もしかしたら直接ではなくても俺の能力の『サイバー』の粒子さえあれば間接的でもいいのかもしれない。
「楓、手を出してくれ」
「う、うん」
「よし、能力を使ってみてくれ」
楓の左手の薬指に紐を軽く結ぶ。結んだ場所に特に意味はない。つい目に入っただけ。
楓は着ていた制服に触れた。
「能力が使え………る!?」
「使えるの!?」
「使えるけどぼやけてる」
「つまりはジャミングってことかな?」
中川さんが見た目に反する意識高めな発言した。頭いいし、コンピューターも得意なのかもしれない(偏見)。
「本当に薄くだけ使える感じ」
「それなら成功ってことでいいよな」
「その『洗脳』の度合いによってだけど」
「確かにコイツなら2、3人くらいは平気で使いそうだな……」
今はぐっすり眠って可愛いらしい。けどさっきの狂喜に満ちた表情を思い出すと愛でる気にはならない。
「そんな弱気になってどうするよ瀧沢君」
「な、中川さん……」
「その時はその時だよ! ダメなときはまた考えよう!」
「さすが中川さん俺にはできないことを平然とやってのけるゥ」
「ははは、ノリいいねぇこんなときだけど」
と、いうことで無効の意思を編み込んだ糸を花園綾乃に巻き付けることで妥協した。
今日の記憶だけは中川さんに消去してもらった。
明日には花園綾乃にとっては昨日の記憶がない、そして能力が弱まってヤベーイ状態となる。
なけなしの作戦だったが意外と解決したように思えた。あとは楓に頑張ってもらうだけ。絡まれないように頑張ってくれ。
中川さんは颯爽と帰っていった。その後ろ姿は男ですら嫉妬しそうなほどクールだった。
制服を肩にかけるのは男の特権だろ。中川さんマジぱねぇっすわ。
「花園さんを移動させて帰ろうか楓」
「……うん、わかった」
お姫様抱っこしながら階段を下ってると花園綾乃が目を覚ました。丁度2年の教室についたので床に放置して下校する。
中間テストも終わり、洗脳能力者も妥協案とはいえ対策ができたし、ようやくゆっくり休める。
文化祭もあるので気を抜くことはできないがいかないが超能力事件と比べればだいぶ気楽なものだ。
「今年までに楓のことも何とかしておきたいな……」
天井を見つめながらそう呟いた。こういう独り言をしてしまうのは誰かに聞いて欲しいからなんだろうと思いながら。そんな弱い自分が本当に嫌だ。
失意の中でも、いつの間にか寝てしまっていた。
翌日からはテストが順々と返されてきた。点数は悪くないが、テストステロン的である。ちなみにテストステロン的というのは中毒みたいに点数が同じという言葉だ。
「ねぇ、君の合計点数は?」
俺をけなす気満々で平野さんが尋ねてきた。悪かないけど平野さんに勝てるかどうかは自信がない。
答案をまとめて押し付けてると、平野さんは不意に息を漏らした。
「……なっ」
「どうだったんだ? まさか俺に負けたとかあ?」
平野さんは驚きで言葉を失ったようだ。俺の声も届いてない。
世の中都合の悪いことも起きる、っていう良い教訓になったな、って本当に固まって動かないんですけど。
「ちょっと拝借しますよ~」
平野さんの左手に握られている紙に記入されている合計点数を見ると……なるほど。そんなに俺のこと嫌いだったのか。
「どうしたの二人とも」
見かねて蓮華が話を振ってきてくれた。
「蓮華……何点、というか何位だった?」
「私? えっと、1位だけど……」
「そうか、俺達は同率2位なんだよ」
「そ、そうなんだ……」
平野さんの右手に握られている俺の成績表を取り上げる。意気消沈している平野さんを席まで送り届けた。
ふと、蓮華がこんなことを言った。
「でも意外かな」
「何が?」
「黒岳君は1学期は全部100点取ってたから」
「へ~、黒岳ね~」
このクラスで一番頭がいいと言われている男子生徒。
俺と黒岳の知られざる関係については後々話すことがあると思うから今はいいとして。
人間失敗するときもある。こういうとき完璧主義者はイライラするに違いない。俺には縁がないがな。
「あとは文化祭の準備かな。瀧沢君は何やるかまだ知らないんだよね?」
「そういえば聞いてないな。ではそれは?」
「それは……」
蓮華は満を持してという感じで言葉を止めた。何呼吸かおいた後さりげなく口にした。何事もなかったかのように。
「……メイド喫茶…」
ベタだけどリアルで採用する高校なんてあるのかという感じ。
「……なるほど。よくそれになったな、反対意見とかありそうなもんだけど」
「それがまさかあんなことになるとは思わなかったから。今さらながら陰謀を感じるよ」
これ以上聞くのは止しておこう。
文化祭の準備の役割分担も1学期中にだいたい決まっていたらしいので、俺は雑用をやらされるようだ。やっぱりなんだかんだ雑用が一番だな。何も考えずに作業するのは楽だから。
「俺の昔いた高校の文化祭は9月だったけど、ここは10月なんだな」
「近くの高校と同じ時期にやって集客したいらしいよ」
「へー。模擬店の金はどうなる?」
「売上はクラスで分割」
「なるほど。それならやる気が出るってもんだな」
そこはかとなく何かが起きる気もしながらも、学生として謳歌しようじゃないかと高揚していた。最初からそのつもりだったし。
翌日のホームルーム前に楓から『花園さんは大丈夫そう』という連絡が届いてひとまずは解決した。
担任の中田先生がテストに関してありがたい言葉をかけてくれたところで1時間目のチャイムがる。
1000円する太さ0.3のシャーペンでペン回しをしながら授業を聞いていたら奇妙なことに気付いた。
「何だ……」
気付いたと言うより、起こったという方が正しい。
景色が少しずつ変化しているのだ。窓際の一番後ろの席というのは変わらないが、いつもなら前にいるはずの神無月君が雪野さんに変わっている。
「これは……」
この席はいわゆる名前の順。転校生の俺は最後の席となるため前に雪野さんがいる状態となる。
そして机の上にあるはずの教科書は、数学のテストに変わっていた。
そこから導きだせるものは――。
「(6日前に戻っている!?)」
タイムリープはアニメ等の物語でも割と多い展開。フィクションとは言え、ある程度の組み合わせを知っている俺なら上手く乗り越えることができるかもしれない。
まず俺は6日前、2学期中間テスト初日目に戻ってしまった。そして1時間目の数学Ⅰのテストを再び受けることとなる。
前回は98点、答え合わせをしたので今度こそ100点にできるが、ズルをしたみたいで罪悪感がある。とりあえずやるんだけどね。
終了を告げるチャイムが鳴ると教室は喧騒に包まれた。まったく同じものを6日前にも見た。
この現象は超能力で間違いはない。そして能力者は通常の歴史と違う行動をしているはずだ。
その能力者に都合がいいように事実を改変しているに違いない。メリットがある人物こそが能力者本人だ。
「面倒なことしやがって。誰だよタイムリープ能力者は!」