1.そこにいたモノ
夏のホラー2016参加です。よろしくおねがいします。
その日は、気持ちの良い快晴だった。
俺は今日、初めての一人暮らしをする!
今までずっと実家通いだった俺には新鮮だ。なんだかすごく自由になった気がする。
引っ越し先は築30年というぼろアパートだが気にしない。
とりあえず寝られればいい。
最初は仕事が忙しくて、きっと寝に帰るだけになるだろうし。
俺、神埼空人は、二日後から新採用された職場に出勤する。明後日から仕事なのに、今日引っ越しはないよな――
そう思うが、ギリギリまで引っ越し先が何故か決まらなかったのだ。
決まったかと思ったら、急なキャンセルが入ったとか。意味が分からない。不動産屋のキャンセルってなんだ。
まぁそんなわけで大急ぎで引っ越しの片づけをしなければならない。
と言っても大したものはない。
テレビの配線は業者が済ませてくれたし、ベットの組み立てまでやってくれる。今の引っ越し業者って親切だなー
俺は布団袋から布団を取りだし、本棚に学生時代使用していた教科書を並べて、上段の方は趣味のマンガだ。
きっと教科書はこれからも活躍する――というか、これからの方が活躍するのかもしれない。
これは一旦サラリーマンになったのにそこを辞めて、俺と一緒の学年に入試を受けて一緒に卒業した「自称人生の先輩」からのお言葉である。
俺はPT、と言っても分かる人は少ないかもしれない。理学療法士のことを通称PTという。俺はそのPTとして、結構大規模の急性期病院に就職が決まったのだ。
俺が必死で片づけをしていると首もとにスルッと触れるモノを感じた。
「ああ、分かったよ」
俺は段ボールの中を探し、一つの写真立てとおちょこの様な小さな器を取り出した。
テレビの横の邪魔にならない場所に置く。
「ちゃんと片付いたら良い場所に置いてやるからここで我慢してろよ」
と、器の中に水を入れておく。
こいつは「ヤマト」
俺が昔飼っていたフェレットだ。享年5歳。
確かにものすごく可愛がっていた。温厚な性格でむやみに威嚇の声を出したりしないし噛んだり暴れることもなかった。同時期に3匹のフェレットを飼っていたのだが、俺はこいつと妙に相性が良かった。
----しかし、死後までついてきてくれるとは。
一時は俺も悩んだ。いくら可愛い可愛い家族とは言え死んだら行くべきところへ行かなければならないのではないかと。
しかしここでも、自称人生の先輩は役に立った。
「お前、そのイタチに感謝されてるんだよ。恩返しさせてやりな」
ジンセイのセンパイは、何でもない普通のことのようにそう言った。
それからこいつは俺の守護獣だ。
--------どの位役に立てるのかは全く未知数だが。
何しろ生前のこいつはものすごく、どんくさかったからだ。
だけど、俺の大事な家族が今でも俺の側いいる。
それは俺にとって幸せなことだ。
------あ、まただ。
この部屋に入った時に感じた違和感。
それが分かった。
線香の匂いだ。
---別に仏壇があれば線香の匂いなんて珍しい物じゃない。
隣か、もしかしたら下の階か?そのあたりの住人の仏壇の線香なんだろう。
別に気にすることじゃない。
二日後、仕事が始まったらもう、線香のことなど気にする暇はなく、ヤマトのことすら忘れてしまう位忙しかった。急性期病院をなめていた。急性期病院はPTの数が少ない。それだけリハビリまで行きつける人が少ない事もあるが、病院がPTの数を抑えて、慢性期になるかならないかという段階で患者を押し出したいのだ。「しっかりリハビリのできる病院へ行きましょうね」って言って。慢性期になると取れる入院費は格段に下がるのだ。
しかし、急性期のリハビリは、その予後を左右する。
そこの経営的な策略が入っていいのか!?
そう思うが超ペーペーの俺の意見が通るわけがない。
出来る限り、時間の許す限りリハビリの必要な人の所へまわって、へとへとになって家に帰る。
そんな時期がしばらく続いた。
何時からだろう。
部屋の中が何だか変だ。
最初は、暗くなってから家に帰ったら電気がついていた。
消し忘れたか?
そう思っただけだった。
しかしそれは数日続いた。
これは変だ。
俺は大家に電話して電気屋を呼んでもらった。
結果は異常なし。
釈然としながら次の日も仕事に行ったが、帰宅すると電気がついている。
だが、肩の上にいるはずのヤマトからは警告の声は聞こえない。
なにかいるとしても、害のあるものではないのだろう、そう結論付けた。
次は足音だった。
タタタタタッと言う、軽い足音――おそらく子供?
しかし子供の足音にしてももう少し音がするものじゃないか?
しかし、下の階に小さい男の子が住んでいるはずだ。
確かこの部屋の真下じゃなかったか?
だったらまぁ、不思議でもなんでもない。
この時も、やっぱりヤマトは反応しなかったし。
次はテレビだった。
一週間働いて、やっと休みだと思い、一日中寝る気だった俺はテレビの音で起こされた。
テレビは戦隊シリーズもののオープニングが、今のおれには頭痛がする位元気なテンポで流れていた。
俺もむかーしは見てたかなぁ?
眠かった俺はテレビを消して布団にもぐりこんだ。
数分後、またテレビがつく。
俺が消す。
数分でまたつく。
俺が消す。
5回ほどつきあったがいい加減キレた。
「いい加減にしろ!」
そう怒鳴ったら、もうテレビはつかなかった。------その日は。
起こる現象自体は大した事ではない。
日曜日の安眠を妨害される位だ。
あれからも日曜日の戦隊モノの時間は毎週テレビがついた。
おかげで俺は、オープニングなら歌えるほど覚えてしまった。
帰宅時の明りがついているのも、まだ続いている。
足音も、線香のにおいも既に慣れて気にならなくなった。
やっぱりヤマトは何も言わない。
時々首もとや足元。膝の上などにすり寄って来るだけだ。
一応、大家には確認した。
この部屋やアパート内で事故や自殺などは起こっていないと言うこと。
この辺は最近告知義務が出来たから信用できるのだろう。
一体何がいるんだろう----?
もう、何かがいることは確定にしていいだろう。
ただヤマトが何にも言わない。
以前、専門学校の仲間と、所謂幽霊スポット?、出ると評判の廃ホテルに行く事になった事があった。
その時のヤマトの騒ぎ方は尋常じゃなかった。
俺は腕を引っかかれ、ホテルに行く前に心霊現象に遭ってしまった。
ここまでヤマトが止めるのだから、と俺は行くのをキャンセルしたのだが、その時行ったメンバー3人のうち2人が交通事故に遭っている。
命に別条がなかったのが幸いだった。
このことが遭ってから、俺はヤマトの危機察知能力だけは信用している。
しかし俺に危険がないモノだとしても、俺が借りた部屋に俺以外がいるのは何だか理不尽だ。
家賃は俺が払っているのに。
そんなことを考えているうちに、おこる怪異は頻度もバリエーションも増えて行った。
俺は軽いミリオタ(ミリタリーオタク)なので、部屋にはモデルガンが置いてある。
中には数万するものもあるのだが、それが床に落ちていたこともあった。
台所の水の入ったコップが倒れていたこともある。
マンガが散乱していたこともあった。
いい加減にしてもらいたい。
俺は仕方なく「人生の先輩」に相談することにした。
センパイは俺のアパートの近くに住んでいて、近くのリハビリ専門施設で働いている。
看護師や医者よりもPTが多い、本当にリハビリに特化した施設だ。
先輩に電話で一連のことを話した。
そしてヤマトが反応しないと言うことも。
「そのイタチの言うことは信用していいがなぁ…」
と言った後、少し考えて
「次の休み、そこ行って見てやるわ」
と言うありがたいお言葉をいただいた。
何しろ先輩は「見える」人だ。
見えるだけで、他に何が出来るわけでもないのだが、少なくとも何がいるか分かるだけでも安心できるかもしれない。
待ち合わせは次の土曜日。
先輩はうちに泊まってくれることになった。
日曜日には必ずテレビがつくからだ。
その他の現象は、時間は不定期で頻繁に起こることもあれば、パタッと止まることもある。
土曜日。俺は先輩を迎えに待ち合わせ場所の近所のコンビニまで出るところだった。
「こんにちは」
と、後ろから急に声がかけられた。
「あ、こんにちは!今日は木下さんもお休みなんですか」
「ええ、会社員はこう言う時便利ですよね。神崎君は土曜出勤もあったんじゃなかったですか?」
「一週間ごとの交代なんです。今週は連休です!」
俺は笑ってそう答えた。
この人は一階に住んでる木下さん。会社員で大体決まった時間に出て、帰宅時間も同じ位。出る時間が俺と同じ位なので何度か会っているが、感じのいい人だ。
---なんだけど。
この人と会うとヤマトが警戒する。
あいさつ程度なら俺の肩に爪を立てる程度だが、近づくと「シャ―――」と威嚇音を出す。
家の幽霊を威嚇しないくせに、こんな温厚そうな人を威嚇するってどうしたんだよお前。
俺は先輩の「イタチは信用できる」と言う言葉が俄然信用できなくなった。
近所のコンビニまでは走れば5分かからない位だ。
先輩はすでに待っていた。
「おー、相変わらず憑いてんなー 義理堅い奴だ」
と、笑う。
先輩はヤマトがお気に入りのようだ。
「で、まだ続いてるのか? その、いろんな事は」
「続いてますよ、聞いてください俺の大事なコルトパイソンやP90の廃サイクルカスタムが――――」
「黙れミリオタ。その話はいい。テレビと、足音。それと――?」
「後気になるのは、線香のにおいが妙に鼻につくところと、マンガとかの物が散乱したりすること位ですかね?」
「まぁ、確かに大したことはないと言えば大したことはないのか……」
「だから今まで普通に住んでるんですけどね」
ちなみに今は7月だ。
何かいるのなら、3か月以上のお付き合いになる。
正直、気になると言えば気になるのだが、この立地でこの家賃は捨てがたい。
「それでお前、最近そのイタチの警告を無視してやばい所へ行ったりしなかったか?」
「はぁ? 俺がヤマトの言うこと無視したら引っかき傷だらけになるの知ってるじゃないですか。行きませんよ」
そう答えたら先輩はマジマジと俺の顔を見た。
「ホントにその部屋ではイタチの警告は無かったんだな」
「ええ全く」
先輩は納得いかないような顔で俺のアパートへの道を歩く。
角を曲がって、アパートの全景が見えるとことまで来たら、先輩はピタッと足をとめた。
「----先輩?」
先輩はアパートをじっと見ている。
その、眼の焦点が合っていないような表情は、俺の目には見えないものを見ている時だ。
----外から見える「何か」があるっていうのか?
「お前、すぐこのアパート出ろ」
確かに昔から理不尽なことをいきなり言いだす人だった。
しかしいきなりこれは無いんじゃないのか?
「そんなこと言われても……」
「ここはやばい。----さっきお前に会った時、変なモノが憑いていると思ったんだ。ユーレイとかじゃない。何か変なモノだ。このアパート、その変なモノの気配が強い」
「そうはいってもここまで家賃が安い物件なんて――――」
「その安い物件にあたるまで、何回不動産屋を回ったんだ?妙なキャンセルまであったってぼやいてたじゃないか」
確かにそうだ。
普通、こんな安い物件はさっさと入居者が決まっていてもおかしくない。
「呼ばれたんだよ、お前は」
呼ばれた?
誰に?
-------決まっている。
あの部屋にいるモノだ。
「でも、ヤマトは――――」
「確かに俺もそれが引っ掛かっている。……仕方ない。ホントに今日泊まり込んで何がいるか見るしかないのか―――」
俺はコンビニで買った酒やつまみの入った袋がやけに重いなと感じながら自分の部屋まで帰った。
その間先輩は何も言わなかった。