Gentleman:2015
というわけで始まり始まり
コロンシリーズ。それはブックハンター達から都市伝説紛いに語られ、一度見つかれば、その一冊に多くのブックハンター達が群がる存在。
とある郊外の古ぼけた小さな小屋にも、そんなブックハンター達が集まっていた。
「全員集まったか?」
「おそらく」
お世辞にも立派とは言えないボロ小屋の中、等間隔になるように五人の男女が丸テーブルを囲んでいる。
その五人の内、パーカーを着た男が全員揃っているかを確認すると、隣に座っているゴスロリ姿の女性がその声に応える。
小屋内の唯一の明かりである白熱電球が僅かにゆらゆらと揺れる中、互いに親しいわけでもないブックハンター達はひたすら沈黙を保っていた。
(ふむ…この様子だとチームワークは期待できませんな。場合によっては妨害行為も有り得るでしょう)
五人の内の一人である老紳士ーーーーロバート・リヴェリントンはその豊かな口髭を弄りながら思考を巡らせていた。
見た目は如何にも老紳士然としていて、黒いスーツと頭に被った山高帽が良く似合っている。
……だが、このボロ小屋ではかなり浮いており、実際フード姿の男はかなり怪しそうに観察していた。
ロバートは主に海外で活動するブックハンターなのだが、今回はとあるお嬢様に依頼され、かの有名なコロンシリーズを手にする為に来日した。
そして着いた矢先にフード姿の男によって、このボロ小屋へ召集されたのだ。
ロバートが思考を巡らせていると、沈黙に耐えかねたのか、フード姿の男が再び発言する。
「……点呼でも取るか」
「一」
先程と同じように、ゴスロリ姿の女性が無表情で応える。
「にー」
今度はロバートの隣。明らかに違和感しか感じられない着ぐるみを纏った何者か……ロバートは声から幼い少女だと考えていた。
(あれは…着ぐるみ越しにくぐもっていますが、少女の声ですね。……ん。私の番ですか)
「三」
ロバートが至って普通に発言した後、着ぐるみとは逆方向から大きな声が聞こえた。
「四番!バッター私!」
(随分と元気な…しかしこれまた若いブックハンターですね……)
明らかに未成年の、それも日本の学生服を着た少女だった。先程の大きな声と同様、如何にも活発で一つの場所に留まっていられないタイプだとロバートは思った。
「五。……全部で五人か。見ればわかるが」
最後。フード姿の男が点呼を終わらせた。
その後、フード姿の男が今回ブックハンター達を呼んだ理由を話し始める。
「事前に話した通り、今回の獲物はかなりヤバい。というわけで、普段ならありえないが共同戦線だ」
男の言う通り、ブックハンターは基本的に単独で活動する。今回のようにグループを形成して集団で動くことや、ロバートのような特定の人物の指示に従って動く場合も無い訳では無いが、極稀だろう。
しかし、今回ブックハンター達が狙う本はそこらの稀覯本とは一線を画する存在だった。
(“コロンシリーズ”……。お嬢様も数度しか見た事の無い書物。幻と呼ばれる存在ですか)
あらかじめ主から情報を聞かされていたロバートだが、正直偽物の可能性が高いと思っていた。
しかしフード姿の男は真剣そのものであることや、わざわざ雇ったブックハンターをこのようなボロ小屋に集めて話を行っていることから、本物のコロンシリーズである可能性があると思えた。
ロバートがコロンシリーズについて考えていると、ゴスロリ姿の女性が男に質問していた。
「報酬の分配はどうする?」
「報酬は等分だ。今回はそれぞれが作戦を展開して、様々な角度から仕掛ける必要がある。全員にリスクがあるからこそ実行可能な作戦というわけ。誰かが探し出せた時点で作戦はクリア、捕まった場合は自己責任で頼む」
これには普段冷静沈着なロバートも驚いた。基本的にブックハンターの報酬は目当ての本を盗った者勝ち。もし複数人で報酬を分ける場合でも、一番早く本を手に入れた者が多く貰えるものだが、今回は完全な等分。
故にロバートも苦言を呈する他無かった。
(……これは念を押す必要がありそうですね)
「失礼ですが、作戦に参加せずに報酬だけもらおうとする輩が出てくるのでは?」
そう言うと同時に、ロバートは今現在その可能性が一番高いだろう二人―――自分の両脇に座っている少女と着ぐるみに目を向けた。
目を向けられた二人はロバートの視線に気づいていないのか、それともあえて無視しているのか分からないが、特に気にした様子も無く座っている。
ロバートの質問に対して、フードの男は冷静に答えた。
「それは心配無用。一応監視役も用意してあるから、サボってたらわかる」
(ああ、やはり監視は有りですか。まあそうでなければこのような報酬の払い方はしないですからね。ただ気がかりなのは―――)
「えー! あんたが用意した監視役なら、あんたがサボっても見て見ぬふりするかもしれないじゃん!」
(―――まあ、そういうことですよね)
学生が指摘した内容は、ロバートも想像出来る内容だ。
要は、自分達を危険な場所で働かせておいて、当の本人は安全圏でのんびりしているなど断じて認めない。と学生は言いたいのだろうとロバートは推測していた。
「わかってる。だから、俺の報酬はいらない。というより、今回は俺が報酬を出す側になる」
「というと?」
ゴスロリ姿の女性が言うと、男は説明を続けた。
「俺がその本を買い取る。処理のルートを考えなくて済むし、好都合だろ?」
男以外の四人は顔を見合わせた。それならば確かに筋は通る。
だがロバートにとっては少し不都合だ。
(……少しマズイですかな。今回お嬢様に仰せつかった依頼は“コロンシリーズ”の確保。しかしこの男は―――)
「金ではなく、その本が目当てというわけですか」
「そういうことだ、ジェントルマン。もちろん俺も作戦を展開する。目的はこの東京のどこかにあるはずのターゲットを探し出し、回収すること。やり方はそれぞれに任せる」
(―――あくまでも“コロンシリーズ”に固執している。恐らくは彼自身も何処かのエージェントとして来ているだけですね)
「何か異存のある者は?」
(これは無駄骨だったかもしれません……。お嬢様の日本土産でも選んでいた方がよっぽど有意義だったでしょうか?)
ロバートが心の中でため息をついていると、再度ゴスロリ姿の女性が挙手した。
「一つだけ質問させてくれ」
「なんだ?」
「その本は一体なんなんだ?」
「噂では“コロンシリーズ”と呼ばれている。最近東京に持ち込まれたという情報が入った」
「どんな内容?」
「“この世に存在してはいけない物語”だそうだ」
男の言葉を聞いて、ロバートは自分が仕える主のことを思い出した。
(“この世に存在してはいけない物語”ですか…。お嬢様なら「存在してはいけない物語なんてある訳無いじゃない。馬鹿なの?屑なの?」などと盛大に毒を吐かれることでしょうが……)
自らが仕える主のふてぶてしい顔を思い出し、少しばかり顔を緩ませるロバート。そんなロバートの様子にも気づかない様子で、男は再び全員に向けて発言した。
「ではこれにて解散。各自、健闘を祈る」
その言葉を皮切りに、五人のブックハンター達はそれぞれ行動を開始した。
◇◇◇◇◇
「―――というわけなのです。お嬢様」
『その前に一つ言いたいのだけど……ロバート、今貴方何処にいるの?』
少し不機嫌そうな声で尋ねる主に対し、何の気も無しにロバートは返事をする。
「銀座……ですね。スカイメゾン銀座というケーキ・タルト専門店ですね。始めて来ましたが…なかなかに美味ですよ?」
分かれてから凡そ数時間が経ち、ロバートは今自分が滞在している銀座の喫茶店で優雅に紅茶とタルトのセットを楽しんでいた。
『……ロバート』
しかし穏やかな時間を過ごすロバートとは対照的に、彼の主は何やらひどくご立腹な様子を見せる。
「どうなさいましたか、お嬢様?何か気に入らないことでもございましたか?」
『……ああ、うん。もういいわ。というかどうでもよくなったわ……』
怒りをそのままぶちまけようとしていた彼女だったが、ロバートがいつも通りの態度だった為か、すっかり意気消沈していた。
何やら疲れた様子の主を心配そうにしながら、そのまま報告を続けるロバート。
「とはいえ、今回は本物のコロンシリーズである可能性が高いかと。でなければわざわざあのような席を設ける必要がありませんし」
『そうでしょうね……。ブックハンター達に人海戦術で探させるなんて、そうそうあり得ることじゃないもの』
「ええ。全くその通りかと」
『それに……。今回の依頼元が依頼元なのよね……』
「依頼元?今回はお嬢様がコロンシリーズを欲しているのではなかったのですか?」
ロバートは主の言動に思わず疑問の声を上げた。基本的に彼の主は他人の依頼を受けない質だ。そのことを知っているロバートは、思わず驚いてしまっていた。
『ええ、でも仕方ないと言えば仕方ないのよ。それもそのはず。今回の依頼元はね、あの“ハーケンベルグ家”なのよ』
その単語を聞いた瞬間。ロバートはこの数年でも一番の驚きを見せていた。
それもそのはずだ。“ハーケンベルグ家”と言えば、ヨーロッパでも有数の歴史を誇る名家。今は没落し、一族の人間も当主とその一家のみになっているが、裏の人間からすればかなりのビッグネームだ。
『まさか当主直々に依頼されるとは思わなかったわ……流石の私もびっくりよ。という訳だから―――ロバート?』
「何でしょう、お嬢様?」
『今回のこの依頼。死ぬ気で達成しなさい。いいわね?』
厚顔不遜とも取れるその言葉に、ロバートは満面の笑みで答える。
「勿論ですとも、お嬢様。このロバート、伊達にブックハンターを名乗っておりませんよ」
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