∵初接触により
RPGにおいての醍醐味はレベル1から育てていって、装備を整えて仲間を増やして、そうして強くなったらラスボスを倒しておしまい。というものではないだろうか。いや、これは醍醐味というか基本設定のような気がする。
そして俺も今。RPGの世界よろしく異世界に召喚された。よりにもよって、「この扉を開けるとラスボスですよ」って具合のところに。とりあえず俺は誰を呪えばいいんだ?なんでレベル1で初期装備のままラスボスに挑まなければならないのだ?召喚した責任者出てこいよ。殴り倒してやろうか、レベル1だから痛くないだろうがあんまな事してるとカチ食らわすぞ?
一応移動は自由にできる。扉が閉まって前にしか進めないなんてことはない。ないんだがラスボス手前ってことは近くにはかなりレベルの高い敵しかいないわけで、そんなのやっぱり嫌がらせも甚だしいよな。
ちなみに、召喚されたのは俺一人らしく、周りには誰もいない。召喚したやつすら近くにいないとかどういうことなんだよ。
それでも、まぁ。
憂いはない。いままでも「良かった」ことなんかなかった。成績も悪くはなかったが、良くもなかった。親からも愛されていたかもしれないが、今では覚えていない。好きになった娘もいたけど、気づいたら友人の彼女になっていた。だからってその友人を恨むこともしないけど。
そして今回だ。いつの間にか召喚され、よりにもよってラスボス前だ。ここまでくるとある程度人生達観してくるな。だから、オレはこのまま。レベル1のままで、ラスボスの前に姿を現すことを決める。どっちにいっても死ぬ可能性が高いなら、さくっとラスボスにやられる方がなんとなく名誉だろ?
ここはどちらかというと城みたいなところだな。床材とかこれはなんの素材なんだろう?怪しい紫の光沢がある石だ。大理石っぽいけど、色味の関係か少し高級感があるな。明かりは蝋燭の火が辺りを照らしている。調度品もゴテゴテしてなくて、さりげない存在感をだしている。そして件のラスボス手前の重厚な観音開きの扉。黒光りする金属製で高さもかなりある。軽く押そうと思ってもレベル1だと腕力に影響があるのかびくともしない。全力で体当たりをしてみても全く動く気配がない。
「これは。。。入室拒否?」
つい独り言ちてしまった。半分殺されるつもりで来たが、まさかこんな仕打ちがあるとは思ってもいなかった。こうなったら自棄だ。扉をノックする。
「おーい、誰かいるんだろ?ここ開けろよ。なんか召喚されたけど一体どうしたらいいんだよ?」
半分殴りつけるようにノックを繰り返す。すると扉の向こうから足音が聞こえる気がする。どうする?扉があいた瞬間に先制をかけるか?それともこういうのはターン制だったりするのか?レベル1の素早さなんてラスボス相手には会ってないようなものだろうから、その時はおしまいだな。
金属がこすれる高い音を出しながら扉がゆっくり開く。そして完全に開く前に一人の女が姿を現す。女?なるほど、秘書みたいなものかもしれん。ラスボスが扉を開けるのは不自然だからな、そういう係りの者がいるのだろう。
「ああ、ありがとう」
そう思うと、無意識に礼を言っていた。だがその言葉を聞いて扉係の女がいきなり俺の体を拘束するように背後から抱きついてきた。その衝撃で左の上腕骨と右の肋骨の中部に激痛が走る。なるほど、高レベル者がレベル1に身体拘束を施すだけでも致命傷レベルの傷を負わせることができるのか。だがまだ戦いは始まっていない。何より、背中に押し当てられている柔らかい肉感と首筋にかけられる暖かい吐息が俺のHPにリジェネーションをかけているかのように気力を与えてくれる。可能な限りこの束縛による愉悦を味わおうと思っていたが、いきなり悲鳴とともに突き飛ばされる。
なお、今の突き飛ばしで体力はかなり消耗。7/12→3/12まで減ってしまったようだ。もう一撃食らうと死ぬな。
「すみません。お礼を言われるのなんてもうずいぶん昔のことで、興奮してつい抱きついてしまいました。でも冷静になったら行けないことだと思ってつい突き飛ばしてしまって。」
俺は「つい」で殺されかけているのか、恐ろしいな。
「や、俺も人に抱き着かれたのは初めてだから、驚きはしたが、いやな思いはしていない。むしろお礼を言いたいくらいだ。ただし今ので死にかけてるとだけ言い含めておこう。」
「すみません。つい。。。それでは回復魔法をかけさせてもらいますね。『マキシヒール』」
やっぱり「つい」で殺されそうだ。と考えた瞬間、『マキシヒール』をかけられる。召喚の際、この世界の情報が脳内に流れてくるのだが、マキシヒールは最上級の回復魔法でHPを700,000回復できる実質の全回復魔法だ。俺のHPの上限が12だからオーバーヒールもいいところだ。そして『マキシ』シリーズはレベルが90を超えないと習得できない。つまりこの扉係の女はかなりの高レベルだということだ。だが、一応回復してもらった手前、お礼を返さなければな
「ありがとう、十分すぎるくらいだったよ。えっと、名前は?」
「よかったです。申し遅れました、私はマオ。この世界で『ラスボス』として働いています。」