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四畳半の和室。
そこに女座りをして携帯を耳に当てていた与一透心は、通話が切れたことを確認して小さく息を吐いた。
続けて足下に並べられている座布団を一枚手に持ち、キュッと抱き締める。
こうすることで気持ちを落ち着かせるのだ。
日頃から何かと心労が絶えない彼女は、一日一息とばかりに溜息を吐いている。
その原因となっているのは間違いなく移戯憂晴という名の少年だ。
透心は昔から彼に恋焦がれているのだが、いざ告白しようと奮い立ってもタイミングが悪く、全く進展していない。
具体的にどうタイミングが悪いのかというと。
彼は恋多き男で、頻繁に好きな人が入れ替わるのだ。
なので透心は決まって彼の気持ちが冷めた直後を狙うのだが、とっくに別の女子を好きになっていることがしょっちゅうあった。
では、何故彼の想い人が分かるのか。
単に分かり易いというのもあるが、彼は好きな人ができると必ず透心に相談してくるのだ。
しかも何の恥ずかしげもなく、喜々として語ることさえあった。
(決着、か)
憂晴が電話越しに言ってきたのは、過去の恋に決着を付けるという、何とも不可思議な決意。
透心は、とっくに決着なんて付いてる癖に、と突っ込むのを必死に堪えた。
あれだけ相談しておいて、その都度無意識に傷付けておいて。
今更過去の恋を蒸し返されても、透心の心には怒りしか生まれない。
その上、またしても透心に相談してきている。
(それとも、一周回って本命に気付いたとか?)
彼の前では『本命』という言葉は何の説得力もないため、いまいち信じられない。
だが一度終わった恋について相談されるというケースはこれが初めてだ。
(いつまでもこのままじゃ……ね)
一途と言えば聞こえは良いが、幼稚園の頃の恋心を未だに抱えているというのは誇れることではない。
憂晴のように、あっちに行ったりこっちに行ったりするのを見習うつもりはないが。
(でも何もできない。できる訳ない。結果が分かってるんだから)
透心には、自分が絶対にふられるという一つの確信があった。
これまでの関係が壊れてしまうくらいなら、今のままを維持したい。
その気持ちは変わらない。
諦めるためにわざわざ別の中学を選んだりもしたが、結局高校は同じ学校を選んでしまった。
未練タラタラ、とは正に自分のことだと透心は思う。
(嫌な話、なのかな。あんまり行きたくないな)
透心がネガティブな思考を膨らませていると、飼い猫がゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきた。
スコティッシュフォールドという種類で、垂れた耳が一番の特徴だ。
首や頭を撫でていると、
「にゃーんだかぁ~ぁ~ぁ~……ご機嫌斜めにゃーのよぉ~ぉ~ぉ~……」
マッサージ器に掛かりながら受け答えしている人のように。
猫が、喋った。
「そんなことない」
「嘘にゃーのよ~。ママがそういう態度のときは、決まって憂晴様絡みにゃーのよぉ~ぉ~ぉ~……」
「……これから憂晴の家に言ってくるから。ミア、留守番お願い」
「にゃにゃ!? ミアも行く!!」
尻尾をピーンと立たせて透心のお腹にダイブするミア。
ミアは憂晴が好きで好きで堪らないのだ。
憂晴が初めて家に来たときから、辛抱堪らんと言った様子でハッスルしまくっていた。
その浮かれっぷりは止まることを知らず、ついには人間の言葉を喋るようになってしまった。
ミアが言うには恋心が爆発したお陰らしいが、確かな理由は分かっていない。
当然家族の誰も知らないし、憂晴にも話していない。
「私が言うのもあれだけど……何処が良いの? 憂晴の」
「全部! 全部!」
完全に発情していた。
ミアは小学校のとき以来顔を合わせていないので無理もないかもしれない。
「そんな調子じゃ、憂晴の前で喋りそうだし」
「絶対喋らにゃーのよ! お口にチャックしとくーのよ!」
「憂晴の家にはウサちゃんもインコちゃんもカメちゃんもいるから、ミアを連れて行くのは迷惑じゃないかな」
「にゅぅ~……っ」
ミアはキラキラと輝く瞳で、ジッと透心を見つめた。
人間の言葉を喋れるというのに、「お願い、連れてって?」とばかりに瞳だけで語りかけてくる。
何とも罪深い視線だ。
流石の透心もこの瞳には弱く、渋々連れて行くことを了承した。
「本当に、喋っちゃ駄目だからね」
「にゃんにゃんにゃーん!」
浮かれに浮かれたミアは、既に透心の忠告を忘れてしまったのか化粧棚の鏡に向かって毛並みを整え始めた。
モデル並みに色んなポーズを取り、その都度鏡に映った自分の姿をチェックしている。
「不安……」
雌として、女として。
色々とミアに負けている。
ミアが人間の姿でなくて良かった、と心底安堵する透心だった。




