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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第一話 積もり積もって
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「訳が分からない……どうしてこんなことに?」


 様々な情報が一瞬にして詰め込まれたせいで、憂晴の頭の中は大渋滞を引き起こしていた。

 飼っていた動物が人間になるという、物語であればありふれたファンタジーが現実になってしまった。

 にわかには信じがたいが、それなら由紀がいなくなったのも頷ける。

 ケージを突き破って脱走したのも、部屋のドアノブを回して開けたのも。

 玄関の鍵を開けたのも、庭で穴を掘ったのも、その穴がやたらと大きかったのも。

 全て人間の姿であれば可能だ。

 ファンタジーと現実の境界線が曖昧になっていた憂晴は、混乱しながらも窓の鍵を開けて由紀(仮)を招き入れた。


「ふぅ。まさか閉め出されるとは思わなかったのです。酷いご主人なのです」


 のそのそと裸足のままリビングの白いカーペットの上に乗る由紀(仮)。

 見れば見るほど元が兎だとは思えない。

 灰色がかった髪は間違いなく由紀の毛色だが、それ以外は人間の女の子そのものだ。


「後は……耳もか」

「そんなに見たいのです? やっぱりご主人はウサ耳フェチなのです」

「いや、ウサ耳って程長くないだろ。……やっぱりってどういう意味?」

「初めての出会いで、耳を思い切り掴まれたのを由紀は忘れていないのです。酷い仕打ちを受けたのです」

「うっ」


 痛いところを突かれて後ずさる。

 小学生時代の憂晴は、『兎は耳を掴んで持つもの』という勝手なイメージを抱いていた。

 そのせいで由紀を購入する際、迷うことなく両耳を一纏めにして掴んでしまったのだ。

 慌ててペットショップの店員に止められて、ようやく駄目な持ち方だと知ったのである。

 兎にとって、耳は神経が集中している大事な器官。

 そんなデリケートな箇所を力任せに掴むなど言語道断で、兎自身もとても痛がるらしい。


「あのときは何も知らなかったから! 今はちゃんとした知識身に付けて毎日世話してるし、可愛がってるだろ? というか、それを知ってるってことは本当に由紀なんだな……」

「今更なのです。どう見ても由紀はご主人の最初のペット、由紀なのです」

「う、うん」


 兎に言われるならまだしも、普通の可愛い女の子に最初のペットとか言われるのは反応に困る。

 憂晴はペットという言葉があまり好きではないので尚更違和感があった。

 もっとも、兎が喋っていたらそれはそれで不思議の国の世界観だが。


「ご主人。とりあえず、お腹が減ったのです。由紀は牧草とペレットを所望するのです」

「あっ! そういえば朝ご飯上げてない!」

「そうなのです。早くご飯を」

「菜々子! 香織! 今用意するからな!!」

「ウサ!!」


 お納戸に走り込もうとした憂晴の背中を重い一撃が襲った。

 低姿勢からのドロップキックだ。


「う、ウサギは着地が下手なんだから……あまり激しい動きは……」


 兎は猫と違い、高いところから落ちると簡単に怪我をしてしまう。

 体だけ人間になったからといって、はっちゃけるのは危険なのだ。


「そうなったらそうなったで、ご主人に抱っこして貰うから良いのです」

「由紀の方から抱っこを求められるのは感慨深いけど、そのサイズだとちょっとな」


 本能的に抱っこされることを嫌う兎は、子供の頃から少しずつ抱っこに慣らす必要がある。

 由紀の場合も幾度となくウサキックを食らわされたが、それでもめげずに繰り返してようやく抱っこさせてくれるようになったのだ。


「まあ、とりあえず菜々子と香織にご飯上げるからさ。それまで待っててくれよ」

「ウサ!!」


 ウサパンチが容赦なく放たれたが、正面を向いていたため辛うじて回避に成功する。

 恐怖と共に物凄い風圧が耳元を通り抜けた。


「危なっ!! 何でそんなキレやすいんだよ!」

「それについては後ほど説明するのです。それよりも由紀は、常日頃から思っていたことがあるのです」

「な、何だよ」

「由紀はご主人のペットの中で一番の先輩なのです。位が高いのです。それなのに何故ご飯の順番が最後なのです?」

「位って……別に深い意味はないよ。部屋に入って一番遠くに由紀のケージを置いてるから、近い順にあげる方が効率的ってだけだ。大差ないだろ」


 順番が最後になると言っても、菜々子に上げて香織に上げたらすぐに由紀の番だ。

 行列のできるラーメン屋でもなし、そこまで目くじらを立てることではないはず。


「ご主人と由紀達の時間の流れを、一緒くたにしてほしくないのです」

「……、」


 返す言葉がなく、憂晴は押し黙ってしまった。

 人間の寿命は、動物の中ではかなり長い方だ。

 対して兎の平均的な寿命は六年~八年。種や飼い方によっては十年以上生きる長寿兎もいるらしいが、それでも人間の寿命に比べれば短命と言わざるを得ない。

 例えば、蝉や蜻蛉かげろう

 幼虫の期間が長いとはいえ、成虫になってからの寿命は一週間、一日と極めて短い。

 彼等が人間と同じ感覚で一生を全うしているだろうか。

 彼等にとっての明日は、人間で言うところの数十年後に値する。

 時間の流れそのものが同じだとしても、感覚はまるで違うはずだ。


「だから、ご飯も由紀を優先してほしいのです。腹ぺこなのです」

「……一瞬納得しかけたけど、単純に卑しいだけな気もする」


 いまいち納得がいかない憂晴だったが、またウサパンチを貰うわけにもいかない。

 結局由紀のご飯を優先することにした。

 由紀をテーブルに座らせてお納戸へ。

 二食分ほどしか残っていない牧草とペレットフードを手に取って由紀を見る。

 由紀は疑い深くこちらの様子を窺っていた。

 それどころか、短めの耳をピョンと立てて聴覚に神経を集中させているようだ。


「はあ……」


 心の中で菜々子と香織に謝り、台所で適当なお皿に牧草とペレットフードを盛る。そのまま由紀に差し出すと、何やら口元をヒクヒクさせてこちらを見つめてきた。


「じゃ、じゃあ菜々子と香織にご飯上げてくるから」

「ウサ!!」

「こら! ご飯を粗末にするな!」


 あろうことか、由紀はたった今上げたばかりのペレットフードを投げつけてきた。

 散々暴力を奮ってご飯を用意させた挙げ句この態度。

 流石の憂晴も、育て方を間違えたかと自問自答せざるを得なかった。


「ご主人は最初、手渡しで食べさせてくれたのです」

「あ、そうか。……でも人間の女の子に牧草を食べさせるってのは抵抗があるな」


 牧草を一掴みして、なるべく由紀を見ないように口元に突き付ける。

 すると満足げにムシャムシャと食べ始めた。

 端から見れば、女の子に雑草を無理矢理食べさせている鬼畜野郎にしか見えない。

 由紀が自らペレットフードに手を出したのを見て、すかさず憂晴は立ち上がった。

 冷蔵庫から小松菜を取り出し、再びお納戸で別のペレットフードを手に持ち、今度こそ後回しにしてしまった菜々子と香織の下に向かう。


「ごめんな~。我が儘で乱暴で横暴なウサギのせいで遅れちゃって。今上げるからな~」

「ウサ!!」

「ぎゃう!!」


 いつの間にか背後にいた由紀から、ピンポイントで太ももの間接にローキックを入れられた。ちゃっかりお皿を持ったまま。


「こ、この……っ」

「雌に向かって我が儘で乱暴で横暴とは酷いのです。デリカシーに欠けるのです」

「……」


 あまり言うと何が飛んでくるか分からない。

 憂晴は叱りつけたい気持ちをグッと堪えて、菜々子のご飯を優先させた。


「ほーら。ご飯だぞ~」

「ふふん。ご飯が遅れていい気味なのです。ザマミロなのです」

「……由紀。それ以上言うと俺も怒るぞ」

「う、ウサ」


 一応、言っていいことと悪いことの区別は付くのか、由紀はスゴスゴと部屋を出て行ってしまった。

 兎だけに、亀の菜々子に対抗心でもあるのだろうか。

 由紀の後ろ姿を見ていると、他にも思うことがあった。


(今更だけど、下着くらいは穿いて貰わないと目の毒だな)


 人間の姿をしているとは言え、あれは憂晴が飼っているネザーランドドワーフの由紀に他ならない。

 動物に欲情なんてしたら人として終わってしまいそうだ。


(ま、それは後で考えるか)


 今、何よりも優先すべきなのは香織のご飯だ。

 散々後回しにされてへそを曲げてしまったのか、ケージの隅っこで丸くなって微動だにしない。


「うぅ。ごめんよ香織……」


 もう少し、主人としてしっかりしなければと悔い改める憂晴だった。


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