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昼休み。
屋上で守永由紀と昼食を取っていた与一透心は、ここに来て別の悩みを抱えていた。
学校が始まってから、毎日欠かさず送っていた憂晴へのメール。
しつこいと思われないように気を使って、ほぼ一日一通ずつしか送っていなかった憂晴へのメール。
だが。
(どうして返信がないの……?)
普通、メールが届いたら、最低でも一回は返信するのが礼儀ではないだろうか。
入学してから一週間以上経つが、憂晴から返信があったのはたった一回だけ。
向こうから送られてきたときは必ず返信しているのに、その逆がほとんどないのである。
透心が『私って嫌われてる?』と思い悩むのも無理はない。
携帯に視線を落としている透心の沈んだ表情を悟られたのか、守永由紀が箸を置いて質問してきた。
「トコちゃん、何かあったの?」
「……別に」
憂晴と恋人同士の演技をしてもらおうという彼女に、『憂晴から返信が来ない』なんて相談はできない。下手をすれば複雑な胸中を察せられてしまう。
「なら携帯見せて?」
「それは駄目っ」
「見せてくれたら昨日の件、できるだけ頑張ってみようかな」
「!?」
酷い交換条件だった。
例え友達であっても、恋人や夫婦だったとしても。
プライベート情報の塊である携帯をすんなりと見せるわけにはいかない。
……となるところだが、透心の場合は違った。
自慢できることではないが、透心の携帯には見られて困る情報は何も入っていないのだ。
メモリーも家族と守永由紀と憂晴くらいで、別段興味を引くものもない。
恥ずかしい動画や画像は勿論、ブックマークなども問題ない。
携帯を見せたからと言って、透心の悩みを知られる心配はないはずだ。
「……本当?」
「うん。実は朝、移戯君と顔合わせたときに恥ずかしくなって逃げちゃったんだよね。仲直りするのにも丁度良いかなって」
「分かった。はい」
「ありがと。どれどれ~」
携帯を受け取った守永由紀は、カチャカチャと手慣れた手つきで弄り始めた。
守永由紀が機種の違う携帯をここまで巧みに操れるのには理由がある。
透心の携帯は、元々守永由紀に勧められて買ったものなのだ。
機械に疎かった透心は、説明書と格闘しても結局使いこなすことができなかった。
こうして問題なく使えるようになったのは、守永由紀が一緒になって一から使い方を教えてくれたお陰なのだ。
「男の子は移戯君だけか~。あ……そういえば私、移戯君の番号とアドレス知らないや」
「え。同じクラスで席も隣なのに……交換してないの?」
「隣同士だから、かも。うっかりしてたな~。恋人同士の振りをするのに、お互いの連絡先も知らないんじゃ話にならないね」
「う、うん」
透心の胸はざわめいていた。
お互いの連絡先を交換すれば、透心の知らないところで二人が連絡を取り合えるようになる。
そのほとんどは他愛のない話だろうが、口外できないような秘密の会話が電波を通して交わされることもある訳だ。
そんな当たり前の事実が、今更透心の胸を刺激していた。
「私が……メールに書いて今送ろうか? 守永さんの番号とアドレス」
「本当? 今更聞くのもあれだし、助かるかも」
「うん」
あれこれ考えたくなかった透心は、新たに生まれた黒い気持ちを振り払うべく、素早く守永由紀の連絡先をメールに転送して憂晴に送った。
弁当を食べ終える直前、守永由紀の携帯が鳴る。
「あはは……移戯君に気使わせちゃってたみたいだね。『朝のあれは深い意味なんてないから気にしないで。これからは普通にメールしてくれる?』……と」
わざとなのか、わざわざメール内容を口頭で教えてくれる守永由紀。
耳を大きくして興味なさげに聞いていた透心は、お箸を咥えながら心の中でこんなことを思っていた。
(憂晴は返信してこない……)
しかし。
「あ、移戯君返信早ーい」
「え!? 何で返ってきたの!?」
「きゃあ!?」
「あっ。な、何でもないっ」
つい反応してしまった。
これは誤魔化しようがない。
「今のが何でもないわけないし。移戯君から返信が来たの、そんなに驚くことなの?」
「わ、私にはほとんど返信ないから。少し驚いただけ」
「そうなの? ……ちょっと、もう一回携帯見せて」
再び携帯を守永由紀に託す。
彼女は最初から心当たりがあったようで、すぐに『憂晴メールシカト疑惑』を解消してくれた。
「やっぱり」
「え?」
「トコちゃん、私とするときもそうだけど、こんなメールじゃ移戯君も返しようがないよ」
「???」
「別に訳の分からないメールを送るなって言ってるんじゃなくてね。返信が欲しいなら、最後は必ず疑問系にしないと。例えば、一番新しいこのメールだったら……最後に『憂晴はどう思う?』って付けるだけで良いんじゃないかな」
「……私が悪かったんだ」
透心は愕然としていた。
たかが電波のやりとりに、そんな裏のルールがあったなんて夢にも思わない。
何せ説明書に書いていないのだから。
「返信が欲しいならそういうことだね。……でも、トコちゃん」
「何?」
「今悩むべきなのは私の方だと思うの」
「ご、ごめんなさい」
もっともすぎる言葉に透心は恐縮するしかなかった。