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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第五話 過程と結果
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 部屋から出ると、透心はその場でしばらく立ち尽くした。

 背後からは未だに賑やかな会話の応酬が聞こえてくるが、透心は一緒になってはしゃげるようなテンションではない。

 あの作戦は、憂晴と守永由紀にキスをさせることを目的としているが、その真の目的は由紀を元の姿に戻すことにある。

 例え演技でも守永由紀がキスを了承した場合、『結果』が覆る可能性は高い。

 そうなれば、電話での告白も、学校での会話も、手作り弁当の感想を言ったのも、デートをしたのも、下着を見てしまったのも。

 その全てが『過程』となる。

 後は、最後にもう一度憂晴が告白して返事を貰って『結果』を得ることで、由紀は元の姿に戻れるだろう。

 由紀がここまで深く考えてこの作戦を提案したとは思えないが、作戦の中に矛盾は一切ないと言って良い。

 恋の決着を付けるなんて曖昧な目的が、現実味を帯びてきている。

 しかし、これを透心の視点で見直すと途端に矛盾だらけになる。


『大切な友達に嘘を吐いて、自分の想い人と恋人同士の演技をしてもらうように頼む』


 過去の透心が現在にやって来てこの作戦を知ったら、頭の上に疑問符が百個くらい浮かびそうだ。


(ウサちゃんはきっと、昨日のデートを通して何かを感じたんだ。だから急に元の姿に戻りたいなんて言い出して……)


 第三者としてデートに同伴すれば、誰だって疎外感を感じる。

 由紀の場合は元が憂晴のペットなので、尚のこと思うところがあったのだろう。でなければ、やっと手に入れた人間の言葉や広い行動範囲を自ら手放そうとするはずがない。


(ウサちゃんの覚悟を私は受け止めた。最後まで付き合わないと。それにこれは、私の恋に決着を付ける良い機会でもある)


 携帯を握り締めて前を向く。

 部屋から離れて向かった先は、掘り炬燵のある和室だ。

 冬はミアのお気に入りの場所だが、透心は畳の匂いが好きで、自分の部屋と同じくらいの時間をここで過ごしている。

 足を入れて座り、意を決して守永由紀の携帯にかける。


「…………………………………………」


 長いコール音が続く。

 変な頼み事を繰り返されて、自分からの電話は警戒されているのかもしれない。

 そんな不安を抱いて数秒後、電話は繫がった。


『もしもし! 間に合った!?』

「え? う、うん。セーフ?」

『良かった。ごめんね、今お風呂入ってたの』

「そ、そう。かけ直す?」

『大丈夫、今着替えてるから~』


 透心の頭の中に、湯上がりの守永由紀の姿がやけにハッキリと浮かんだ。

 きっと体つきが由紀に近いからだ。

 決して青少年のようないやらしい想像ではない。


「憂晴のことでまたお願いしたくて」

『……トコちゃんの鬼』

「う」

『デートの顛末は今日学校で全部話したのに! まだ私を辱めるの!?』


 スンスンとわざとらしい涙声が聞こえてくる。

 演技だと分かっていても透心の罪悪感は増すばかりだ。


「そ、そんなつもりはなくて。それに今回は憂晴のためというか、妹さんのためというか」

『あのバイオレンスな妹さん?』


 とても的を射た印象だった。

 守永由紀は出会い頭に暴行現場を目撃してしまった上、盛大にスカートを捲られるという恥辱まで味わっている。

 由紀のイメージが悪いのは仕方のないことだ。


「憂晴の家の事情、聞いてるんだよね?」

『……うん、大体は』

「その妹さんが今、家に来てるんだけどね。もうすぐ遠くにある自分の家に帰らないといけないの。でも一人暮らしの憂晴が心配らしくて、帰りたくないって言ってて」

『お兄さん想いなんだ。昨日の様子を見る限り、単に寂しいだけって気もするけど……』

「いつまでもごねられるのも困るから、私が言ったの。『昨日デートしてた子は憂晴の彼女だから、安心して』って」

『どうしてそうなるの!?』

「でも昨日のデートだけじゃ信じてもらえなくて……」


 透心は頭の中で先程の作戦を反芻しながら喋っているため、守永由紀の言葉が全く頭に入ってきていない。

 自分は今正に友達に対して嘘を吐いているのだと考えると、早く話を終わらせたくてついつい早口になってしまう。


『……何か、トコちゃんまで昨日のデートの一部始終を見てたような言い方だね?』

「それは……い、妹さんからも話を聞いたから。とにかく、二人を恋人同士に見せるためには、ラブラブっぷりを妹さんに直接見せるしかないと思うの。キスを見せつけるとか」

『無理無理無理無理! 大体、私と移戯君は恋人同士じゃないし!』

「でもこのままだと、妹さんがきっかけで憂晴の家の事情がまた複雑に……」

『そ、それは私も協力したいけど』

「何とかしてあげたくて……」

『うぅ』


 徐々に守永由紀のテンションが下がっていく。

 透心は自分でも気付いていないが、頼み事をするときの声が絶妙なのだ。

 カラオケで最高得点をマークするかのような、完璧な抑揚を付けて喋るので、無意識に聞き入ってしまう。

 耳から入った言葉はそのまま脳まで伝わり、拒絶という壁をゆっくりと溶かしていく。


「できる範囲で良いから。守永さんが嫌なことは絶対にしなくて良いし、最終的に失敗しても構わないの」

『ぅ……』

「お願い、できない?」

『……っ』


 携帯越しに、本来なら耳元でしか聞こえないような、手と髪が擦れる音が微かに聞こえてくる。

 守永由紀の手の震えが伝わってくるようだった。

 やっぱりこんな頼み事は無理か……と透心が諦めかけたとき、その声は聞こえた。


『考え、させて』


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