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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第五話 過程と結果
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 結局その日は、守永由紀と一言も会話を交わすことなく一人で下校した。

 帰ってから驚いたのは鍵が開いていたことだ。

 由紀が勝手に家を出たとは考えたくなかったため、一先ず家の中を確認しようとリビングに入ると、テーブルに残されていた手紙を見つけた。


『由紀はトコの家に行ってくるのです。夜のご飯までには戻るのです』


 怒った憂晴は、予想外に達筆な文字を気にすることなく、目にも留まらぬ速さで透心と連絡を取った。


『はい』

「そこに由紀はいるか? いるなら出せ」

『私が誘拐したみたいな言い方しないで』

「そ、そんなつもりじゃない。でも大切な家族が勝手に家を抜け出したら誰だって心配するし、不安になるだろ。透心なら分かるはずだ」

『……待ってて。今、代わる』


 しかし五分ほど待っても一向に誰も出ない。

 電話を代わることを、由紀が相当渋っている様子が携帯越しにも伝わってきた。

 由紀に聞こえるような大声で呼んでやろうか、と考えたところでゴソッと音が聞こえた。


「由紀?」

『う、ウサ』

「俺が何を言いたいか、分かるよな」

『怒ったご主人は嫌いなのです! 口調を和らげてくれないなら、今すぐトコの携帯を握りつぶすのです!!』

 遠くで「止めて!?」という悲痛な透心の声が聞こえた。


「人様の携帯を人質に取るなよ……。とりあえず説教は帰ってからたっぷりするから、今すぐ帰ってきなさい」

『怒られると分かっていて帰るウサギがいると思うのです?』


 もっともな由紀の言葉に対して、憂晴は精一杯の笑顔を浮かべて優しく告げる。

「怒らないから、帰っておいで」

『明らかに嘘なのです! ご主人が猫なで声を使ったのです!!』

「いいから早く帰ってこい!」

『い、今はトコ達と話があるのです。それに、夜のご飯までには帰るのです』

「それはご飯を食べたいだけだろ! そうじゃなくて、俺に内緒でどっかに行ったりするなって言ってるんだ。透心の所に行きたいなら、いつでも俺が連れて行ってやるから」

『それだと……ご主人に内緒の話ができないのです』

「っ」


 実の主と話していながら、内緒の話がしたいという由紀の考え方に憂晴は苛ついていた。

 由紀は兎だ。

 赤ちゃんの頃にペットショップで買って、以後大切に大切に育ててきた。

 今でこそ人間の姿をしてはいるが、憂晴にとっては何ら変わりない家族なのだ。

 その由紀が勝手に家を出て、憂晴には内緒の話をする。

 面白くないに決まっている。


「『ペット』のお前が……俺に秘密なんて作るなよ。おかしいだろ」


 嫌いな言葉まで使って自身の言動を正当化しようとする憂晴だったが、それがきっかけで思いもしない台詞を聞くことになった。



『そ、そんな……由紀には……っ。……由紀も、自由が欲しいのです』



「―――」


 自由。

 人によって自由の定義は変わるが、『お金に困ってなくて、学校に行く必要も働く必要もなくて、家事は全て誰かにやってもらって、自分は好きなことだけをやる』というのが大抵の人に当てはまる自由だろう。

 ただの自堕落な生活とも違う、真の自由。

 勿論そんな自由は得られない。

 せいぜい真の成功者が老後に辿り着けるかどうかだ。

 その頃には体の自由がきかなくなってくるので、やはり不可能と言える。


 対して、動物にとっての自由。

 ケージという小さな檻から抜け出して都会のど真ん中に逃げ込んでも、アフリカのサバンナに送られても、先が見えないほどの大草原に放たれても。

 そこで待っているのは弱肉強食という確かな現実だ。

 とはいえ、これは人の固定観念であって動物がどう思っているかは知りようがない。

 もしかしたら、例え死が待っていようとも何にも縛られずにひたすら走り続けたいと願っているかもしれない。


 そんな風に、想像するしかないのだ。

 本来は。


 では、動物から人の姿をとった、由紀の言う自由とはなんだ?

 由紀は自由が欲しいと言った。

 それはつまり、今の生活が由紀にとって不自由と言っているに等しい。

 何度も言うが、憂晴は本当に愛情を込めて由紀を育ててきた。

 ストレスを溜めさせていたという誤算はあったものの、何だかんだで甘えてきたり、人参をねだってきたりとコミュニケーションには何の問題はなかった。

 しかし、由紀はもうただの兎じゃない。

 人間のように立って歩いて、自分で扉を開けることができる。

 いつまでも……ケージの中に閉じ込めてはおけない。

 姿形が変わっても由紀は由紀というあの言葉は本心から出たものだったが、憂晴はその本質を見誤っていたのだ。


「……分かったよ。じゃあ、また後でな」

『ご主人……?』


 小さく溜息を吐いて通話を切る。

 今までの動物との接し方は、『人間の、人間による、人間のため』のマニュアルだ。

 全部が全部過ちだったとまでは思わないが、もっと動物の気持ちになって考えるべきだった。

 きっと憂晴は、頭の中の何処かで由紀達のことを自分の『もの』だと思っていたのだ。

 意思もあって命もある動物のことを、私物のように考えていた。

 だから秘密を作られたのが気にくわなかった。

 勝手に家を出て行かれて苛立っていた。

 思い直さなければ。

 兎の姿の由紀ではなく、人間の姿の由紀との接し方を。


(何か、寂しいな。娘の外出が多くなって心配するお父さんみたいな感覚だ。この先、無断外泊とか、彼氏とか、果ては結婚なんてことも? はは、マジかよ。俺ショックで死んじゃうかも)


 若干冷静さを失っていることに本人は気付いていない。

 フラフラと自分の部屋に入り、菜々子と香織をケージから外に出す。


「最近は由紀のことで手一杯だったからな……ごめんな?」


 あぐらをかいて、膝の近くに菜々子を置き、香織は左の手首に乗せる。

 二匹とも特に不機嫌なわけではなく、いつも通り体をすり寄せて憂晴に甘えてくる。

 そんな姿を見ながら、憂晴は複雑な表情を浮かべた。


(こいつらも……俺の傍にいるより外に出たいって思ってるのかな)


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