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「にゃわわ! ウサギさんがこっち来――ふにゃ!? 痛い痛い痛いーのよ!」
「落ち着いて。とっくにバレてたみたい」
たった今送られてきたメールをミアに見せる。
するとミアも納得したようで何とか落ち着きを取り戻した。
考えてみれば、人間よりも優れた聴覚の持ち主が傍にいたら尾行なんて成功するはずもない。
ミアだけで尾行していたとしても結果は同じだっただろう。
「見つけたのです。ちょっと話があるのです」
透心のことをビシッと指さす由紀。
ずっと遠目から見ているだけだったが、こうして間近で見ると服の着こなしっぷりが際立っていた。
「話って……?」
「ウサギさん、さっきのあれはどういうことにゃーのよ!? 別に今のままでも」
「ミアは黙ってるのです。話があるのはトコの方なのです」
「な、何?」
憂晴を介してではなく、由紀から直接話があるというのは新鮮だった。
何せ目の前に立っているのは紛れもなく兎で、憂晴の飼っているペットなのだ。話があると言われてもいまいちピンと来ない。
「トコはご主人とウサウサしたいのです?」
「!!!???」
透心は向かい風にさらわれそうになるくらいに仰け反った。
「にゃあ。憂晴様の家でも言ってたし、やっぱりウサギさんは知ってたーのよ」
「当然なのです。あれで気付かないのはご主人くらいなのです。泥棒猫の主人はやっぱり泥棒猫だったのです」
「ち、違っ」
「んにゃ、それは違わにゃいーのよ。ママが憂晴様と良い感じににゃったら、ウサギさんとしては奪われたようにゃものにゃーのよ」
「……もう、そんなつもりは」
「全然そんな風には見えないのです。でも言った言葉に責任は持ってもらうのです。改めて、トコに頼みたいことがあるのです」
「?」
ズイッと一歩踏み出て来た由紀に思わず怯んでしまう。
スタイルもそうだが、身長も微妙に由紀の方が高いので意外に迫力がある。
「下着を見られるくらいでは、由紀でない方の由紀がご主人を嫌いになることはないようなのです。由紀も元の姿に戻れなかったのです」
「それは……見れば分かるけど」
「後はもう、由紀でない方の由紀とご主人がチューして、『結果』を覆すしかないのです。偶然であれ何であれ、チューすれば万事解決なのです。最後まで協力して欲しいのです」
「ウサギさんはミアと違って、またその姿に戻れる保証はにゃーのよ。またケージのにゃかの生活ににゃるーのよ? 憂晴様とだって」
「良いのです」
「ウサギさん……」
化けたもの同士通じ合うものがあるのか、ミアなりに由紀を気にかけているのが分かる。
人間の姿でできることを知った後では、きっと動物の姿に戻りたいなんて思わないはず。
それが透心の想像していた由紀の心情だったが、どうもそう簡単な問題ではなさそうだ。
「分かった。守永さんと憂晴の気持ちを無視して勝手に色々セッティングしたのは私だし、最後まで協力する」
「ママが言うにゃらミアも良いーのよ。でもあの様子だと、チューにゃんてそう簡単にいかにゃそうにゃーのよ?」
「うん。じっくりと時間を掛けていかないと」
偶然を装ってと口で言うのは簡単だが、その偶然を人為的に引き起こすのは難しい。
ベタなところで言うなら曲がり角でぶつかって、などがそうだが、ぶつかる瞬間まで唇の位置が分からないため、狙ってキスするのは不可能に近い。
偶然以外のキスとなると、それこそ時間が必要だ。
なので、本当の意味で二人の仲を応援するしかなさそう、と透心は思ったのだが、
「それは駄目なのです。由紀は一刻も早く元の姿に戻りたいのです」
「にゃー……そういうウサギさんには、にゃにか作戦あるーのよ?」
「一つだけあるのです。由紀はご主人の『訳ありの妹』ということになっているので、それを利用すればチューくらいお茶の子さいさいなのです」
「にゃるほどにゃーのよ」
「……大丈夫かな」
ただでさえ透心は、これまで守永由紀に様々な要求をしてきた。
結果的にとても恥ずかしい思いもさせてしまった。
肝心なことを隠したままで。
友達としては罪悪感が募るばかりだ。
「心配無用なのです。ここからは――『兎の上り坂』なのです!!」




