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守永由紀が待ち合わせ場所に現れたのは、約束の十一時を十五分ほど過ぎた頃だった。
「本当にごめんなさい!」
「い、いや。そんなに謝らないで。気にしてないし」
十分二十分遅れたくらいでペコペコ頭を下げられては、デートに別の女の子を同伴させるなんて罪はどう償えば良いのか。
「あ、あのね。移戯君がスカート好きって話を聞いたから、選んでるうちに時間掛かっちゃって。ちょっと短すぎる気もするけど……ど、どうかな?」
「あ、う」
憂晴は感動していた。
スカートが好きなどと言った覚えはないし、それが下着を見るための透心の策であることにも気付いていたが、待ち合わせの時間に遅れてまでスカートを選んでくれたのが純粋に嬉しかった。
実を言うと憂晴は、『好きな人が髪の短い人が好みだから、自分も髪を切る』という思考回路を持つ女性が好きじゃなかった。
極端な話、それは好きな人のためなら何でもするという考え方に近いから。
だが守永由紀は、別に憂晴のことが好きなわけではない。
ただただリクエスト(実際は違うが)に応えてくれたことが嬉しかったのだ。
「に、にあ、似合って」
「ウサッ!!」
「アウッ」
「キャッ」
すっかり背景と化していた由紀が、憂晴の脛にキレのあるウサトーキックを食らわせた。
弁慶すらも涙する急所を蹴られ、憂晴は堪らず地べたにうずくまる。
「くぅぅ~~~~~……っ」
「『おにさん』。何をデレッとにやけてるのです? 由紀のストレスボルテージは常に満タンだと言うことを忘れるんじゃねぇのです」
「え……由紀?」
守永由紀は何が起こったのか理解できず、しきりに由紀のことを見ている。
その視線が隠れたウサ耳に向けられていることを知り、憂晴は慌てて立ち上がった。
「あー! ハハハ! こいつは俺の妹で! 偶然にも由紀って名前なんだよね! ヤキモチ焼きで付いてきちゃってさー! アハハハハハ」
「へ、へぇー。そうなんだー」
何とも乾ききった会話だった。
「それで、これから何処に行くのです?」
「お前が仕切るな! 立場を弁えろ!」
「移戯君……妹さんの突然の乱入を、随分と冷静に受け入れてるね」
「ひぇ!? そ、そんなこと、ないよ。こんな妹、うざくてうざくて……あ、嘘嘘! と、とにかく。守永さんにはとんでもなく悪いけど、こいつも一緒じゃ駄目、かな?」
恐る恐る守永由紀の表情を窺う。
すると氷河のような鋭く尖った視線を返された。
入学式以来、学校でも度々話す機会があったが、こんな風に睨まれたのは初めての経験だ。
「突然デートしてほしいって言ってきて、スカートが好きなんて遠回しの要求までしてきて、あまつさえ妹さんをデートに同伴させる。そういうこと?」
「うぅ」
厳密には憂晴が言った言葉ではないのだが、最後の妹を同伴させるという部分だけで怒らせるには充分だ。
仕方なく憂晴は、辻褄合わせのために予め考えていた嘘を吐くことにした。
「じ、実はこいつと俺……今まで離ればなれだったんだ。両親に色々あって」
「え?」
「だから小学校も違って。最近、ようやく両親が雪解けっていうか、落ち着いてきて。まだまだ同居するにはほど遠いんだけど、こうしてこいつと会えるようにはなったんだ」
「ふーん……」
「昨日からうちに遊びに来てて、もうすぐ帰らないといけないんだけど」
「それなのに、おにさんは女とデートなのです。ふざけてるのです」
由紀がタイミング良く割って入る。
これは事前に立てた憂晴の作戦通りの展開だが、由紀は演技ではなく素でやっているように感じる。
「というわけで、由紀はお供させてもらうのです」
「お願いしますだろ!」
「おにさん、ウサい」
「……」
何か考え込んでいる様子の守永由紀を、憂晴はハラハラしながら見守る。
由紀が事情を知らない人間とコミュニケーションを取るのはこれが初めてなので、いつボロが出てもおかしくないのだ。
「そういう事情なら、まあ仕方ないね。今日は妹さんも一緒に遊ぼっか」
「よ、良かった。守永さん、ありがとう」
「それにしても……妹さん、珍しい色に染めてるね。うちで飼ってるウサギとそっくり」
「ウサ!?」
ピョコンとウサ耳が立つ直前――辛うじて憂晴が頭から覆い被さった。
「それは偶然だね! な、由紀?」
「う、ウサ」
「何か、今……頭から……」
「気のせい気のせい!」
憂晴は冷や汗を掻きながら強引に守永由紀の背中を押して、向かいにある書店に入る。
(あ、危ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 後少しでウサギバレするところだった! しかし流石守永さんだな。髪の色だけで察知するとは)
由紀の毛色と守永由紀が飼っている兎の毛色が同じなのは、当時の憂晴が同じ色のネザーランドドワーフ同士じゃないと子供ができないと思い込んでいたからだ。
今になってそれが裏目に出ることになろうとは。
愛兎家とも言うべき守永由紀と行動を共にすることに、一抹の不安を覚える憂晴だった。




