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「はぁ……」
与一透心には、移戯憂晴に謝らなければならないことが二つある。
一つは、彼に内緒で一方的に話を進めてしまったこと。
憂晴のためを思ってやったのであればまだ良かったが、これには私情が含まれている。
早く自分の気持ちに決着を付けたい。
ただそれだけの私情。
透心が告白するのではなく、さっさと憂晴と誰かをくっつけることで気持ちを吹っ切るという魂胆だ。
仮に憂晴に恋人ができたとしても、それで諦めが付くかどうかは透心自身にも分からないというのに。
大切な友達を傷付けてしまうかもしれないのに。
「はぁ……」
そしてもう一つの謝らなければならないことは、『この』デート場所だ。
商店街。
憂晴や透心にはとても馴染み深い、昭和の雰囲気さえ残る商店街を、よりにもよって憂晴の初デート場所に選んでしまった。
今時の男女が過ごすデートスポットくらい、ネットでいくらでも調べられる。
しかし憂晴と守永由紀はかなり特殊な組み合わせだ。
ただ流行りの場所を選んだところで憂晴には生かすことができないだろうし、唐突なデートの誘いを受けてくれた守永由紀も困惑する。
だからこそ憂晴が確実にリードできる商店街を選んだのだが、
「はぁ……」
「ママ、溜息吐きすぎにゃーのよ。後悔するくらいにゃら、デートのセッティングにゃんてしにゃきゃいいーのよ」
ブスッと頬を膨らませているのは、たった一日で人間の姿が板に付いてきたミアだ。
電話でデートの段取りを決めている間、ミアはしきりに妨害しようとしていた。
主人に似たのかミアは憂晴ラブなのでそれも当たり前だが、最終的に透心の意思を汲んでいるところが二人の信頼関係を表している。
「別に、後悔なんて」
だが透心の顔色は明らかに優れない。
これ以上追及しても無駄と悟ったのか、ミアは早々と話を切り替えた。
「待ち合わせの時間まで後どれくらいにゃーのよ?」
「今十時四十分くらいだから、後十分ちょっと」
二人は現在進行形で書店に篭もっている。
この書店は待ち合わせ場所に指定した美容院の向かいにあり、ガラス戸から外の様子が窺えるのだ。
「憂晴様早く来るーのよ~」
「……本当に後をつけるの?」
「だって気ににゃるーのよ。にゃんのために昨日服を買いに行ったーのよ?」
「そうだけど」
バレないように尾行するには、普段とは違う格好をしなければならない。
そのために服を買いに行く必要がある、と力説したのがミアである。
もっともそれは建前で、ミアの本音は『自分も服が欲しい』だったのだが。
憂晴の家から帰って人間の姿になったミアは、とりあえず友達として泊まっていることになった。
猫としてのミアがいなくなってしまったが、元々自由奔放なミアはしょっちゅう外出していたので、今のところ心配もされていない。
人間として過ごす許しを得たミアが真っ先に行ったのがお洒落だ。
服は全て透心のお古だったので、それが気に入らなかったらしい。
結果的に買いに行くことになったが、透心が買ったのはネコ耳付きのニット帽だけ。
どうしても着たい服があったから。
「それに、半分はママのためにゃーのよ。貰った服早速着ちゃって、未練タラタラにゃの丸わかりにゃーのよ」
「う」
透心が着ているのは、いつ渡されるのかとやきもきして帰り際にようやく手に入れた水色のキャミソール。
透心が普段着ているようなヒラヒラした服装よりも相当開放的で、上手く着こなすことができず、下手に組み合わせるよりはと上着も着ていない。
春真っ盛りのこの季節だと若干肌寒かった。
(余計なお世話、なんて言えないな)
後をつけると言い出したのはミアだが、これはミアの気持ちではなく透心の気持ちを代弁してくれたに過ぎない。
自分でセッティングしておいて、デートが上手くいくのは嫌という、滅茶苦茶な感情を唯一理解してくれているのだ。
ちなみに、ミアがネックレスのように付けているのは憂晴から貰った新しい首輪だ。
「後ちょっとにゃのに憂晴様来にゃーのよ。女の子を待たせるようにゃ人じゃにゃーのよ」
「憂晴のこと、昨日一日で随分と知った気でいるのね」
「少にゃくともママよりは接近したーのよ?」
「……」
何も言い返せなかった。
憂晴に恋心を抱いてから自分は今まで何をしていたんだと自問自答するが、透心に答えは見つけられない。
何もしていないのだから当然だ。
足下に視線を落として、四度目の溜息を吐こうかという、正にそのとき。
隣にいたミアが声を上げた。
「にゃーご!!」
「な、何?」
「憂晴様と一緒にウサギさんも来たーのよ!?」
「え」
ミアが指さす方向を見る。
待ち合わせ場所の美容院前には、透心の幼馴染みである憂晴だけでなく、ミアと同じように人間の姿をとっているネザーランドドワーフの由紀の姿があった。
上手くウサ耳を髪で隠し、先日透心が『自分には似合いそうにない服』として選んだものを完璧に着こなしている。
由紀は透心やミアよりもスタイルが良いので、憎らしいほどに似合っていた。
ミアも手を噛んで悔しがっている。
「ママ、どういうことにゃーのよ!? これってダブルデートにゃーのよ!?」
「違う。ダブルデートと言うには、男の子が足りない。それに、厳密に言えばウサちゃんは憂晴のペットだから、女の子も足りない」
突然のイレギュラー的展開に思考がついて行けず、しなくてもいい説明をし出す透心。
「そんにゃこと聞いてにゃーのよ! というかママ、自分を落ち着かせるためにわざと言ってるーのよ?」
「憂晴に電話してみる」
「にゃ!? そんにゃことしたらこっそり見てることバレちゃうーのよ!」
「あっ――そ、そうね。なら守永さんに聞いてみるとか?」
「……ママはもう駄目っぽいーのよ。完全に我を失ってるーのよ」
「う、う?」
「にゃあ……もう。メールで遠回しに聞いてみるーのよ。デート中、ウサギさんが家で大人しくしてられるーのよ? って」
「………………………………………………………………私もそう思ってた」
ミアが憂晴絡みで暴走したときは、透心が落ち着いて対処する。
透心が予期せぬ事態に陥ったときは、ミアが冷静に諭す。
培ってきた絆は伊達ではなかった。




