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透心の恋愛サポート能力は中々侮れない。
帰宅した憂晴は、牧草を由紀に食べさせながらしみじみとそんなことを考えていた。
あの直後、デートの話は一先ず保留ということになったのだが、ついさっき透心からメールがあった。
ご丁寧に、デートの日程と場所まで明記されたメールが。
デートは来週の日曜日、午前十一時に待ち合わせ。
唐突な発言から本当にデートをするところまでこぎ着けてしまうとは。
二人が友達同士だからというのもあるだろうが、それにしたって展開が早すぎる。
「ご主人、学校で何かあったのです?」
憂晴のお古のパジャマを着た由紀が、首を傾げつつ聞いてくる。
透心が買いそろえた服の中にパジャマがなかったので仕方なく貸したのだが、憂晴の匂い付きなのが気に入ったらしい。
気まずい空気もなくなっていたので一安心だ。
「ん、ああ。もしかしたらだけど、もうすぐ元の姿に戻れるかもしれないぞ」
「? ……忘れてたのです」
「おい!」
由紀の頬をモニュモニュと揉みしだく。
「ウサァ~ァ~ァ~ァ~ァ~」
「全く。元の姿に戻りたいんじゃなかったのか? 自分のことだろうに」
呆れながら由紀の頬を解放すると、由紀はシュンとして上目遣いで見つめてきた。
「何か言いたいことがありそうだな」
「う、ウサ。ご主人は、由紀が元の姿に戻ることを望んでいるのです?」
「それは……、考えたことなかったな。真っ先に元の姿に戻るために協力してほしいって言ってきたのは由紀だったしさ。自然と、協力してやりたいなって」
「なら質問を変えるのです。ご主人は、兎の由紀と今の由紀、どちらが好きなのです?」
モジモジしながら、聞くまでもないようなことを聞いてくる由紀。
これには流石の憂晴も呆れを通り越して怒りを覚えた。
「ありきたりな言葉だからあんまり言いたくないけど、分かってないなら答えてやる。どっちも……由紀なんだろ? だったら、どっちも好きに決まってるさ」
「そんなありきたりな言葉はいらないのです」
「だから最初に言ったよな俺!?」
張っておいた予防線が一瞬で無に帰して、憂晴は顔を真っ赤にした。
恥ずかしい台詞は心の中で言うに限る。
「ハッキリしないご主人なのです。では、更に質問を変えるのです。ご主人はどっちの由紀とウサウサしたいのです?」
「ウサウサねぇ……。今の由紀とウサウサするのと、兎の姿の由紀とウサウサするのとでは意味が変わってくるぞ」
「変わらないのです。兎の姿のときにご主人がしてくれた添い寝とか、頬ずりとか、チューとか、抱っことか、全身くまなく撫で撫でとか、一緒にお風呂とか」
「待て待て! 今の姿でそれをやるのは、そもそも由紀が嫌だろ?」
「嫌じゃないのです。同じなのです」
「そう、なのか? でも、初めてその姿で会ったときは恥ずかしがってたじゃないか」
恥ずかしがっている由紀よりも、迫り来るウサパンチの方が印象に残っているのはさておき。
「兎のときにあった毛がなかったからなのです。今は平気なのです」
「服が毛の代わりなのか……」
確かに、先程由紀が挙げたウサウサシチュエーションは、服を着ていれば大抵は可能になる。
全身くまなくとはいかずとも、危ないところを避けて撫でてあげれば良いし、バスタオルを巻いて貰えばお風呂も一緒に入れる。
チューだって、何も口にする必要はないのだ。
「……うん。それなら、どっちの由紀でも俺はウサウサできるぞ」
「本当なのです!? それなら、由紀は元の姿に戻らなくても良いのです!」
「えっ!?」
由紀の宣言は素直に喜べるものではなかった。
何故なら憂晴は、日曜に守永由紀とデートの約束をしてしまった。
肝心なのは、憂晴が『守永由紀に嫌われる覚悟』を決めていたことだ。
元の姿に戻らなくても良いなんて言葉を聞いてしまっては、どんな気持ちでデートに臨めば良いのか分からない。
「その反応は何なのです?」
「いや、あのさ。元の姿に戻れないままのデメリットはないのか?」
「デメリットなら、ご主人にウサウサしてもらえないことだったのです。それはもうなくなったのです」
「そういう気分的な問題じゃなくてだな……例えば体が弱ってしまうとか、ストレスが爆発して取り返しの付かないことになったりとか。そういうのはないのか?」
「ストレスは溜まったままなのです。些細なことなのです」
「……そうかなぁ」
脳裏に蘇るのは、昨日一日で目に焼き付けた数々の横暴な振る舞い。
憂晴が言動に気を付けるか、もしくは我慢すればどうにでもなる話には違いないので、些細なことと言われればそれまでかもしれない。
だがそのために必要な忍耐力というものが、移り気な憂晴には圧倒的に足りなかった。
「その煮え切らない態度が癪に障るのです。やっぱり、由紀がこの姿のままでいるのは迷惑なのです?」
「そんなことはないんだけどさ。実は、日曜日に守永さんとデートすることになって」
「ウサッ!!」
「あっふ!」
腹を貫くようなウサパンチをまともに受け、胃液が思い切り逆流する。途端に口の中が気持ち悪くなった。
「初恋に決着をつけるためには……『過程』と『結果』が必要だって言うから……っ」
「約束してしまったのです?」
「ああ。俺が直接した訳じゃないけど。……うぷ」
「約束なら仕方ないのです。約束は守らなければならないのです」
「そ、そうか……良い子だな」
由紀の頭の中では約束=人参という図式が成り立っていそうだが、言っていることは正しいので素直に褒める。
ウサ耳の上から優しく頭を撫でてあげると、口元をヒクヒクさせて催促してきた。
「ご主人がそこまで言うなら、由紀も付いていってやるのです」
「……、ん!?」
「日曜日、なのです。昨日トコに選んで貰った服が早速役に立つのです」
「あの、由紀? 俺はそんなこと一言も」
「ご主人の手から全て伝わってきたのです。『由紀に付いてきてほしい。ご褒美は人参』と」
「お前の耳都合良すぎだろ!?」
「ウサ~サ~、ウサ~サ~。ウサ~サ~、ウサ~サ~」
憂晴の突っ込みは華麗に無視して、由紀はウキウキとシャドーボクシングしながらすっかり気に入ったBGMを口ずさみ、寝室の方へと消えていった。
初めてのお出かけに胸を躍らせる子供のような表情を見せられて、結局憂晴は何も言えなくなるのだった。




