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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第四話 少し早めのお花見
18/39

 翌朝。

 同級生より一日遅れで新たな制服に身を包んだ憂晴は、昨日とは別の意味で苦労していた。

 玄関口で頑なに視線を合わせようとしない由紀にそっと声を掛ける。


「俺が帰ってくるまで、良い子にしてるんだぞ?」

「ご主人のえっち……なのです」

 由紀の呟きが憂晴の罪悪感を刺激する。

「い、行ってきます」


 扉を閉めて、大きく溜息。

 満足そうに人参をシャクシャク貪る由紀に対して、透心はあのポーズがどれほどイヤらしくて恥ずかしいものであるかを力説した。

 そのせいで、由紀は好物の人参すら捨てて部屋に閉じこもってしまったのだ。

 結局その日は部屋に入れて貰えず、今朝ようやく入ることを許された。

 部屋の前に置いた由紀達のご飯は無くなっていたので、心配事が一つ減ったのは良かった。


(んー……ちょっと早いか)


 使い古されたガラケーのディスプレイを確認しながら、透心との待ち合わせ場所である商店街のコンビニエンスストアに向かう。

 昨日の帰り際、憂晴がご機嫌取りを実行した後、透心は「明日、七時半に商店街のコンビニで」と言い残してさっさと帰ってしまった。

 小学校の六年間、憂晴と透心はほぼ毎日一緒に登校していた。

 高校が同じになって、以前の状態に戻るという流れは自然なのかもしれない。

 しかし異性と並んで登校するという行為自体に羞恥心を抱くようになってしまったのも事実。

 些か辟易気味だった。


「あれ。あっちもまた随分と早いな」


 坂を下りて商店街に入ると、すぐに幼馴染みの姿が視界に入った。

 向こうも憂晴に気付いて控えめに手を振ってくる。


「おはよう。意外に早かった。私が女だから少し早めに行こうとか考えたの?」

「あのなぁ……昨日、あれから大変だったんだぞ。由紀が部屋に閉じこもっちゃってさ。さっきようやく入れて貰えたけど、由紀とは気まずいまま。お陰でこんな早い登校になった」

「……そう」

「あれ? 何でそこで透心が不機嫌になるんだ」


 恐ろしく早くご機嫌取りの効果は切れてしまった。

 足早に先を歩く透心に遅れないよう付いていく。

 この度憂晴達が通うことになった京滋学院けいじがくいんは、この商店街を縦に突っ切って、枯れかけの川を渡った先にある。

 夏場はユスリカという小さな虫の集団が大迷惑なこと以外は、特に文句の付け所がない楽な通学路だ。

 川沿いを進むと大きな公園があり、昔はそこで透心や他の友達と缶蹴りなんかをして遊んでいた。

 この辺りは飼っていたチワワの散歩コースでもあったので、尚のこと馴染みがある。


「俺と透心って同じクラス?」

「別」

「げげ、マジか。参ったな」

「わ、私も残ね」

「何にも分かんないからナビゲーターが必須なのに……」

「……、」


「俺が知ってる奴とかいないかな? 同じクラスで」

「まだ一日しか通ってないのに分かるわけない。別のクラスなら尚更」

「ご、ごめん」


 昨日一日で、どういう訳か透心の沸点が限りなく低くなったような気がしてならない。

 小学校の頃は恋愛相談しているときくらいしか苛々していなかったのに。


(あれはまあ、何度も相談してる内に呆れられたんだろうけど)


 誰だって、他人の恋愛なんてそこまで気にしない。

 興味本位で関わろうとする人は多くとも、上手くいくように二人の仲を取り持つなんてことまでしようとするのは相当なお人好しだ。

 憂晴も、透心に話を聞いて貰うだけにとどめていた。


(由紀のこともあるし、俺の恋愛相談ってストレスを溜めさせる効果があるのかも……。これからは相談事とかも控えた方が良さそうか)


 憂晴が見当違いの反省をしている間も透心の怒りは治まらなかったようで、通学路のほとんどを無言で歩くことになった。

 これでは一緒に登校する意味がない。

 ようやく透心が口を開いたのは校門を前にしたときだった。


「心配しなくても、ナビゲーターならいる」


 そう言って透心が指をさした先にいたのは、一人の少女。

 ミアや透心よりも一回り大きいその体躯は由紀のボディラインを彷彿とさせる。

 申し訳程度にブラウンに染めたストレートヘアが、いやらしくない魅力を演出していた。


「あの子? ……どっかで見たような」

「あっ、来た来た。おーい!」


 トテトテと忙しなく駆け寄ってきた少女が、憂晴の顔を見るや元気よく手を差し伸べてくる。

 気のせいか、少しだけ顔が赤い。


「ひ、久し振り移戯君。わ、背伸びてる! 昨日はどうもね」

「昨日?」

「後は二人でごゆっくり」

 すげない言葉を残して立ち去ろうとする透心。


「ああん待ってトコちゃん! いきなり二人にされても困るからっ」

「そうだよ。というか、この子は誰なんだ。紹介ぐらいしてくれてもいいだろ」


 憂晴は当たり前の疑問を口にしたつもりだったが、二人は口をあんぐりと開けて固まってしまった。


「呆れた……ここまで鈍かったなんて。それとも、単に物覚えが悪いだけ?」

「し、仕方ないよ。直接会うのは三年ぶりだもん」

「三年? 久し振り? それに昨日……って」

 これらのワードが符合する人物が、頭の中にピンと浮かんだ。



「守永さん!?」



「正解~」

「ごゆっくり」


 憂晴が驚いている隙に、今度こそ透心は姿を消してしまうのだった。


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