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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第三話 ウサネコ合戦
16/39

 あらかた用事を済ませ、憂晴達は今回の買い物のメインとも言えるものを買いにスーパーに来ていた。

 そう、人参である。

 実を言うと、兎は人参があまり好きではない。

 由紀を飼い始めてから色々調べている内にそのことを知ったのだが、好物は人参という先入観からとっくに買って冷蔵庫に入れてあったので、試しに与えてみた。

 すると食べる食べる。

 あっという間に与えた分はなくなってしまった。

 栄養の都合でそう多くは与えられないため、ときどきご褒美に上げる程度だが、逆にそのせいで人参が恋しくなったのか、以降も由紀の好物として定着している。


「透心! 小松菜が安いぞ!」

 野菜売り場の前でテンションを上げる憂晴。


「……だから何?」

「小松菜は素人でも簡単に作れて、尚且つ美味しい料理が目白押しの素晴らしい食材なんだぞ」

「だから、何が言いたいの」

「つまりだな。好き嫌いせずに」

「絶対食べないから」


 憂晴が言うよりも早く、透心は野菜売り場を離れてしまった。

 小松菜が大好きな憂晴は、なんとしても透心の小松菜嫌いを克服させてやりたいと常々考えていた。

 勿論、味が嫌いというのであれば無理に食べる必要はないが、透心の場合はただの食わず嫌いだ。

 ゲテモノ料理ならまだしも、小松菜を見た目で嫌う理由が分からない。

 特に、ほうれん草は食べるのに小松菜は食べないというのが余計に理解できない。

 手を伸ばせばそこには優しい美味しさが広がっているのに。

 ちなみに、憂晴が一番好きなのはお吸い物だ。


「しょうがない……せっかく安いんだし、俺が買おう。菜々子も喜ぶしな」


 陳列されている分の小松菜を根こそぎ買い物カゴに詰め込む。

 スッカラカンになってしまった小松菜の陳列棚を見て、まだ見ぬ小松菜同士のために一房だけ戻して小松菜コーナーを離れた。


「人参人参……ちっ、安くなってないか」


 適当に一本手にとって、小松菜だらけの買い物カゴに投げ入れる。

 それを――キャッチした人物がいた。

 いつの間にやら戻ってきていた、与一透心だ。


「これは駄目」

「駄目?」

「ここを見て。首が黒ずんでるでしょう。それと、茎の切り口も小さい方が良い。太いと中に芯があって固いし、美味しくない」

「……主婦みたいだな」

「!?」


 透心は顔を真っ赤にして狼狽えた。

 別にからかったつもりはないので慌てて訂正する。


「いや、凄いと思っただけだよ。由紀だってどうせなら美味しい人参が食べたいだろうし、参考にさせて貰う。ただ、どこでそんな知識を身に付けたのかなってさ」

「……テレビ」


 透心は結構ミーハーだった。

 安くなっている他の食材を次々にカゴに投入していく。

 すると長ネギを持った瞬間、透心に腕を掴まれた。


「ネギは駄目。絶対」


 透心の言わんとしていることは分かる。

 ネギ類は大抵の動物にとって毒なので、上げたら駄目と言いたいのだろう。

 ただ、食材とは何も動物のためだけに買うものではない。


「これは自分で食べるの。ラーメンには欠かせないの」

「……そ、そう」


 透心はまたしても顔を赤くして俯いてしまった。

 会計を済ませて食材を袋に詰めながら携帯で時刻を確認すると、既に午後六時を回っていた。

 早く帰ると約束したのにもかかわらず、遠くのペットショップまで買いに行くときにかかる時間とさほど変わっていない。

 由紀の機嫌が心配だ。


「それ、私が持つ」


 透心が率先して持とうとしたのは、由紀のために見繕ってくれた衣類の入った袋だ。

 何だかんだで結構な量になってしまった食材に、ペットショップでの戦利品。それに服を合わせると、確かにかさばるし重い。

 だが女の子に荷物を持たせるという愚行を犯すほどではない。


「ん? いいよ別に」

「持つ」

「いいって」

「「……」」


 強引に持ち去ろうとする透心の手をヒラリと躱す。

 憂晴には、ご機嫌取りで買った水色のキャミソールの存在を知られたくないという事情もあるので、尚更渡すわけにはいかなかった。

 同じ理由でペットショップ関係の袋も渡せない。

 そうなると、透心の意思を汲み取るためには一番重い食材の入った袋を渡すことになる。

 結論から言って、そんな選択肢は選べない。


「子供扱いしてるの?」

「してないって。そうじゃなくて」


 憂晴は、買い物袋に伸ばされた透心の華奢な手を見つめた。

 あんな細腕で物が持てるのだろうか。

 リアルに『箸が重くて持てない』と言っても信じられるくらいにひ弱な腕だ。

 由紀のウサパンチを食らったら確実にポッキリといく。


「一応さ。幼馴染みとはいえ、俺は男で透心は女だろ。女の子に荷物持たせるなんてできないって」

「え」

「何だその反応は」

「驚いた。私、普通の女の子として認識されてたの?」

「俺は普通の男として認識されてなかったようだな……」


 与一透心をそういう目で見たことはなくとも、一人の女の子であることは間違いない。それは透心にとっての憂晴も同じ。

 一人の男として認識されていなかったことが地味にショックだった。

 大いにテンションが下がった憂晴は、結局一番重い食材を透心に委ねることにした。

 案の定透心は、憂晴の家までの道中、重い荷物に相当悪戦苦闘していた。

 重さの原因となっているのは間違いなく三個のキャベツだ。

 透心の嫌いな食べ物は、今日を以て二つに増えてしまうかもしれない。

 そう思うと、心の中で透心の母親に謝罪せずにはいられない憂晴だった。


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