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「にゃはぁ~……ふ」
「あ、欠伸しやがったのです!」
「ウサギさん、才能にゃさすぎにゃーのよ。やっぱりこの絶妙にゃ猫にゃで声は、猫が持って生まれるものにゃーのよ?」
割と本気で猫なで声を習得するために練習していた由紀だったが、何度繰り返してもぎこちなさが消えず、全く進歩していなかった。
こうなると鬱憤も再燃してくる。
「猫なで声に才能とか言われても困るのです。むしろそんな才能はいらないのです。ご主人にはしたないと思われるのです」
「にゃ!? ミアの存在全否定されたーのよ!?」
「大体、誇り高きネザーランドドワーフの由紀に、低俗な猫の甘え方なんて無理があるのです。もっとウサらしい甘え方を教えてほしいのです」
「言いたい放題言って無茶にゃ頼み事とか……! ウサギさんは憂晴様のペットとして相応しくにゃいと思うーのよ! 猫に小判にゃーのよ!」
「発情した化け猫には何を言っても無駄なのです。兎に祭文なのです!」
「フー!!」
「キーキー!!」
臨戦態勢をとる由紀とミア。
猫と真面目に張り合っているのは人間の姿の由紀なので、客観的に見るとさぞ滑稽に違いない。
「やっぱり……ライバルにアドバイスとか、ミアどうかしてたーのよ!! 毎日憂晴様と一緒に居られるだけで羨ましいのに! これ以上ニャンニャンさせられにゃーのよ!!」
今にも飛びかからんとしていたミアは、唐突にお座りのポーズで固まった。続けて両前足を祈るように合わせると、
「むむむ~……」
「な、何をする気なのです?」
「憂晴様の傍にいたい! 憂晴様の膝の上で寝たい! 憂晴様に抱かれたい! 憂晴様ににゃでて貰いたい! 憂晴様に遊んで貰いたい! 憂晴様と添い寝したい! 憂晴様に匂いを擦りつけたい! 憂晴様にブラッシングして貰いたい!!」
ミアの願望が、憂晴への想いとなって徐々に膨張していく。
そして、次の瞬間。
「にゃーんっ」
ミアは煙と共に人間の姿となって現れた。
猫の耳も、茶色の髪も、素っ裸なところも、幼い体躯も。
全てが先程と同じ姿だ。
「ご、ご主人がいないのに化けたのです!!」
「これが愛の力にゃーのよ!」
「あ、愛……!? ご主人への愛なら、由紀だって負けてないのです!」
「にゃにゃん。ウサギさんの愛とミアの愛は種類が違うーのよ。それに気付かないままじゃ、ウサギさんと憂晴様の関係はこれ以上進展しにゃーのよ~」
「う、ウサ? 進展なんて……する必要はないのです」
「にゃ~ん? その反応はもしかして、ちゃんと意味分かってて言ってるーのよ? ただ恥ずかしいから気付かにゃいふりしてるだけにゃーのよ?」
「!」
「にゃっにゃっにゃ。そーだったのかぁ~にゃるほどにゃーのよ~」
愉快痛快! とばかりにミアはベッドの上で体を捻り、背中を擦りつけ始めた。嘲笑っているかのようなクネクネした動きが、由紀のストレスを景気よく増幅させていく。
最終的に、由紀は無意識にシャドーボクシングを始めてしまった。
「にゃ、危にゃい! 憂晴様に怒られるーのよっ」
「ウサい!! 気安くご主人の名前を呼ぶんじゃねぇのです!」
「にゃにゃ、言葉遣いも悪くにゃったーのよ。これまた憂晴様に嫌われそうにゃ一面にゃーのよ!」
「う、ウサ……っ」
由紀は与一透心が来る前、正にそのことで注意されたばかりだ。
注意されたということは、ミアの言う通り良くないと思われている証拠でもある。
「人間の雄は暴れん坊にゃ雌が嫌いにゃーのよ。そんにゃんじゃ、いつか捨てられちゃうーのよ!」
「さっきはエッチな雌が好きと言ってたのです!?」
「人間の雄の好みは様々にゃーのよ。ミアみたいにゃタイプにゃら、むしろ言葉遣いが乱暴でも有りにゃーのよ! でもウサギさんみたいに、黙ってれば可愛い系の雌は、イメージが崩れちゃうからブッブーにゃーのよ。ブッブー!」
両手をバッテンにして大袈裟に由紀をからかうミア。
だが意外にも由紀は冷静だった。
「人間……複雑怪奇なのです。でも、助言は有り難く受け取っておくのです」
「にゃっ!? またアドバイスっぽいことを言ってしまったーのよ!!」
「ウサ。由紀の頭脳プレーなのです」
優位になった途端、由紀のシャドーボクシングがピタリと止まった。
「にゃ、にゃあ? ミアの魅力の前では、ウサギさんがいくら策を張り巡らせたところで無意味にゃーのよ。それに、ミアには絶対的にゃ自信があるーのよ」
「……それはどういう意味なのです?」
「にゃふふ。これ、言っちゃって良いのか迷うーのよ~」
片手で口元を隠し、ミアは不敵な笑みを浮かべる。
その表情から、由紀は嫌な予感を感じた。
何かとんでもない破壊力の爆弾を抱えているように見え、不気味だったのだ。
できれば聞きたくなかったが、頭よりも先に口が出てしまった。
「さっさと白状するのです! どうせただのハッタリなのです。余裕という猫を被っているだけなのです!! 猫だけに!」
「そんな、無理に使わにゃくても……。そこまで言うにゃら教えてあげるーのよ。覚悟は良いーのよ? ウサギさん」
「う、ウサ」
自分よりも小柄なミアに凄まれ、由紀はつい怯んでしまう。
そんな由紀を見たミアは平坦な胸を堂々と張り、声高々に自信の理由を叫んだ。
「にゃんといっても、ミアは若い!!」
「!!」
ビクゥ!! と驚き、小さな耳を立てて固まる由紀。
由紀とミアの年齢は、正確に言うと半年ほどしか違わない。
むしろ数字だけで言えばミアの方が年上だが、人間換算したときの年齢となると話は変わってくる。
与えられている牧草が、あるときを境に年齢を意識したものに変えられたことを由紀は知っている。
つまり、自覚があったのだ。
「にゃっにゃっにゃっ! どんなもんにゃーのよ! にゃっにゃっにゃっ! にゃーにゃっにゃっにゃ~!!」
「……、」
不穏な空気を察知して、由紀の肩に留まっていた香織が空中に飛び立つ。
首を目一杯伸ばしてベッドの上の様子を窺っていた菜々子も、ノロノロと開かない扉に向かって前進し出す。
既に導火線には火が点いていたが、ミアはこともあろうに油を注いだ。
「大体、年中苛々の更年期ウサギじゃ、にゃにしたってミアの魅力には敵わにゃーのよ」
「やっぱりここで仕留めるのです!! ウサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
由紀は戦の合図のような雄叫びを上げて、ミアに襲いかかった。
対するミアも、今は人間の姿を保っているため怯むことなく迎え撃つ。
雌同士の醜い争いは、命懸けの戦いへとシフトしようとしていた。