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古着屋で買い物を済ませた憂晴達は、同じ商店街にあるペットショップの前で立ち往生していた。
大抵、ペットショップの入り口近くのケージには、客の目を引く可愛らしい動物達が入っている。
それは目の前にあるペットショップも同様で、見ただけで引力が発生したのかと錯覚してしまう程の愛くるしい子犬達が出迎えてくれた。
だが。
甲斐甲斐しく子犬達の世話をしている女性店員。
その顔に、見覚えがあった。
ここのペットショップを利用しなくなった原因でもある、憂晴の過去の想い人だ。
「……入らないの?」
並んで立っていた透心がジト目で睨んでくる。
憂晴は例の如く、過去に透心に相談している。
中学は別だったのでそこまで深くは話していないものの、既に終わった恋であることは勿論知られている。
今更躊躇しているのが気にくわないのだろう。
「入るよ。入るけど、もう少し待とうじゃないか」
「守永さんのことがあって気になり始めた?」
「うっ」
憂晴の心は完全に見透かされていた。
もしかしたら、確固たる結果が出ていない恋は、全て何かしらの心残りがあるのではなかろうか。
そんなことを思っていた憂晴は、ここにきてペットショップの店員が気になり始めていたのだ。
未練などない。
あるはずがない。
しかし、由紀の件を省みると自分に自信が持てなかった。
「あの人はウサちゃんのことと関係ないんでしょ?」
「ああ、それは間違いない。あの人の話を聞かせてたのは菜々子だから」
「じゃああの人の名前は菜々子っていうんだ」
「フルネームは稲瀬菜々子。あのとき高一だったから……今は高三かな?」
「そこまで聞いてない。とにかく、関係ないなら気兼ねなく入れる」
そう言うと透心は一人で店内に入ってしまった。
「……よ、よし」
店員が見えなくなったのを確認して、憂晴も後を追う。
憂晴とて、恋が再燃するなどとは考えていない。
ただただ漠然と、気まずいのだ。
特に稲瀬菜々子の場合、ショッキングな光景を見て以降、一度も顔を合わせていないので尚のこと会いたくなかった。
中に入ると、早速子犬達がガラスのケージ越しに熱視線を送ってきた。
奥からは様々な鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
(ペットショップに限って言えば……動物の言葉なんて分からない方が良いのかもな)
耳に入ってくる鳴き声が助けを呼ぶ悲痛な叫び声だったらと思うと耳を塞ぎたくなる。
愛情持って飼っている由紀、菜々子、香織はともかく、ペットショップで飼われている動物達の幸せまでは流石に考えられない。
「ウサちゃんを待たせてるんだから、早くしたら?」
子猫が集まっているケージを通り過ぎると、透心が柔らかく文句を言ってきた。
煮え切らない憂晴を見て苛ついていた透心の怒りは、子猫によっていくらか緩和されたようだ。
「分かってるって。ウサギのコーナーは、と」
数年前の記憶をたよりに目的の牧草とペレットフードを探す。
幸い場所は変わっていなかったためすぐに見つけることができた。元々はここで買っていたものなので種類も同じだ。
適当な量を手に取ると、不思議そうに透心が聞いてきた。
「それだけ?」
「うん」
「牧草は、昼も常に置いておくんでしょう。それじゃすぐなくならない?」
「買いだめしておきたいのは山々なんだけどさ。牧草は常に新鮮なものを用意しないといけないから」
牧草には栄養補給の他、前歯の長さを調節するという役割もあるのだが、鮮度が落ちると由紀は口にすらしなくなるため、頻繁に買いに来なければならない。
まあ、そんな苦労は鼻をヒクヒクさせてがっつく姿を見ていると吹っ飛んでしまう。
「結構、考えてるんだ」
「当たり前だろ。誰かさんから、動物を飼うことの責任の重さを教えてもらったからな」
「まあ、ペットを飼ってる人なら当たり前の心構えだけど」
「そういうこと。……今がチャンス、か」
さりげなく視線を動かして、稲瀬菜々子がいないレジに向かう。
予め財布を手にしていたことからも、さっさと会計を済ませて帰ろうという気持ちが前面に表れていた。
しかし、ピッタリ払えないものかと小銭入れを漁り始めたのがまずかった。
「あれ? もしかして、憂晴君なの?」
「……ど、どうも」
流石に人違いですとは言えずに後ろを振り向く。
そこには以前と同じ素朴な魅力を持った稲瀬菜々子が立っていた。
「随分と久し振りねぇ。元気してた? 突然来なくなったから……私、てっきり」
「! いえ、ちゃんと生きてますよ。元気です」
「そっかぁ。良かったぁ」
ヘルマンリクガメの菜々子はここで買ったわけではないが、通い詰めている内に何度も話していたので心配させてしまったようだ。
亀は長命だ。
二、三年で死んでしまったとあれば、それは間違いなく飼い主に問題がある。そんな不名誉なイメージを抱いてほしくない。
「でもぉ、ならどうしてお店変えたの?」
「家庭の事情で」
「あらぁ。聞いちゃいけなかったか」
「そうしてもらえると」
何とか誤魔化すことに成功し、勘定を終えた憂晴は軽く会釈して出ようとしたが、
「もしかして、入り口で私のこと睨んでる子、憂晴君の彼女さん?」
「え!? 違いますよ。あれは幼馴染みです」
「ふぅん……あ、ごめんなさい、邪魔しちゃって。じゃあ、またねぇ」
「はい」
稲瀬菜々子を見送り、入り口で待たせている透心の下に駆け寄る。
何故稲瀬菜々子を睨んでいたのか聞こうとしたが、すぐに思い直した。
透心が睨んでいたのは憂晴の方だったからだ。
「何でそんなに怒ってるんだ?」
「別に。結局話し込んでるのとか、結局にやついてるのとか、結局時間掛かってるのとか全く全然気にしてないから」
透心は結構な不満と文句をを漏らして、入ったときと同じように早々と出て行ってしまう透心。
ご機嫌取りが足りないと感じた憂晴は、素早く猫のコーナーに戻るのだった。




