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ウサ晴らし!  作者: 襟端俊一
第二話 困ったときの人参頼み
10/39

(他の恋で強引に塗り潰してたけど、あの頃のストレスは俺の中にも残ってたんだな。由紀にだけ蓄積されてたわけじゃなかったんだ)


 そんな風にしみじみと初恋のことを考えていると、痺れを切らした透心に携帯をかっさらわれてしまった。


「あ、ごめん」

「それで、どうだったの?」

 透心は鬼気迫る表情で告白の結果を聞いてきた。


「ハッキリとふられたよ。多分ってリップサービスまで付いてた」

「そ、そう」

「いやー……ふられるって初めての経験だけど、清々しいものなんだな。悪くない気分だ」

「それは人によると思うけど……」

「そうか? まあ何にせよ、これで全部解決だな!」



「ウサッ!!」



「げふぅっ」


 強烈な回転が掛かったウサ右ストレートを右頬に貰い、憂晴は為す術無くカーペットに倒れ込む。

 残っていた土が空中を舞って掃除の粗が浮き彫りとなった。


「なーにが解決なのです? 何にも終わってないのです!」

「な、殴ったな……人参は無しだ!」

「ウサッ!!」

「ひぃっ」

 今度は回し蹴りが飛んで来るも、何とか姿勢を低くして躱す。


「これは約束を破った内にに入らないのです!! 由紀は人参権を主張するのです!」

「冗談だよ。人参はちゃんと買ってあげるって。それより、告白して返事も貰ったのに元の姿に戻らないのはどういうことだ?」

「それは決着が付いていないからなのです。由紀が元の姿に戻らないのがその証拠なのです」

「んー……俺はスッキリしたんだけどな。何かが足りないのか」

「今のご主人がスッキリしても駄目なのです。重要なのは、過去のご主人がスッキリすることなのです。きっと過去のご主人は、ふられた理由が分からないから納得がいっていないのです。ウサ勘なのです」


 由紀のウサ勘を信じるのなら、つまりこういうことだ。

 憂晴は確かに告白してふられ、清々しい気持ちを味わった。

 しかしあくまでそれは今の憂晴の気持ちであって、過去の憂晴はこの結果に納得していない。

 何故ならふられた理由が分からないから。

 要は、理由も分からずにふられてモヤモヤしている非常に見苦しい状態。

 ならば次に必要なのは、何故ふられたのかという理由付け。

 それも、過去の憂晴が納得できる理由でなければならない。


「我ながら面倒臭ぇ……小学生の俺面倒臭ぇ!!」


 これで事態はより複雑になってしまった。

 一見すると、守永由紀に直接聞けば済む話に聞こえるが、それではきっと解決しない。

 何せ憂晴は、守永由紀に対して何のアプローチもかけていないのだ。

 憂晴をふる確固たる理由が存在し得ない。


 顔が好みじゃない。

 生理的に無理。

 そんな辛辣なふられ文句を言われれば一発なのだが、仮にそう思っていても守永由紀は口に出せるタイプではなさそうだ。


「ご主人は、由紀でない由紀にどんなアプローチをかけるつもりだったのです? それを全て行った上でふられれば、過去のご主人も納得できるのです。もしくは、それで返事を覆してしまうのもありだと思うのです。重要なのは『過程』と『結果』なのです」

「成る程な……。けど、小学生の俺が女の子を口説くために試行錯誤、なんてちょっと想像できないぞ。話しかけるところから普通とは違うしな」


 恋をする度に新しい動物を飼い始めるなんて、世界広しと言えど憂晴くらいだろう。


「そこは今の憂晴の考え方で良いんじゃ? 憂晴には変わりないんだし」

「今の俺がどう女の子を口説くか、か」


 憂晴には見ず知らずの女性に気軽に声を掛けられるようなナンパ師の才能はない。会話で楽しませる自信もない。

 となると、偶然を装ってとか、何かしらのアクションを起こしてきっかけを作るくらいしか思いつかなかった。


「ウサウサすればいいのです」

「ウサウサ?」

「猫はニャンニャン、由紀はウサウサなのです」

「そういう意味か。確かに強引に迫るってのも一つの手だけど、それが通用するのは余程のイケメンか、相手が自分のことを好きだと分かっている場合に限るから却下。まあ何とかなるんじゃないか。要は守永さんと親交を深めるために努力すれば良いんだろ?」

「例えばどんな方法で?」


 恐ろしいほどの半眼で透心が追及してくる。

 対象が友達とあっては、憂晴が何をするのか気になって仕方がないのだろう。

 憂晴としても、この場で唯一の普通の女の子である透心の助力を得られるのは大きい。


「デートは鉄板として、手作り弁当の感想を言うとか。他にはハプニング的な意味合いで下着を見ちゃうとか、キスしちゃうとか……ってそんな冷たい目で見るなよ!! きっかけとしては良くあるじゃん! 漫画とかで!」

「なら、それを頼みに行くのです」

「んなことできるか!?」


 弁当を作ってもらったり、デートに誘うくらいならまだしも、下着見せてなんて恋人同士であってもNGなのではないだろうか。

 キスに至っては罪悪感でストレスが倍増してしまいそうだ。


「大体、今のは思いついたのを適当に言っただけだし、それで上手くいくなんて保証はないんだからさ。透心からも何とか言ってやってくれよ」

「……本人が良ければ、私は別に構わない」

「聞くこと自体がアウトだっつってんの!!」


 守永由紀の友達であるはずの透心ですら何故か乗り気だった。

 このままではなし崩し的に実行する羽目になる。

 そう思った憂晴は強引に話を切り替えることにした。


「良し。この話は一先ず置いとこう。それよりも人参を買いに行くぞ」

「ご主人……素敵なのです」

「そうだろう?」

 ウサ耳をピョコンと立てて喜ぶ由紀を優しく撫でる。


「で、だ。透心にも付いてきてもらいたい」

「構わないけど、何のために?」

「由紀を見てくれよ。Tシャツ一枚で、下には何も履いてないんだ」

「……最低」

「何で俺のせいになってるんだよ! ここにはもう女物の服なんてないし、下着無しでズボン履かせるのも変だし。俺の代わりに、由紀に似合いそうな服を見繕ってほしくて」

「別行動?」

「そうなるな。牧草とペレットも買い足さないとだし」

「……分かった」


 何故かガッカリした様子の透心はさておき、二人が外出するとなると家には由紀一人が残されることになる。


「由紀はお留守番な」

「嫌なのです。由紀も付いていくのです」

「言うと思ったけど、駄目。ちゃんと良い子で待ってれば人参は目の前だぞ?」

「……卑怯なのです」


 由紀はブスッと頬を膨らませて、再び退屈そうにカーペットに寝転がった。

 言うことを聞かないときはとりあえず好物で。

 それを人間大の大きさになった由紀に実行するのは気が引けるが、効果的なのもまた事実。

 動物的本能が色濃く残っていることに深く感謝する憂晴だった。


「なるべく早く帰ってくるからさ」

「嘘なのです。前に利用していたペットショップに行かなくなってから、ご主人の帰りは遅くなったのです」

「良く見てるなぁ……分かったよ、下の商店街のペットショップで買う。それなら時間も掛からないし、透心と一緒に行動出来る」

「「!」」

「仕方ないのです。それで妥協してやるのです」


 所々に乱暴な物言いが混ざっているが、ここでそれを指摘しても余計に機嫌を損ねるだけだ。

 憂晴は聞かなかったことにして立ち上がった。


「ちょっと待っててくれ。財布取ってくるから」

 憂晴が部屋に向かおうとした刹那、不可解な言葉が背後から聞こえた。



「ミアも行く~!!」



「っ、こらっ」


 勢いよく振り返ると、透心がカーペットの上で柔軟体操のように上半身を倒し、ピクピクと体を痙攣させていた。


「今、何か聞こえたんだが」

「き、気のせい」

「いや、今度は気のせいじゃないぞ。ちょっと体を起こしてみろよ」

「む、無理」


 どう考えても何かを隠している透心を見て、憂晴に悪戯心が芽生えた。

 脇の下でもくすぐってやろうと手を伸ばしたのだ。

 そのときだった。


「駄目ぇ!!」


 透心の艶のある声と共に、巨大な生物がリビングの天井近くまで飛び上がった。

 その生物はそのままクルクルと回転しながらカーペットの上に四つん這いで着地し、憂晴のことをギロリと睨んでくる。

 人間。

 それも、裸で、猫の耳を持った少女。

 つい最近似たような経験をした憂晴は強烈な既視感に襲われていたが、


「憂晴様~~~っ。にゃ~~ん。ゴロゴロゴロ……」

 少女は憂晴の足首に、しきりに首を擦りつけてきた。


「な、何ご主人に馴れ馴れしくしてるのです!」

「ウサギさんは毎日憂晴様と一緒にゃーのよ。これくらい許すーのよ~」

「あっ、あっ! そんなに擦りつけて……っ。やめるのです!!」


 我慢できなくなった由紀が、裸の少女に向かって飛びついた。

 もはやしっちゃかめっちゃかで、由紀のTシャツも捲れ上がってしまっている。

 流石に目の毒なので咄嗟に目を逸らす。


「ど、どうなってるんだ透心……透心?」


 呆気にとられているのは透心も同じだった。

 制服の胸元が無残に破られていて、水色の下着が見えてしまっている。

 それなのに隠すことなく呆然としていた。

 制服を破ったのは間違いなく足下で由紀と取っ組み合いの喧嘩をしているネコ耳少女だろうが、今まで隠せていたのが不可解だった。


「そんな。ミアも人間になっちゃった?」

「! ってことはネコのまま連れてきてたのか。その反応を見る限り、自在に化けられる訳じゃなさそうだな」

「何年も前から喋るだけだった」

「……成る程。というか、そういうケースもあるんだ」


 由紀は何の前触れもなく人間になってしまったため、根本的な原因が違うのかもしれない。

 単に憂晴が、化けて出る前兆を見逃していただけということもあるが。


「ミア、だっけ。こいつが化けて出た原因って分かるか? 由紀がストレスでこうなっちゃったような」

「そ、それは」

「何故言い淀む」

「……憂晴のせい」

「はぁ!? 由紀はともかく、なんで余所様のネコのことまで俺のせいになる。有り得な……、」

 憂晴は反論しようとしたが、ミアが化けてしまったのはこの家に来てからだ。

 数年前からずっと喋るだけだったのが本当なら、この家に来たことが引き金になったのは自然な考えと言える。


「その、喋るようになったのはいつからなんだ?」

「憂晴が、ペットを飼う心構えを聞きに家に来た後」

「マジかよ……本当に俺のせいっぽいな。でも心当たりが全く無いぞ。ストレスを与えてたにしても、蓄積する程通ってた訳じゃないし」


 顎をしゃくりながら考えていると、取っ組み合いから抜け出したミアがニュッと顔を近づけてきた。


「ミアが答える!」

「お、おう」


 こうして見ると、小柄な由紀よりも更にミアは小柄なので、素っ裸でもあまり邪な感情は生まれなかった。

 羞恥心を覚え損ねた小学生という感じである。

 茶色のショートヘアは、過去に見たミアの毛色と全く同じだ。

 耳も垂れている。


「ご主人! 何余所のネコをマジマジと観察してるのです!?」

「にゃっにゃ~ん。ミアが魅力的だから仕方にゃーのよ」

「ウサッ!!」

「ニャーン」


 とてつもないスピードで放たれたウサパンチを、ネコパンチで以て受け流すミア。

 そこにすかさずもう片方の足でネコパンチ。

 しかし由紀もウサキックでこれを牽制。

 何とも高レベルな攻防である。


「ってお前等落ち着け! 今は話を進める方が先だ。ミア、知ってるんだろ?」

「にゃん。ミアは憂晴様への愛が募って化けちゃったーのよ」

「愛? でも俺、庭に閉め出されたミアを見てただけで、別段可愛がったりもしなかったような。あの頃は動物自体にもあまり慣れてなかったし」

「あのとき、ミアの心は憂晴様に猫ばばされたーのよ~」

「ね、猫ばば……。一目惚れみたいなものか?」


 散々一目惚れしてきた憂晴にとっては、例え相手が元スコティッシュフォールドのミアであっても馬鹿にすることはできなかった。

 それに、動物と人間の間には相性というものがある。

 犬にやたらと吠えられる人もいれば、どんな犬でも懐かれる人もいるのだ。

 相性というのは、飼う動物を選ぶときに特に重要だ。

 毛色や見た目、年齢で選ぶ人もいるが、やはり大切なのは直感である。

 同じ種類の動物が沢山いて、その内の一匹だけが何故か近寄ってきたり。

 特に理由はないのに、一匹だけ売れ残っていたり。

 ペットショップに行ったら、たまたま赤ちゃんが生まれた直後だったり。

 そんな、運命的な何か。

 動物の側にもそう言った感性が備わっているのであれば、一目惚れだって有り得ない話じゃない。


(俺のことが好きで好きで化けちゃったんなら、俺が撫でてあげたりして満足させれば元の姿に戻るんじゃないか?)

 考えた末、憂晴は素っ裸のミアを思い切り抱き締めた。


「!!」

「ご主人! なにやっとんじゃなのです!!」

「へ、変態っ。ミアを離してっ」

「落ち着けっての。よしよし、良い子良い子~」

「ふ、ふにゃぁ~~~~~~ん……っ」


 しばらく頭を撫でていると、ボンッという音がして周囲を煙が舞った。

 煙に怯んだ憂晴はミアから離れてしまったが、同時に何かがカーペットの上に落ちた。

 白のカーペットの上で一際目立つ、茶色いモコモコの猫。

 スコティッシュフォールドのミアだ。


「ミア!? 元に、戻った?」

「随分と早く解決したなぁ……由紀とはえらい違いだ」

「どういうこと?」

「単純な話だよ。由紀の場合、化けて出た根本的な原因……俺の初恋に決着を付けてストレスを発散すれば元の姿に戻るかもしれないって話だっただろ。なら俺への愛情が募って化けたミアは、俺が遊んであげれば元の姿に戻るのかなと思っただけ。由紀のウサ勘も信憑性が高くなったな」

「……猫たらし」

「微妙な称号をどうも。とにかく、これでミアのことも由紀に任せておけるだろ。な?」


 ミアが元の姿に戻った途端に大人しくなっていた由紀を見る。

 張り合いがなくなって拍子抜けしたのだろう。


「お任せあれなのです。ご主人は人参を買ってくるのです」

「はいはい。透心、行こう」

「うん」


 その後、今度こそ財布を取りに部屋を経由して、憂晴は透心と一緒に外出した。


 家に残った由紀がほくそ笑んでいるのを知らずに。


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