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幽人-トラワレビト-  作者: 清水智裕
二章:矛盾理想
9/9

プロローグ:幕開け


 二〇一〇年、六月上旬。

「あー、やっと着いたか」

 俺こと、水島銀次は母の故郷である小さな下町、三嵩町を訪れていた。

 以前俺が住んでいた逸未町から電車を乗り継いで、降りた駅でさらに地方線に乗り換えて、さらに三つの電車を乗り継いでやっと着く駅、三嵩町駅。

 田舎というわけではないが、いかにも都市開発の波に乗り遅れた小さな下町。

 それがこの三嵩町だった。

 改札を出てすぐ目の前に見える小さなバスターミナルを見回すが、一台たりともバスは停まっていない上にタクシーも停まっていなかった。

 ホント、何もない町なんだな。

 昔住んでいた町であるとはいえ、今の俺は何も覚えていない。

 記憶喪失である事を隠し、戻る宛のない記憶が戻るまで、水島銀次である事を演じ続けていく事を決めてから俺は常に「水島銀次である事」を意識して生活していた。

 しかし、そんな銀次が昔住んでいた町であり、今までも何度か訪れた町でもあるが。今の俺にとっては見知らぬ町であり、いきなり「道はわかるわよね?」などと頼りにしていた桜子に言われて案内もなしにそんな町に放り出されても困る。

 駅でさえ、駅名をそれとなく母親に電話して聞き出し、インターネットというハイテクノロジーを使用してやっと調べ上げたというのに、こんな下町の中の家の一つを調べるというのは無理な話だろう。

「はぁ―――なんとかするしかないのか」

 そんな事を呟きながら、俺は肩から下げた大きなボストンバックを持ち直して歩き出す。

 その時、視界の隅にある白い板のようなモノが目に付いた。

 思わず、そちらに視線をやってしまい、絶句した。

 駅にある立派な人かなんかの銅像の上に乗って、『旅館〈しいな〉入居予定のお兄様』と書かれたスケッチブックを天高くかざしている一人の少女。

 いや、見覚えはないんだけど、椎名って名前には覚えがあんだよなぁ。もしかしてあれは俺の知り合いなのであろうか。

 記憶喪失の俺にはその辺の区別が着かないので、とりあえずはシカトしてみる。確実に俺と少女は目は合っているからシカトして何かしらの反応が見られれば俺の知り合いという事で良いかもしれない。

 自らの考えをまとめ、実行する。

 わざとらしく少女に背を向けて歩いてみた。

 すると。

「銀次さん! 可愛い可愛い妹分の由子ゆずをシカトなさるのですか!」

 明らかに俺に届く声で、「お前だお前」と俺を指さして大声を出す少女。

「はぁ。やっぱ知り合いか」

 思わず頭を抱えたくなる衝動に駆られたが、そんな事をしている場合ではない。少女はなにやら次の言葉を発しようと息を大きく吸い込んでいる。

 いや、あれはマズイかなぁ。などと本能的に察知。

 しかし、爆発は止められない。

「水島銀次! お前だよお前。さっきから人の事シカトしやがってぇ! てめぇは大人しくこっちに来ればいいんだよ!」

 俺を指さして、盛大に大声をあげてキレている少女。

「うわぁ――――正直、引くわ」

 呟くように言いながら、俺は漠然と思う。

 俺の周囲は変な奴しかいなかったんだな。

 前の学校に居た親友であっただろう二人の友人。デブオタの藤本とさわやか系イケメンの伊勢島。

 そして、女子の体を持った男子である桑原慶介。いや、俺にとっては桑原愛生なんだったな。

 前の俺が、自らの命を賭して戦った女子の体を持つ少年。

 殺人を愛として考え、死を持って相手を手に入れていた少女。

 その最後は、結果的に子供を愛してしまい、子供を誘拐して殺すという行為に出てしまい、以前の俺によって気絶させられ、逮捕された。

 余談ではあるが。今は罪を認めているらしく、検察に身柄を送られたとの事だった。

 しかし、それらに加えて今度はヒステリックな少女か。

 改めて思う。俺の周りにまともな奴はいないのか、と。

 そんな事を考えながら、俺は今にも次の罵詈雑言(ことば)を放とうとして息を吸い込む由子と名乗った少女に向かって走った。



「ホントに勘弁してよね。あんただって由子がキレやすいって知ってるでしょ?」

 商店街の一角を歩きながら、なにやらすっきりとした顔をしていらっしゃる由子ちゃんの少し後ろを歩きながら桜子は言う。

 どうやら、なんだかんだと言いながら迎えには来てくれていたようで、その偵察として妹の由子を派遣したらしいが遠くからヒステリックに陥った由子ちゃんの声が聞こえたらしく、現在はその元凶である所の俺が説教をされていた。

 ちなみに、なぜ由子ちゃんがすっきりとした顔をしているのかというと。どうやら今まで溜まっていたモノを全て先ほどキレた時の言葉に乗せて吐き出したからなのだろうと推測される。

 さらにちなむと、何故俺が由子ちゃんが桜子の妹であるのかを知っているかというと、出会ってすぐに「由子ちゃんって今は何年になったんだっけ?」とさりげなく聞いてみた所、「高校一年です。去年会った時に中学三年だったんですから当然でしょう。数も数えられなくなりましたか?」とやけに棘のある言葉と共に教えられたからである。そして、俺と桜子が同い年である事を考えると必然的に妹という位置に落ち着いたのである。いや、後輩という線もなくはなかったのだが、桜子と一緒に昔馴染みを迎えに来るほど深い関係を持つ後輩など珍しいだろうからという理由で消えたわけだ。

 しかし、こうしていてなんだが。俺と桜子は「昔馴染み」であって「幼馴染」ではないらしかった。

 確かに、小さい頃を知っているのだが、それでも「幼馴染」というほど歴史が深いわけではないらしいため、「昔馴染み」という微妙な関係になっているのであるらしかった。まぁ、全部桜子に聞いた話なんだけどね。

「そういえば、銀次さんを見て思ったんですけど。最近、ここらで起こっている殺人事件。止まる気配がありませんね。ねぇ、姉さん?」

 ポロッと、前を歩いていた由子ちゃんが止まって俺の隣を歩いていた桜子に話を振ってきた。

「―――――そうね。夜になると、コンビニとかに屯してる不良どもを狙った犯行、とかってテレビで言ってたけど。危険っちゃ危険よね~」

 なんでもないような事のようにそう言う桜子。

「ふぅん。だったら、夜に出歩くのは少し気をつけるとしようかね」

「でも、銀次さんは以前の町でも殺人事件を解決に導いたんでしょ? だったら今回も案外解決しちゃったりとかしません?」

「しない。被害に遭った奴には悪いがね。そうゆうのが出るような時間にフラつく方も悪いんだよ」

 そう、殺人事件は百パーセント全てにおいて加害者が悪いわけではない。愛生のように、住居に不法に侵入して誘拐した後に殺害、なんていう少し特異なケースは除くが。そうゆう殺人鬼が出現するような時間帯に外をうろつく方も悪いのだ。いや、だからといって殺されていい理由にはならないけれど、それでも「殺されないための努力」をしないのだから、極端な話、殺された所で文句は言えない。いや、死んでるんだから文句など言えるわけもないのだけど。と捻くれた考えをしてみる。

 しつこいようだが、だからと言って人が殺されて良い理屈にも理由にもなりえないが、あくまでもそう言った被害に遭いたくなければ「遭わないために最低限の努力」をしなくてはならないだろう。

「でもでも、もう五人くらいは死んでますよ。警察の捜査も進んでないみたいだし、ここはやっぱり正義の味方である銀次さんが出張るしかないんじゃないですか?」

 彼女の言葉を聞いて思う。

 記憶を失う前の俺はどうゆう人間だったのだろうか。

 正義の味方? 記憶を失っている俺でさえもこれは断言できる。以前の水島銀次も、今の水島銀次も、そう言った類の輩が大嫌いだ。

 そもそも人の身で、「正義」という概念の味方をしようとする時点で間違っている。良く勘違いされやすいが正義の味方とは、己で定めた「正義」に従って「他人」を守る人種ではなく、「己の正義」という基準に従って「正義」を実行する事を理想とする人種なのだ。よくテレビで見かける「正義の味方」には「己の正義」という基準の中に「困っている人を助けたい」という項目が入ってるというだけなのだ。そして、「正義の味方」という綺麗な理想(ココロ)を持つ数少ない人種に共通している事は一つ。


 「己の正義」という基準の中に己が「悪」と断じたモノは入っていないという事だ。


 逆にいえば、それは「自分が悪とした者は助けない」と言っているようなものなのだ。

 要するに自分勝手な奴らなわけである。

 以前の俺は確かに「困っている人を助ける」という事をやってのけていたのだろう。しかし、結局の所その範囲は「自分の世界しゅうい」に限られるのだ。

 そして、そこに「正義」などという基準はなかったのだと思う。

 上手く言えないけれど。きっと、愛生を助けたのもクラスメイトの妹と弟を助けたのも、結局は「自分がそうしたかったから」という理由なんだと思う。

 自分の基準いしに従って「自分の世界」を守る者と自分の基準せいぎに従って「正義」を実行する者。

 似ているようではあるかもしれないが、決して相容れない者同士。

 だから、俺の返答はこうだ。

「知るか。その殺人鬼が直接俺に危害を加えてきているならともかく、こちらから望んで関わる事なんてしたくもない」

 確固とした守る者を持っていない者は結局、最終的には破綻するのだから。

 間違えてはいけないんだ。人が守れるのはあくまで人であり、理想ではない。

「そうよ。わざわざ危険に近寄る事なんてないんだから。由子も面白半分に焚きつけないの」

 コイツは一度、それで大怪我を負っているんだから。と続けられて言葉に詰まる。

 なるほど確かに、以前の俺は「事件の犯人」であった愛生に焚きつけられて、結果的に愛生を逮捕するまで導いた。

 その代償が「今の俺(きおくそうしつ)」であるのだが、それでも以前の俺は「後悔などない」と言い切るかもしれない。

 記憶を失くそうが、たとえ自分の命がなくなるとしても、自分の行動に後悔はしない。

 そんな強さがあったのかもしれない。

 今の俺にそれがあるかどうかについては、わからないけれど。

 なんて、柄にもない事を考えながら二人の案内の元で三嵩町を回った後、俺は桜子の祖父が経営している旅館「しいな」に辿り着いた。

 その外観については、大きく歴史のある旅館といった感じだった。

 何でも桜子の祖父さんの前の代が建てた旅館だそうで、温泉完備にきちんとした板前もおり、仲居もいるため、町の中でも伝統ある旅館として一際高い丘の上に存在していた。

 そんな旅館の一室に宿泊名目で泊まる事となっている身の俺は、妹とは違い、料理は遠慮した。

 部屋を使わせてもらえるだけありがたい。さらに温泉にまで浸かりたい放題だというのに、その上三食の食事まで頂くわけにはいかないと考えた結果だ。

 もちろん、その事については桜子も。「別に食事は板前さんが作る物じゃないから気にする事なんてないのに」とかなんとか言っていたが、食事は外食で済ませればいい。

 その辺の管理についてはどうなっているのか、などと突っ込んだ事は聞かれないのでバイトでもして稼いだお金で飯についてはやりくりしていけばいいだろう。

 ちょうど、バイトの目星も付いている事だし。

 と、そんな事を考えながら桜子たちと別れて、用意された自分の部屋に荷物を置き、最低限の物を持って俺は再び旅館を出た。


 記憶喪失である事を隠して過ごす日々。

 それが、どんなモノであるにせよ。

 俺はこれから先の未来に、新しい生活に、高鳴る鼓動を抑えきれずにいた。

 そんな、初夏の頃。


 矛盾した殺人劇の幕が上がる。



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