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幽人-トラワレビト-  作者: 清水智裕
一章:表現殺人
7/9

6:終幕。そして―――

 少し、昔話をしようと思う。


 昔、小さい頃。と言っても七歳くらいの時で、今から数えると十一年ほど前になる事なのだけど。

 その頃の俺は現在の逸未市には住んでおらず、その前は三嵩町みかさちょうという所に住んでいたのだけれど、十一年前の三嵩町では、とある通り魔的な殺人事件が横行していた。

 我が家は基本的に母が中心で、首都圏内で転勤がある母の都合で引っ越しをしていたのだが、それでも三嵩町には五年間住んでいた。

 俺の家は、両親に俺の下に妹が一人、俺の上に姉が一人という実に女の方が多い家族構成なのが大きいのか、基本的に母の一存で家庭内の事情は動く。

 そして、この母が実に我儘な母親であり、自分が子供と離れるのが嫌だからと、わざわざ隣の件に勤め先が変わっただけで引っ越しをするような奇行をしだすようになり、県警勤務の父を一人だけ自宅に置いて行き、自分は三人の子供を転校までさせて赴任するという事をしていた。実に金の無駄だと思うのだが、その辺は会社側が負担してくれるらしい。

 その過程で、俺は父の元を離れて首都圏にはあるものの、都市開発の波に乗り遅れたが、田舎というほど寂れてもいないとしか表現できない町、三嵩町を訪れた事があった。

 しかも、ウチの母親はこれまたその町を選んだ理由が、赴任する支社に近いというだけでなく、自分の生まれ故郷であるという理由からだった。

 そして、俺は母親と幼馴染で親友であり、過去に付き合った事もあるという桜子の父が家族と住んでいる家に転がり込んだ事があった。

 何でも、アパートを借りるのは面倒だし、幼馴染の家も広かったからという理由らしい。

 長くはなったが、以上の理由から俺は、椎名家に姉と妹ともどもお世話になっていた時期がある。


 今の母から言わせれば「あの頃に私が我儘を言わなければあんな事は起きなかった」との事らしい。


 結果的に言えば、最悪の事が起きた。

 俺たちが引っ越してきてから数ヶ月後のある日。俺と桜子を連れて買い物に出ていた桜子の両親がその時期に横行していた通り魔殺人犯による大量殺戮事件の犠牲となってしまったのだ。

 しかも、二人が犠牲になった事件は、死者十二人、重傷者五人の被害を出した。

 手口としてはいつぞやの「聖地」で起きた事件と同じような物で、トラックでデパートのエントランスに突っ込み、あとはトラックから降りて、手にしたナイフで逃げ惑う人々を刺殺していくという物だ。

 そして、二人は、そもそもは犯人から離れた所まで逃げていたにも関わらず、あろう事か、逃げ遅れたどん臭い旦那の幼馴染というだけの子供を守るために、その身を犠牲にしてしまった。

 その後、駆け付けた警察官によって殺人犯の男は捕えられ、両親の死に涙する桜子の前で、俺は無様に気絶してしまった。

 そして、起きてみた俺の頭には。

 まるで、亡霊に取りつかれたかのように、もう一つの人格が混在していた。

 症状としては「とある事項に思考した時に二つの別々の考えが出てくる」といった自己意識の分離。わかりやすく言うならば「複合人格」。

 同じ意識の上で、人格が二つ生じるというこの症状を、「複合性同一性障害」と担当した精神科医は名付けられた、本来なら起きるはずのない精神障害。

 自分の意識下にもう一人の自分がいるという状況。何を思考せずとも、勝手に頭に語りかけてくる自分の声に俺は怯えた。

 さらに、両親を失った桜子に「あんたのせいでパパとママは死んじゃったのよ!」という言葉。

 自虐的になった母による「あんたなんかいなければよかったのに」という言葉。

 姉と妹の腫れ物を見るかのような視線。それら全てが、俺を苛み。

 結果的に俺は、心を壊してしまった。

 植物状態。何もせず、一日中窓の外を見て過ごすだけの俺の見舞いには、やがて誰も来なくなった。ただ一人、恨み事を言い続けに来る桜子以外は。

 目の前で人が殺されて壊れてしまった、そんな俺を救ってくれたのは、一人の女性だった。


「そんなに窓の外だけ見てて、楽しい?」


 医者でもなく、母の知人でもなく、かといって俺の知人でもなかった、蒼い髪を持つハーフの女性。

 気楽に、まるで友達に話しかけるかのように話しかけてきた彼女に、俺は思わず振り向いてしまう。

 それは俺が久々に起こした人間らしい行動だった。

「あなたを助けてあげましょう」

 おもむろにそう言って、彼女は俺にあるおまじないを教えてくれた。

 それが、眼鏡をかけるという事だった。


「眼鏡を掛けているか、そうでない状態で、意識を切り替えれば良いのよ」


 そんな事を言って、度の入っていない眼鏡を俺に与え、その方法を教えて彼女は去って行った。

 後は、俺は言われた方法通りにしてみた所、意外と簡単に出来てしまった。

 意識するのはスイッチ。それのオン・オフを切り替える事で人格を分ける。人格の人工的な解離。

 ただそれだけ。

 それが、俺を救ってくれた人が教えてくれた事。

 こうして、今の水島銀次は出来上がった。


    ◆◆◆


 全てを語り終えると、愛生は驚いたような顔をしていた。

「俺は今でも闘っている。自分の持つ異常性とな」

 問題はまだある。

 俺は眼鏡を掛けている時とそうでない時を分ける事で、人格を切り替えていた。

 しかし、成長での過程でなのか、二つの人格は同じ俺でありながら、性格が別れてしまった。

 眼鏡を掛けている時の「俺」は、温厚で平凡な何処にでもいる地味な学生。

 眼鏡を外している時の「オレ」は温厚ではあるが、冷静で冷徹で特別な学生。

 そして、際立った特徴は。

 「オレ」は非常に卓越した運動能力を行使できるという事だった。

 もちろん、運動神経に差はない。

 しかし、意識での問題なのだろう。同じ筋肉を扱っていても、扱う脳が違うのならば、能力には差が出るという事だろう。「出来る」と思っている事柄と「出来ない」と思っている事柄で結果に差が出るように、「俺」が出来ないと思っている事柄が、「オレ」には出来てしまったりする。

 故に、これから先は俺ではなく、オレの出番だろう。

 思いながら眼鏡を外す。

「だから、お前みたいな間違えてしまった奴は」

 意識が変革していく。

 俺は失せ、オレが目を覚ます。

「オレが叩き直してやる」

 同じような境遇にある者として。なにより、友達として。

 間違いは正してやる。

「…そうか。同じ境遇にあるとわかっても、キミがそう言うのであれば。僕には」

 決別しかない、と呟いて、愛生はナイフを構える。

 それに合わせて、オレも警棒を構える。

 ここに、同じ境遇にあるはずの似た者同士による、殺し合いは始まった。



 お互いに、得物を前に出すように構えたまま動きがなかった。

 互いの間は、距離にして七メートル。

 しかし、その沈黙を愛生が破る。

 フッと、気合を入れるように息を吐くと同時、オレとの間に開いた七メートルの距離を詰めるために疾駆する。

 七メートルならば、約一秒ほどで詰める事が出来るだろう。

 女子としてはかなり早めの速度で距離を詰める愛生に合わせるように、オレは半歩前に出た。

 愛生がそれを見て、振りかぶる。

 オレの目はそれを捉え、さらに半歩前に出る。

 構え方としては、左半身を前に出し、右手に持った警棒を体の背後に隠すような構え方で、突っ込んでくる愛生の攻撃に応じる。

 そして、邂逅。

 左側から袈裟に切り裂くように、ナイフがその銀色を煌めかせて降下する。

 それに対して、オレは左腕の甲を使って防壁を作る。

 当てる所はナイフの刃ではなく、その手元の手首。

 狙い通りに、振り下ろされるナイフを持つ愛生の右手首に左腕の甲をぶつけ、愛生の攻撃をガードし、すかさずそこに体の後ろに隠すようにしていた警棒を、愛生の腹部目掛けてコンパクトに振る。

 しかし、その攻撃に愛生は一瞬で気付き、自らの左腕を使って警棒をガードする。

 スナップの効いた警棒の一撃が、愛生の左腕に沈むと同時に、オレは愛生の右手を掴んで、引きながら左膝を腹部に沈める。

 そして、腹部にダメージを負い、自然と腹部をかばう形になった愛生の首の頸椎へ、冷静に、的確に、警棒を叩き込んだ。

 それで、終わり。

 勝負はほんの数秒でついてしまった。

 結果は圧倒的だった。

 そう、オレの攻撃によって愛生は気絶して、終わった。

 

 ―――――――はずだった。


 本当ならば、そこで終わってるはずだった。

 しかし、愛生にも意地があったのだろう。

 一矢報いたいという意地があったんだと思う。

 それが、全ての痛みを一瞬だけ堪えて、オレの胸を押すという行為に繋がった。

 繋がってしまった。

 後の祭りではあるが、この行為を愛生は刑務所の中でも、外に出てからも一生後悔することとなる。

 何故ならば。


 そうしてオレがよろけた先は。


 今まさに、何らかの荷物を運んでいたトラックが猛スピードで通り抜けていこうとしていた。

 その光景を前に、オレは態勢を立て直す余裕などなく、そのまま本能的に避けようとして、背後へ跳ぶために足へ力を込めた。

 だが、オレは運までなかった。

 オレがどんな方向へ、トラックの運転手がハンドルを切ってしまったのだ。

 結果、オレは自分からトラックへと飛び込んだ形となり。

 

 その日、水島銀次という人間は、死を迎える事となった。


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