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幽人-トラワレビト-  作者: 清水智裕
一章:表現殺人
1/9

プロローグ:昼休みの屋上

グロテスクなシーンが入ってます。

そうゆうのが苦手な方は遠慮ください。

 『夜が怖い』と一人の少女が語った。


 東町、玄河ヶ丘(くろかわがおか)二番地、宗谷そうやマンション五階三号室。

 それが彼女の部屋だった。いや、彼女の一家の部屋だった、というべきか。

 彼女の名前は――――――そう、仮にA子としよう。

 A子はまだ春先に十七歳になったばかりの高校生で、二年生に上がり、一つ下の後輩も出来て、部活に今まで以上に力を入れる、そんな活発な少女がA子だった。

 高校二年生といえば、大抵の高校ではそろそろ受験について考えさせられる時期でもある。いや、ここではあえて彼女の高校では、という表現を取るとしよう。

 勉強、進路、部活。さまざまな事が彼女の頭を巡る。それでも彼女は新しいクラスでの生活に馴染み、クラスでは同じ部活の生徒以外の友人を作り、その生活に少しずつ順応していった。

 そんな中でA子は、母親の提案で塾に通う事になった。

 もとより、A子は勉強は嫌いな方ではなく、理解を深めていける事が楽しいとさえ思えるような性格をしており、部活を優先しては居たものの成績自体もそこまで悪くはなかったそうだ。

 しかも、彼女の通う塾には不思議と同じ学校の生徒はおらず、彼女は学校以外での友人も手に入れた。

 授業が終われば部活、部活が終われば塾。女子高生にとっては意外にハードなスケジュールではあったのにもかかわらず、彼女はいたくその生活が気に入っていたらしい。

 A子の生活には不満も不安もなかった。


 ただ二つ。

 塾までの遠い道のりと、

 隣の部屋に一週間前に越してきた一人暮らしの少年の、度し難いほどの恐怖感を除けばだが。


 彼女の住むマンションは小高い丘の上にあった。故に、登下校時、およびそれ以外の外出時には必ずマンションの目の前の坂を上り下りしなければならなかった。

 もちろん、塾に行く時も帰ってくる時も同じだ。彼女は自転車で学校にも塾にも通っていたのだが、この坂がやけに急な斜面なので帰ってくる時はそれなりに体力を消耗した。

 そして、彼女は長く住んでいたのに、その道を通る時だけは異様な恐怖を覚えた事があった。

 ただ急なだけの斜面なのに何を怖がる必要があるのか、と彼女は首をかしげ、数ヶ月経ってからその違和感の正体に気付いた。


 単純な話だ。

 その坂道には街灯が一つしかなかったのだ。

 理由はわからないが、それほど長い坂でもなし、一つあれば足りると思ったのだろう。それが夜になると異様に薄暗かったので彼女は恐怖を覚えたというだけの話。

 間の抜けた話だ。

 A子はこのマンションに住み始めて既に数年立っているというのに、そんな違和感に気付くのに数ヶ月も掛かってしまったのだから。


 ―――――――――結果的な話からすれば。

 そんな事にすら気付かなかった彼女は、既に踏み違えていたのだろう。


 夏になって、学校に転校生が入り、塾にも新しく一人塾生が入り、彼女の隣の部屋にも一人暮らしの高校生が入ったらしいという事を彼女は聞いた。

 いや、正確には隣の部屋に越してきた学生には会っていた。

 何処にでもいそうな普通の男子高校生で、入居時に軽く挨拶を交わした程度の関係だった。

ただ目付きだけは、まるで死人のようで光がなく、それ以上に感情がなさそうに思えて不気味だった事がA子の印象に残っていた。

 宗谷マンションには、一フロアに部屋は三つしかない。エレベーターの前に一つ、その左右に広がるように設けられた通路の先に一つずつだ。

 またどうでもいい話だが、非常階段は通路の両端に設けられていて、有事の時にしか使ってはならないという事になっていた。

 そんな構造から、エレベーター前の部屋に住んでいたA子は朝練のない日と練習のない日だけは隣の少年と顔を合わす事があった。

 そのたびに無言で、言葉を交わす事はなかった少年。

 そんな日が続き、冬も近づき、日が暮れるのも早くなりつつある頃だった。


 A子が、夜中にトイレに行くために部屋を出た時にズルズルという何かを引き摺るような音を聞いたり、隣の部屋からドンという大きな音やあまりにも甲高くて逆に聞きづらい金切り声を聞いたりする事が増えたのは。


 それでも彼女の思考に「何かが起きている」という事項が浮かぶ事はなかった。

 しかし、それと同時期に同じマンションや周辺の住民の女性が次々と失踪していた。

 そうして、その事件はニュースにもなった。


 そして、彼女の番が来た。


 その日、彼女は塾から帰るのがかなり遅れた。

 試験前日で塾が閉まる九時ギリギリまで友人たちと勉強していた事が原因である。

 街灯を頼りに、彼女は自転車を操ってマンションの坂までの道を走る。

 しかし、その途中で彼女の自転車のタイヤは尖った石でも踏んでしまったのか、パンクしてしまう。

 そうなった自転車ほど運転しづらい物はない。A子は仕方なく自転車を押して帰る事にした。

 そうして、彼女はあの坂まで戻ってきた。

 しかも、その日の街灯は、点いてから消えるまでの時間が長い分、消えてから点くまでの時間も長い、という状態で、一層の恐怖を感じながらもA子は坂を上がる。


 そして、彼女は街灯の下まで来た時、不意に街灯の明かりが消えてしまう。

 まるで、そこが彼女の人生の終わりであるかのように。

 その時A子が見たモノは、あの死人のような感情のない瞳に映し出された『殺意あいじょう』という表情だった。

 それが最後の記憶。

 結局、その日以来A子の姿を見た者はおらず、行方不明者として捜索もされたが、見つからなかった。


    ◆◆◆


「ぎぃぃやああああああァァァッ!」

 昼休みの屋上に響く声。芝生の上にゴロゴロと悶えながら「いやだいやだいやだいやだいやだ」と意味深に呟き続けるデブが一匹。いや、一人。こいつはどんだけ怖い話に弱いのだろうか。

「お前が怖い話をしろって言ったから話したんだぞ。なのにその反応はなんだ?」

 いや、想像通りではあったのだけれど。

「誰がサスペンスな話をしろっと言った!? 俺がしてほしかったのはオカルトな話なんだよぅ!」

 俺の言葉に悶えていたデブが起き上がってこちらに迫ってきながら言う。

 このデブの名は、藤本浩太ふじもとこうた

 デブでキノコ頭のもっさりヘアが特徴的。なのにもかかわらず、やけにモテる所がむかつく。

 しかも、彼は俺、水島銀次みずしまぎんじの友人にして生粋の御宅(オタク)である。

 そんな彼が昼休み、いつものように俺と彼ともう一人の友人、伊勢島宗太いせじまそうたの三人で飯を食っている時に「怖い話しようぜ」などと無茶ぶりを発揮したが故に、今の話が出てきたのである。なにが悲しくて飯を食っている時に恐怖を与えるような話をせねばならないのか、などと思いつつ、適当に何処かで聞いた事件にちょっと脚色を加えた話を披露してやったのだが、これほどに反応が良いとは思わなかった。

今時、高二にもなって幽霊的な話を怖がるならともかく、俺の知り合いが適当に作った現実的な話を怖がるなど、いやはや情けない。

「というか、今の話ってあれだろ? 宗谷マンションの連続婦女失踪事件だろ?」

 俺の制服の胸倉を掴んで半泣き状態の子供のような表情をしている藤本の背中の奥で、伊勢島が言葉を発する。

 ちなみに、藤本をデブでもっさりヘアのオタクだとするならば、伊勢島宗太は対照的にさわやかな印象を与える顔立ちをしており、一言で表せばさわやか系のイケメン、となるだろう。

 さわやかな雰囲気を醸し出す線の細い顔立ちと少し大人ぶった感じの金髪のさらさらヘア。

 そして、そんな伊勢島の言うとおり、俺の話した物語には先ほど言った通り「脚色した」物語であり、そうすると当然、元になった事件が存在する。

 それが、この逸未市の東町、玄河ヶ丘二番地、宗谷マンションで実際に起こった「連続婦女失踪事件」である。

 不思議な事に、事件の概要は簡単で。何人もの女性、特に十代後半から二十代前半の女性が一日ごとに一人ずつ姿を消していき、帰ってこないという事件である。いや、事件とさえ呼べるのかも不思議だ。

 故に、警察は当初、ただの家出かもしくは出かけた先で何かトラブルに巻き込まれたか、と見通しをつけて、本格的に捜索を始めたのだが。

 これまた不思議な事に、見つからない。それもそのはずだ、居なくなった女性の内、何人かの女性は家の玄関に靴を置いてある状態なのだから。それはつまり、家の中に居るという事に他ならないはず。

 しかし、当の家の中に女性はおらず、家族も必死になって捜索をした。

 だが、それから数ヶ月。警察は捜索を断念。それ以降、女性が居なくなる事もなくなり、事件は一応の決着を見たのだった。

 それが俺が話した物語の元になった事件の顛末。

 真相は今は誰にもわからない。

「あれって結局、誰も見つからなかったんだよね?」

「そうなってるけど、どうだかな。実際に女性なんていなかったんじゃないか、なんて言う警察官もいるらしいし」

 人工芝の植わった床から立ち上がり、フェンスに身を預けながら、俺はパックのイチゴ牛乳を啜る。

 余談ではあるが、なぜ俺がそんな事件に詳しいのかというと、俺の親父は刑事であり、そんな親父の持ち帰ってきた捜査資料などを時々内緒で拝見しているからだったりする。

「けど、あれって結構曖昧な感じで終わったじゃん。もし殺されてたりしたら、犯人…まだ町に居ると思うかな?」

 そんな、伊勢島の不安そうな声を聞きながら、毎度ながら思う。さわやかというか、小動物みたいな感じなんだなコイツ。あ、だからモテんのか。

 眼鏡をかけ、髪も一切染めていない。唯一の特徴といえば、毛先の所々が上向きになっている天パの黒髪である、地味な俺にとっては「不細工なのにモテる」藤本や、「さわやか小動物男子であるが故にモテる」伊勢島は、友達になっている事が不思議なほど高みに居る存在だった。主に女子にモテるという意味では。

 そんな事を考えながら、俺はさわやか小動物系男子である所の伊勢島の質問に答える。

「さぁな。とりあえず、話の続きというか、事後報告みたいな欄には、俺の話に出てきたA子さんの隣に引っ越してきた少年の元になった奴は、警察が本格的に捜査を始めた一週間後に失踪してるけどな」

 しかし、両親によって家賃は払われているのか、部屋はそのまま少年の名義であるという。

 警察も気になって少年の部屋を捜索しようとしたようであるが、少年が居なくなると同時にに少年の部屋のマスターキーも一緒に消えてしまっていたらしく、結局中に入る事はしなかった。

 そんな所まで話した所で昼休みの終了を告げる予鈴が鳴る。

「んじゃ帰ろうぜ。こんな話、昼にするような話じゃなかったな」

 俺はフェンスに寄りかけていた体を起こし、パックのイチゴ牛乳の中身を飲み干して、屋上のごみ箱に投げ捨てながら二人に言う。

 二人からは「うん」という返事が返ってきて、同時に飲み干したイチゴ牛乳のパックはまるで吸い込まれるようにごみ箱にストンッと入った。

 この予鈴と授業開始の鐘の間の五分が終われば、またもや眠気を呼ぶ学習時間の始まりだ。

 面倒な事この上ないが、そもそも学生の本分は勉強なのだから、面倒でも勉強をやらねばならない。

 さて、そう考えてくると、やる気が一層削がれていく気がしたが、そんな気を振り払うように俺は屋上のドアを思いっきり閉めた。

 さぁ、柄でもないが、午後からの授業もそれなりに頑張っていくとしようか。


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